僕は正直金城くんが何を知っているのか理解できなかった。いや言葉の意味は理解している。僕をデートに誘ったのだ。それは分かる。それは分かるのだが、どうして僕をデートに誘うのかが理解できない。そうか聞き間違いか。

 「ごめん金城くん。うまく聞き取れなかった。もう一度お願いできますか?」
 「うん。俺とデートしてください。」

 聞き間違いではないらしい。だとしたら余計に意味が分からない。

 「な、なんで僕とデート…なの…?」
 「なんで?え、えっと…その…えっと…」

 どうしたのだろうか。金城くんの歯切れが悪い。つまりは言いたくないことだということだ。そうなれば僕をデートに誘う理由なんて一つしかないだろう。

 「あぁ、罰ゲームってこと?そっか…。その罰ゲームは断るのと、承諾するのとだと、どっちが金城くんに取って良い方向に働くの?」
 「違う!罰ゲームとかじゃなくて…。そ、そう!事前練習的な!」
 「練習?あぁなるほどそっちか。小林くんをデートに誘う前にテストがしたいってことね。だとしたら僕じゃなくて別の人がいいと思います。僕は別に小林くんと仲いいわけじゃないから金城くんのデートが小林くんが喜ぶかどうかなんて判断付かないですよ。」
 「…俺は久遠にデートをお願いしたい。」
 「…たしかに僕が手伝うって言ったんだもんね。そうだよね。え、でも金城くんってもう小林くんと付き合ってるんじゃないの?僕が小林くんと連絡取ってたことに対して怒ったのってもう付き合ってるからだよね?ならデートの練習とか要らないんじゃ…。」

 それに対して金城くんは「いやいやいや」と両手と顔を振りながらそれを否定した。その否定の速さと勢いからして嘘をついているようには見えない。どうやらまだ付き合っていないようだ。となると金城くんは本当に小林くんとの本番デートの事前練習の相手として僕とデートをしたいらしい。

 「これじゃまるで道具だな…」
 「え?なに?」
 「ううん。なんでもないです。わかりました、デートの練習相手ですよね。引き受けます。」
 「…あ、ありがとう。」

 その返事に僕は本当は僕なんかとデートなんてしたくないんだろうなということを感じ取った。

 「そしたらまずは久遠は俺に対して敬語禁止な!」
 「え?」
 「デートに行くってことは対等じゃなきゃだろ?久遠は全部ってわけじゃないけど俺に敬語で喋るだろ?それ禁止!俺とはタメで喋ってね。」
 「…」
 「それから呼び方変えよっか。」
 「呼び方?」
 「そ、流石に苗字じゃ味気ないだろ?俺は久遠のこと酵汰って呼ぶから、酵汰は俺のこと桜花って呼んで!」
 「そんな急に言われても…。なら金城くんは小林くんのことも名前で呼ばなきゃだよ?」
 「お・う・か」
 「え?」
 「桜花って呼んで。」
 「…お、桜花くん。」

 僕がそう呼ぶと桜花くんはかなり満足した表情になった。にこやかに笑い「おう!」と僕の呼びかけに返事をする。その笑顔は僕が一目惚れした桜花くんそのものであった。

 「かっこいい…」
 「…ありがとう」
 「え?僕今口に出てた?」
 「うん、割とガッツリ?でもかっこいいって言われて嫌な人なんていないだろ。俺は嬉しいよ。じゃさ早速、いつデートに行くか決めようぜ。酵汰はいつ空いてる?」
 「えっと、土日なら基本的に。
 あ、朝はパン屋の手伝いがあるから10時以降だと助かります。」
 「あ!また敬語!次敬語使ったらデコピンだからな!」
 「えぇ…急に口調を変えるのは難しいよ。」
 「なら俺とだんだん慣れていこうな!」

 桜花くんに微笑みかけられたタイミングでチャイムが鳴った。その時に僕はそもそも今は何時なのかが気になった。いつの間にか寝てしまっていたみたいだし、日の照り具合からして昼過ぎくらいだろうか。そんなことを考えていると桜花くんが僕の手を取り、立ち上がった。

 「昼休憩終わっちゃったな!教室戻るか!」

 桜花くんは僕の返事も聞かぬまま僕の手を引いて教室へと向かった。教室へ向かうには真反対にある正面玄関を通り、階段を上る必要がある。正直距離があるのだがその間ずっと桜花くんは僕の手を話すことはなかった。それは教室についてからもだ。

 「なんだ?仲直りしたのか?」

 五時限目の教科は物理であり、担当教師は担任でもある佐々木先生だ。そんな佐々木先生は手をつなぎながら教室に入ってきた僕と桜花くんをみてそんなことを口にした。それを聞いて咄嗟に僕は桜花くんの手を振り払った。教室ということは小林くんもいる。小林くんには桜花くんと手を繋いでいるところを見られるわけには行かない。

