カトレアさんと共にディアーヌ帝国を後にしてから3日が経ち。
現在、私とカトレアさんは緑豊かな森の中の道を歩いていた。
「いい天気ですね!」
「そうね~」
私の隣を歩くカトレアさんはアディラーゼ王国の最強の聖女と呼ばれている聖女様だ。
カトレアさんは婚約者から婚約破棄をされたことをきっかけにアディラーゼ王国を出たのだという。
白髪に青い瞳を持ち、私よりも少し背の高いカトレアさんは私の隣を歩きながら何処までも続いているかのように感じる道筋を見ていた。
私はそんなカトレアさんを横目に見てから、前へと再び向いた。
私、シエナ・アメリアはエルドアナ国の第一王女であった。
しかし、突如起きたクーデターによって、王族は皆殺しにされ、私は命からがら己の護衛である騎士に手を引かれて、王城から逃亡したのだ。
クーデターが起こる2日前。
私は実の兄であり、第一王子であるセドリックと共に久しぶりの茶会を楽しんでいた。
「セドリック王子殿下、婚約者とは上手くいっていますか?」
「ああ、順調だ」
兄でありこのエルドアナ国の第一王子であるセドリック・アメリアは1ヶ月前に王家と関わりの深い公爵家のご令嬢と婚約をした。
公爵家のご令嬢である方は妹である私から見ても完璧な人であった。
「それより、お前は最近どうなんだ?」
「どうとは……?」
「何かあったりしたか?」
「そうですね、特にはないですかね。平凡に毎日が過ぎていくだけです」
そう、私はお兄様のように婚約者もいなければ、婚約を持ちかけられるという話も今のところない。
けれど、それでもいいのだ。
なんてたって私は家族以外の男の人があまり得意ではない。
だから、自身の専属の近衞騎士は数人であり、必要最低限のこと以外は話しかけないようにとの条件の元で騎士達は私に仕えている。
「平凡なのが一番いい。争いごとがない平和な毎日を送れているのならよかった」
お兄様はそう言うと私を見て微笑んだ。
平凡に過ぎていく毎日。
これからもこんな日々が続くのだとそう思っていた。
だが、そんな平凡な毎日は突如、音を立てて壊れてしまう。
◇ ◆ ◇
そう、あの日。
クーデターが起こったあの夜に。
私が大切に思っていた人達は反乱を引き起こした者達の手によって殺され、私の大切な人達は一瞬にして奪われた。
「殿下、あと少しです。あと少しで外に出れますから頑張ってください……!」
「ええ、」
私は今、自身に仕えているバロット・リーヴェルに手を引かれて王城の地下の通路を走っていた。
静かで冷んやりとした地下通路をバロットと共に走りながら思う。
どうしてこんなことになってしまったのだろうか?と──
今日もいつもと変わらない平凡な1日であるのだと思っていた。
けれど、突如、王城に複数人の侵入者が入り込み、侵入者達は城内の数ヶ所に火を放った。
燃え盛る城内。
恐怖と不安に満ちた城の中、衛兵や騎士達は侵入者を探して走り回っていた。
そんな中、城内の異様な空気に気付いた私が部屋を出ようと自室の扉に手を掛けようとした時、息を切らして部屋のドアを勢いよく開けて部屋に入ってきた私の近衞騎士である黒髪に青い瞳を持ち、私よりも背の高い男。
バロット・リーヴェルから告げられたのだ。
「陛下とマリーア王妃様。セドリック王子殿下が侵入者の手によって殺されてしまっていました。殿下、侵入者は貴方の命も狙っているかもしれません。早急に王城から出なければ貴方の身も危ないかもしれません……」
「お父様とお母様、セドリック王子殿下が殺された……? 嘘、そんな……」
私は現実をすぐには受け入れることが出来なかった。
しかし、バロットの言っていることは本当なのだと嫌でもわかった。
開けた扉から部屋に入り込む焼け焦げた火の匂い。そして、少し遠くに聞こえる悲鳴と恐怖に満ちた声。
「殿下、手を、逃げましょう……!」
「わ……わかったわ」
バロットの差し出された手を取ると、バロットは私の手を引き、走り出す。
彼に手を引かれて走りながら、彼の大きな背中を見て、私の動揺と恐怖に満ちた心は少し落ち着きを取り戻した。
そして今。
地下通路まで侵入者に遭遇することなくたどり着いた私とバロットは外への入り口へと近づきつつあった。
「外へ出ても安全とは限りませんから。絶対に手を離さないで、俺の側から離れないで下さいね」
「ええ、わかったわ……」
繋がれたバロットの手は暖かく、私は不安を振り払うようにそんなバロットの手を強く握りしめた。
外の光が差し込む地下通路の出口から外へと出た私とバロットは外の風景を見て愕然とする。
「まさか、王城の地下通路が王都の港に繋がっているなんて……」
「知らなかったわ……」
「俺も知りませんでした。あ、船に乗りましょう。あと少しで出航する船はあれですね」
バロットがそう言い指差したのは一番左端の海岸に止まる中型客船だった。
「行きましょう、殿下」
「ええ、」
バロットに手を引かれて再び走り始めた私は気付かなかった。少し後ろにいた追っ手に見つかってしまったことを。


