僕はその差し伸べられた手を取れずにいた。正直に言えば今すぐその手を取り桜花くんに抱きつきたい気持ちだ。しかし小林くんのことが脳裏を過ぎってしまい一歩が踏み出せない。桜花くんの言葉を疑っているわけじゃないのだが、気になって仕方がない。そんな手を取らないでいる僕を前にゆっくりと差し伸べた手を降ろしていくのが見えた。

 「やっぱり俺じゃダメか?」
 「ちがっ…。正直うれしいよ。今すぐその手を取って抱きつきたい気分だよ。」
 「ならっ!」
 「でも、どうしても小林くんのほうがいいんじゃないかって思って仕方がないんだ。」
 「…酵汰はさ。クラスで一番仲が良いの誰?」
 「え?く、クラスで?」
 「じゃあ一番話す奴!誰?」
 「ま、前にも言ったと思うけど僕に友達はいないよ。それこそ僕のことを友だちと言ってくれたのは桜花くんと小林くんだけだよ。学校でも家でもずっと本読んでるだけだし…。」

 それを聞いた桜花くんは自信に満ちた表情で言い放った。

 「ははっ。よし。いいことを教えてやる。小林は付き合ってるやついるぞ。」
 「……………………はい?」
 「酵汰はクラスに親しい奴居ないんだろ?だから誰も教えてくれなかったんだろうけどさ。小林は水原と付き合ってるぞ?」

 水原という苗字には聞き覚えがある。いや聞き覚えがあるというか僕や桜花くんと一緒のクラスメイトでもあり、かつ僕が待ち受け画像のお呪いを初めて聞く原因となった人物である水原紗季《みずはらさき》だ。

 「水原って、クラスの水原紗季さん?」
 「そ!あのギャルと小林は付き合ってんの。」
 「…ほんとに?」
 「ここで嘘ついてどうするんだよ。」
 「いや、そうだけど…。でも僕が小林くんと連絡取るとすごく不機嫌だったし、小林くんに対して知ってるだろ!って何度も言ってたし…。」
 「そりゃ…その…あぁもう!嫉妬だよ!俺が酵汰と連絡取りたいのに酵汰は俺じゃなくて先に小林とLINE交換しちゃうし!俺には返信しないのに小林には返信するし!小林がここのパン屋でパン買ってるのも俺だけにしたかったし。ぜぇーんぶ嫉妬なの!てか小林に知ってるだろ?って言ってたって何?」
 「…小林くんが僕のことパシリに使ってたって言ってたときとか『お前は知ってるだろ』って言ってたよね?」
 「あぁ!あれか!あれはな…小林にはずっと前から相談してたんだよ。酵汰のこと。」
 「え?そ、そうなの?」
 「そうだよ。どうしたら話せるかなとか、どうすれば仲良くなれるかなとか。どうしたら付き合えるのかとか…。まじで全部相談してた。」
 「え?桜花くん。小林くんに僕のことが好きってこと言ってたの?」
 「そりゃ言うだろ。てかこれで俺と小林が付き合ったほうがいいなんて考えはなくなったな。もう一度言うぞ。俺は酵汰が好きだ。愛してる。この先ずっと酵汰を大事にし続ける。だから俺と付き合ってください。」

 再び僕の前に差し出されるその大きな手は緊張しているのか小刻みに震えているような気がする。優しく微笑むように言い放たれたその告白に僕は顔をトマトよりも真っ赤に染めながら差し伸べられた大きな手に自分の手を添える。

 「…よ、よろしくお願いします。」

 桜花くんの手を取った僕であったが、その手はすぐに引っ張られベッドから落ちる形となりながら桜花くんの胸の中へと着地した。そしてそのまま桜花くんに抱きしめられた。
 温かい。
 それは桜花くんに抱きしめられているからもあるが、体だけではなく心も温かい。僕は初めて心が満たされる感覚を今味わっているのかもしれない。

 「すげぇ心臓の音。」
 「は、恥ずかしいよ。」
 「いや、俺の心臓がうるせえの。酵汰のもうるさい?」
 「…うん。バクバク言ってる。」
 「聞いていい?」

 そう言うと桜花くんは僕の返事を聞くことなく、自分の耳を僕の胸にあてる。恥ずかしかったかが、桜花くんは僕のことをがっつり掴んで離さないため離れたくても離れることができない。いや離れたくはないのだが。しかし恥ずかしいことには変わりはないため、次は僕から仕掛けることにした。

