家に帰ってから僕はどうしてあんな提案をしてしまったのだろうと自暴自棄になっていた。自室に戻り肩にかけていたスクールバッグを乱暴に投げ捨て、自身はベッドにダイブする。
「明日からどうしよ。」
そう呟くが、呟いたところで現実は何も変わらない。しかしそんな状況であっても嬉しいことはある。金城くんと会話をしたことだ。会話というか僕の言葉に相槌を打ってもらっていただけにも思えるが、それだけだとしても半年ぶりに話したという事実だけで僕は嬉しかった。
「…そういえば小林くんのこと、そんなに知らないんだよね。
手伝うって言ったって何から手伝えばいいんだろ…」
僕はベッドから起き上がり、投げ捨てたスクールバッグの中から自身のスマホを取り出すと、もたつきながらも親指を器用に動かし、フリック入力で検索をかける。今までの人生で僕には無縁であった内容だったためどのような言葉で検索をかけるのがベストなのか分からずもたつきがあったが、とりあえず誰しもが検索しそうな単語である「彼氏 作り方」で検索をかけた。
僕は検索結果にざっと目を通したが、しっくり来るものがない。流し見ではあるが検索結果はどれも「自分磨きをしましょう」であったり「内面だけではなく、外見にも気を使いましょう」などといった文字が並んでいた。しっくりこなかったのはそのどれもが既に金城くんに備わっていたからであった。僕から見る彼は完璧そのもの。文句の付けようの無い容姿に加え、僕みたいな陰キャの名前も覚えており、ぶつかったときもケガはないかと心配すらしてくれるような紳士的な内面も持ち合わせている金城くんに足りないところなど見当たらない。
金城くんが告白すればほとんどの女子生徒であれば二つ返事で承諾するだろうに、そんな金城くんがわざわざ待ち受けにするほど自身の想いを伝えることはせずにお呪いに頼るということはやはり同性同士であると言うことを気にしているのだろう。
つまり僕のミッションは小林くんに金城くんの魅力を伝えることではなく、小林くんに男性を好きになってもらう努力をするということだ。
「…というか小林くんの恋愛対象ってそもそも女性なんだろうか?」
そんなことを呟きながら「同性 振り向かせる」などで再度検索をかけた。検索結果を眺めるとその結果はあまりにも悲しいモノであった。
—ゲイがノンケと付き合うことはほぼ不可能
—カミングアウトは今後の関係性を崩す可能性あり
—付き合いたいから告白するのではなく、想いを伝えるためだけに告白しましょう
—良い返事が貰えることは無い前提で前を見ましょう
それをみて僕は女性が好きな男性の恋愛対象を男性にする。もしくは男性も好きにさせることは困難であることを悟った。僕は頭を抱えた。ベッドに座るわけでもなくカーペットの上でうずくまる。
「金城くんの悲しむ姿だけは見たくない。そうと決まれば…成功させるしかないよな…」
そう呟いたタイミングでリビングから夕食ができた旨の母の声が聞こえ、僕はゆっくりと立ち上がり自室から出るとリビングへ向かう。
一階は全てパン屋になっている久遠家の居住スペースは全て二階で完結されており、二階だけの一軒家ながら、感覚として平屋に近いものであった。実家のパン屋でアルバイトとして働いていることもあり、久遠家の家族仲は良好である。
「今日グラタン?珍しいね。」
「そうなの。グラタンパン用のホワイトソース多めに作っちゃってねー。」
「そうなんだ。お父さんは?」
「あの人は一階で明日のパンの仕込み中。なんか新しいパンを考案するんだって。」
「ははっ。大変そうだね。」
「ま、パンを作るのがあの人の趣味みたいなもんだから、いいんじゃない?さて冷めないうちに食べちゃいましょうか。」
お母さんのその合図に僕は両手を合わせて「いただきます」と言ってからスプーンを取りグラタンをすくう。黙々と食べ続ける僕を見て、お母さんは声をかけた。
「ねぇ酵汰《こうた》、何かあった?」
その言葉に僕はグラタンを食べている手が止まる。普段通りにしていたつもりであったが、親とはすごいものだ。ほんの少しの変化にも気が付くものなのだろうか。
「何ってナニ?何も無いけど…」
「…そう?ならいいけど。そういえば酵汰って友達いるの?」
「ど、どうしたの突然。」
「いやね、朝はウチでバイトしてから登校するでしょ?放課後も別に帰ってくるのが遅いわけじゃないし、休みの日は基本部屋で本読んでるじゃない?だから友達いないんじゃないかって心配なのよ。」
僕は持っていたスプーンから手を放してしまい、机の上でバウンドしたスプーンはそのまま床へと落下した。僕は動揺したのだ。完全に図星である。
