クラスメイトは拾い猫

アラームの音が耳に響く。
半分寝たまま体を起こすと、閉まっているカーテンの隙間から外の光が差し込んでいた。
カーテンを開け、光を浴びて無理やり目を覚ます。
食パンと目玉焼き、適当な野菜を放り込んだスープ。
訳あってひとり暮らしをしているので、家事は自分でしなくてはならない。
朝食を済ませて、身支度をして家を出た。
津川(つかわ) (れい)、十五歳。
今日は高校の入学式。
滑り止めで合格した高校なので特別楽しみというわけではないが、何となく浮き足だった気分で学校へ向かう道を歩く。
(そういえば…)
入学式の日にクラス発表があると聞いたことを思い出す。
(なつと同じクラスだといいなぁ)
そんなことを考えながら空をぼんやりと見上げる。
真っ白な雲がぽつぽつと浮かんでいる。よく晴れた入学式日和だ。
二十分ほど歩いただろうか。角を曲がると、学校の門が見え、賑やかな声が聞こえてきた。


***


(友達できるかな……)
一年B組の教室。
怜は、早速頭を抱えていた。
小学生の頃からの親友、深山(みやま) 小夏(こなつ)、通称『なつ』はC組。別のクラスになってしまった。
これからも帰りは一緒に帰ろうね、と約束したことを思い出しながら教室を見渡す。知っている人は数人いたものの、ほとんど話したことがない人ばかりだった。
怜は、周りに聞こえないようにそっとため息をついた。
教室は静かだ。話し相手がいないのは自分だけではないらしい。
「えー……では、名簿順に自己紹介をお願いします」
クラス担任は若い男性。慣れていなさそうなので、クラスを受け持つのは初めてなのかもしれない。
最初に自己紹介をするのに慣れている様子の名簿番号一番から始まって、次々に自己紹介が進んでいく。
一クラスの人数は三十人ほど。他の高校と比べると少ないが、自分の番が近づく緊張も合わさって、名前を覚えられる気がしない。
そうしているうちに、前の席の生徒の番になった。
髪は根元から毛先まで薄茶色に染まっていて、いかにも明るく社交的な性格に思えた。が、
「……立花(たちばな) (かえで)です。よろしくお願いします」
ぼそぼそと自己紹介をして、逃げるように席に戻ってきた。
(えっ…それだけ?)
もう少し何か言うと思っていた怜は、慌てて席を立ち、前にでる。
名前、趣味、あいさつと、平凡な自己紹介をして、席に戻る。その途中、横目でちらりと見た立花は、何を考えているのか分からない顔でぼんやりと次の自己紹介を眺めていた。


***



入学してから、早くも二か月がたった。
それなりに話せる相手も増え、何とかやっていけそうな気がする。しかし、学校へ向かう足どりは思い。
(今日も雨かぁ二
通学路には傘が並ぶ。梅雨真っ只中である。
低気圧で体調が左右されるタイプではないが、荷物に傘が増えたり、靴下が濡れたりと小さなことが積み重なって少し憂鬱な気分だ。
(早く学校にたどり着きたい)
鞄を背負いなおし、速足で歩きだす。学校に到着し、湿っぽい空気の廊下を歩いて教室へ向かった。
近くの席の友人と雑談を交わしているうちに、授業が始まる時間になる。
(今日も休みなんだ……)
空いた前の席に目を向ける。
本来そこに座っているはずの生徒である『立花楓』は、梅雨が始まった頃から約三日間、学校に来ていない。
一応学校には連絡があったらしいのだが、教師からの説明はなかった。
もやもやとした気持ちだけが残ったまま一日の授業が終わり、帰路についた。普段は一緒に帰っている深山小夏(なつ)は部活があるので、一人である。
雨は降り続いていて、大きな水たまりがあちこちにできていた。なるべく踏まないように歩いていると、物音が聞こえる。
耳を澄ませて音が聞こえる方に行くと、物音の正体はカラスの声と羽音だった。細い路地に集まって、何かをつついているように見える。
(何があるんだろう)
薄暗い道に、思い切って足を踏み入れる。その勢いのまま駆け足で進んでいくと、カラスたちは逃げていった。
カラスが集まっていた場所を振り返ると

―――ボロボロの潰れた段ボールの中には、猫がいた。

「え……猫!?」
箱の中で丸くなっている猫を見る。体は雨に濡れ、震えていた。今にも凍え死んでしまいそうだ。
箱の隣にはなぜかリュックサックがあったが、慌てている怜の目には入らない。
(こういうとき、どうしたらいいんだっけ……?)
スマホを取り出し、『猫 拾ったらどうする』と検索する。
(飼い猫なら警察か保健所、飼い猫じゃなければ動物病院……)
首輪はつけていない。爪も鋭く、こまめに切られている様子はない。通学路で迷い猫の張り紙を見た覚えもなかった。
少し迷ったあと、自分のカバンを開け、引っ張り出したタオルで猫を包む。
間に合いますようにと心の中で叫びながら、怜は走り出した。


***


このままいけば順調に回復するだろうという獣医の言葉を聞いて、怜はほっと胸をなでおろした。
「それで…この子、どうしますか?飼えないということであれば、施設にあずかってもらうことになりますが」
「あ……えっと」
(どうしよう……)
雨に濡れて弱っていた猫の姿が頭をよぎって、怜は心を決めた。
「わ…私が、飼います」
「わかりました」
初老の優しそうな男性獣医はうなずく。ただし、と付け加えた。
「責任をもって、この子の安全や健康を、一番に考えてください。できますか?」
「もちろんです!必ず、大事にします」
「では、カルテを作るので書類を持ってきますね。これからも、何かあったら相談してください」
「ありがとうございます、よろしくお願いします」
怜は、深く頭を下げた。


***


(猫を飼うって、大変なんだなぁ……)
家に帰ってきた怜は、思わずつぶやく。
動物病院を出たあと、直接ペットショップに向かった。ごはん皿に猫トイレ、キャットフード、ブラシ、……etc。
必要最低限の物はそろえたが、まだ不十分である。
ひとまずケージを設置し、キャリーバッグから出てくるよう呼びかけようとして―――
あ、と固まる。
「名前、考えないと……」
サイズ的に一歳くらいだろうと診断された、まだまだ小さい体の猫は、あたりを見回して戸惑っている。
良い名前はないかと考えていると……
「ねぇ」
「!?」
突然、声が聞こえた。誰かいるのかと思ったが、この家には怜1人しかいない。
「おーい、こっちこっち」
勢いよく振り返った目線の先には……
「あーよかった、気づいた。驚かせてごめんねー」
「猫が……喋ってる……!?」
そんなはずがない、これは夢だと頬をつねったり、唇を噛んだり……
「痛ぁ……ってことは……現実!?」
「その通り!」
「嘘……」
とは言ってみたものの、目の前にいる猫が人間の言葉を話している事実は消えない。頭はパニック寸前である。
「そうそう、それとね」
「まだ何かあるの!?今までの人生で一番びっくりしたんだけど」
「それはごめんよー。でも言わなきゃいけないから。僕ね、人型にもなれるの」
「え……いやいや、それはさすがに「嘘じゃないよー」
なぜ言おうとしたことがわかったのか。途中でさえぎられてしまった。そして、
「実際に見せたほうが早いかなー?」
と言ったかと思うと、ぽんっと軽い音がした。
「ほら、もう認める気になった?」
怜は驚きすぎて何も言えない。
驚いたのは、人型になったからだけではない。
にこにこと楽しそうに笑っているのは、
「立花……くん……?」
「名前覚えてくれてたの?うれしー」

―――立花楓だった。