 「僕も聞きたい。」
 「俺の?」
 「うん」
 「じゃあ、おいで」

 桜花くんは両手を広げ僕のことを待つ。そのこなれた感じに少しドキっとしつつも僕はその両手に飛び込み桜花くんの心音を聴く。聞こえてくる心音は思っている以上に大きくそして速い。本当に僕のことが好きなんだと改めて認識した。
 そんな僕が今まで生きてきた人生で一番にテンションが上がっている中、急にいくつかの疑問が生まれた。

 「きょ、今日って金曜日だよね?学校はどうしたの?」
 「フツーにサボったよ。この数日間、酵汰の声聞けてないし、会えてないしで俺どうにかなりそうで…。学校はサボって酵汰に会いに来た。本当は日曜日に駅前で告白するつもりだったから、その気持ちも今日伝えるつもりだったよ。結果は大成功だったけどな。」
 「…僕が桜花くんのこと好きって知ってたの?」
 「ん?あぁ知ってたわけじゃないよ。そうだといいなってずっと思ってた。でも俺が小林の話をすると酵汰は決まって辛そうな顔をするからもしかして…なんて思ったよ。確認に変わったのは今さっき酵汰のスマホの待ち受け見たときかな。」
 「そっか…。僕を好きになってくれてありがとう。」
 「こちらこそ、ありがとう。」
 「…どうやって僕の部屋に入ったの?」
 「そりゃ、酵汰のお義母さんに言って。」
 「あらやだ。もうお義母さんだなんて!桜花くんまだ気が早いんじゃないの?おばさんでいいのよ?」
 「いえいえお義母さん。俺は酵汰と離れる気無いんで。もう俺にとってはお義母さんですよ。」

 僕はその会話を耳にして、声のする方を勢いよく見た。桜花くんが淡々と会話をする相手の女性は僕の母親であり、一体いつからそこにいたのか。一体いつから聞いていたのか。そんなことを考えると僕の思考は停止した。しかしそれだけでは無かった。僕の部屋の扉からもう一人顔を覗かせた人物がいた。

 「私のことはお義父さんと呼びなさい。」
 「はい、お義父さん!」
 「金城くんだったかね。パンは何が好きなんだ?」
 「やだなぁお義父さん。俺は酵汰と一緒になるんですから金城って言ったら酵汰も含まれますよ。ぜひ名前で呼んでください!」
 「そうか。桜花くん。酵汰のことをよろしく頼むよ。」
 「もちろんです!一生をかけて幸せにしてみせます。パンはカレーパンが好きです!俺が酵汰とちゃんと話すきっかけになったパンですから。」
 「そうか。帰りにウチのパンを持っていきなさい。カレーパンも用意しておくよ。」
 「本当ですか!ありがとうございます。」

 そう言い残し父親は仕事であり趣味でもあるパン作りをするために一階へと戻っていった。なぜこの両親はこんなにも順応が早いのだろうかと若干の恐怖を覚えながら僕は恐る恐る聞きにくいことを母親に尋ねる。

 「…いつから聞いてたの?」
 「最初っからだけど?私が桜花くんを部屋まで案内したんだから当たり前じゃない。ていうか酵汰!こんなイケメンを捕まえてくるなんてやるわね!」
 「え、あ、うん。いや、そうじゃなくて!い、嫌じゃないの?息子が同性が好きとか。」
 「全然。てかそれの何が問題なのよ。何度も言ったけど親っているのはね、子どもの幸せが一番の幸せなのよ。だから酵汰が良ければそれでいいの。」 
 「…うん。ありがとう。」
 「そうだ桜花くん。いつでもウチに来てもらっていいからね!いつでも泊っていいし大歓迎よ。」
 「本当ですか!ありがとうございます。俺も酵汰ともっと一緒にいる時間欲しかったので嬉しいです!」
 「ふふっ。それじゃあ私もそろそろ仕事に戻るわね。あとはお二人で楽しんでね。」

