その日は結局そのままゆっくりと直己さんとベッドで過ごし、翌朝ようやく動けるようになった。

「佳都、どこか行きたいところはないか? 今日も仕事の休みをとってるんだ。遊園地はまださすがに身体が厳しいだろうが、映画でも買い物でも水族館でもどこでも佳都の行きたいところに連れていってやるぞ」

「僕の行きたいところ……」

「ああ、そうだ。どこに行きたい?」

そう言われたら、もう僕はあの場所しか思いつかなかった。

「僕……直己さんとお父さんとお母さんのお墓参りに行きたいです! 明日はお父さんの月命日だから……」

「えっ!」

僕の言葉がよっぽど予想外だったんだろう。
目を丸くして驚いたまま、じっと僕を見つめている。
その様子にさすがにいうべきじゃなかったか……と思った。

「あの、直己さん……やっぱ――」
「いいのか? そんな大事な日に私を一緒に連れていってくれるのか?」

慌てて訂正しようと思った僕は、直己さんのその反応にびっくりしてしまった。
だって、ものすごく嬉しそうだったから。

「一緒に行ってくれるんですか?」

「もちろんだ! 佳都の大切なご両親に、しかも、あの佐倉教授の元に私を紹介してくれるなんて! 私は佳都のご両親がもう亡くなっていると聞いた時、すぐにでもお墓にご挨拶に行きたかったんだ。だが、その時は佳都の気持ちをまだ知る前だったし、諦めてたんだ。それでも、私はいつでも佳都のご両親にお礼が言いたくてたまらなかった」

「お、礼……ですか?」

「ああ。ご両親がいらっしゃらなければ、佳都はこの世に存在しないんだからな。そうなったら私と出会うこともなかったということだろう? 私はもう佳都なしでは生きていけないのだから、お礼をいうのは当然だろう?」

当然とでも言いたげな直己さんの表情に驚きつつも、僕は嬉しかった。
ここ最近は親戚でさえもお参りに行こうだなんて言ってくれる人はほとんどいなくなっていて、月命日に行っても誰かからのお供物なんか見たことがなかった。

お父さんとお母さんの存在が僕以外の人から消えてしまっているのが寂しくて辛かった。
だから、僕だけは絶対に忘れちゃいけないってずっと思っていた。

それを直己さんはずっと一緒に行きたかった、と……そしてお礼が言いたいとさえ言ってくれた。
これが嬉しくないわけがない。

「あ、あり、がとうご、ざいます……」

僕は嬉しさに震える声で必死にお礼をいうと、直己さんの大きな身体で抱きしめてくれる。

「お礼をいうのは私の方だよ」

その優しい言葉が何よりも嬉しかった。


それから身支度を整え、僕たちはお父さんとお母さんの眠るお墓へ向かった。

「ここか? 佳都のご両親のいるところは」

「はい。ここ、珍しいでしょう?」

ここはさっきのホテルから車で一時間半くらいの場所にある緑に囲まれた綺麗な霊園。
ガーデニングが好きだったお母さんのために四季折々の色とりどりの花と緑に囲まれた霊園をお父さんが探したんだ。
寡黙でいつも穏やかなお父さんだったけれど、お母さんのことは心から愛してたんだと思う。

「空気も澄んで綺麗なところだ。こんな綺麗な場所に佐倉教授とお母さまはいるんだな」

直己さんは車からいつの間にか用意してくれていた綺麗な水とお供え用の綺麗な花束を取り出し、さっと霊園の事務所から掃除道具を借りてきた。

「佳都。案内してくれ」

「あ、はい。こちらです」

僕は直己さんをお父さんたちの眠る場所へ案内した。
お墓に着くと、すぐに直己さんはお墓の掃除を始めてあっという間に綺麗に整えてくれた。

こんなにもしてくれるなんて思わなかったな……
本当に直己さんって優しい。

掃除も終わり、用意してくれていたお花を供える。直己さんはお墓の前にしゃがみ込みお墓に向かって話し始めた。

「佐倉教授、お久しぶりです。綾城です。大変お世話になりながら今までのご無沙汰お許しください。そして、今日はもう一つお許しいただきたいことがあります。佐倉教授、あなたの愛していた息子さんの佳都くんを私にいただきたいのです」

