翌朝僕はいつも通り遅刻ギリギリの時間に学校へ登校すると、僕の席には桜花くんが座っており、こちらを睨んで待っていた。桜花くんが不機嫌な理由はおそらく土曜日のデート練習にて僕が練習を放棄して先に帰ったからだろう。こればっかりは全て僕が悪い。素直に怒られるしかないと思っていたが、桜花くんの口から出た言葉は予想してないものであった。
「おはよ…。なんでLINE返信くれねーの?」
怒っている理由は僕が先に帰ったからではなく、LINEに返信をしないことが原因らしい。僕が予想もしていなかった事だったため、反応するのが遅れてしまったが、僕は素直に謝罪することにした。
「ごめんなさい…。LINE見る週間無くて、見てませんでした。」と僕は深く頭を下げ
た。それに対し桜花くんは「や、やめろって!頭下げんな!そんなに怒ってねーから!」と明らかに戸惑った態度で僕に駆け寄りあたふたしていた。しかしこうなってしまっては、クラス中の視線が僕と桜花くんに集まる。それを察してか「こっち来て!」と桜花くんは僕の手を引き、教室から飛び出した。
教室から出るも、桜花くんはなかなか手を離してはくれず、どこまで行くのだろうと疑問に思っていたが、上履きのまま外へ飛び出し、いつもの花壇まで来ていた。そして僕をベンチに座らせると、桜花くんはそれでも手を放してくれることは無く、僕の隣に座った。
「…ごめん。また俺が勝手に怒って、勝手に引っ張ってきちゃって。」
「いや、元はと言えば僕が全部悪いから…」
「だから酵汰は何も悪くねぇーって!」
「そんなことないよ。現に僕はデート中なのに勝手に帰ったわけだし…。本当にごめんなさい。それからLINEも気づかなくてごめんなさい。」
「…酵汰は俺のこと嫌い?」
「え?」
「嫌いになった?」
「え?なんで?どういうこと?」
僕は桜花くんの突然のセリフに理解が追いつかないでいた。桜花くんが僕を嫌いになることはあっても、僕が桜花くんを嫌いになることは絶対にない。それなのになぜ桜花くんは僕にそんなことを聞いたのだろう。
「…酵汰は俺とのデートが嫌で帰ったんじゃないの?」
「違うよ。言ったでしょ?桜花くんとのデートは僕の一生の思い出になるほど楽しいものだったよ。」
「ならどうして先に帰ったんだ?デート中に帰るなんて相手のことが嫌いか、デートがつまらなかったかのどちらかだ。でも酵汰は俺とのデートは楽しかったと言った。なら必然的に酵汰が先に帰った理由は俺が嫌いだから以外…ないだろ。」
「…嫌いなら練習相手とは言えど、一緒にデートなんていかないよ。」
「なら…好きか?」
その質問は何を意味しているのだろうか。なぜそれを僕に聞く必要があるのだろうか。もしかして桜花くんは僕をからかって楽しんでいるのだろうか。いや、そんな表情には見えないし、わざわざそんなことを桜花くんはしないだろう。それなら尚更なぜ桜花くんが僕に「好きか」を問うのかがわからない。
「…………好きだよ。」
「本当か?」
「…うん。」
「良かった。」
僕のその返答に桜花くんは心底嬉しそうな表情をした。やはり僕にはその理由がわからない。僕に嫌われていないことがそんなに嬉しいのだろうか?桜花くんは僕に好かれようと嫌われようとどうでもいいはずだ。いや、こんなこと考えてもなんの意味もない。桜花くんは小林くんにだけ好かれていればいいのだから。
「…桜花くんはいつ小林くんをデートに誘うの?」
「え?」
「桜花くんは小林くんのとデートの事前練習のために僕を使ったんでしょ。」
「使ったって…そんな言い方…。」
「ごめん。たしかに良くなかったね。でも僕が手伝うって言ったからそれで良かったと思うよ。」