 そう言い残し母親は仕事のために一階へと戻っていった。すると途端に部屋は静寂に包まれた。互いの気持ちを伝えた直後。つまり僕と桜花くんは付き合い始めたことになる。しかし僕は今までお付き合いをした経験が無いためこの後どうすればいいかがわからないでいた。しかしそれは桜花くんも同じようでどこか落ち着かず、ぎこちない感じで話しかけてきた。

 「お、俺たち付き合い始めたってことでいいんだよな?」
 「うん…そう僕は思ってる。」
 「よかった…。なぁ、キスしてもいいか?」
 「え、え?は、早くない?」
 「嫌なら、無理にとは言わないけど…」
 「…その言い方はずるい気がする。でも今日付き合ったばっかりだよね?」
 「でもデートはした。」
 「いや、そうだけど…。あれは練習相手って、え?あのデートってもしかして練習じゃない?」

 今思い返してみれば行き先は僕の行きたいところだったし、小林くんの好きな食べ物がおいてあるようなご飯屋に行くと思っていたのに、実際に行ったのはめちゃくちゃオシャレなイタリアンのレストランで、お会計も事前に済ませていた。デート中ちょこちょこ感じてはいたが、それが今確信へと変わった。僕は恐る恐る桜花くんの表情を確認するために顔を上げると、視界が桜花くんでいっぱいになっていた。そして数秒経った後、桜花くんの顔が離れた。

 「柔らかい。」
 「……した?」
 「した。ちょっと我慢できなかった。」
 「…初めてした。」
 「俺も。」
 「え、いや、嘘でしょ。」
 「いやホントだって、付き合うのも、キスしたのも酵汰が初めてだよ。」
 「絶対嘘だ…。こんなにかっこいいのに…。」
 「信じてくれるまでキスしようか?」
 「え、いや、だいじょうぶ!!!」
 「ははっ。これからはちょくちょくするから。酵汰も早く慣れろよ。」


■ ■ ■ ■ ■


 「昨日の今日でごめん。」
 「全然大丈夫だよ。えっと、桜花くんの家に行くんだよね?」
 「…おう。」

 僕は今日、桜花くんの家にお邪魔することになっている。昨日の夜、桜花くんから初めての電話がかかってきたかと思ったらその内容は『明日、俺の家に来てほしい』ということであった。なんでも桜花くんが母親に僕と付き合い始めたことを報告したらしく、それを聞いた桜花くんの母親は『なんとしてでも連れてきなさい』と言い放ったことで僕は今日初めて桜花くんの家にお邪魔するというわけだ。桜花くんは僕の家まで迎えに来てくれ、手をつなぎながら桜花くんの家へと向かう。

 「桜花くんの家ってこっち側なんだね。同じ方角なのは知ってたけど、こんなに離れてるなんて思わなかったよ。」
 「そうだな。だいたい酵汰の家から20分くらいか?」
 「じゃあ地区が違うんだね。小中学校で別の学校だったのはそのためなんだ…。」
 「どっちかが近ければもっと早く付き合えてたのにな。」
 「あ、付き合うことは確定なんだ。」
 「当たり前だろ!付き合う以外の選択肢がない!」
 「ふふっ。うれしい。ねぇなんかいい匂いしない?」
 「あぁ、たぶん俺の家の匂いだよ。」
 「ん?どういう…」

 どういうことだろうと思い、正面を向くと緑色のよく映えた手回しハンドル開閉式の屋根の下に、色鮮やかな花がきれいに並べられている。それはまるで僕を歓迎するかのような素敵なものであった。シクラメンにアネモネ、ラナンキュラスといった冬に咲く代表的な花で埋め尽くされていた。

 「もしかして…花屋さん?」
 「そ、ここが俺の家。前に俺もバイトしてるって話しただろ?俺も酵汰と同じで家業手伝ってんの。」
 「あ!やっと来た!こんにちは妖精くん。お話するのはこれで二回目ね。」

 桜花くんの謎が一つ解き明かされたタイミングで花屋から出てきた女性が声を掛けてきた。スニーカーにジーンズといったラフな格好に開閉式の屋根と同じ緑色のエプロンを着た女性だ。僕はその女性に見覚えがあった。