「えっ――! 直己さん……」

「私は佳都くんを心から愛しています。絶対に不幸にはしません。あなたの大切な息子さんをあなたと奥さまの分まで一生大切にします! どうか、私たちを温かく見守っていてください」

そう言って深々と頭を下げ、直己さんは立ち上がった。

「直己さん……今の言葉、本気ですか?」

「もちろんだ! 佐倉教授と奥さまを前に嘘偽りなどいうわけがないだろう? 私は佳都への永遠の誓いをお二人の前でしたかったんだ。佳都、私の気持ちを受けてくれるか?」

「はい。僕も、直己さんを一生大切にします!」

嬉しすぎて涙を流しながら返事をすると、直己さんの顔が近づいてくる。

「んんっ……んっ」

僕たちはお父さんとお母さんからの祝福を受けるように花びらの舞う中で誓いのキスをした。


  ✳︎ ✳︎ ✳︎


「おめでとう! 佳都くん、お兄ちゃん!」

「佳都! おめでとう!」


僕と直己さんはあの後、車でさっきまでいたホテルに戻り、僕たちの恋のキューピッドでもある七海ちゃんとそれに協力してくれた翔太を呼んで、パーティーをすることにした。

本当はレストランでと話をしていた直己さんだったけれど、

「私も翔太とスイートに泊まりたい!!」

と言い出した七海ちゃんのために、もう一部屋、ジュニアスイートという部屋をとってあげたようだ。
僕と直己さんのいるスイートでも部屋はいっぱいあるんだし、わざわざもう一部屋取らなくてもと思ったけれど、七海ちゃんも直己さんもそういう考えは頭にないみたい。

しかも、直己さんは僕たちの部屋に二人が入るのは嫌だと言って、パーティーは七海ちゃんたちの部屋でやることになった。
まぁ、七海ちゃんたちは自分達の部屋でパーティーができるから楽しいと喜んでくれてたからよかったけれど……

ルームサービスで美味しそうな料理と飲み物をたくさん持ってきてもらい、パーティーが始まった。

「でも、協力はしたものの、本当にお兄ちゃんが佳都くんをものにするとは思わなかったな」

「えっ? そうなの?」

「うん、だって佳都くん……いろんな女子から声かけられても全然相手にもしてなかったから、恋愛自体興味がないんだって思ってたから」

そんなことを言われて驚いてしまう。

「えっ? 声かけられたりしたことないよ、僕」

「「「えっ?」」」

僕の言葉に急にみんなが固まって僕を見ている。
えっ? なんか変なこと言ったっけ?


『もしかして気づいてなかったとか?』
『いや、あれだけあからさまにモーションかけられてて気づかないとかあるか?』
『いや、佳都なら有り得るな』
『うん、確かに。佳都くんならなくはないよね』
『お兄ちゃん、さっさと声かけてよかったよ』
『ああ、そうだな。危なかった』

三人で顔を寄せてぶつぶつと何かを言っているけれど、僕には何も聞こえない。

「ねぇ、みんなどうしたの?」

「いや、なんでもないんだ。佳都が可愛いって言ってただけだ」

「かわいいって……もう! からかわないで下さい!」

なんとなく恥ずかしくて直己さんから離れようとすると、直己さんはさっと腕を伸ばして僕をぎゅっと腕の中に閉じ込めた。

「からかってなどいないよ。私は佳都しか見えてないんだから……。愛しているよ、佳都……」

その蕩けるような甘い囁きと視線に包まれて、僕たちは甘い甘いキスを交わした。