『母は僕をいつも応援してくれていたから、期待に応えなければと思って無理してたけど……それを父は分かってくれていたようで。マネージャーは待ってくれる約束をしてくれたんですが、僕は自分が大学合格しなければ復帰は諦めるんじゃないかって』
『もしかして、テストの点が悪かったのは』
『……先生の思っている通りです。僕はわざと力を抜いてました。だけど雪ノ下先生が消しゴムをくれたとき、自分がどれだけ失礼なことをしているか気がついたんです。本当にすみません』
本来なら怒るところかもしれない。だけど俺はそんな気になれなかった。だって彼はその後頑張れっていたのだから。
『先生の暖かさが身にしみて……雪ノ下先生のために、合格したいと思ったんです。だから合格したとき先生が喜んでくれたことが嬉しくて』
ああ、もう。そんなことを言われたら講師として最高に嬉しくなるじゃないか。高瀬はどうしてこんなに俺を喜ばせることに長けているんだろうか。いや……高瀬だから俺が嬉しいのか。
独白に耳を澄ませていると、うしろで甲高い遮断機の音が聞こえてきた。
『お前いま外なのか?寒いだろ』
今夜は冷え込む天気予報で、明日はこの冬一番に寒くなるらしい。風邪を引いたら一大事だ。しかし、高瀬は突然思わぬことを言ってきた。
『先生、会いたい』
『……は?』
『今日、撮影が荒川であったんです。いま、その帰りで歩いていて……先生住んでるの荒川でしたよね』
以前、遊園地でそんな話をしたのを思い出した。よく覚えたな、と感心しながら苦笑いしてしまった。
『高瀬、お前いま、どこ歩いてるの』
都電の横を走りながら高瀬の待っている公園に俺は急いだ。そして街灯の下でスマホを見ている高瀬を見つけた。
「高瀬」
顔を上げた高瀬は動画で見た通り、塾にいた頃よりもうんと大人っぽくなっていて笑顔を見せてきた。久しぶりに見た、画面越しではない笑顔に俺は胸が熱くなる。自分の顔が赤くなってないか、心配だ。
だけどよく見ると高瀬が少し疲れたような表情なのは仕事帰りだからなのだろうか。それとも寒い中外にいたせいか。コートは着ているものの、この気温ならダウンジャケットじゃないと堪えるはずだ。
「雪ノ下先生」
どれくらい冷えたのか心配で思わず高瀬の左手をにぎった。するとかなり冷たくてこっちが震えるほどだ。
「こんなに冷たくなって」
両手で手を擦ってしばらく温めてやると、高瀬が手を振り解く。そして突然俺に抱きついてきた。あまりのことに、俺は声が出ない。
ふわりと香る柑橘系のフレグランス。サラサラの髪が頬に当たる。それはほんの少しの時間。でもとても長く感じた。
「たっ、高瀬?」
ようやく声をかけると高瀬はゆっくりと体を離した。
「……先生が暖かいから、つい」
ついってお前、と言いかけて真横にある端正な顔に思わず目を逸らした。
「とりあえず! 俺の家に行くぞ。風邪ひいたら大変だろ」
「ここでいいですよ。わざわざ家に行くなんて申し訳ないですし」
近くまで来ているとアピールしながら、この寒空の下でいいなんて、謙虚なんだかよく分からない。しばらく押し問答したあと俺の一言で高瀬は反論をやめた。
「俺が、寒いんだよ! だから家に来い」
『もしかして、テストの点が悪かったのは』
『……先生の思っている通りです。僕はわざと力を抜いてました。だけど雪ノ下先生が消しゴムをくれたとき、自分がどれだけ失礼なことをしているか気がついたんです。本当にすみません』
本来なら怒るところかもしれない。だけど俺はそんな気になれなかった。だって彼はその後頑張れっていたのだから。
『先生の暖かさが身にしみて……雪ノ下先生のために、合格したいと思ったんです。だから合格したとき先生が喜んでくれたことが嬉しくて』
ああ、もう。そんなことを言われたら講師として最高に嬉しくなるじゃないか。高瀬はどうしてこんなに俺を喜ばせることに長けているんだろうか。いや……高瀬だから俺が嬉しいのか。
独白に耳を澄ませていると、うしろで甲高い遮断機の音が聞こえてきた。
『お前いま外なのか?寒いだろ』
今夜は冷え込む天気予報で、明日はこの冬一番に寒くなるらしい。風邪を引いたら一大事だ。しかし、高瀬は突然思わぬことを言ってきた。
『先生、会いたい』
『……は?』
『今日、撮影が荒川であったんです。いま、その帰りで歩いていて……先生住んでるの荒川でしたよね』
以前、遊園地でそんな話をしたのを思い出した。よく覚えたな、と感心しながら苦笑いしてしまった。
『高瀬、お前いま、どこ歩いてるの』
都電の横を走りながら高瀬の待っている公園に俺は急いだ。そして街灯の下でスマホを見ている高瀬を見つけた。
「高瀬」
顔を上げた高瀬は動画で見た通り、塾にいた頃よりもうんと大人っぽくなっていて笑顔を見せてきた。久しぶりに見た、画面越しではない笑顔に俺は胸が熱くなる。自分の顔が赤くなってないか、心配だ。
だけどよく見ると高瀬が少し疲れたような表情なのは仕事帰りだからなのだろうか。それとも寒い中外にいたせいか。コートは着ているものの、この気温ならダウンジャケットじゃないと堪えるはずだ。
「雪ノ下先生」
どれくらい冷えたのか心配で思わず高瀬の左手をにぎった。するとかなり冷たくてこっちが震えるほどだ。
「こんなに冷たくなって」
両手で手を擦ってしばらく温めてやると、高瀬が手を振り解く。そして突然俺に抱きついてきた。あまりのことに、俺は声が出ない。
ふわりと香る柑橘系のフレグランス。サラサラの髪が頬に当たる。それはほんの少しの時間。でもとても長く感じた。
「たっ、高瀬?」
ようやく声をかけると高瀬はゆっくりと体を離した。
「……先生が暖かいから、つい」
ついってお前、と言いかけて真横にある端正な顔に思わず目を逸らした。
「とりあえず! 俺の家に行くぞ。風邪ひいたら大変だろ」
「ここでいいですよ。わざわざ家に行くなんて申し訳ないですし」
近くまで来ているとアピールしながら、この寒空の下でいいなんて、謙虚なんだかよく分からない。しばらく押し問答したあと俺の一言で高瀬は反論をやめた。
「俺が、寒いんだよ! だから家に来い」



