エマの体調は、日が過ぎるごとに悪くなっていった。最初は小さな咳。次に息切れ。そして、時折襲いかかる立っていられないほどの倦怠感。おばあちゃんが心配して医者を呼ぶたび、返ってくるのは同じ言葉。
「原因が……わかりません。」
その言葉にリオの耳が動いた。医者ではわからない、当然だ。これはただの病ではない。魂そのものが蝕まれている。呪いの気配。リオはエマの枕元でじっと見守るたび、胸の奥に冷たい焦りが流れ込んできた。
「闇魔法の封印が解かれたのか？俺が連れてきてしまったのか？この家に…。」
灰色の罪がリオの胸の奥でまた顔を出し始ていた。

　ある日、エマは庭に出るとよろめき、膝をついた。
「……っ」
リオは駆け寄り、肩に体を寄せた。エマは微かに微笑んだ。
「ごめんね……ちょっとだけ、疲れちゃったみたい。」
リオは彼女の顔を覗き込み必死に鳴いた。
「やめてくれ…、その顔を……。」
リオを心配させないようにか、苦しくても我慢して微笑むエマの顔に胸がたまらなく痛くなった。どれだけ側にいても、何のできない自分。猫の体では魔法は使えない。いや、それだけじゃない。人間に戻るということは、かつての罪の記憶を全て受け入れるということ。もし、自分が気絶してまた暴走したら、きっとまた大切な人を失ってしまう。それが怖かった。そんな弱さが、リオの胸をくすぐっていた。

　その夜、エマはベッドに突っ伏し、震える手でリオの頭を撫でていた。
「…私ね、…リオが来てから、ほんとに楽しかったの。」
喉が詰まる。楽しいという言葉がリオの胸に刺さる。
「リオ、もし……」
エマは息を整えながら静かに言った。
「私がいなくなっても……幸せでいてね。」
リオは叫びたかった。
「そんなの無理だ。」
そう言いたかった。エマの目がゆっくりと閉じていく。
「ねえ、リオ……手、握って……。」
リオは小さな前足で必死に彼女の手を包んだ。
「大丈夫だよ、…リオ。ちょっとだけ眠たい、だけ……だから。」
エマの目がゆっくりと閉じた。
月の光が窓から差し込み彼女の寝顔を照らしていた。