「ご、ごめん。スプーン洗ってくるよ。」
そう言って床に落ちたスプーンを拾い上げ、シンクへと持っていく。
親はなんでもお見通しなのかと悟り、お母さんの顔が見えないキッチンから僕は自分の気持ちを伝える。
「…友達はいないかな。でも別にいじめられてるとかそういうわけじゃないよ。クラスに馴染めてないってだけ。こればっかりは僕が悪いよ。
でも無理してまで友達を作ろうとは思ってなくて。
実際友達はいなくても、十分楽しい高校生活は送れてるよ。」
それを聞いたお母さんは肯定も否定もすることなく、顔もみないまま僕に伝える。
「…親はね、子どもの力になれれば、子どもの笑顔さえ見れればそれで十分なの。酵汰が友達がいらないって言うなら無理に作れなんて言わない。でも酵汰が誰かに助けを求めたときに誰も酵汰の声に耳を傾けない状況は作り出してほしくないの。
だからそんな時は頼りないかもしれないけど、私たちを頼ってね。」
一体親という存在は子どものどこまでを知っているのだろうか。正直怖いと思えるくらい、なんでもお見通しなのだろう。僕はまだ恋愛対象が男性である旨のカミングアウトを両親に行っていないのだが、もしかしたら既に察されているのかもしれない。僕はそんなことを思いながら、それらすべてを誤魔化すように「なにいってんの」と笑いながら茶化すようにお母さんに言った。それに続けるように「お腹いっぱいになったから残りは明日食べるね。……ごめん。」と呟き、僕は自室へと逃げるように戻っていった。
■ ■ ■ ■ ■
翌朝僕はいつも通り早朝3時45分に目を覚まし、15分でシャワーを済ませると制服の上にエプロンを羽織り、開店の準備を始める。開店の準備は大体掃除だ。入口の掃き掃除をしたり、パンを置く棚をアルコールで拭いたりと店を清潔に保つための掃除を行った後、軽く朝食を食べる。朝食はもちろんパンの日が圧倒的に多いが、白米を食べないこともない。そして今日はその白米の日らしい。二階に上がりすでに食卓に並べられていた白米と味噌汁と塩鮭を順番に頬張る。5分ほどで食べ終えると食器を洗い、自室に戻ってスクールバッグに今日の授業で必要な教材を詰め込んでいく。
一息ついて時間を確認する。時計の針は文字盤をちょうど半分に割るように一直線になっていた。開店の時間だ。僕は急いで一階まで降りると既に店前には開店を待つ人で列ができていた。これもいつもの光景だ。僕は急いで店を開ける。それと同時に店内に人々が流れ込み、次々とパンが減っていく。僕は頃合いを見計らいながらパンの補充やトレイやトングの掃除を行う。
朝から忙しくしているといつの間にか時計の針は8時30分を指していた。つまり既に登校しなければならない時間と言うわけだ。僕はエプロンを剥ぎ取り、昼食用のパンを何個か選んだ後、両親に「行ってきます」とだけ伝え上北学園高等学校へと走った。
今日も今日とて予鈴とほぼ同時に僕は教室へと駆け込む。その見慣れた光景にクラスの生徒は既に何も感じることは無く、席につきながらも隣同士で会話を楽しんでいる。
しかし普段と違うことがこの日起きた。
「おはよう久遠!間に合ってよかったな!」
いつもならそのセリフは佐々木先生がかけてくれる言葉なのだが、今日は教卓側からではなく、クラスの中央からその声が聞こえた。僕はその声に動揺してしまい教室の後方で勢いよく転んでしまった。
「だ、大丈夫か?」それとほぼ同時に金城は席を立ち上がり、僕の元へと駆けつける。
僕はこの状況が理解できないでいた。だっておかしいだろ。半年間も会話という会話をしていなかったと言うのに!昨日たまたま金城くんの好きな人が小林くんであることを知り、それに対して小林くんと付き合えるようにすると提案をしただけで…
(あぁなるほど。金城くんは僕を心配しているわけじゃなくて、小林くんにそのことをバラすんじゃないかと怯えているのか。
だから僕なんかに声をかけて、小林くんにばらさないように監視してるんだ…)
「すみませんでした。大丈夫です。ありがとうございます。」
僕は好きな人である金城くんが転んでいる僕に手を差し伸べてくれたにもかかわらず、その真意に気が付くと、手を取ることはせず敬語で謝罪と感謝を伝え、自力で立ち上がり席に着いた。
「何あれ感じ悪くない?」
「金城くん大丈夫?」
そんな声が聞こえる。当然だろう。
金城くんはクラス一。いや学校一かっこいい人である。そんな世界一かっこいい人の優しさを無下にするようなクラス一の陰キャである僕の事なんてゴミ当然だ。そうなれば必然的にクラスのみんなは金城くんのことを心配するに決まっている。
