「高瀬さ、昔テレビでてたよね? 同じ名前だから気になっててさ」
 すると高瀬は少し驚いた様子で俺を見た。
「……はい。僕です。様子が変わってるから、直接聞いてくる人いないけど」
「触れないほうがよかったかな?」
「いいえ。ただ、雪ノ下先生が知ってたの驚いて」
「俺、あのころ高校生だったからテレビ漬けでさ。いつもニコニコしてる子だなあって」
「はは、アレはやらされてましたから」
 サラッと呟く高瀬の言葉に驚いた。大人に媚びるための笑顔だと思っていたが、あんなに小さかった本人も自覚していたのか。
「子役なんてみんな大人の顔色を伺ってるんです。大きくなれば可愛さがなくなってポイされるのがオチ。コネがあれば安泰ですけど」
 いつもなら口数が少ない高瀬だが、その口からでた辛辣な言葉に、どう答えるべきか。やがて高瀬は俺が戸惑ってることに気がついたようだ。
「すみません。しゃべりすぎました」
「いや、まあうん…」
「でもいいこともあったんです。仕事のあとは母が美味しいものを食べさせてくれて。僕は三人兄弟だからご馳走より、お店にいる間、母を独り占めできるのが嬉しかった」
 手を握りながら母親と店に向かう幼い頃の高瀬を思い描く。多分その時は心の底から笑顔だったんだろうな。
「ある日キーホルダーを渡されて。その当時流行ってたキャラのものでした。母は『撮影が怖くなったらこれをママだと思って』って。それで僕はいつもポケットの中にキーホルダーを忍ばせてたんです」
 高瀬は目の前のペットボトルのお茶を一口飲む。その言葉を聞いて、俺はふとあることを思いついた。
「高瀬、いいこと思いついた」
 引き出しから消しゴムを取り出して俺は白いゴムの表面にある言葉をボールペンで書いた。
「テストのとき、これを先生《オレ》だと思って持っていけよ」
 消しゴムを渡すと高瀬はそれを凝視する。消しゴムに書いた言葉は『頑張れ』。ベタかもしれないが、母親からのキーホルダーの思い出があるなら役立つような気がしたのだ。
 高瀬はしばらく手にした消しゴムを眺めていた。表情がみえにくい前髪だけど、口元が緩んでいる。きっと喜んでくれているのだろう。
「先生、裏に名前書いてください」
「へっ」
 なんで、と思いながらも断る理由もないので、戻された消しゴムに自分のフルネーム『雪ノ下陽介《ゆきのしたようすけ》』と書いた。
「陽介っていうんですね。苗字は寒そうだけど名前は暖かそう」
「いいこと言ってくれるな」
 再度消しゴムを渡すと、それをポケットに入れて小さくお辞儀した。

 それから高頼は今までにも増して講義を熱心に聞くようになった。そのせいか、消しゴムのおかげなのか、テストの点はうんと良くなった。
 数学だけではなく他の科目もつられて点数が上がったので、希望する大学の合格ラインに程遠かった模試の結果も、狙える範囲内の評価になっていた。