「…次の日曜日、酵汰は空いてる?」
「日曜日?な、なんで?」
「その日、小林と会う。」
「そ、そうなんだ…。絶対に大丈夫だよ。桜花くんならきっと小林くんに想いと届けられるよ。」
「酵汰もその日来て。」
■ ■ ■ ■ ■
今朝の桜花くんの言葉の意味を考えていたら、いつの間にか今日の授業は終わり、放課後になっていた。桜花くんは僕にどうして欲しいのだろう。日曜日に小林くんとのデートについてきてほしいだなんて、本当に理解ができない。
その後どういうことかを聞こうと思ったが、桜花くんは「じゃ、そういうことだから。俺先に教室に戻ってるな」といい、先に教室へと向かってしまいその理由を聞くことはできなかった。同じクラスなのだから教室で聞けばいいだけの話なのだが、小林くんがいる教室でそんなこと聞くことなんてできなかった。
「そうか、LINEで聞けばいいのか!」
僕はそう言うと思い出したかのようにスマホをスクールバッグから取り出した。LINEを開くと桜花くんから何件かメッセージが届いていた。そう言えばLINEの返信をしてほしいと今朝言われてたことを思い出し、桜花くんからのメッセージを確認する。
—俺なにかした?
—帰った?
—返事ほしい
—デート楽しくなかった?
—俺が途中キレてたからだよな?
—ごめん
—プレゼントは酵汰のために選んだものだ
—小林に買ったものじゃない
—受け取ってほしい
—俺だけ貰うだなんてそんなことできない
—今どこ?
—どこにいる?
—俺のこと嫌いになった?
—ちゃんと話したい
たくさんのメッセージを見て悪いことをしてしまったと改めて感じた。LINEを見る習慣がなかったためこれからは一日に一回は見ることにしようと思ったが、日曜日になれば桜花くんと小林くんはきっと付き合い始める。そうなれば二人は僕にLINEを送ってくることもなくなるだろう。そうなればLINEを見る習慣をつけなくてもいいかと自己完結してしまった。
僕はそこまで考えたところで、本来の目的である”なぜ小林くんとのデートに僕がついていく必要があるのか?”を聞くことにした。と、その前にまずはLINEの返信が遅れたことへの謝罪もすることにした。
—久遠です。
—返信が遅れてしまい、ごめんなさい。
—日曜日の件ですが、小林くんとのデートに僕がついていくのは迷惑だと思います。
—桜花くんの気持ちは絶対に届くと思います。
—応援してます。
—頑張ってください。
「あ………」
桜花くんにデートについていく理由だけ聞くつもりが、勢い余って僕がデートについていく必要がない旨のメッセージを送ってしまった。しかも桜花くんを応援するメッセージも送ってしまった。
正直応援したくない。だって僕の好きな人は桜花くんなのだから…。でも手伝うといった手前この気持ちを桜花くんに伝えることはできない。
「やっぱ惨めだな。」
僕はそう呟くと、ルーティンである花への水やりのため花壇に向かった。僕はいつもどおりベンチにスクールバッグを置いてからジョウロを取りに行く。
「あれ?ジョウロがない…」
いつもあるはずのところにジョウロがなかった。先週の金曜日は桜花くんにつられ急いで水やりをし、片付けをしたところまでは覚えているが、急いでいていつもとは違う場所に片付けてしまったのだろうか。僕はあたりを見渡すがジョウロを見つけることはできなかった。
「…どこ行ったんだろ。」
「探し物はこれかな?」
「え?」
突然後ろから声をかけられ僕は咄嗟に振り返った。そこにはスニーカーとジーンズに、寒がりなのか少し厚めのジャケットの上から緑色のエプロンを着た女性がジョウロを持って立っていた。女性は僕に近づくとジョウロを手渡してきた。
