翌日、久しぶりに熟睡してすっきりとした朝を迎えた僕は、直己さんの腕の中で目を覚ました。

「はぁ……なんか頭がすごくスッキリしてる。ほんと、寝心地よかったな」

直己さんに熟睡してもらえるならと思っていたのに、これじゃあどっちがお願いしたのかわからないな。
ひとり笑みを浮かべながら、直己さんを起こさないようにそーっと腕を外してベッドから下りた。

静かに寝室を出て自分の部屋に行った。
寝巻きからTシャツとズボンに着替えてキッチンに向かい、用意しておいたエプロンを身につけた。

よし、やるぞっ!

ご飯を水につけている間に昨夜とっておいた一番出汁を冷蔵庫から取り出し、お味噌汁を作っていく。
具材はほうれん草と油揚げ。

おかずは……卵焼きとシャケを焼こうかな。
それと納豆と……夕食でも美味しいと言ってくれたきゅうりと白菜の漬物。
それぐらいで足りるかな?

香ばしく焼けたシャケの皮が食欲をそそる。
うん、焼き加減もバッチリだ。
卵焼きの端を少し落として味見をしてみたけれど、出汁が効いてて美味しい。
今日の卵焼きは最高だ!

あ、そろそろ時間だ!

急いで料理をお皿に盛り付けて、鍋で炊き上がったご飯を蒸らしている間に直己さんを起こしにいく。

寝室の扉を開けると、広いベッドで気持ちよさそうに眠っている直己さんの姿が見えた。
眠っていてもかっこよさは変わらないけれど、こういう無防備な格好はなんだか可愛く思える。

僕は大きなベッドの中央に上がって、直己さんの寝ている横に座り込んで声をかけた。

「直己さ〜ん、起きてください。七時になりましたよ〜!」

「う、う〜ん」

まだ眠そうな声に思わず笑ってしまう。
本当に朝が弱いんだな。

僕は寝ている直己さんに顔を近づけた。

「直己さ〜ん、起きてください。朝ですよ〜」

もう一度声をかけると、突然直己さんの腕が僕を抱き寄せてギュッと抱きしめてきた。

「わっ! な、直己さ――んんっ」

慌てて呼びかけようとした声は、直己さんの柔らかい唇に塞がれてしまった。

えっ? なにが一体どうなってるの?

「んっ、んっ」

必死に声を上げながら、直己さんの胸をトントンと叩くと、ようやく直己さんの目が開いた。
目が開いてすぐに僕と目があった直己さんは驚いた様子で慌てて唇を離した。

「ごめん、つい昔の癖で……」

えっ……昔の癖ってもしかして、彼女……とか?
そう考えただけでなぜか胸にチクっと痛みが走る。
なんだろう、この気持ち。

「ごめんね……いつも、ライリーからキスされて起こされてたからやり返すのが癖になっちゃってて」

「ライリー?」

「実家で飼ってる犬の名前だよ」

犬?
なんだ。そっか。
って、なんでホッとしてるんだろう、僕。
ファーストキスだっていうのに、全然嫌じゃないどころか、犬と間違われたのにホッとするなんて。
なんか昨日からおかしいな。

「悪い、勝手にキスしたりして……本当に申し訳ない。もうバイトが嫌になったりしていないか?」

本当に申し訳なさそうに僕の機嫌を伺うように問いかけてくるその様子が、しょんぼりと耳を垂らした大型犬のようで僕は思わず笑ってしまった。

「佳都くん?」

「大丈夫です。あの、気にしてませんから……僕、ファーストキスだったんですけど、別に大切にとっておいたわけじゃないですし、直己さんとだったら別に……というか、嬉しかったので……」

「えっ? 今、なんて?」

「えっ? あ、いや、あの……もう食事できてるので、起きて来てください! 僕、先に行ってますから」

ついつい本音が漏れてしまって、僕は急いでベッドから下りてキッチンに走った。

「僕、何言ってるんだよ、もう……」

直己さんが部屋から出てきて、そのまま洗面所に向かうのを見て、ホッと胸を撫で下ろした。
多分さっきのは聞かれてない。
大丈夫、直己さんは寝起きだったしきっと大丈夫だ。