そんな心配する声に混じって一人、違うことを言う人物がいた。
「そういや金城って久遠のことパシリに使ってたんだっけ?そんなことしてっから久遠に嫌われてんじゃねーの?しかも敬語だったじゃん。金城どんだけ久遠のことコキ使ってるんだよ。」
声の主は金城くんには及ばないものの顔立ちは整っており、サッカー部のエースで金城くんの想い人でもある小林くんであった。
「だからそんなことしてねーよ!小林も知ってるだろ!」
「分かってるよ。今のはからかっただけだ。
久遠大丈夫かー?急にこんな高身長メガネに話しかけられたら怖いよな?」
そんな小林くんは僕の心配をしてくれた。しかも心配するだけではなく、続けて僕に話しかけてくれた。
「久遠ってさ、いつもなんかいい匂いするよな?焼きたてのパンみてーないい匂い。ずっと嗅ぎたくなるような臭いだよな。」
そういいながら小林くんは僕に近づき、顔を近づけ直接臭いを嗅ぐ。金城くんほどではないが、イケメンの顔がこんなに近くにあることに僕は動揺を隠せず咄嗟に「ウチがパン屋だから!」と大声で拒絶するかのように言い放ってしまった。しかし小林くんは僕のそんな失礼な対応を気にすること無く至近距離のまま話続ける。
「え!マジで?久遠の家ってパン屋なの?どおりでいつもいい匂いがするわけだよ。いやね、俺ずっと前から久遠と話したいと思ってたんだよ!いつも本読んでるからなかなか話しかけるタイミングが分かんなくてさー。」
意外にもたくさん話しかけてくれる小林くんに圧倒されながらも、これはチャンスなのではないかと考えた。小林くんのことを知るチャンスだと。そうすれば金城くんに何か新しい情報を伝えられるかもしれない。
僕はスクールバッグから昼食の予定だったパンの入った紙袋を取り出し、小林くんに差し出す。
「これウチのパン屋のパン。良かったら…」
「マジで?いいの?え、めっちゃ美味そうじゃん!でもこれ久遠の昼メシじゃねーの?」
「だ、大丈夫。僕そんなにお腹すかないし。昼休みも本読んでるだけだから。」
「いや、でも…。そうだ学食行こうぜ!俺が久遠の昼メシ驕るわ!」
「いや悪いよ。僕がパンを押し付けただけだから気にしないで…」
「じゃあさ!連絡先交換しようぜ!LINEやってる?」
「やってるけど…。そ、そういうのは金城くんみたいな仲のいい人と交換するもんじゃないの?」
「はぁ?金城のはもう持ってるからいいんだよ!あと仲良くなりてーから連絡先って交換するもんだろ。仲良くなってから交換するもんじゃねーよ!ほら!」
そういって小林くんはポケットからスマホを取り出すとLINEのQRコードを画面に表示させ、読み取るように言ってきた。僕は渋々スクールバッグからスマホを取り出し、小林くんとLINEを交換する。
ふと視線を感じ顔をあげると、小林くんの肩越しに金城くんが僕を睨んでいるのが見えた。黒縁スクエア型のメガネのレンズ越しに見える金城君の目は細まっており、他者を軽蔑するような冷たい視線であった。
—またやってしまった—
そう瞬時に感じた。僕のミッションは小林くんと仲良くなることではなく、金城くんと小林くんの仲を取り持つこと。そして二人を付き合わせることであり、小林くんと仲良くなることでは断じてない。それにもかかわらず僕は金城くんが好きな人と連絡先の交換をしてしまった。これは睨まれてもしょうがない。
すぐに今の状況を打開するための何かをしなければいけないと考えを巡らせるが、何も思いつかない。焦る僕に救世主が現れた。
「遅くなってすまない!職員会議が長引いてしまった…って、なんだお前ら?久遠をいじめてんのか?」
多少の呼吸の乱れを感じさせながら教室のドアを開けて入って来たのは担任の佐々木先生であった。予鈴が鳴っていたのにもかかわらず、先生の姿が見えなかったのは職員会議が長引いていたからだった。
「ちょ、ササセンひどくない?いじめてねーから!今久遠と友達になったの!
ほら見てよ!久遠のLINE聞いちゃったー。」
小林くんは嬉しそうに、佐々木先生に自身のスマホに映った僕のLINEのトプ画を見せた。しかし佐々木先生はそんなことはどうでもいいようで「いじめてないならいいよ。久遠、もしいじめられたらすぐに言うんだぞ!」と小林くんのセリフを一切信じてないようでそれに対し小林くんも「うわ!信じてないじゃん!てかなんかササセンって久遠に対して優しくない?」とツッコミを入れる。
「そりゃそうだろ!久遠は成績上位者だからな!
小林みたいに授業中に騒がないし、授業も真面目に聞くし、いい生徒には優しくするのは当然だろ!