「え、あ、ありがとう…ございます。」
「いやいや、お礼を言うのは私の方だよ。いつもありがとね。」
疑問だ。僕のこの女性にお礼を言われるようなことをしただろうか?いやしていない。なぜなら僕と彼女は今日が初対面だからだ。もしかしたら僕が彼女のことを忘れてしまっているだけかもしれないが、だとしたら僕に遠慮するような声のかけ方はしないだろう。
「ぼ、僕はあなたにお礼を言われるようなことはしていないと思います。」
「そんなことないわよ。いつもこの花壇の花に水やりしてくれてるでしょ?」
「な、なんで知ってるんですか…?」
「自己紹介がまだだったわね。私はこの上北学園高等学校に出入りしている花屋よ。入学式とか終業式とかのいろんな式でこの学校に花を届けているわ。」
「はぁ…。」
「ははっ。わかっていないようね。この花壇の花を植えているのも私なの!」
「え!この花壇って用務員さんが植えているわけじゃないんですか?」
「この学校の用務員は一昨年辞められたらしいのよ。お年で立ち仕事が難しくなったと聞いたわ。そこで花屋としてこの学校に出入りしていた私に話が回ってきたってわけ!」
知らなかった。この花壇に花を植えていたのは用務員さんではないのか。しかもすでに辞められていたとは、確かに1年半以上もこの学校に通っているのに用務員さんの姿を見ることがなかったのはそのためだったのかと理解した。しかしずっと会いたいと思っていたこの花壇に花を植えている人に会えて今は少しテンションが上がっている。
だが、目の前にいる女性が花屋さんであることと、彼女が花壇の花を選定していることはわかったが、どうして僕が水やりをしていることを知っているのかはわかっていない。
「でも、どうして僕が水やりしてるって知ってたんですか?」
「そりゃ1年半もこの花壇に通ってるからね。花を見れば誰かが世話をしてくれていることくらいわかるわよ。それに実は何度かあなたのことを見かけていたのよ。声をかけるのは初めてだけどね。」
「そ、そうだったんですね…。あ、あの!」
「ん?どうしたの?」
「花を植えていただきありがとうございます!」
「え?ははっ。なにそれ。いいのよ。それが仕事なんだから。」
「…仕事だとしてもです。」
「それじゃありがと。ねぇ久遠くんは花が好きなの?」
「はい、好きです。特に桜が好きで…」
「桜!私も大好きなの!」
「…だと思いました。秋桜《コスモス》を植えているのは桜が好きだからだろうなと。」
僕はそこまで言ってまた疑問が浮かんだ。僕はこの人に名前を教えただろうか。花屋さんは僕のことを”久遠くん”と名前で呼んだ。しかし声をかけたのは初めてだとも言っていた。つまり僕のことは知ってはいたが名前までは知らないはずだ。いや学校側から直接花壇の世話をお願いされるくらいだ。先生の誰かから僕の名前を聞いたのだろう。
そう考えていると、花屋さんは口を開いた。
「良いわよね。桜。本当は校門に続く道を枝垂れ桜で埋め尽くしたかったんだけどね。そこまでの権限はくれなかったわ。雪に咲く桜も。春に散る桜も。夏に顔を見せる葉桜も。そして桜じゃないけど、桜の字を使う秋桜も全部好きよ。」
「…随分詩的ですね。」
「ははっ。さて、もう日が暮れるわよ。暗くならないうちに帰りなさい。」
「はい…。あのまたお話できますか?」
「もちろんよ。あ、あぁ…そうだった。そうね…。すぐじゃないとは思うけど会えるわ。」
何やら歯切れの悪い花屋さんに僕はいらぬことを言ってしまったのかと考えた。またお話したいだなんていうのは失礼だっただろうか。僕はまた自分の言葉で誰かを困らせてしまったのだろうか。
