「ママがやってくれた髪だー! 猫ちゃん凄いねー!」
 舌足らずな結里の声。
 生前の雪乃にセットしてもらっていたお気に入りの髪型になり、更に三毛猫に触ることが出来て朝から満足そうな結里。キャッキャッと嬉しそうな笑い声だ。
 恭介はそんな結里を見守りながら朝食を作る準備を始める。
(それにしても、こんなことがあるんだな……)
 恭介はまじまじと三毛猫に目を向ける。

 突如斉藤家の一軒家に現れた三毛猫。それは雪乃だった。
 転生したのか魂が憑依しているのかは分からない。
 恐らく恭介と結里の様子が心配になり現れたのだろうか。

 三毛猫になった雪乃にスライスチーズの賞味期限が今日であることを教えてもらい、この日の朝食はチーズ入りオムレツにすることにした。
 昨夜作った豚肉と野菜炒めは今夜の晩ごはんに回すことにするらしい。
 恭介はエプロンを着用しようとする。しかし、背後からエプロンの紐を引っ張られる感覚がしたので振り返る。
 猫雪乃が紐で遊んでいたのだ。
(この三毛猫……雪乃でもあるけれどやっぱり猫なんだよな……)
 エプロンの紐がクネクネと動く様子は自然界で見かける獲物の動きに似ており、猫の本能を刺激するらしい。猫としての本能丸出しの様子に恭介は苦笑した。
「猫ちゃん遊んでるー!」
 結里は猫雪乃の様子にキャッキャッとご機嫌な様子で笑っている。
「雪乃、朝ごはんが作れないんだけど」
「パパ、その猫ちゃん、ユキちゃんって名前なの?」
 結里は恭介の言葉に反応した。
「まあ……そうだな」
「ユキちゃん! ユキちゃん!」
 結里はご機嫌な様子で猫雪乃を撫でる。
(雪乃……娘からユキちゃんと呼ばれているけど……)
 恭介はチラリと結里に「ユキちゃん、ユキちゃん」と撫でられている猫雪乃に目を向ける。
 猫雪乃は満更でもなさそうな表情だった。
(良いのか……)
 恭介は少しだけ表情を綻ばせた。

 恭介はエプロンの紐を結び直し、チーズオムレツを作った。
 栄養バランスを考え、恭介が昨夜作った結里の好物トマト入りのサラダも朝食に出す。
「結里、美味しいか?」
「美味しい!」
 恭介が聞くと、満面の笑みで結里が頷いたのでホッとする。
 その笑みにより、日々の疲れが吹き飛ぶ恭介。
 猫雪乃に目を向けると、優しい眼差しが向けられていた。
 まるで「良かったね」と言っているかのようである。
 恭介は柔らかく口角を上げた。

 育児、家事、仕事、上手く回っているとは言い難い状況だ。しかし、恭介にとって愛娘である結里の笑顔が何よりの力になる。
 色々と上手くいっているわけではないが、今日も頑張ろうと思う恭介であった。

(そういえば、雪乃にも食事が必要だよな……。今の雪乃は猫だし、何も考えずに人間の食べ物あげたら駄目だよな……? 猫が食べても大丈夫そうなもの、家にあったか?)
 恭介は自分の食事を終えると、冷蔵庫の食材を確認する。
(豆腐……。猫にあげても大丈夫か……?)
 恭介は冷蔵庫から豆腐を取り出し、首を傾げる。
 スマートフォンで調べてみたところ、少量ならば大丈夫であると獣医が監修するサイトに書いてあった。
 ただし、過剰摂取は猫が尿路結石症や胃腸障害を起こすことがあるので注意が必要だ。
(少しだけならあげてみるか)
 恭介は豆腐を少し切り、猫雪乃の前に置く。
「キャットフードとかは今ないけど、何も食べないよりはマシだろう?」
 すると猫雪乃は「にゃあ」と鳴き、豆腐を食べ始めた。
「水も置いておくぞ」
 恭介は平たい皿に水道水を入れ、猫雪乃の前に置いた。
 獣医監修のWebサイトに、猫は水道水を飲んでも問題がないと書いてあったのだ。
 猫雪乃は豆腐を食べ終わった後、ペロペロと水を飲む。
(とりあえず問題ないみたいだな。猫用品、色々買っておかないと。猫だから病院に連れて行って予防接種とかも必要だよな)
 やることは山積みである。
 猫雪乃は水も飲み終わり、毛繕いをしていた。
 相変わらず、前足で耳に触れる癖が出ている。
(雪乃は結里の子育てが落ち着いたらフルタイムで働きたいって言っていたけど……フルタイムの猫になったな)
 恭介はクスッと笑うのであった。






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「ユキちゃん、ユキちゃん」
 猫雪乃がやって来て以降、娘の結里はご機嫌な様子だ。
 今日も猫雪乃を撫でて明るくキャッキャッと笑っている。
 洗濯物を畳む恭介はそんな娘と妻(猫)の様子を見て、穏やかな様子だ。
(雪乃は不甲斐ない俺が心配だから猫になってまで来てくれたんだな……)
 まさか猫になるとは思っていなかったが、こうして亡き妻が会いに来てくれたことは嬉しく思った。しかしその反面、もっとしっかりしないといけないなという気持ちにもなっていた恭介。

 いつの間にか、結里はカーペットの上ですやすやと眠っていた。
 その隣には、猫雪乃も気持ちよさそうに眠っている。
 洗濯物を畳み終えた恭介はそんな二人(一人と一匹)に対し、口元を緩めていた。
「結里、遊び疲れたんだな」
 恭介は結里の頭を優しく撫でる。
 そして隣で眠る猫雪乃に目を向ける。
 健やかな呼吸で、腹部が上下に動いていた。
 恭介は思わず猫雪乃の腹部に手が伸びる。
 ふわふわとして、柔らかい毛並み。
 温かさがダイレクトに恭介の手に伝わった。
「雪乃、ありがとな。俺、ちゃんと結里を守れるようにこれから頑張るから。だから、少しの間、見守って欲しい」
 恭介の目は、優しさと覚悟に染まっていたのである。