コーヒーの香りが漂う暖かい部屋でしばらく体を休めるとようやく高瀬の顔色が良くなってきた。
「これ美味しいですね」
「近くに美味しいコーヒーショップがあって、焙煎した豆を買ってるんだ」
「へぇ」
 それにしても、自分の部屋に高瀬がいるのが何だか不思議だ。まあ自分が連れてきたんだけど……。テーブルを挟んで俺はなんだかソワソワしながらコーヒーを飲んでいた。
 それからポツリポツリとお互いに近況を話す。高瀬の近況はネットニュースに書いてある通りだった。
「……聞いていいか分からないけど、どうして芸能界復帰したんだ?」
「大学合格したとき、マネージャーがめちゃくちゃ喜んでくれたんです。息子みたいなものだからって。それを聞いて、絆されたというか。芸能界、嫌なことばかりじゃなかったし、恩返ししたいなって」
 絆されただけで芸能界復帰は考えない。マネージャーのためにとは言っているがどこかで本当は挑戦したいと思っていたのだろう。
「そうか、頑張れ。応援するよ」
「雪ノ下先生はいつも僕を応援してくれるから」
 そう言うと、高瀬はポケットから何かを取り出し、テーブルに置いた。
 それは小さな消しゴム。あの時渡した俺の名前が入っている消しゴムだ。まだ持っていたのか、と思わず胸が熱くなる。
「……よく持っていたな」
 消しゴムを手に取り、まじまじと見る。頑張れと書いた自分の文字は判別が難しいくらい薄くなっていた。
「うん。僕の宝物です。だって」
 そこまで言うと、高瀬は急に言葉を止めた。何だろう、と顔を高瀬の方に向けると何か言いたそうにしながら俺を見つめる。
「……大好きな雪ノ下先生がくれたから」

 ドクン、と鼓動が高鳴る。まてまて、高瀬の言う『大好きな』はきっと先生としてのはず。
 でも、突然会いたいと言い出したり抱きついてきたり。そんなこと、ただの『大好きな先生』にするだろうか。
 高瀬の言葉の続きを待つ。いつのまにか見つめ合うような形になっていた。高瀬の茶色い瞳をこんなに長く見るのは初めてだ。

「本当はあの遊園地の観覧車で言いたかったけど、勇気が出なくて。でもいまなら」
 高瀬はテーブルに手をつき、体を俺の方に突き出して更に顔を近づけた。
「僕は雪ノ下先生が好きです。先生としてじゃなくて……恋愛的な意味で」