—もうしんどいなぁ
「すみません。困らせてしまって。帰ります。今日はお話できてよかったです。ありがとうございました。」
僕はそれだけ告げるとベンチに置いていたスクールバッグを掴み、振り返ることなく駆け足で学校を後にした。
■ ■ ■ ■ ■
金曜日になった。あの日以降桜花くんとは話していない。それどころか桜花くんは常に小林くんと一緒にいるようになった。ちょこちょこ桜花くんとは目が合うのだが、目があった瞬間逸らされる。実はあの後桜花くんから僕の送ったLINEに返信があったのだ。
—迷惑じゃない
—日曜日は絶対に来てほしい
—俺は酵汰に会いたい
しかし僕はそれには返信をしていない。僕にはその資格がないと感じたからだ。もう誰かを困らせるわけにはいかない。
「え?」
授業が終わり、佐々木先生のホームルームも終え、いつも通り読書をしてある程度の時間を潰していたところ、気がつくと前の席に桜花くんが座っており僕の顔をずっと眺めていた。
「やっと気がついた。集中しすぎ。」
「ご、ごめんなさい。」
「敬語。」
「え?」
「敬語に戻ってる。この間も敬語使ってただろ。敬語は禁止だ。」
「あ、はい…」
「…LINEの返信が来ないんだけど、俺なにかした?」
「…ううん。桜花くんは何もしてないよ。僕にLINEの返信をする資格はないから、返信しなかった。ごめん。」
その言葉に桜花くんは目つきが急に鋭くなり、見えるはずのない負のオーラが見えると思えるくらい不機嫌なのが伝わってきた。そしてその状態のまま桜花くんは口を開く。
「なにそれ?資格ってなに?」
「え、いや…」
「俺と話すのに資格が必要なの?それとも単に俺と話したくない?」
「ち、違う!これ以上桜花くんに迷惑をかけるわけにはいかないから…」
「これ前にも言ってたよな?その時にも言ったと思うけど俺が迷惑とか言ったか?」
「…言ってない…です。」
「だろ?俺は酵汰と話したいから話すし、連絡を取りたいからLINEも送る。俺が酵汰に対して迷惑と思うことは一生ないよ。」
先ほどとはうって変わり、声色は柔らかく、僕を安心させるかのように微笑みながら語りかける桜花くんの目はまるで宝石に魅せられ釘付けになるような、そんなうっとりとした目をしていた。
「日曜日、13時に駅に集合で大丈夫かな?」
「は、はい…」
そんな目に僕は魅了され、気づいたときには桜花くんの問いかけにそう答えていた。
「おはよ…。なんでLINE返信くれねーの?」
怒っている理由は僕が先に帰ったからではなく、LINEに返信をしないことが原因らしい。僕が予想もしていなかった事だったため、反応するのが遅れてしまったが、僕は素直に謝罪することにした。
「ごめんなさい…。LINE見る週間無くて、見てませんでした。」と僕は深く頭を下げ
た。それに対し桜花くんは「や、やめろって!頭下げんな!そんなに怒ってねーから!」と明らかに戸惑った態度で僕に駆け寄りあたふたしていた。しかしこうなってしまっては、クラス中の視線が僕と桜花くんに集まる。それを察してか「こっち来て!」と桜花くんは僕の手を引き、教室から飛び出した。
教室から出るも、桜花くんはなかなか手を離してはくれず、どこまで行くのだろうと疑問に思っていたが、上履きのまま外へ飛び出し、いつもの花壇まで来ていた。そして僕をベンチに座らせると、桜花くんはそれでも手を放してくれることは無く、僕の隣に座った。
「…ごめん。また俺が勝手に怒って、勝手に引っ張ってきちゃって。」
「いや、元はと言えば僕が全部悪いから…」
「だから酵汰は何も悪くねぇーって!」