 「ち、違います。おうk…金城くんが授業があるからって迎えに来てくれたんです。金城くんも呼んでくれてありがとうございました。」
 「…酵汰、また後で。」

 金城くんはそう言うと、先ほどの上機嫌とはうって変わり、同一人物とは思えないほど不機嫌になると大きな足音を立てながら自分の席に座った。

 「え?なに、今の一瞬で喧嘩でもしたのか?」
 「喧嘩してないです。酵汰と俺、仲良しなんで。」
 「…いやそうはみえ…いや、なにもない。久遠は落ち着いたか?問題なさそうであれば席につけ。授業するぞ〜。」

 僕はなんとも言えない気持ちになりつつも、一番うしろにある自分の席についた。


■ ■ ■ ■ ■


 今日の授業が全て終わった。僕はいつも通り教室の隅で読書をしながら金城くんが帰宅するのを待っていたのだが、今日は帰ることができないかもしれない。それはなぜか。それは今僕の目の前の席に金城くんが座り、不機嫌な状態のまま僕を見つめて動かないからだ。

 「…えっと、ど、どうかしましたか?」

 僕のその問いかけに対し金城くんは頬を膨らまし、ますます機嫌が悪くなっていく。なぜ不機嫌になっているのかがわからず、更になぜ僕を見つめているのか、そしてなぜ僕を待つかのように前の席に座っているのか。僕がなぜわからないのかがわからないことにしびれを切らしたのか金城くんが口を開いた。

 「…苗字呼びに戻ってるし、敬語にも戻ってる。」
 「え、いや。教室には小林くんがいたし、誤解されたら困りますよね…?」
 「今は俺達しか教室にいない。」

 放課後になり、すでに殆どの生徒は部活に行ったか、帰宅をしたかだ。そのため金城くんの言う通りこの教室には僕と金城くん以外の人はいない。だから余計気まずいというのに、不機嫌度合いがましていく金城くんが目の前にいるということが更につらい。

 「お、桜花くん…」
 「よし!」

 満足そうだ。

 「じゃあデートの予定を立てようか。」
 「え、あ、うん。」
 「次の土曜日の11時。駅前集合でどう?」
 「だ、大丈夫です。あ、大丈夫。」
 「おっけい。じゃあ次、酵汰はデートでどこに行きたい?」
 「え、どうなんだろう。小林くんの好きな食べ物は聞けたけど、行きたい場所とかは聞けてなくて。」
 「…いや、小林は今はいい。酵汰の行きたいところが聞きたい。」

 なんで?とは思ったがそれを口にできるような空気感ではなく、必死に考えた結果無難なところで水族館か動物園と回答したところ、外は寒いから水族館に行こうと難なく承諾してくれた。その時僕に一つの悩みが浮かんだ。

 (待って。僕本当に桜花くんとデート行くの?僕服とか持ってないけど…)

 「ご、ごめん桜花くん、やっぱデートはなしにできないかな?」
 「…は?なんで?」
 「着ていく服持ってない…」
 「はぁー。なんだ。そんなことか。よかったぁ。いいよ服とかなんでも。なんならデートで服も見に行こうぜ。」
 「う、うん。」

 そこまで言われてしまえば、これ以上断ることもできない。僕は仕方なくデートを再度承諾することになった。そんな話をしているといつの間にかあたりはオレンジ色に染まっていた。僕はルーティンである花壇の水やりをしてから今日は学校をあとにしようと考え、桜花くんに「じゃあ今日はこれで」と告げて帰ろうとする。スクールバッグを手に取り席を立つと、僕の手はその行く手を阻むように、後ろに引っ張られた。

 「一緒に、帰ろ…」
 「う、うん。」

 誰かと一緒に帰るなんて初めてかもしれない。そんなことを考えながら話してくれない手に惹かれるように、僕は先を歩く桜花くんの背中を見つめながら教室をあとにした。
 昼のときも思ったけど、やっぱり桜花くんは身長がでかいから背中も大きいな。かっこいい。僕は170cmもないから桜花くんと比べると余計小さく見えるし、制服のサイズも全く違うんだろうな。

 「なぁ、隣り歩かねーの?」
 「い、いいの?」
 「俺が一緒に帰ろうって言ったんだからダメなことはねーだろ。」

 僕は少しだけ駆け足をして、桜花くんの隣りに行く。しかし桜花くんは僕が隣りに来ても手を離すことはなかった。歩いている最中は会話はなかった。僕が緊張していたからだと思う。何か話題を振らなきゃと考えていると、桜花くんの足が止まった。

 「着いたぞ。」

 それを合図に僕は正面を向いた。このとき僕はずっと桜花くんのことを見つめていたことに気がつく。恥ずかしさを感じながら僕はその光景に驚いた。

 「え、花壇?」
 「うん、寄っていくのかなって。違った?」
 「…違わない。」
 「そ、俺もなにか手伝おうか?」
 「大丈夫。すぐ終わらせるね。」

 僕は急いで花壇のそばに置いてあるジョウロにそれまた花壇のそばにある庭園用の蛇口からひねり水を入れる。ジョウロの中を水が満たすと蛇口を止め、花壇に生えている秋桜に恵みを与えていく。オレンジ色の光に秋桜の鮮やかな色が映える。