ほら早く席に着きなさい。」
小林くんは「へーい」とやる気のない返事を返し、自分の席へと戻っていく。金城くんも席に戻るが、小林くんではなく僕の方をずっと見ている。
(あぁ…最悪だ。)
小林くんと仲良くなってはいけなかったんだ。金城くんは最後まで僕を睨みつけ自分の席に座った。
■ ■ ■ ■ ■
昼休みの時間になった。普段の僕ならパンと本が入っているスクールバッグごと持って花壇へと移動するのだが、今日はパンをすべて小林くんに上げてしまったため、スクールバッグの中から文庫本だけを取り出し花壇へと向かう。
正直お腹がすかないことも無いのだが、今日は体育の授業もなく、午後の授業も現代文と数学のため体力的にも問題ないだろうと感じ昼食は食べないという選択を取った。
今日も花壇のベンチは誰もおらず、僕は文庫本を広げ愛用しているシルバーの栞を抜き取り、文字の羅列を目で追う。僕が栞を挟むときに読んでいたページのひとつ前のページに栞を挟む理由は直前の流れを思い出すためだ。すぐに忘れるというわけではないが、その方がしっくり内容が頭に入ってくる気がするので、ずっとこの栞の挟み方をしている。
「そろそろここで本読むのもしんどいかな…」
季節は秋も後半。上半身はまだしも足首やつま先などは冷たくなり、集中して読書をすることが難しい気候になって来ていた。夏場は丁度木陰に入り、風が良く抜けるこのベンチは真夏日であっても外で本を読むのには困らないほど涼しくなるが、冬場はどうやらそうもいかないらしい。
「そういえばバイト代結構貯まってきてたな。ブランケットでも買おうかな。」
本以外に物欲のない僕は、高校生にしてはお金に余裕がある生活を送っていた。そのため欲しいものがあると割とすぐに買えてしまうのだ。さらに言えば僕は割と行動派であり、思いついたらすぐに行動に移すタイプでもある。
「放課後、ブランケット買いに行こ…」
そう呟き僕は栞を今読んでいたページのひとつ前のページに挟むと教室へと歩みを進める。途中自動販売機があったので、なにか温かいココアでも買おうかと思いポケットに触れるも、今日は珍しく文庫本だけを持って移動していたことを思い出し、何も買うことなく教室へと戻った。
教室に戻ると僕の席が占領されていた。占領しているのは小林くんと金城くん。小林くんは教室に戻って来た僕を見つけると話しかけてきた。
「あ!やっと戻って来た!どこ行ってたんだよ久遠!教室にも学食にも売店にもいねーし。」
「え、うん、本を読みに…」
「うわ、ほんとに本が好きなんだな。てかメシ食った?」
「いや…食べてないけど…」
「え?マジ?ごめん!俺がパン食ったからだよね?マジごめーん。LINE送ったのに全然既読にならないからさ、俺秒で嫌われたのかなって思ってビビり散らかしてたんだけど、嫌ってないよね?俺何かした?あ!パン代だよね!すぐ払う!いくら?」
「いや、本当に気にしないで。あとLINE気づかなくてごめん。スマホ鞄に入れっぱなしで、見てない。」
「よかったぁー。マジで焦ったぜ。
なあ久遠、今日の放課後って何か用事ある?今日はグラウンド整備で部活が休みだからさ、金城と買い物行く約束してんの。良かったら久遠も行かね?」
小林くんからの提案は非常に良くないものであった。小林くんは金城くんと買い物に行く約束をしていると言った。つまり二人は放課後にデートをするということだ。それも部活で滅多に休みが合わないであろう放課後にだ。そんな重大なイベントを邪魔するわけにはいかない。
「ご、ごめん。今日は予定があって…」
「あぁ…そっか、そうだよな。ごめんな急に誘っちまって。」
「いや、本当にごめんなさい。行きたくないわけじゃないんだ。本当にごめんなさい。
でも僕なんかを連れて行くより二人で行った方が楽しいよ。ね、ねぇ金城くんもそう思うでしょ?」
僕は金城くんに話を振った。金城くんは今朝ほど鋭い眼光ではないものの、小林くんが僕なんかと話しているのが気に食わないのか多少なり不機嫌なようにも思えた。そんな金城くんは数秒の沈黙の後、口を開く。
「俺は久遠も一緒にいた方が楽しいと思う。」
金城くんの回答は僕が望んでいないものであった。しかし金城くんの声色は低く、呟くようなボソボソとした感じできっと本音と建前は異なるのだろう。小林くんの手前、僕なんかを含めて三人で買い物なんて行きたくないなんて口が裂けても言えないのだろう。僕のせいでまた金城くんは言いたくもないことを口にさせてしまった。そう悟った僕は締め付けられる胸の痛みに耐えながら二人に断りの挨拶をする。
「わ、嬉しいな。金城くんは優しいね。