「そんなことないよ。現に僕はデート中なのに勝手に帰ったわけだし…。本当にごめんなさい。それからLINEも気づかなくてごめんなさい。」
「…酵汰は俺のこと嫌い?」
「え?」
「嫌いになった?」
「え?なんで?どういうこと?」
僕は桜花くんの突然のセリフに理解が追いつかないでいた。桜花くんが僕を嫌いになることはあっても、僕が桜花くんを嫌いになることは絶対にない。それなのになぜ桜花くんは僕にそんなことを聞いたのだろう。
「…酵汰は俺とのデートが嫌で帰ったんじゃないの?」
「違うよ。言ったでしょ?桜花くんとのデートは僕の一生の思い出になるほど楽しいものだったよ。」
「ならどうして先に帰ったんだ?デート中に帰るなんて相手のことが嫌いか、デートがつまらなかったかのどちらかだ。でも酵汰は俺とのデートは楽しかったと言った。なら必然的に酵汰が先に帰った理由は俺が嫌いだから以外…ないだろ。」
「…嫌いなら練習相手とは言えど、一緒にデートなんていかないよ。」
「なら…好きか?」
その質問は何を意味しているのだろうか。なぜそれを僕に聞く必要があるのだろうか。もしかして桜花くんは僕をからかって楽しんでいるのだろうか。いや、そんな表情には見えないし、わざわざそんなことを桜花くんはしないだろう。それなら尚更なぜ桜花くんが僕に「好きか」を問うのかがわからない。
「…………好きだよ。」
「本当か?」
「…うん。」
「良かった。」
僕のその返答に桜花くんは心底嬉しそうな表情をした。やはり僕にはその理由がわからない。僕に嫌われていないことがそんなに嬉しいのだろうか?桜花くんは僕に好かれようと嫌われようとどうでもいいはずだ。いや、こんなこと考えてもなんの意味もない。桜花くんは小林くんにだけ好かれていればいいのだから。
「…桜花くんはいつ小林くんをデートに誘うの?」
「え?」
「桜花くんは小林くんのとデートの事前練習のために僕を使ったんでしょ。」
「使ったって…そんな言い方…。」
「ごめん。たしかに良くなかったね。でも僕が手伝うって言ったからそれで良かったと思うよ。」
「…次の日曜日、酵汰は空いてる?」
「日曜日?な、なんで?」
「その日、小林と会う。」
「そ、そうなんだ…。絶対に大丈夫だよ。桜花くんならきっと小林くんに想いと届けられるよ。」
「酵汰もその日来て。」
■ ■ ■ ■ ■
今朝の桜花くんの言葉の意味を考えていたら、いつの間にか今日の授業は終わり、放課後になっていた。桜花くんは僕にどうして欲しいのだろう。日曜日に小林くんとのデートについてきてほしいだなんて、本当に理解ができない。
その後どういうことかを聞こうと思ったが、桜花くんは「じゃ、そういうことだから。俺先に教室に戻ってるな」といい、先に教室へと向かってしまいその理由を聞くことはできなかった。同じクラスなのだから教室で聞けばいいだけの話なのだが、小林くんがいる教室でそんなこと聞くことなんてできなかった。
「そうか、LINEで聞けばいいのか!」
僕はそう言うと思い出したかのようにスマホをスクールバッグから取り出した。LINEを開くと桜花くんから何件かメッセージが届いていた。そう言えばLINEの返信をしてほしいと今朝言われてたことを思い出し、桜花くんからのメッセージを確認する。
—俺なにかした?
—帰った?
—返事ほしい
—デート楽しくなかった?
—俺が途中キレてたからだよな?
—ごめん
—プレゼントは酵汰のために選んだものだ
—小林に買ったものじゃない
—受け取ってほしい
—俺だけ貰うだなんてそんなことできない
—今どこ?
—どこにいる?
—俺のこと嫌いになった?
