受験を控えたある日。寒くなったなあと思いながら猫背で廊下を歩いていると、高頼が前から歩いてきた。
「雪ノ下先生、寒そう」
「俺、宮崎県の出身だからここの寒さは堪えるんだよ」
はは、と笑う高頼。最近ではよく笑顔を見るようになっていた。昔見た、思わずテレビを消してしまいたくなるような笑顔ではなく、自然な可愛らしい笑顔だ。
「いよいよ週末が本番だな」
受験日を間近にして本人以上に身震いしてしまう俺だが高頼はいつものように飄々としている。
「そうですね。ヘマしないように頑張ります」
「まあいまのお前なら大丈夫だよ」
「一年前は絶望的でしたけどね。先生たちのおかげですし、雪ノ下先生がいてくれたからここまでこれました。ありがとうございます」
思わぬ言葉に俺は鼻がツン、とした。どうも最近涙脆くていけない。
「そうだ、先生。行きたいところがあるんですけど、合格したらお祝いに連れて行ってくれませんか」
突然の申し出に驚く。高頼とは他の生徒よりは少し距離が近いだけだ。それに塾講師と生徒がプライベートで近づくのは昨今、禁止されている。俺が即答出来ずにいると高頼は続けた。
「僕、遊園地に行ったことがなくて。小さい頃からスタジオばかりで親も連れて行ってくれなかったから」
前髪にうっすら隠れている大きな目。それがじっと俺をみている。多少のあざとさを感じながら、そういった事情であれば仕方がないと自分に言い聞かせて俺はオッケーと返事をした。
「今年は雪が降らなくて良かったですね。毎年、この日は胃が痛いですよ」
そう呟きながら、後輩講師の濱田がお茶を啜る。テレビのニュースでは穏やかな天気の中、受験生たちは試験会場へと歩いていた。
「生徒も親御さんも大変でしょうけど、僕らも気が気じゃないですよね」
他の講師も苦笑いする。受験生たちの頑張りを花咲かせるために俺らは必死だ。今年が終わっても来年受験の子たちがまた待っている。
「そう言えば高瀬くん、一時はどうなるかと思ってましたが大丈夫そうですね」
濱田がそう言うと隣にいた講師も頷く。
「特に雪ノ下先生の指導がよかったんじゃないですか? かなり良くなりましたね」
本人の頑張りですよと照れ隠しに頭を掻く。テレビの中の受験生を見ながらふと、高頼にわたした消しゴムことを思い出した。
(いい仕事、してくれよ)
高瀬の不安や緊張をなくして、彼の実力が最大限に発揮できるように。
「雪ノ下先生、寒そう」
「俺、宮崎県の出身だからここの寒さは堪えるんだよ」
はは、と笑う高頼。最近ではよく笑顔を見るようになっていた。昔見た、思わずテレビを消してしまいたくなるような笑顔ではなく、自然な可愛らしい笑顔だ。
「いよいよ週末が本番だな」
受験日を間近にして本人以上に身震いしてしまう俺だが高頼はいつものように飄々としている。
「そうですね。ヘマしないように頑張ります」
「まあいまのお前なら大丈夫だよ」
「一年前は絶望的でしたけどね。先生たちのおかげですし、雪ノ下先生がいてくれたからここまでこれました。ありがとうございます」
思わぬ言葉に俺は鼻がツン、とした。どうも最近涙脆くていけない。
「そうだ、先生。行きたいところがあるんですけど、合格したらお祝いに連れて行ってくれませんか」
突然の申し出に驚く。高頼とは他の生徒よりは少し距離が近いだけだ。それに塾講師と生徒がプライベートで近づくのは昨今、禁止されている。俺が即答出来ずにいると高頼は続けた。
「僕、遊園地に行ったことがなくて。小さい頃からスタジオばかりで親も連れて行ってくれなかったから」
前髪にうっすら隠れている大きな目。それがじっと俺をみている。多少のあざとさを感じながら、そういった事情であれば仕方がないと自分に言い聞かせて俺はオッケーと返事をした。
「今年は雪が降らなくて良かったですね。毎年、この日は胃が痛いですよ」
そう呟きながら、後輩講師の濱田がお茶を啜る。テレビのニュースでは穏やかな天気の中、受験生たちは試験会場へと歩いていた。
「生徒も親御さんも大変でしょうけど、僕らも気が気じゃないですよね」
他の講師も苦笑いする。受験生たちの頑張りを花咲かせるために俺らは必死だ。今年が終わっても来年受験の子たちがまた待っている。
「そう言えば高瀬くん、一時はどうなるかと思ってましたが大丈夫そうですね」
濱田がそう言うと隣にいた講師も頷く。
「特に雪ノ下先生の指導がよかったんじゃないですか? かなり良くなりましたね」
本人の頑張りですよと照れ隠しに頭を掻く。テレビの中の受験生を見ながらふと、高頼にわたした消しゴムことを思い出した。
(いい仕事、してくれよ)
高瀬の不安や緊張をなくして、彼の実力が最大限に発揮できるように。



