第二章 この家、カオスすぎる。
「……ただいま」
ミサキがつぶやいたその一言で、
世界が少しだけ光った気がした。
私はミサキの腕の中。
胸の奥が、ポカポカする。
(これ、たぶん天国より居心地いい)
でも――この家、想像以上にヤバかった。
「ママ! その猫なに!?」
「うわー! 三毛だ三毛!」「かわいいー!」
「わたしが抱っこするー!」
うぉぉぉ!?
三方向から小さい人間が突撃してきた!
長女ミユウ、小5。姉御肌、出しゃばり。
長男カナタ、小3。ドジ界のエース。
次女ヒマリ、小1。常にマイペース、寝ながら食べる特技持ち。
彼らの声が、爆発的にうるさい。
猫の鼓膜に優しくない。
「こ、こらっ、順番に! 落ち着いて!」
ミサキが必死に制止するも、
すでに私は誰かの腕の中で空中を移動していた。
「名前なに? なんて呼ぶ?」
「うーん……“トラ”?」
「いや、三毛でしょ。“ミケ”だよ!」
「“リンネ”ってどう? なんかキラキラしてる!」
……え?
(それ、私の名前なんですけど!?)
ミサキが驚いたように顔を上げた。
「……リンネ?」
「うん! 鈴みたいにチリンって音するから!」
ミユウが笑って言った。
チリン――。
まだ名前もついてない首筋で、
確かに風が鳴ったような気がした。
ミサキが微笑む。
「いい名前ね。じゃあ、リンネ。これからよろしくね」
(……うん。やっと、また呼んでくれたね)
その夜。
ミサキは古いアルバムを取り出した。
ページをめくる指先が少し震えている。
「昔ね、私が中学生のとき、子猫がゴミ置場に捨てられててね。その子を拾って連れて帰ったら、お母さんにダメって言われて、、、
そのまま放すんじゃ可哀想だったから、団地の生け垣の中に秘密の部屋を作ったの。それで家族には内緒で、その子猫を飼ってたの」
(うん、覚えてるよ、、、)
「すごく賢くて、大人しくて、いい子だった。
でも、大学の冬にね……」
ミサキの声が小さくなった。
膝の上で、私はそっと顔をすり寄せた。
「リンネ……不思議ね。
あなた、その子にそっくり」
(それはね、同じ子だからだよ)
でも、言葉にはできない。
だから私は、代わりに喉を鳴らした。
――チリン。
「ふふっ。なんだか懐かしい音」
ミサキの目が、やさしく潤んでいた。
翌朝。
私はこの家の朝が地獄であることを知った。
「ママー! 体操服どこー!?」
「カナタ、靴下左右違う!」
「ヒマリ、寝ながらパン食べないの!」
「リンネ、弁当箱舐めないで!」
(この家、戦場すぎる)
だけど不思議。
笑い声の中に混ざるその喧騒が、
どこか懐かしくて、幸せだった。
> かつて“秘密の部屋”でこっそりもらった愛情が、
今は“家のまんなか”で鳴り響いてる。
チリン。
それは、「ただいま」の音だった。
「……ただいま」
ミサキがつぶやいたその一言で、
世界が少しだけ光った気がした。
私はミサキの腕の中。
胸の奥が、ポカポカする。
(これ、たぶん天国より居心地いい)
でも――この家、想像以上にヤバかった。
「ママ! その猫なに!?」
「うわー! 三毛だ三毛!」「かわいいー!」
「わたしが抱っこするー!」
うぉぉぉ!?
三方向から小さい人間が突撃してきた!
長女ミユウ、小5。姉御肌、出しゃばり。
長男カナタ、小3。ドジ界のエース。
次女ヒマリ、小1。常にマイペース、寝ながら食べる特技持ち。
彼らの声が、爆発的にうるさい。
猫の鼓膜に優しくない。
「こ、こらっ、順番に! 落ち着いて!」
ミサキが必死に制止するも、
すでに私は誰かの腕の中で空中を移動していた。
「名前なに? なんて呼ぶ?」
「うーん……“トラ”?」
「いや、三毛でしょ。“ミケ”だよ!」
「“リンネ”ってどう? なんかキラキラしてる!」
……え?
(それ、私の名前なんですけど!?)
ミサキが驚いたように顔を上げた。
「……リンネ?」
「うん! 鈴みたいにチリンって音するから!」
ミユウが笑って言った。
チリン――。
まだ名前もついてない首筋で、
確かに風が鳴ったような気がした。
ミサキが微笑む。
「いい名前ね。じゃあ、リンネ。これからよろしくね」
(……うん。やっと、また呼んでくれたね)
その夜。
ミサキは古いアルバムを取り出した。
ページをめくる指先が少し震えている。
「昔ね、私が中学生のとき、子猫がゴミ置場に捨てられててね。その子を拾って連れて帰ったら、お母さんにダメって言われて、、、
そのまま放すんじゃ可哀想だったから、団地の生け垣の中に秘密の部屋を作ったの。それで家族には内緒で、その子猫を飼ってたの」
(うん、覚えてるよ、、、)
「すごく賢くて、大人しくて、いい子だった。
でも、大学の冬にね……」
ミサキの声が小さくなった。
膝の上で、私はそっと顔をすり寄せた。
「リンネ……不思議ね。
あなた、その子にそっくり」
(それはね、同じ子だからだよ)
でも、言葉にはできない。
だから私は、代わりに喉を鳴らした。
――チリン。
「ふふっ。なんだか懐かしい音」
ミサキの目が、やさしく潤んでいた。
翌朝。
私はこの家の朝が地獄であることを知った。
「ママー! 体操服どこー!?」
「カナタ、靴下左右違う!」
「ヒマリ、寝ながらパン食べないの!」
「リンネ、弁当箱舐めないで!」
(この家、戦場すぎる)
だけど不思議。
笑い声の中に混ざるその喧騒が、
どこか懐かしくて、幸せだった。
> かつて“秘密の部屋”でこっそりもらった愛情が、
今は“家のまんなか”で鳴り響いてる。
チリン。
それは、「ただいま」の音だった。



