「あの、直己さん。お風呂どうぞ」

片付けを終え、直己さんに声をかけた。
お風呂は掃除をした時に夜七時にはお湯が溜まるようにセットしておいた。ここのお湯はずっと温かいままだから本当に助かる。

「そうだ。お風呂で思い出した。ちょっと待っててくれ」

突然何かを思い出したらしくバタバタと自分の部屋へ行った直己さんは、すぐにリビングに戻ってきた。

「佳都くん、これ。良かったら使って」

手渡された綺麗な包紙。誕生日プレゼントのようにリボンもかけられて可愛い。

「えっ? これ、開けていいですか?」

「もちろん」

一体なんだろう?
包紙を丁寧に開くとそこには真っ白くてふわふわのもの。

「これ……?」

広げてみると、それは長い耳とプクッと丸い尻尾のついた可愛いうさぎの着ぐるみパジャマだった。

「わぁーっ、可愛いっ!」

「そうだろう、佳都くんに似合うと思って買ってきたんだ」

「すごいっ! 何これ、ふわっふわ。気持ちいぃー!」

本物のうさぎに触れているかのような感触に思わず声が大きくなる。

「パジャマはいくつあってもいいだろう? 洗い替えにあったほうがいいと思って」

「えっ? でもいいんですか? こんな可愛いパジャマ貰っちゃったりして」

「佳都くん用に買ってきたんだから遠慮しないで貰ってくれたほうが嬉しいよ。私が着るには小さいからね」

パチンとウィンクをしながら笑顔でそう言ってくれる直己さんを見ながら、僕はふと頭の中でこの真っ白なふわふわうさぎの着ぐるみパジャマを着た直己さんを想像してしまった。

――佳都くん。どう、似合うかな?
白くて丸っとした可愛い尻尾をふりふりとこっちに向けながらそう尋ねてくる大きなうさぎの直己さん……

「意外と似合うかも……」

「んっ? どうした?」

「あ、いや。なんでもないです。あの、ありがとうございます! すごく気に入りました」

尻尾ふりふりの直己さんがあまりにも可愛くて面白くてつい声が漏れてしまった。慌てて誤魔化したけど気づかれてないみたいでよかった。

「そうか。じゃあ、今日の寝巻きにさっそく着てみせてくれ」

ニコニコと満面の笑みでそう言われて、僕は頷くことしかできなかった。
可愛いけど、三毛猫の数倍可愛すぎて男の僕が着るのはちょっと恥ずかしい気もするんだけど……でも、この手触り知ったら着ない選択肢はないな。

「私は少し仕事をするのがあるから、先にお風呂に入っておいで」

いいのかな、二日連続で一番風呂をいただいても……
でも、パソコンを広げて仕事モードに入った直己さんの邪魔をするわけにもいかない。

「じゃあ、先にいただきます」

申し訳ない気持ちもありつつ、僕はお風呂場に向かった。

浴室に足を踏み入れてから、シャンプーなんかを家から持ってくるのを忘れたことに気づいた。
今日は買い物するのに夢中でアパートに寄るの忘れちゃってたな。

昨日だけ借りるつもりだったのに……

「ごめんなさい、今日もお借りします」

シャンプーに手を合わせて拝んでから、僕はワンプッシュを手に取りシャカシャカと頭を洗った。ふわりと髪の毛から漂ってくる匂いは直己さんと同じもの。でもなんかちょっと違うんだよな。

スンスンと手についた泡を嗅いでみたけれど、やっぱり違う気がする。

なんだろ、何が違うんだろう?

考えてみるけれど答えは出ない。
髪と身体を洗い終え、浴槽に身体を沈めると全身を包み込んでくれる温もりに思わずふぅーーっと声が出る。

やっぱり直己さん家のお風呂、最高だな。
ここのに慣れちゃったらアパート帰ってお風呂に入るのが辛くなりそう。

うちのお風呂はトイレは一応別だけど、浴槽は僕くらいの身長でも足を伸ばせないくらいだから相当小さいと思う。きっと直己さんなら足が半分くらい外に出ちゃいそうだな。

うん、やっぱり直己さんにはこういう広くて大きなお風呂がよく似合う。

そういえば、映画とかだと大きな窓に囲まれたジャグジー風呂とかで綺麗な景色を見ながらお酒を飲んだりとかしてるけど、あんなのも直己さんなら似合いそう。
綺麗な女の人とか周りに侍らせたりして……
うーん、ちょっとそれはイヤかも。

って、何考えてるんだ。

そろそろあがろう!