—ちゃんと話したい
たくさんのメッセージを見て悪いことをしてしまったと改めて感じた。LINEを見る習慣がなかったためこれからは一日に一回は見ることにしようと思ったが、日曜日になれば桜花くんと小林くんはきっと付き合い始める。そうなれば二人は僕にLINEを送ってくることもなくなるだろう。そうなればLINEを見る習慣をつけなくてもいいかと自己完結してしまった。
僕はそこまで考えたところで、本来の目的である”なぜ小林くんとのデートに僕がついていく必要があるのか?”を聞くことにした。と、その前にまずはLINEの返信が遅れたことへの謝罪もすることにした。
—久遠です。
—返信が遅れてしまい、ごめんなさい。
—日曜日の件ですが、小林くんとのデートに僕がついていくのは迷惑だと思います。
—桜花くんの気持ちは絶対に届くと思います。
—応援してます。
—頑張ってください。
「あ………」
桜花くんにデートについていく理由だけ聞くつもりが、勢い余って僕がデートについていく必要がない旨のメッセージを送ってしまった。しかも桜花くんを応援するメッセージも送ってしまった。
正直応援したくない。だって僕の好きな人は桜花くんなのだから…。でも手伝うといった手前この気持ちを桜花くんに伝えることはできない。
「やっぱ惨めだな。」
僕はそう呟くと、ルーティンである花への水やりのため花壇に向かった。僕はいつもどおりベンチにスクールバッグを置いてからジョウロを取りに行く。
「あれ?ジョウロがない…」
いつもあるはずのところにジョウロがなかった。先週の金曜日は桜花くんにつられ急いで水やりをし、片付けをしたところまでは覚えているが、急いでいていつもとは違う場所に片付けてしまったのだろうか。僕はあたりを見渡すがジョウロを見つけることはできなかった。
「…どこ行ったんだろ。」
「探し物はこれかな?」
「え?」
突然後ろから声をかけられ僕は咄嗟に振り返った。そこにはスニーカーとジーンズに、寒がりなのか少し厚めのジャケットの上から緑色のエプロンを着た女性がジョウロを持って立っていた。女性は僕に近づくとジョウロを手渡してきた。
「え、あ、ありがとう…ございます。」
「いやいや、お礼を言うのは私の方だよ。いつもありがとね。」
疑問だ。僕のこの女性にお礼を言われるようなことをしただろうか?いやしていない。なぜなら僕と彼女は今日が初対面だからだ。もしかしたら僕が彼女のことを忘れてしまっているだけかもしれないが、だとしたら僕に遠慮するような声のかけ方はしないだろう。
「ぼ、僕はあなたにお礼を言われるようなことはしていないと思います。」
「そんなことないわよ。いつもこの花壇の花に水やりしてくれてるでしょ?」
「な、なんで知ってるんですか…?」
「自己紹介がまだだったわね。私はこの上北学園高等学校に出入りしている花屋よ。入学式とか終業式とかのいろんな式でこの学校に花を届けているわ。」
「はぁ…。」
「ははっ。わかっていないようね。この花壇の花を植えているのも私なの!」
「え!この花壇って用務員さんが植えているわけじゃないんですか?」
「この学校の用務員は一昨年辞められたらしいのよ。お年で立ち仕事が難しくなったと聞いたわ。そこで花屋としてこの学校に出入りしていた私に話が回ってきたってわけ!」
知らなかった。この花壇に花を植えていたのは用務員さんではないのか。しかもすでに辞められていたとは、確かに1年半以上もこの学校に通っているのに用務員さんの姿を見ることがなかったのはそのためだったのかと理解した。しかしずっと会いたいと思っていたこの花壇に花を植えている人に会えて今は少しテンションが上がっている。
だが、目の前にいる女性が花屋さんであることと、彼女が花壇の花を選定していることはわかったが、どうして僕が水やりをしていることを知っているのかはわかっていない。
「でも、どうして僕が水やりしてるって知ってたんですか?」
「そりゃ1年半もこの花壇に通ってるからね。花を見れば誰かが世話をしてくれていることくらいわかるわよ。それに実は何度かあなたのことを見かけていたのよ。声をかけるのは初めてだけどね。」
