第四章 お帰り、また会えたね。


冬の朝。
白い息を吐きながら、ミサキは電話を切った。

「……また、やり直しか」

仕事と家庭の両立に疲れ、最近は笑顔が減っていた。
子どもたちも気づいている。
けれど、誰もどうしていいかわからない。

そんな空気の中、リンネは感じていた。
(あの子、限界だ……)

夜。
雪の降る中、ミサキは外に出た。
久しぶりの一人散歩。
沈黙の街灯の下で、立ちすくんでいた。

その背中に――小さな足音。

チリ……ン。

「リンネ? どうして外に……」

リンネはミサキの足元にすり寄り、
冷たい鼻で手を押した。

(泣かないで。ほら、あったかいよ)

ミサキはその小さなぬくもりに、
ふっと息を漏らした。

「……あなたはいつも、そうやって来てくれるのね」

リンネは顔を上げた。
雪の中でも、その目だけはまっすぐ。
まるで言葉みたいに――

(だって、今度は私の番だから)

その夜、ミサキは久しぶりに笑った。
家族と囲む夕食の食卓に、
チリン、と鈴の音が混ざった。



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リンネがこの家に来て、十一年がたった。

子どもたちはそれぞれ成長し、
ミユウは社会人、カナタは理系の大学生、ヒマリは読書好きの高校生になった。
家の中には、今日も賑やかな声が響いている。

だけど、季節は巡る。
冬の風が、少しだけ冷たい。

リンネの体は、少しずつ動きが鈍くなっていた。
昔のように高くは跳べない。
でも、窓際の日向で眠る時間は、
それはそれで、悪くなかった。

(……また、冬か)
胸の奥に、遠い記憶がよぎる。
あのときも、雪が降っていた。
ミサキが泣いていた冬。




夜。

ミサキが毛布をかけてくれる。
相変わらず、手があたたかい。

「リンネ。あなた、本当に不思議な子ね。
 出会ってから、もう何度も私を助けてくれた」

(そんなことないよ。助けてもらったのは、私の方)

ミサキは少し笑って、涙をぬぐった。
「うちに来てくれて、ありがとう」

その言葉を聞いた瞬間、
胸の中で、チリン、と鈴が鳴った。




(ミサキ。今度は泣かないで)

リンネはゆっくりと目を閉じる。
心の奥で、優しい光が広がっていった。

――まるで、あの日の秘密の生け垣みたいに。



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雪が降っていた。
白い世界の中で、リンネは歩いていた。

遠くに見えるのは、春の光。
その向こうに――
中学生の頃のミサキが、笑って立っていた。

「……お帰り、また会えたね」

リンネは静かに喉を鳴らす。
チリン――。

その音は、どこまでも澄んで、
やさしく響いた。