思いっきり立ち上がったら、頭がくらっとして目の前が真っ暗になった。

えっ……なに、これ……。
足元がふにゃふにゃして立っていられない。

僕はそのままバシャーーンッ!! と大きな音を立てて、湯船の中に倒れてしまった。




「あれっ? ここ……」

目覚めると、僕はベッドに寝かされていた。
なにがどうなったんだっけ?

「佳都くんっ! 目が覚めたか?」

「あ……なお、きさん。どうして?」

「覚えてないのか? 佳都くん、お風呂でのぼせて湯船に倒れてたんだよ」

「あっ……そう、いえば……」

急に目の前が真っ暗になって、そこからの記憶がないや。

「君の風呂が長かったから心配でバスルームに様子を見に行ったんだ。水音がしてたから大丈夫かなと思ったんだけど、急に大きな水音が聞こえたから慌てて浴室に飛び込んだら、湯船に佳都くんが倒れてたから驚いて引き上げたんだよ」

「そ、うなんだ……ごめんなさい……心配をかけてしまって……」

「いや、いいんだ。本当に無事でよかった」

今日は寝過ぎて心配かけちゃった上に、またお風呂でも心配かけちゃったな……って、ちょっと待ってっ!
僕、湯船で倒れてたんだよね?
それを直己さんが助け出してくれて……しかも、今パジャマを着てベッドに寝てるってことは……

「あ、あの……その、僕の着替え、とか……」

「ん? あ、ああ。悪いとは思ったんだが、緊急事態だったから……。でも、私も急いでベッドに寝かせて冷やさないといけないと思って無我夢中だったから、その、何も覚えてないよ! 本当だから!」

ほんのりと顔を赤らめながら、必死にそう伝えてくれる直己さんの誠実そうな感じが伝わってきて、僕はさっきまでの恥ずかしいという気持ちは吹き飛んでいた。

「ありがとうございます。直己さんのおかげで助かりました。見られたのが直己さんでよかったです」

笑顔でそうお礼を言うと、直己さんはさらに顔を赤らめて何やら小さな声で呟いていたけれど、僕には何も聞こえなかった。

ふと下に目線を向けると、見慣れない紺色のおしゃれなパジャマを着ている。
あれ、そういえば直己さんに買ってもらったうさぎを着るはずだったよね……

「あの、直己さん……このパジャマって……」

「んっ? あ、ああ。あのパジャマは冷やすのには適していないだろうと思って、私のパジャマを着せたんだ。ちゃんと洗濯済みのものから出したから大丈夫だよ」

「直己さんのだったんですね。道理でこんなに大きいと思った。ほら、手もこんなに長いですよ」

ブカブカで大きな直己さんのパジャマは僕の爪先しか見えていない。
その大きさの違いに驚きながら、手を振って見せた。

「くぅ――っ! なんでこんなに可愛いこと言うんだろうな……」

直己さんは口元を押さえながら何か言っていたけど、何も聞こえない。
もしかして直己さんって……独り言が多いタイプなのかな?

まぁ一人暮らししてる人はよく独り言を言っちゃうって言うけど、確かに僕も言っちゃうもんな。

「大きくて悪いけど、今日はこのままこれを着ておいてくれ」

「はい。このパジャマすごく直己さんの匂いがするし、大きいから包まれてるみたいで安心しますね」

率直な感想を伝えると、なぜか苦しげな表情を見せたと思ったら、すぐににこやかな笑顔で立ち上がった。

「喉乾いているだろうから、水持ってくるよ」

直己さんは笑顔で寝室から足早に出ていった。