バロットに手を引かれて再び走り出した私は一番左端の海岸に止まる中型客船の前へと辿り着き、バロットと共に王船内へと乗り込もうとした。

 しかし、バロットは私が船内に乗り込むなり、何故か船へと乗り込む為に登ってきた階段を降り始める。

「バロット、貴方、なんで階段を降りるの……?」

 バロットの予想外の行動に私は理解出来ず、背を向けて階段を降り始めたバロットに問い掛けた。

 バロットはそんな私の問いに直ぐには返事を返さず、階段を全て降りて、地上へと足をつけてから私の方を振り返って優しい笑みを浮かべる。

「殿下、どうか生きて幸せになってください。貴方が生きて幸せになって下さるとことが私の幸せでもあります。最後までお供できなくて申し訳ありません。さようなら、殿下……」

 バロットがそう言うなり、私に背を向けて歩き出した。
 私はそんなバロットの言葉の真意がわからず、どういうことかをはっきりさせる為に階段を降りようとしたが、最後の乗船者の一人であろう者が乗り込んだ所で船へと乗り込み、降りる為の階段は仕舞われるために動き始めた。

「バロット…… どうして、嫌よ……! 私を一人にしないで……」

 私の悲痛な叫び声と重なるように、船の出航の合図を知らせる汽笛の音が港に鳴り響く。
 動き出した船の中、私は甲板に移動し、港が見える方の甲板の上からバロットがいるであろう港を見つめた。

 船が止まっていた場所からほんの少し離れた所にバロットがいるのを見つけた私は彼の名前を叫ぶように呼んだ。

「バロット……!」

 彼は私の声に気付き、こちらを見た。
 彼のラピスラズリ色の青い瞳が私の姿を捉えた。彼は手を振って再び歩き始めたかと思えば、走り出し、フードを被った男の前で立ち止まり剣を抜いて戦い始めた。

「もしかして、私を守る為にバロットは港に残ったの……?」

徐々に遠くなる港の上で、バロットはフードを被った男と戦っていた。
 しかし、フードを被った男の方が強かったのか、斬りつけられ、バロットはその場に倒れ込んでしまう。

「嫌……、嘘、死なないで……」

 ほんの少し遠くに見える港に立つフードを被った男がこちらをじっと見て、ニタリと不気味に笑った気がした。

 嫌な予感がした。
 フードを被った男は容赦なく、倒れ込んだバロットの背中に剣を突き刺したのだ。
 
 私を今に至るまで守ってくれた大切な人が殺された。その現実に私は耐えられず、その場に力無く座り込み、悲痛な叫び声を上げた。

「いやぁあああああっ! やだ、やだ……っ! 私をひとりにしないでぇ……! もう誰もいなくならないでよぉ……」

周りの視線なんて気にならなかった。
 もう、私を守ってくれていた大切な騎士である青年も、お父様もお母様も。大好きなたった一人の兄ももう私の側にはいない。

 全て、壊され、奪われた。
 私はもう一人なのだ。

 声が枯れるまで泣き続けて、涙が一滴も出なくなった頃、私は力無くその場から立ち上がった。

「これから私はどうすればいいの……?」

 何処に行けばいいのかもわからない。
 生きる気力さえも失ってしまいそうになりながらも、何とか自分を保たなければならないと思えたのは、バロットの『生きて幸せになってください』という言葉があったからだと今では思う。

 晴れた空の下、海面の上をゆっくりと私を乗せた船は目的の地を目指して進み続けていた。