 「え、用務員の花屋さん⁉️」
 「ははっ。思ってたより早くお話できて嬉しいわ。」
 「え?え?桜花くんのお義母さんが用務員の花屋さんなの?」
 「酵汰は一回会ったことあるんだっけ?そうだよ。俺の母さんが妖精のことを教えてくれたんだ。それで酵汰のことを好きになった。」
 「ささ、早く上がって。話したいことがたくさんあるのよ!」

 桜花くんのお義母さんはそう言うと僕をお店の中へ入るように手招きをすると、それに合わせるように桜花くんが僕の手を引き、花屋へと入っていった。
 店内は店先の比にならないほどの花で埋め尽くされており、花のいい香りが店中に充満していた。パン屋の香りもいい匂いだと思うが、パン屋の食欲を掻き立て、ずっとかいでいたくなるような香りではなく、いわゆるフローラルで、気分が落ち着いてくるようなそんな香りだ。店の作りはウチとほぼ一緒で1階部分が花屋になっており、2階が居住スペースになっているようで、店の奥にある階段から2階に上がるとリビングに通される。椅子に座った途端、桜花くんのお義母さんからの質問攻めが開始した。

 「酵汰くんって言うのよね。ね!桜花のどこがよかったの?」
 「わ、結構グイグイ来るんですね…。そうですね。笑顔が素敵で口を大きく開けて笑うところでしょうか。入学式のときにそんな彼に一目惚れしたので…って恥ずかしいですね。こうやって口にすると。」
 「えぇー、いいじゃない。桜花聞いた?笑顔が素敵ですって…ってうっわ、顔真っ赤。あんた好きな人の前だとそうなるのね。自分の息子ではあるけど、まだまだ知らない面がいっぱいあるもんねぇ。え、酵汰くんは桜花なんかで良かったの?」
 「は?母さんふざけんなって。俺は酵汰がいいし。酵汰も俺がいいの!」
 「…あんたもしかして独占欲強い感じなの?あんまり酷いと嫌われるわよ。酵汰くん大丈夫?何かすでにされてるんじゃない?」
 「いえ、そんなことは…。あっ」

 僕はその時思い出した。桜花くんは嫉妬だと言っていたが、嫉妬を超えて独占欲なのではないかと。小林くんが僕の匂いを嗅いだり、連絡取り合ってたりすると、今から喧嘩を始めるんじゃないかと思えるほどの剣幕で桜花くんが小林くんに突っかかっていた。あれは嫉妬と言うより独占欲だ。

 「え、なに?思い当たる節があるの?」
 「ちょ、母さん!その辺にして!」
 「思い当たる節はありましたが、ほんとに僕のこと好きなんだなって感じられて嬉しいですよ。」
 「酵汰…。」
 「ちょっと胸焼けしそうなくらい初々しくてラブラブね。まぁ楽しそうだからいいんじゃない。てか聞いてよ酵汰くん。この子いっつも酵汰くんの話すんの!いやもう口を開けば酵汰、酵汰ってほんとにすごいのよ!」
 「え、そうなんですか!」
 「そうなの!この間は酵汰とデートに行くからおすすめのデートコース教えて!とか、酵汰からLINEの返信がない!とか。もうホント毎日酵汰くんの話題しか口にしないのよ。」
 「母さんまじで辞めて。本当に恥ずかしい…」

 顔を赤く染めながら母親にやめてと懇願する黒髪短髪のイケメンをよそに、そんな彼の母親は桜花くんの幼少期の話であったり、いつも花屋の手伝いをしてくれるなど僕の知らない桜花くんの様々な面を教えてくれた。話が弾み、気がつけば外はすっかり暗くなっていた。

 「すみません。遅くまで。僕そろそろ帰ります。」
 「え、もうそんな時間?ねぇねぇ酵汰くん。泊まっていく?」
 「え、いやいや。そんなご迷惑ですよ。」
 「私これから同窓会なのよ。夜はそのまま会場のホテルに泊まる予定だったから、この家には桜花一人なのよ。ぜひ泊まっていって。」
 「酵汰、寝間着だけ買いに近くのドンキ行こうぜ。」
 「止まる前提で話進んでる?」
 「桜花。ドンキでご飯も買ってきなさい。お金足りる?五千円だけ渡しておくわ。」
 「ありがと。よし酵汰。行こうぜ!」