「ああ、いい匂いがするな」

顔も洗って身支度を整えた直己さんはすっかりさっきのことを気にも留めていない様子だ。よかった。

料理を綺麗にトレイに並べて直己さんの目の前に置く。

「佳都君は一緒に食べないのか?」

「あ、僕は後で……」

バイトとはいえ、雇い主と一緒に食べるのはどうかと思ったけれど、不思議そうに見つめられる。

「なんで? せっか二人でいるんだから一緒に食べよう」

「あ、じゃあお言葉に甘えて……」

直己さんを待たせないように、僕の分を急いでご飯を準備した。
直己さんの前に座ると、彼は満足そうに笑顔を浮かべた。

「じゃあ、食べようか。いただきます」

「はい。いただきます」

僕はご飯茶碗を手に取りつつも、直己さんが何から手をつけるのか気になてしまう。
すると、直己さんはまず卵焼きに手をつけ嬉しそうにモグモグと食べていた。

やっぱり卵焼き好きみたい。
よかった。なら、喜んでくれるかな。


朝食を食べて、仕事に向かおうとする直己さんにランチバッグを渡した。

「あの、これもしよかったら食べてください」

朝食を作りつつ、詰めていたお弁当だ
大したものは入れられなかったけど、栄養バランスはバッチリなはず。
直己さんの好きな卵焼きももちろん入れてある。

「いいのか? 助かるよ。ありがとう!」

受け取ってもらえるかと心配したのが嘘のように、直己さんはものすごく喜んでくれた。
お弁当、こんなに喜んでもらえるなんて……作ってよかったな。

「行ってらっしゃい。お仕事頑張ってくださいね」

玄関で笑顔で手を振りながら見送る。
直己さんはなんだか少し苦しげな様子で横を向いたと思ったら、今度は笑顔で僕に振り返った。

「行ってくるよ」

颯爽と出かけていく姿がめちゃくちゃ眩しい。
こんな爽やかな出勤をする人なんてそうそういないだろう。


さて、早速掃除と洗濯に取り掛かろう。
あっ、そういえばまだ七海ちゃんに連絡してなかった。

掃除を始める前に急いで七海ちゃんに

<ごめん、昨日バタバタしてて連絡忘れてた。お兄さんちのバイト、一応採用してもらえました。紹介してくれてありがとう>

とメッセージを送った。
これでよしっ! っと。

さて、掃除でもと思っていると、ものの数分でメッセージが返ってきた。

<佳都くんの食事とても美味しかったって、昨日お兄ちゃんから連絡あったよ。今日からバイトよろしくお願いします!>

かわいいウサギのスタンプ付きで送られてきたこのメッセージ。

そうか、直己さん。僕の料理美味しいって七海ちゃんに言ってくれたんだ。嬉しいな。

今日も美味しい料理作らなくちゃな。
何を作ろうか、悩むなぁ。

献立を何にしようかと頭の中で考えながら、洗濯物を仕分けして洗濯機に入れていく。
手洗いのものは後で洗面所で綺麗に洗おう。

続いて掃除に取り掛かる。とはいえ、直己さんが少し片付けてくれていたおかげで部屋の掃除はあっという間に終わりそうだ。

洗濯機が終わった音が聞こえて、掃除機を止め急いで洗濯物をカゴに入れていく。
そういえば、ここは高層階のマンションだから外で干すのはダメだって言ってたな。

部屋の奥の小さな部屋……と言っても僕のアパートの部屋くらいはあるこの部屋は、ランドリールームといって洗濯物を干すための部屋らしい。

部屋の中で干すって匂いが気になるけれど、天井には大きな除湿機が回っていて、すごくカラッとしている。
花粉症の季節や虫が気になる季節、それに暑い時期は外で干すのが嫌になるけれど、洗濯専用の部屋ならそういうことも気にならなくていいな。

「あ、これ……直己さんの下着だ」

黒いお洒落なボクサーパンツ。
つい、直己さんが履いているところを想像してしまって落としそうになる。
ばかっ! 余計なこと考えないで仕事! 仕事!

雑念を振り払うように頭を振り、急いで下着を干し終えた。

広いランドリールームであっという間に洗濯を終わらせて、よしっと自分で満足する。

まだ掃除の終わっていない部屋に全部掃除機をかけて、トイレやお風呂場もピカピカに掃除を終えた頃にはあっという間にお昼を回っていて、急いで残り物で昼食を食べ終えた。