イケメンスパダリ社長は僕の料理が気に入ったようです

そろそろ買い物でも行ってこようかな。
足りない食材とか調味料とかも買い揃えたいし、今日はちょうど買いたいものが安くなってる日だ。
売り切れになる前に行ってこよう。

今朝、直己さんにとりあえず当面の生活費が入っているからこれで買い物してと渡されたお財布と自分の家から持ってきたエコバッグ。そしてスマホを、斜めがけバッグに詰めて家を出た。

エレベーターから降りるとコンシェルジュデスクに田之上さんの姿が見えた。

「お疲れさまです。買い物に行ってきますね」

「お気をつけていってらっしゃいませ」

頭を深々と下げて丁寧に見送られる。
こんなにすごいマンションだと当たり前なんだろうけど、庶民な僕にはまだ慣れないな。


「ちょっと、買いすぎちゃったかな……」

念のためにと三つ持っていった大きなエコバッグはパンパンに詰まっている上に、それプラス片手で抱えているお米が重くて仕方がない。

「ふぅ……」

本当は五キロ買いたかったけど、三キロにしておいて正解だったかもしれない。

いつもなら買わないような高い銘柄のお米をレジに出した時は少し緊張したけれど、直己さんに美味しいご飯を食べてほしくて選んだんだ。

でもレジでお財布開いた時はびっくりして落としそうになっちゃった。
だって、十万を超える現金とブラックカードが入ってたし……
そんなお財布持ち歩いた経験がないから、それからちょっと挙動不審になっちゃってたかもしれないな。
家でお財布の中身確認してくればよかった。

やっぱりなんとか交渉して食材は僕がいただける給料から買わせてもらえるようにしよう。その方が選ぶときにも気を遣わずに済む。

それにしても卵が安かったからと二パックも買ったのは失敗だったな……
でも、直己さん……卵焼きを美味しいって食べてくれたんだよね。
だから卵見たらつい買いたくなっちゃった。

歩くたびに卵のパックが擦れる音がする。なんとか割れずに持って帰れたらいいんだけど。

「はぁ……ふぅ……」

行きは五分もかからずに着いたスーパーだったけど、今は十分近くはかかっているかもしれない。
冷凍食品対応のエコバッグを持ってきてて正解だった。

ふぅふぅと息を切らせ、よろよろとやっとのことでマンションの敷地内に辿りついた。
すると入り口から田之上さんが駆け寄ってくるのが見えた。

「佐倉さま。お荷物お持ちいたします」

「あ、ありがと――わっ」

ささっと僕が持っていた荷物を全て持ってくれたのに、顔はにこやかなままだ。油も買っちゃったしお米も入れて十五キロ近くにはなっていそうなのに、なんだか軽々と持っている。なんか自分がひ弱なのがすごく目立っちゃってる気がする……

「たくさんお買い物されたのですね」

「はい。ついあれもこれも買ってしまって……自分の体力の無さを忘れてました。へへっ」

恥ずかしくなって自虐的に笑って見せた。

「綾城さまのことをお考えになってお選びになったのでしょう。大切なお方に美味しいものを召し上がっていただきたいお気持ち、よくわかります」

呆れることもなく笑顔を浮かべながら言ってくれた。

そうだ。僕、直己さんの喜ぶ顔が見たくてカゴから溢れるほど選んじゃったんだ。だから田之上さんが僕の気持ちを汲んでくれてすごく嬉しかった。

「僭越ながら重いものをご購入される場合は、私どもにお任せください。すぐにお部屋までお届けいたします」

「えっ、でもそんなの……」

「いいえ。それが私どもの大切な仕事でございますから。大切なお方に美味しいものを召し上がっていただくお手伝いができればこの上ない喜びでございます」

さらりとそんなことを言われて驚きつつもありがたい。

「あ、ありがとうございます。じゃあ、次からはぜひ」

「はい。お待ちしております。こちらのお荷物はお部屋までお届けしても宜しゅうございますか?」

「あ、はい。お願いします」

田之上さんは僕がお願いすると、すぐにエレベーターの方へと向かい部屋まで一緒に持って上がってくれた。
正直なところ、限界近くまで疲れ果てていた僕にはものすごく有り難かった。

玄関の鍵を開けると、田之上さんは玄関先にある荷物置きにスーパーの荷物を全部置いてくれた。

「こちらで宜しいでしょうか」

「はい。本当に助かりました! ありがとうございます」

僕がお礼を言うと、田之上さんは頭を下げ部屋から出ていった。玄関先に置かれた荷物を少しずつキッチンへと運び三往復してようやく荷物を運び終えることができた。

「卵も割れてなかったし、良かった」

今日の夕食は新鮮で美味しそうな鯵があったからそれを開いてアジフライにするつもりだ。ささっと三枚に下ろして、塩胡椒して小麦粉、溶き卵、パン粉をつけてあとは揚げるだけにしておけば楽だ。

付け合わせのマカロニサラダも先に作って、冷蔵庫に入れておこう。

帰宅の一時間前には連絡をくれるって言ってくれたから、それがきたらお味噌汁とご飯を準備して……これなら余裕で夕食に間に合いそうだ。

チラッと時計を見るとまだ四時過ぎ。なんだか身体がものすごく疲れてる。

ちょっとだけお昼寝させてもらおう。ちょっとだけ……ちゃんと五時には起きれるようにアラームをかけて……リビングのソファーに身体を預けると、僕はあっという間に夢の世界に旅立ってしまっていた。