「そ、そうだったんですね…。あ、あの!」
「ん?どうしたの?」
「花を植えていただきありがとうございます!」
「え?ははっ。なにそれ。いいのよ。それが仕事なんだから。」
「…仕事だとしてもです。」
「それじゃありがと。ねぇ久遠くんは花が好きなの?」
「はい、好きです。特に桜が好きで…」
「桜!私も大好きなの!」
「…だと思いました。秋桜《コスモス》を植えているのは桜が好きだからだろうなと。」
僕はそこまで言ってまた疑問が浮かんだ。僕はこの人に名前を教えただろうか。花屋さんは僕のことを”久遠くん”と名前で呼んだ。しかし声をかけたのは初めてだとも言っていた。つまり僕のことは知ってはいたが名前までは知らないはずだ。いや学校側から直接花壇の世話をお願いされるくらいだ。先生の誰かから僕の名前を聞いたのだろう。
そう考えていると、花屋さんは口を開いた。
「良いわよね。桜。本当は校門に続く道を枝垂れ桜で埋め尽くしたかったんだけどね。そこまでの権限はくれなかったわ。雪に咲く桜も。春に散る桜も。夏に顔を見せる葉桜も。そして桜じゃないけど、桜の字を使う秋桜も全部好きよ。」
「…随分詩的ですね。」
「ははっ。さて、もう日が暮れるわよ。暗くならないうちに帰りなさい。」
「はい…。あのまたお話できますか?」
「もちろんよ。あ、あぁ…そうだった。そうね…。すぐじゃないとは思うけど会えるわ。」
何やら歯切れの悪い花屋さんに僕はいらぬことを言ってしまったのかと考えた。またお話したいだなんていうのは失礼だっただろうか。僕はまた自分の言葉で誰かを困らせてしまったのだろうか。
—もうしんどいなぁ
「すみません。困らせてしまって。帰ります。今日はお話できてよかったです。ありがとうございました。」
僕はそれだけ告げるとベンチに置いていたスクールバッグを掴み、振り返ることなく駆け足で学校を後にした。
■ ■ ■ ■ ■
金曜日になった。あの日以降桜花くんとは話していない。それどころか桜花くんは常に小林くんと一緒にいるようになった。ちょこちょこ桜花くんとは目が合うのだが、目があった瞬間逸らされる。実はあの後桜花くんから僕の送ったLINEに返信があったのだ。
—迷惑じゃない
—日曜日は絶対に来てほしい
—俺は酵汰に会いたい
しかし僕はそれには返信をしていない。僕にはその資格がないと感じたからだ。もう誰かを困らせるわけにはいかない。
「え?」
授業が終わり、佐々木先生のホームルームも終え、いつも通り読書をしてある程度の時間を潰していたところ、気がつくと前の席に桜花くんが座っており僕の顔をずっと眺めていた。
「やっと気がついた。集中しすぎ。」
「ご、ごめんなさい。」
「敬語。」
「え?」
「敬語に戻ってる。この間も敬語使ってただろ。敬語は禁止だ。」
「あ、はい…」
「…LINEの返信が来ないんだけど、俺なにかした?」
「…ううん。桜花くんは何もしてないよ。僕にLINEの返信をする資格はないから、返信しなかった。ごめん。」
その言葉に桜花くんは目つきが急に鋭くなり、見えるはずのない負のオーラが見えると思えるくらい不機嫌なのが伝わってきた。そしてその状態のまま桜花くんは口を開く。
「なにそれ?資格ってなに?」
「え、いや…」
「俺と話すのに資格が必要なの?それとも単に俺と話したくない?」
「ち、違う!これ以上桜花くんに迷惑をかけるわけにはいかないから…」
「これ前にも言ってたよな?その時にも言ったと思うけど俺が迷惑とか言ったか?」
「…言ってない…です。」
「だろ?俺は酵汰と話したいから話すし、連絡を取りたいからLINEも送る。俺が酵汰に対して迷惑と思うことは一生ないよ。」
先ほどとはうって変わり、声色は柔らかく、僕を安心させるかのように微笑みながら語りかける桜花くんの目はまるで宝石に魅せられ釘付けになるような、そんなうっとりとした目をしていた。
「日曜日、13時に駅に集合で大丈夫かな?」
「は、はい…」
そんな目に僕は魅了され、気づいたときには桜花くんの問いかけにそう答えていた。