 そんなこんなで僕は初めて行った恋人の家に流れで止まることになった。母親に電話で今日は桜花くんの家に泊まることを伝えると電話越しでもわかるほど嬉しそうにしていた。友達がいないことで今までたくさんの心配を掛けてしまっていたので、こんなにも喜んでくれることに、僕も嬉しくなる。
 実はドンキに行くのは初めてである。僕の行動範囲は基本的に本屋のため、ドンキのようなお店にいく必要がなかったからだ。当然のことながら桜花くんと手をつなぎながら店内を物色する。店内は思っている以上にごちゃごちゃしているのになにがどこにあるのかがすぐわかるような少し変な感覚に陥った。

 「酵汰。これとこれでいいんじゃないか?」

 寝間着も見ずにいろんな商品を物色していた僕に桜花くんは下着とスウェットのパンツとシンプルなTシャツを持ってきた。選んでくれるとは思っていなかったが、まさか下着まで選ぶとは思っていなかった。恋人とは言え交際を始めてまだ二日目。思春期真っ只中の僕にとって下着を恋人に選んでもらうというのはかなり恥ずかしいものがある。しかも桜花くんが選んだ下着は肌にピッタリフィットするタイプの黒のボクサーパンツだ。僕に確認もせず選んできたということは普段桜花くんが履いているものと同じものか、僕に履いてほしいものかのどちらかだ。これ以上考えると僕の頭が沸騰後噴火しそうなため無心になることにした。

 「ありがとう。でもTシャツ一枚じゃ流石に寒いかも。」
 「あぁ、それなら大丈夫。酵汰の服。家にあるよ。」
 「…なんで?」
 「帰ればわかるよ。それよりご飯どうする?飲み物も買っていこうぜ。」
 「う、うん…。ドンキってご飯もあるの?」
 「フツーに食材もあるし、弁当とかもあるぞ。」
 「じゃあお弁当いに行きたい。」
 「おっけ!」

 桜花くんが選んでくれた寝間着を買い、そのままお弁当を買い僕達は帰路についた。帰り道でもはやり手を繋ぐ。桜花くんは手をつなぐのが好きなのかもしれない。付き合う前からデートのときであったり、校内での花壇に行く道のりであったりとすぐに手を繋いできた。もしかしてこれも彼の独占欲からきているものなのかもしれないと考えると可愛く思えた。
 桜花くんの家にたどり着き、買ってきたお弁当を食べ、沸かしてもらったお風呂に入った。桜花くんは最初一緒にお風呂に入る気だったらしいが、恥ずかしさに今回はお断りをした。桜花くんもがっつきすぎてたと少し反省をしてくれたらしく、また今度一緒に入ることになった。お風呂から上がると脱衣所に今日買ってきた寝間着の他に、きれいな薄いピンクカラーでオーバーサイズのパーカーが置いてあった。

 「これってもしかして…」
 「上がったか?あ、まだ髪がぬれてるじゃねーか。こっちおいで拭いてあげる。」
 「ね、ねぇこのパーカーってもしかして」
 「あ?あぁ…。そうだよ。デートで行った水族館で酵汰に買ったメンダコカラーのパーカー。絶対似合うと思う。」

 それを聞いてそのパーカーを着る。裏起毛とかが特にあるわけではないが、暖かく感じる。お風呂上がりだからかそれとも緊張しているのかはわからないが、すごく幸せな気持ちになった。パーカーを着た僕を見て桜花くんは何度も似合ってるや可愛いと口にした。それが恥ずかしくて僕は桜花くんの足の間に座り込む。

 「なんだ?甘えたか?」

 と桜花くんは嬉しそうな声でそう言いながら僕の髪を拭いた。それが気持ちよくてすぐに寝てしまいそうになったが頑張って意識を保ち、次にお風呂に入った桜花くんが上がるのを待った。お風呂から上がると次は桜花くんは僕の足の間に座り込んだ。彼は甘えたような声で「拭いて」なんて言うもんだから、その可愛さに優しく湿った髪から水分を拭き取った。
 夜もふけいい感じの時間になったので寝ることにした。当然ベッドは一つしか無いため床で寝ることを提案したが信じられないくらい食い気味に拒否されたので、仕方なく添い寝をすることになった。僕の脳内では付き合って二日目でやっていいことなのか?とかなりの数のはてなマークが脳内を占領したが、ここ数日の疲れと、好きな人の匂いに癒やされ僕はすぐに夢の中へと入った。