「……とくん、佳都くん……」

「んんっ?」

なんだかすごく優しい声が聞こえて目を開けた。

「そろそろ起きれそうか?」

目の前に心配そうに見つめる直己さんの姿があった。

「なっ、えっ? なん、で……? あれ、アラーム……、あれ?」

何がどうなっているのか、なんで直己さんがいるのか、なんでこんなに外が暗くなっているのか何もわからない。
パニックになった僕はソファーテーブルに置いていたスマホをとり、画面を見るとアラーム設定画面で開いたままになっていた。

「うそっ、アラーム、つけ忘れた……?」

画面の時計を見ると午後八時前……
しかも着信もメッセージも何件も入ってる。
あれ? なんでメッセージの音も聞こえなかったんだろう……と思ったら、知らないうちに消音モードになっちゃってる。

はぁーーっ。もう、最悪だ……

「ご、ごめんなさい……あの、僕……少しだけ寝るつもりで……」

もしかしたらクビだって言われちゃうかな……
こんな失敗しちゃったから仕方ないけど。

「わかってるよ。ただ心配しただけなんだ。メッセージも既読にならないし電話も出なかったから気になって……それで、急いで帰ってきたんだ。そしてたら田之上くんが佳都君がいっぱい買い物して帰ってきてたって報告くれて、部屋に入ったら部屋中ピカピカになってるし……君はスヤスヤと眠ってるし。きっと疲れたんだろうなって思って少し寝かせていたんだよ。こんなに頑張ってくれてるんだから気にしないでいいんだ」

「心配かけてしまって、ごめんなさい……。あ、そういえば布団がかけられてる。これ、直己さんが?」

「ああ、手足が冷たくなってたから気になって」

ちょっとだけ寝るつもりだったから布団なんか考えてなかった。
直己さんのこういう気遣いが本当に嬉しい。

「ありがとうございます。すみません、初日から迷惑かけてしまって……」

「気にすることは何もないよ。私のために一生懸命やってくれたんだろう? 嬉しいよ」

「直己さん……」

「起きれそうなら、ご飯にしようか」

「あっ、そういえばまだご飯炊いてない」

おかずはできているけれどご飯が炊けるまでには一時間はかかる。

「それなら大丈夫。ご飯だけは一応炊いておいたから」

「えっ? 炊いておいたって……」

「佳都くんがあの鍋で炊いてたから、君が寝ている間に作り方を調べてやってみたんだ。ただ、ちょっと途中焦げているような匂いがしてたから、佳都くんみたいにはうまく炊けてはいないだろうけど……」

そう教えてくれた直己さんは少し照れているように見えた。そう言えばリビングまで香ばしい匂いがしてる。きっと美味しく炊けているはずだ。

「ありがとうございます。助かりました。すぐにご飯にしますね」

僕は残しておいた出汁で長ネギと豆腐のお味噌汁を作り、下拵えずみだったアジフライを揚げながら、横に添えるキャベツの千切りを作って……ご飯を炊いておいてくれたおかげで十分ほどで夕食が完成した。

綺麗にトレイに並べて直己さんの前におく。

「すごいな、家で揚げたてのアジフライが食べられるとは思っても見なかったよ」

目を輝かせて喜んでくれた。

「ご飯はどうだった?」

心配そうな直己さんの表情に少し笑ってしまう。

「ふっくらと上手に炊けてて驚きました。これは少しおこげができるくらいが美味しいんですよ」

「そうか、なら良かった。じゃあ、いただきます」

嬉しそうに箸を持つ直己さんの姿を見ながら僕もいただきますと言ってお味噌汁に手を伸ばした。

サクサクと今日は一段と上手に揚がったアジフライは自分でも美味しいと思えた。良かった。今日のフライは成功だ!!

直己さんは美味しそうに全てのお皿を完食して、あっという間に夕食は終わった。

「今日の夕食も最高だったな。あ、そうだ。お弁当も美味しかったよ!」

「本当ですか? 良かったです」

「私が美味しそうなお弁当を持ってきていたから、社員たちにいろいろ聞かれて大変だったよ」

「えっ? 大変?」

「ああ、そう言う意味じゃなくて……彼女でもできたのかって。だから、大切な子(・・・・)に作ってもらったと言っておいた」

にこやかな笑みを浮かべながらそう言ってくれる直己さんだったけど、大切な子って僕? そういえば、田之上さんにもそう言ってくれたっけ。

そんなに家事してくれる人できて嬉しかったのかぁ……
良かった、喜んでもらえてるみたいで。

「だから、できれば明日も作ってもらいたいんだが……だめかな?」

「えっ? お弁当くらい大丈夫ですけど……あ、でも何時くらいに来たら?」

「そうだな……できたら今日と同じくらいに家を出たいから……良かったら今日も泊まっていかないか?」

今日も、お泊まり?
明日はゼミの集まりも午後からだし、問題はないけど……二日も連続で泊まったりしていいのかな?

「えっ、でも……いいんですか?」

「もちろんだよ、今日は佳都くんも疲れているみたいだし、ゆっくり休んでもらったほうが安心だし。ねっ、そうしよう」

「え、あっ、はい。じゃあ、そうします」

なんか押し切られちゃってる感があるけど、この家が居心地いいのは確かだし、まぁ明日は夕食作ったら帰ればいいか。

話が決まったところで僕は席を立ち、食べた食器を片付けた。
と言ってもキッチンに備え付けられた食洗機に入れるだけ。
やっぱりこれ便利だなぁ。