 「花、好きなのか?」

 花壇近くのベンチに座り、僕の行動をずっと眺めていた桜花くんがふと疑問に思ったのか、そんな質問を僕に投げかけてきた。

 「うん。好き。特に桜が好きかな。だからこの秋桜も好き。秋桜って秋に咲く桜って言われてるんだよ。漢字もそう書くしね。」
 「へぇ桜ね。なんで桜が好きなの?」
 「特にこれと言って理由があるわけじゃないよ。花言葉とかを知ってるわけじゃないしね。強いて言えば”出会いの象徴”みたいだからかな。」
 「どういうことだ?」
 「…知ってると思うけど、僕は友達がいないんだよ。両親以外とLINEを交換したり、連絡を取ったのも小林くんが初めてなんだよね。それくらい僕は友達がいないんだ。教室の隅で本を読んでるようなやつと友達になりたいなんて思う人はいないからさ。仕方ないことなんだけど。桜って出会いとか別れのイメージあるでしょ?よく歌にもなってるし。だから桜は僕にとって出会いの象徴なの。桜の力を借りれば僕にも友達ができるんじゃないかって…。ごめん、つまんない話だよね。」
 「桜の力を借りるってなんだ?」
 「僕の使ってる栞。あれ桜が彫られてるんだ。桜に力を借りたくて、少し高かったけどお小遣い貯めて買ったんだ。」
 「…そっか。なら昨日今日で友達が二人になったな!」
 「え?」
 「小林と俺。連絡先まで交換したんだ。これはもう友達だろ。」

 突然のことに、僕は水やりを止めてしまった。
 友達。まさか友達になりたいと思っていた人の口からそんなことを言ってもらえるだなんて思ってもみなかった。そもそも友達の定義がわからない僕は、クラスメイトと友達の線引がわからない。クラスメイトになれただけでも嬉しいのに友達になることができた。

 「嫌…だったか?」
 「そんなことない。嬉しい。」
 「よかった。なら、そろそろ帰ろうか。だいぶ冷えてきたよ。」

 桜花くんは微笑みながら僕に語りかけた。僕は水やりを再開し、ジョウロの中の水を使い切ると、急ぎ足で片付け桜花くんに完了の報告をする。そうするとまた桜花くんは僕の手を取り、帰路についた。
 桜花くんに僕の家はバレているが、僕は桜花くんの家がどこにあるかを知らない。ウチのパン屋に着たことがあるため近所なのだろうとは思っていたのだが、実際のところはわからない。

 「桜花くんの家もこっちの方向なの?」
 「そうだよ。俺の家は…いや、これはまた今度にしよう。」
 「どういう…?」
 「そんなことより、酵汰は細いな。今日は何度か酵汰の手を握ったけどそのたびに思ってたよ。ちゃんとご飯食べてんのか?」
 「…あぁ、そう言えば今日は何も食べてないかも。」
 「は?まじかよ。何も食ってねーの?腹減ってるんじゃないのか?」
 「ま、まあ。そう言われると空いてるかも…?」
 「もっと食べろ。これじゃ身体が持たないぞ。」

 僕はこの言葉の意味が理解できないでいた。桜花くんの僕に対するセリフには時折理解できない言葉が多い。このセリフもそうだ。身体が持たないというのがどうもしっくりこない。僕は教室の隅で本を読んでいるだけの生徒であり、家業のパン屋でアルバイトこそしているものの少しご飯を抜いた程度で、支障が出るようなことはない。それにもかかわらずこの桜花くんのセリフだ。

 「大丈夫だよ。アルバイトとかには支障は出ないよ。」
 「...そういう意味じゃないんだけど」
 「え?」
 「いや、なんでもない。そんなことより、明日は駅集合じゃなくて、迎えに来ようか?」
 「…?で、デートの練習の件だよね?練習は土曜日じゃなかったっけ?」 
 「何いってんだ?今日は金曜日だぞ。」

 すっかり忘れていた。と、いうか曜日感覚が麻痺していた。ここ数日のイベントごとですっかり身体が疲弊していたため時間の感覚もおかしくなっていたのかもしれない。

 「よし。明日11時にここで待ってろ。迎えに行く。」

 そう言われ顔を上げると見慣れたパン屋がそこにはあった。僕が返事をする前に桜花くんは僕の手をゆっくり外し、「また明日」と微笑みかけると、正面を向き駆け足で去っていった。
 離れていくその大きな桜花くんの手に名残惜しさを感じており、返事をするのが遅くなった僕は、小さくなっていく背中を見ながら僕も「また明日」と呟いた。