でも本当にごめんなさい。今日は用事があるんだ。二人で楽しんできて。
ごめん。僕飲み物買いに行きたいから、これで…」
僕はそう言って二人から離れるように、机にかけているスクールバッグごと取り、先ほど見かけた自動販売機に向かう。
これ以上金城くんに嫌われたくない。もう睨まれたくない。
僕は一人で勝手に恐怖を抱き、唇を噛みしめた。
「明日からどうしよ。」
そう呟くが、呟いたところで現実は何も変わらない。しかしそんな状況であっても嬉しいことはある。金城くんと会話をしたことだ。会話というか僕の言葉に相槌を打ってもらっていただけにも思えるが、それだけだとしても半年ぶりに話したという事実だけで僕は嬉しかった。
「…そういえば小林くんのこと、そんなに知らないんだよね。
手伝うって言ったって何から手伝えばいいんだろ…」
僕はベッドから起き上がり、投げ捨てたスクールバッグの中から自身のスマホを取り出すと、もたつきながらも親指を器用に動かし、フリック入力で検索をかける。今までの人生で僕には無縁であった内容だったためどのような言葉で検索をかけるのがベストなのか分からずもたつきがあったが、とりあえず誰しもが検索しそうな単語である「彼氏 作り方」で検索をかけた。
僕は検索結果にざっと目を通したが、しっくり来るものがない。流し見ではあるが検索結果はどれも「自分磨きをしましょう」であったり「内面だけではなく、外見にも気を使いましょう」などといった文字が並んでいた。しっくりこなかったのはそのどれもが既に金城くんに備わっていたからであった。僕から見る彼は完璧そのもの。文句の付けようの無い容姿に加え、僕みたいな陰キャの名前も覚えており、ぶつかったときもケガはないかと心配すらしてくれるような紳士的な内面も持ち合わせている金城くんに足りないところなど見当たらない。
金城くんが告白すればほとんどの女子生徒であれば二つ返事で承諾するだろうに、そんな金城くんがわざわざ待ち受けにするほど自身の想いを伝えることはせずにお呪いに頼るということはやはり同性同士であると言うことを気にしているのだろう。
つまり僕のミッションは小林くんに金城くんの魅力を伝えることではなく、小林くんに男性を好きになってもらう努力をするということだ。
「…というか小林くんの恋愛対象ってそもそも女性なんだろうか?」
そんなことを呟きながら「同性 振り向かせる」などで再度検索をかけた。検索結果を眺めるとその結果はあまりにも悲しいモノであった。
—ゲイがノンケと付き合うことはほぼ不可能
—カミングアウトは今後の関係性を崩す可能性あり
—付き合いたいから告白するのではなく、想いを伝えるためだけに告白しましょう
—良い返事が貰えることは無い前提で前を見ましょう
それをみて僕は女性が好きな男性の恋愛対象を男性にする。もしくは男性も好きにさせることは困難であることを悟った。僕は頭を抱えた。ベッドに座るわけでもなくカーペットの上でうずくまる。
「金城くんの悲しむ姿だけは見たくない。そうと決まれば…成功させるしかないよな…」
そう呟いたタイミングでリビングから夕食ができた旨の母の声が聞こえ、僕はゆっくりと立ち上がり自室から出るとリビングへ向かう。
一階は全てパン屋になっている久遠家の居住スペースは全て二階で完結されており、二階だけの一軒家ながら、感覚として平屋に近いものであった。実家のパン屋でアルバイトとして働いていることもあり、久遠家の家族仲は良好である。
「今日グラタン?珍しいね。」
「そうなの。グラタンパン用のホワイトソース多めに作っちゃってねー。」
「そうなんだ。お父さんは?」
「あの人は一階で明日のパンの仕込み中。なんか新しいパンを考案するんだって。」
「ははっ。大変そうだね。」
「ま、パンを作るのがあの人の趣味みたいなもんだから、いいんじゃない?さて冷めないうちに食べちゃいましょうか。」
お母さんのその合図に僕は両手を合わせて「いただきます」と言ってからスプーンを取りグラタンをすくう。黙々と食べ続ける僕を見て、お母さんは声をかけた。
「ねぇ酵汰《こうた》、何かあった?」
その言葉に僕はグラタンを食べている手が止まる。普段通りにしていたつもりであったが、親とはすごいものだ。ほんの少しの変化にも気が付くものなのだろうか。
「何ってナニ?何も無いけど…」
「…そう?ならいいけど。そういえば酵汰って友達いるの?」
「ど、どうしたの突然。」
「いやね、朝はウチでバイトしてから登校するでしょ?放課後も別に帰ってくるのが遅いわけじゃないし、休みの日は基本部屋で本読んでるじゃない?だから友達いないんじゃないかって心配なのよ。」
