俺は高瀬に恋愛感情を持ってしまっている。消しゴムの話も、笑顔も独り占めしたかった。
「……アホか、俺」
 報われることのない気持ちに今更気がついたところで、何になる?いやそもそもあの頃に気がついても、どうしようもなかった。塾の講師に告白されるなんて、ドン引きだろ。しかも同性だし。
『素敵なお話をありがとうございました。その先生に感謝ですね』
『はい、僕の大好きな先生です』
 マイク越しに聞こえる高瀬の声。俺は液晶画面に手を当て、映っている顔を撫でた。 

 すると突然鞄の中からムー、ムーとスマホの振動音が聞こえた。帰宅して取り出してなかったなと思いながら慌ててスマホを出す。画面に表示された相手の名前は、高瀬だった。約二年ぶりの連絡がいまこのタイミングだなんて。
『もしもし』
 緊張して声が少しうわずってしまった。ああもうカッコつかないな……
 すると少しだけ間があってようやく高瀬の声が聞こえた。
『お久しぶりです、雪ノ下先生』
 さっきまでパソコンから聞こえていた声が、スマホを通して耳元で聞こえる。好きだと自覚した途端、自分に向けられる声がこんなに特別になるとは。
 って俺、いい大人なのに何でこんなに初心にかえってるんだろうか。
『お元気ですか?』
『あ、ああ。相変わらずだよ。高瀬の方は……って元気そうだな』
 俺の言葉に、高瀬は何かを掴み取ったのかまた少し沈黙が流れた。
『……復帰したの、知ってるんですね』
『うん。ネットニュースで見たよ。おめでとう。言うの遅くなったな』
『いえ、そんな』
『元々復帰の予定があったなんて、水臭いなあ教えてくれたら良かったのに』
 照れ隠しのためか、自分の気持ちを吐き出したかったのか饒舌になってしまう自分を止められない。
『まあ……塾の講師には言わないよな。でも濱田先生から教えてもらってさ、少し寂しかったんだぞ』
 高瀬は何も言わない。そこで俺はようやく自分が言いすぎたことに気がついた。
『……あっ、ごめん。俺一人で喋って』
『先生寂しいって思ってくれたんですか』
 そう言われて恥ずかしさのあまり、俺は思わずスマホを投げつけたくなった。何歳も年下の高瀬に言われるなんて。
『そりゃ大切な生徒だったし』
『生徒、ね……そう言えば先生、僕本当は復帰する気なかったんです』
 高瀬は急に話を変える。 
『そうなのか?』
『高校生のとき、親に当時のマネージャーから連絡が入って打診されてたんです。だけど大学入学するまでは待ってほしいと父に伝えて話をつけてもらいました』
 以前、芸能界の話を辛辣に語っていた高瀬を思いだした。