■ ■ ■ ■ ■


 今日は月曜日。昨日桜花くんの家で目が覚め幸せな時間を過ごした後、朝食を食べに出かけた。普段であれば休日であってもパン屋の手伝いをしているためこんなにも余裕のある朝は久しぶりかもしれない。朝マックを食べに行き少し散歩をした後に解散となった。本当はもっと一緒に居たかったのだが、流石にお泊まりまでさせてもらってかなり迷惑を掛けた気がするので、この日は大人しく帰ることにした。そして今日。今日からパン屋の手伝いも学校も復帰である。僕は1週間休んでいた感覚を取り戻すように早朝3時45分に目を覚まし、15分でシャワーを済ませると制服の上にエプロンを羽織り、開店の準備のため掃除を開始する。ある程度の掃除を完了させると2階に戻り朝食を口にし、6時になったことを確認してからパン屋を開ける。常連のお客様からは「久しぶりね」なんて声をかけてもらいながら次々にくるお客様の様子を伺いながら、いつものようにパンの補充とトレーとトングの掃除を済ませていく。

 「酵汰っ!もう上がっていいわよ!」
 「え?まだ大丈夫だよ?」
 「店の入口で桜花くん待ってるわよぉー?」

 母親にそう言われ僕は入口に目を向ける。そこには黒髪短髪にスクエア型のメガネ。制服のブレザーの上からダッフルコートを羽織っており、首元には赤いマフラーを巻いている桜花くんの姿があった。僕は急いで店の扉を開ける。

 「桜花くん?
 「おはよう酵汰。」
 「お、おはよう…。え、待ち合わせしてたっけ?」
 「いや、してないよ。俺が一緒に登校したくて来ただけ。嫌だった?」
 「ううん。うれしい。僕ももう上がっていいって言われたからもう少しだけ待ってて!」
 「おう。」

 僕は急いで店内に戻り支度をする。エプロンを脱ぎ捨てるとダッフルコートを羽織り、スクールバッグを肩にかける。いってきます!と声をかけようとしたとき、厨房から父親が顔を出した。

 「酵汰。これ持っていきなさい。」
 「なにこれ?」
 「今日の昼食用のパンとこっちは桜花くん用のカレーパンと別の惣菜パン。一緒に食べなさい。」
 「…ありがとう!いってきます!」

 僕は店を飛び出し、桜花くんに顔を合わせると今日は僕から手を伸ばす。それに気がついた桜花くんは嬉しそうに僕と手を繋いだ。

 「マフラー使ってくれてるんだ。」
 「当たり前だろ。酵汰が俺にプレゼントしてくれたものだからな。先週もずっと着けてたんだぞ!」
 「うれしい。」
 「これからは一緒にいろんな思い出作っていこうな。」
 「ふふっ。今日もいい思い出だよ。誰かと一緒に登校するの初めてだし。」
 「え、まじ?」
 「嘘つかないよ。」
 「…俺も今日いい思い出になった。」
 「じゃあ記念に写真撮る?」
 「いいなそれ!じゃあもっと近くによって。いくぞ。はいチーズ。」

 パシャ。

 二人で撮った初めてのツーショットは、二人おそろいの待ち受け画像となった。
 どうやらあのお呪いの効果はホンモノらしい。

—fin—



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お久しぶりです。
鳥居之です。

『好きな人の待ち受け画像は僕ではありませんでした』はこれにて完結です。
いかがでしたでしょうか?

この作品は『第3回青春BL小説コンテスト』にエントリーしている作品でもあります。
もしよかったら「いいね」や感想をお待ちしております。

個人的に理解のある親というのを登場させたかったので、非常に満足しております。
次のお話の構想はすでにあるので、近い内に更新できればと思います。
年内中には1~5話ほどかなと。

ではまた次のお話でお会いできればと。
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