僕は持っていたスプーンから手を放してしまい、机の上でバウンドしたスプーンはそのまま床へと落下した。僕は動揺したのだ。完全に図星である。
「ご、ごめん。スプーン洗ってくるよ。」
そう言って床に落ちたスプーンを拾い上げ、シンクへと持っていく。
親はなんでもお見通しなのかと悟り、お母さんの顔が見えないキッチンから僕は自分の気持ちを伝える。
「…友達はいないかな。でも別にいじめられてるとかそういうわけじゃないよ。クラスに馴染めてないってだけ。こればっかりは僕が悪いよ。
でも無理してまで友達を作ろうとは思ってなくて。
実際友達はいなくても、十分楽しい高校生活は送れてるよ。」
それを聞いたお母さんは肯定も否定もすることなく、顔もみないまま僕に伝える。
「…親はね、子どもの力になれれば、子どもの笑顔さえ見れればそれで十分なの。酵汰が友達がいらないって言うなら無理に作れなんて言わない。でも酵汰が誰かに助けを求めたときに誰も酵汰の声に耳を傾けない状況は作り出してほしくないの。
だからそんな時は頼りないかもしれないけど、私たちを頼ってね。」
一体親という存在は子どものどこまでを知っているのだろうか。正直怖いと思えるくらい、なんでもお見通しなのだろう。僕はまだ恋愛対象が男性である旨のカミングアウトを両親に行っていないのだが、もしかしたら既に察されているのかもしれない。僕はそんなことを思いながら、それらすべてを誤魔化すように「なにいってんの」と笑いながら茶化すようにお母さんに言った。それに続けるように「お腹いっぱいになったから残りは明日食べるね。……ごめん。」と呟き、僕は自室へと逃げるように戻っていった。
■ ■ ■ ■ ■
翌朝僕はいつも通り早朝3時45分に目を覚まし、15分でシャワーを済ませると制服の上にエプロンを羽織り、開店の準備を始める。開店の準備は大体掃除だ。入口の掃き掃除をしたり、パンを置く棚をアルコールで拭いたりと店を清潔に保つための掃除を行った後、軽く朝食を食べる。朝食はもちろんパンの日が圧倒的に多いが、白米を食べないこともない。そして今日はその白米の日らしい。二階に上がりすでに食卓に並べられていた白米と味噌汁と塩鮭を順番に頬張る。5分ほどで食べ終えると食器を洗い、自室に戻ってスクールバッグに今日の授業で必要な教材を詰め込んでいく。
一息ついて時間を確認する。時計の針は文字盤をちょうど半分に割るように一直線になっていた。開店の時間だ。僕は急いで一階まで降りると既に店前には開店を待つ人で列ができていた。これもいつもの光景だ。僕は急いで店を開ける。それと同時に店内に人々が流れ込み、次々とパンが減っていく。僕は頃合いを見計らいながらパンの補充やトレイやトングの掃除を行う。
朝から忙しくしているといつの間にか時計の針は8時30分を指していた。つまり既に登校しなければならない時間と言うわけだ。僕はエプロンを剥ぎ取り、昼食用のパンを何個か選んだ後、両親に「行ってきます」とだけ伝え上北学園高等学校へと走った。
今日も今日とて予鈴とほぼ同時に僕は教室へと駆け込む。その見慣れた光景にクラスの生徒は既に何も感じることは無く、席につきながらも隣同士で会話を楽しんでいる。
しかし普段と違うことがこの日起きた。
「おはよう久遠!間に合ってよかったな!」
いつもならそのセリフは佐々木先生がかけてくれる言葉なのだが、今日は教卓側からではなく、クラスの中央からその声が聞こえた。僕はその声に動揺してしまい教室の後方で勢いよく転んでしまった。
「だ、大丈夫か?」それとほぼ同時に金城は席を立ち上がり、僕の元へと駆けつける。
僕はこの状況が理解できないでいた。だっておかしいだろ。半年間も会話という会話をしていなかったと言うのに!昨日たまたま金城くんの好きな人が小林くんであることを知り、それに対して小林くんと付き合えるようにすると提案をしただけで…
(あぁなるほど。金城くんは僕を心配しているわけじゃなくて、小林くんにそのことをバラすんじゃないかと怯えているのか。
だから僕なんかに声をかけて、小林くんにばらさないように監視してるんだ…)
「すみませんでした。大丈夫です。ありがとうございます。」
僕は好きな人である金城くんが転んでいる僕に手を差し伸べてくれたにもかかわらず、その真意に気が付くと、手を取ることはせず敬語で謝罪と感謝を伝え、自力で立ち上がり席に着いた。
「何あれ感じ悪くない?」
「金城くん大丈夫?」
そんな声が聞こえる。当然だろう。
金城くんはクラス一。いや学校一かっこいい人である。そんな世界一かっこいい人の優しさを無下にするようなクラス一の陰キャである僕の事なんてゴミ当然だ。そうなれば必然的にクラスのみんなは金城くんのことを心配するに決まっている。
