「お友達同士ですか?記念にどうぞ」
 観覧車から降りて帰ろうとしていたら、遊園地のスタッフに呼び止められた。彼女の指している看板には『開園二十周年記念撮影!君もウーちゃんになろう』と書いてある。ウーちゃんとはこの遊園地の猫型キャラクター。彼女の手には猫耳のカチューシャが握られていた。苦笑いしながら、さすがに猫耳は……と高瀬を見ると何か言いたげな雰囲気。
「撮りたいの?」
 小さく頷く高瀬。俺、三十歳手前なんだけど……。カチューシャを受け取り、大人しくそれをつけていると、隣の高瀬がカチューシャで前髪を上げ、おでこを全開にしていたので驚いた。
「さっき、褒められたから」
 こそっと囁く高瀬。俺はなんだか恥ずかしくなってしまった。こんなの、まるでデートじゃないか。
「じゃあいきますね、はいチーズ」
 カシャ。とシャッターの音が響く。スタッフは何枚か撮ってくれて気がつけば高瀬は俺に腕組みしていた。あとでスマホに送られてきた写真には、猫耳カチューシャをつけて赤くなっている俺と嬉しそうな顔をしている高瀬がいた。

 駅のホームで別れるまで、俺の大学の話や高瀬がやりたいことなど話は尽きなかった。
「今度また、遊園地行きましょうね」
 大丈夫だよ、もうお前はきっとこの先たくさん友人ができるし恋人だってできる。塾の講師なんてすぐ忘れるさ。
 昔、違和感を感じていた「たかせはやと」の笑顔ではない、眩しい太陽のような高瀬の笑顔。最近何度も見ていたこの笑顔も最後なんだなと思うと少し胸がチクチクした。

 その後、高瀬からメッセージが届くようになった。一人暮らしを始めたことや、講義が面白いとか他愛のないことを数ヶ月あけてポツリポツリと。それを読み返事を送る。
 そんなやりとりは一年くらいは続いたけど、翌年からは少なくなり冬を迎える頃にはメッセージは来なくなった。少し寂しいけれど、高瀬はきっと友達たちと充実した日々を送っているのだろう。

***

「雪ノ下先生、この回答についてなんですけど」
 声をかけられてハッとする。目の前には、大学受験追い込み中の生徒がいた。
「ごめんごめん」
「授業中にボーっとしないでくださーい」
 他の生徒につっこまれて、教室は笑い声が溢れた。

「うどんすすると鼻水止まらなくなりますねぇ」
 昼休み、教員室で濱田はカップ麺を食べながら言う。汚いなー、と苦笑いしながら隣でおにぎりを頬張った。また受験のシーズンがやってくる。今はその前の、ほんの少しだけ平穏な生活だ。
「ああ、そういえば雪ノ下先生。これ見ました?」
 濱田は自分のスマホを俺に差し出す。ネットニュースが画面に表示されていた。
「中間ゆきみの婚約ニュース?お前ファンだったもんな」
「いや、そこじゃなくて。その下!」
 婚約記事の下にある他の見出し。
『一世風靡したあの子役が芸能界復帰!』
 その文字を見た途端、頭を叩かれたくらいの衝撃が走る。慌ててその文字をタップするとそこに表示されたのは、男の子と青年。
『たかせはやと』と『高瀬颯人』だった。