そんな心配する声に混じって一人、違うことを言う人物がいた。
「そういや金城って久遠のことパシリに使ってたんだっけ?そんなことしてっから久遠に嫌われてんじゃねーの?しかも敬語だったじゃん。金城どんだけ久遠のことコキ使ってるんだよ。」
声の主は金城くんには及ばないものの顔立ちは整っており、サッカー部のエースで金城くんの想い人でもある小林くんであった。
「だからそんなことしてねーよ!小林も知ってるだろ!」
「分かってるよ。今のはからかっただけだ。
久遠大丈夫かー?急にこんな高身長メガネに話しかけられたら怖いよな?」
そんな小林くんは僕の心配をしてくれた。しかも心配するだけではなく、続けて僕に話しかけてくれた。
「久遠ってさ、いつもなんかいい匂いするよな?焼きたてのパンみてーないい匂い。ずっと嗅ぎたくなるような臭いだよな。」
そういいながら小林くんは僕に近づき、顔を近づけ直接臭いを嗅ぐ。金城くんほどではないが、イケメンの顔がこんなに近くにあることに僕は動揺を隠せず咄嗟に「ウチがパン屋だから!」と大声で拒絶するかのように言い放ってしまった。しかし小林くんは僕のそんな失礼な対応を気にすること無く至近距離のまま話続ける。
「え!マジで?久遠の家ってパン屋なの?どおりでいつもいい匂いがするわけだよ。いやね、俺ずっと前から久遠と話したいと思ってたんだよ!いつも本読んでるからなかなか話しかけるタイミングが分かんなくてさー。」
意外にもたくさん話しかけてくれる小林くんに圧倒されながらも、これはチャンスなのではないかと考えた。小林くんのことを知るチャンスだと。そうすれば金城くんに何か新しい情報を伝えられるかもしれない。
僕はスクールバッグから昼食の予定だったパンの入った紙袋を取り出し、小林くんに差し出す。
「これウチのパン屋のパン。良かったら…」
「マジで?いいの?え、めっちゃ美味そうじゃん!でもこれ久遠の昼メシじゃねーの?」
「だ、大丈夫。僕そんなにお腹すかないし。昼休みも本読んでるだけだから。」
「いや、でも…。そうだ学食行こうぜ!俺が久遠の昼メシ驕るわ!」
「いや悪いよ。僕がパンを押し付けただけだから気にしないで…」
「じゃあさ!連絡先交換しようぜ!LINEやってる?」
「やってるけど…。そ、そういうのは金城くんみたいな仲のいい人と交換するもんじゃないの?」
「はぁ?金城のはもう持ってるからいいんだよ!あと仲良くなりてーから連絡先って交換するもんだろ。仲良くなってから交換するもんじゃねーよ!ほら!」
そういって小林くんはポケットからスマホを取り出すとLINEのQRコードを画面に表示させ、読み取るように言ってきた。僕は渋々スクールバッグからスマホを取り出し、小林くんとLINEを交換する。
ふと視線を感じ顔をあげると、小林くんの肩越しに金城くんが僕を睨んでいるのが見えた。黒縁スクエア型のメガネのレンズ越しに見える金城君の目は細まっており、他者を軽蔑するような冷たい視線であった。
—またやってしまった—
そう瞬時に感じた。僕のミッションは小林くんと仲良くなることではなく、金城くんと小林くんの仲を取り持つこと。そして二人を付き合わせることであり、小林くんと仲良くなることでは断じてない。それにもかかわらず僕は金城くんが好きな人と連絡先の交換をしてしまった。これは睨まれてもしょうがない。
すぐに今の状況を打開するための何かをしなければいけないと考えを巡らせるが、何も思いつかない。焦る僕に救世主が現れた。
「遅くなってすまない!職員会議が長引いてしまった…って、なんだお前ら?久遠をいじめてんのか?」
多少の呼吸の乱れを感じさせながら教室のドアを開けて入って来たのは担任の佐々木先生であった。予鈴が鳴っていたのにもかかわらず、先生の姿が見えなかったのは職員会議が長引いていたからだった。
「ちょ、ササセンひどくない?いじめてねーから!今久遠と友達になったの!
ほら見てよ!久遠のLINE聞いちゃったー。」
小林くんは嬉しそうに、佐々木先生に自身のスマホに映った僕のLINEのトプ画を見せた。しかし佐々木先生はそんなことはどうでもいいようで「いじめてないならいいよ。久遠、もしいじめられたらすぐに言うんだぞ!」と小林くんのセリフを一切信じてないようでそれに対し小林くんも「うわ!信じてないじゃん!てかなんかササセンって久遠に対して優しくない?」とツッコミを入れる。
「そりゃそうだろ!久遠は成績上位者だからな!
小林みたいに授業中に騒がないし、授業も真面目に聞くし、いい生徒には優しくするのは当然だろ!
ほら早く席に着きなさい。」
小林くんは「へーい」とやる気のない返事を返し、自分の席へと戻っていく。金城くんも席に戻るが、小林くんではなく僕の方をずっと見ている。
(あぁ…最悪だ。)
小林くんと仲良くなってはいけなかったんだ。金城くんは最後まで僕を睨みつけ自分の席に座った。
■ ■ ■ ■ ■
昼休みの時間になった。普段の僕ならパンと本が入っているスクールバッグごと持って花壇へと移動するのだが、今日はパンをすべて小林くんに上げてしまったため、スクールバッグの中から文庫本だけを取り出し花壇へと向かう。
正直お腹がすかないことも無いのだが、今日は体育の授業もなく、午後の授業も現代文と数学のため体力的にも問題ないだろうと感じ昼食は食べないという選択を取った。
今日も花壇のベンチは誰もおらず、僕は文庫本を広げ愛用しているシルバーの栞を抜き取り、文字の羅列を目で追う。僕が栞を挟むときに読んでいたページのひとつ前のページに栞を挟む理由は直前の流れを思い出すためだ。すぐに忘れるというわけではないが、その方がしっくり内容が頭に入ってくる気がするので、ずっとこの栞の挟み方をしている。
「そろそろここで本読むのもしんどいかな…」
季節は秋も後半。上半身はまだしも足首やつま先などは冷たくなり、集中して読書をすることが難しい気候になって来ていた。夏場は丁度木陰に入り、風が良く抜けるこのベンチは真夏日であっても外で本を読むのには困らないほど涼しくなるが、冬場はどうやらそうもいかないらしい。
「そういえばバイト代結構貯まってきてたな。ブランケットでも買おうかな。」
本以外に物欲のない僕は、高校生にしてはお金に余裕がある生活を送っていた。そのため欲しいものがあると割とすぐに買えてしまうのだ。さらに言えば僕は割と行動派であり、思いついたらすぐに行動に移すタイプでもある。
「放課後、ブランケット買いに行こ…」
そう呟き僕は栞を今読んでいたページのひとつ前のページに挟むと教室へと歩みを進める。途中自動販売機があったので、なにか温かいココアでも買おうかと思いポケットに触れるも、今日は珍しく文庫本だけを持って移動していたことを思い出し、何も買うことなく教室へと戻った。
教室に戻ると僕の席が占領されていた。占領しているのは小林くんと金城くん。小林くんは教室に戻って来た僕を見つけると話しかけてきた。
「あ!やっと戻って来た!どこ行ってたんだよ久遠!教室にも学食にも売店にもいねーし。」
「え、うん、本を読みに…」
「うわ、ほんとに本が好きなんだな。てかメシ食った?」
「いや…食べてないけど…」
「え?マジ?ごめん!俺がパン食ったからだよね?マジごめーん。LINE送ったのに全然既読にならないからさ、俺秒で嫌われたのかなって思ってビビり散らかしてたんだけど、嫌ってないよね?俺何かした?あ!パン代だよね!すぐ払う!いくら?」
「いや、本当に気にしないで。あとLINE気づかなくてごめん。スマホ鞄に入れっぱなしで、見てない。」
「よかったぁー。マジで焦ったぜ。
なあ久遠、今日の放課後って何か用事ある?今日はグラウンド整備で部活が休みだからさ、金城と買い物行く約束してんの。良かったら久遠も行かね?」
小林くんからの提案は非常に良くないものであった。小林くんは金城くんと買い物に行く約束をしていると言った。つまり二人は放課後にデートをするということだ。それも部活で滅多に休みが合わないであろう放課後にだ。そんな重大なイベントを邪魔するわけにはいかない。
「ご、ごめん。今日は予定があって…」
「あぁ…そっか、そうだよな。ごめんな急に誘っちまって。」
「いや、本当にごめんなさい。行きたくないわけじゃないんだ。本当にごめんなさい。
でも僕なんかを連れて行くより二人で行った方が楽しいよ。ね、ねぇ金城くんもそう思うでしょ?」
僕は金城くんに話を振った。金城くんは今朝ほど鋭い眼光ではないものの、小林くんが僕なんかと話しているのが気に食わないのか多少なり不機嫌なようにも思えた。そんな金城くんは数秒の沈黙の後、口を開く。
「俺は久遠も一緒にいた方が楽しいと思う。」
金城くんの回答は僕が望んでいないものであった。しかし金城くんの声色は低く、呟くようなボソボソとした感じできっと本音と建前は異なるのだろう。小林くんの手前、僕なんかを含めて三人で買い物なんて行きたくないなんて口が裂けても言えないのだろう。僕のせいでまた金城くんは言いたくもないことを口にさせてしまった。そう悟った僕は締め付けられる胸の痛みに耐えながら二人に断りの挨拶をする。
「わ、嬉しいな。金城くんは優しいね。
でも本当にごめんなさい。今日は用事があるんだ。二人で楽しんできて。
ごめん。僕飲み物買いに行きたいから、これで…」
僕はそう言って二人から離れるように、机にかけているスクールバッグごと取り、先ほど見かけた自動販売機に向かう。
これ以上金城くんに嫌われたくない。もう睨まれたくない。
僕は一人で勝手に恐怖を抱き、唇を噛みしめた。


