「綾城さま。お待ち申し上げておりました。こちらへどうぞ」

黒服を着た男性に恭しく案内された席は広々とした個室。
大きな窓に向かって、大きな鉄板のついた広いテーブルが置かれている。

「佳都、こっちだよ」

真ん中の一番眺めの良い席の椅子を引いて僕を座らせてくれて、直己さんは黒服さんが引いてくれた隣の席に腰を下ろした。

「コースは高梨(たかなし)シェフのお任せで。ドリンクは軽いものを頼むよ」

「畏まりました」

黒服さんが頭を下げ部屋を出ていく。

「ここからの景色は素晴らしいだろう? これから日が暮れるとまたさらに綺麗なんだよ」

直己さんはかっこいい顔を顔を近づけて教えてくれた。
僕は目の前の綺麗な景色に目を奪われつつも、隣に座る直己さんの方にドキドキしっぱなしだ。



それからすぐに高さのあるコック帽を被ったシェフさんが先ほどの黒服さんと鉄板焼きの材料を運んできてくれた。

「綾城さま。お久しぶりでございます」

「今日はどうしても君のステーキを食べさせたくてね、彼を連れてきたんだ」

「それは有難う存じます。綾城さまの大切なお方ですから、いつもよりも張り切ってお作りいたしますね」

「頼むよ」

「今日はこちらの最高級ランクの神戸牛が入っておりましたのでこちらをお焼きいたします」

シェフさんが見せてくれたお肉は綺麗にサシの入った、高級食材には縁のない僕が見ても最高級品だとわかる代物だった。
まだ焼かれてもいないのに、美味しそうで涎が出そうになる。

シェフさんはそんな僕の様子に気づいたのかほんの少し顔を綻ばせたように見えた。

シェフさんが大きな鉄板で野菜と伊勢海老を焼き始めると、さっきの黒服さんがスープと前菜を運んできてくれた。

見た目も可愛らしい前菜に思わず声が出てしまう。

「佳都。乾杯しよう」

食前酒のスパークリングワインを持ち、僕に近づけてくる。
直己さんを見て僕も慌ててスパークリングワインの入ったグラスを手に取った。

「何に乾杯します?」

「そうだな、佳都との素晴らしい夜に」

にこやかな笑顔でそう差し出されたグラスにぎりぎり当たるかどうかくらいのところで寸止めしながら、

「直己さんとの素晴らしい夜に」

と照れながらも返すと直己さんは嬉しそうに笑った。

「「乾杯」」という言葉が重なって、僕はコクッと一口呑むと、甘くて軽い炭酸が喉を潤してくれた。

「これ、美味しい!」

「よかった。だが、美味しい料理がいっぱいくるから呑みすぎないようにな」

「はーい」

初めて食べる前菜や美味しいスープに舌鼓を打つ。
目の前で焼かれる伊勢海老や大きな鮑に感動し、そして、先ほど見せてもらった神戸牛はジューっと焼かれる音だけですっかり見入ってしまっていた。

シェフさんは鮮やかな手捌きでステーキを焼き上げ、皿に綺麗に盛り付けてくれた。添え物の野菜もとても美味しそうだ。

彼は仕事を終えるとすぐに部屋を出ていき、広い個室には僕と直己さんだけになった。
もうすっかり日が落ちて大きな窓からは綺麗な夜景が見えている。

「佳都、食べてごらん」

直己さんに勧められて口に入れたお肉のなんと柔らかいことだろう。
甘い脂が舌の上で溶けていって、もう飲み込んでしまうのが勿体無いと思ってしまうほど美味しいステーキだった。

もう言葉すら発するのも忘れて無我夢中で食べ進めていく僕を直己さんはきっと呆れていたかもしれない。
気がついた時にはもう残り一切れになってしまっていて、もっとゆっくり味わえばよかったと思ってしまった。

「私も初めて食べた時は今の佳都と同じことを思ったよ」

「えっ?」

「もっとゆっくり味わえばよかった……とね」

心の中の声が漏れ出たと思うくらい同じ言葉が出てきて驚いてしまう。

「すごい!! 僕の思った通りだ!」

「だろう? だが、悲しむことはないよ。いつでも連れてきてやるから」

「直己さん……」

「佳都と一緒に美味しいものを食べられるなんて、私にとっては褒美みたいなものだからな。一番の褒美は佳都が作ってくれるご飯だが、たまには佳都も人が作ってくれる美味しいご飯を食べたいだろう? 私は料理は不出来だからどこかに連れて行ってやることしかできないが、それに付き合ってくれたら嬉しい」

「僕も直己さんと一緒ならなんでも美味しいです。これからいっぱい二人で美味しいもの食べましょうね」

「ああ、そうだな」

直己さんは僕の作る料理が一番の褒美だと言ってくれた。
それだけで僕はとっても嬉しいんだ。

食後のデザートにケーキとアイスのプレートを食べさせてもらって、もうお腹がはち切れそうなほど一杯になっている。

「佳都が満足してくれて嬉しいよ」

「あの……ごちそうさまでした」

僕がお礼を言うと、直己さんはにっこりと笑った。

ささっと近寄ってきた黒服さんに、直己さんは取り出した財布からさっとカードを取り出して黒服さんに手渡した。

そうか、こういうお店では部屋でお会計なんだ。
やっぱ世界が違うな。

黒服さんからカードを受け取った直己さんは席をたち、僕の椅子を引いてまたエスコートしながら店を出た。
見送られながらエレベーターに乗り込むと、エレベーターは上へあがっていく。

「えっ? 直己さん、帰るんじゃないの?」

「上に部屋をとってるんだ。今日はここに泊まるんだよ」

「で、でも……着替えとかは?」

「大丈夫。前もって運ばせてるから」


どうやら今日のデートは最初からお泊まりの予定だったみたいだ。
こんなすごいホテルでの宿泊に驚いているうちに、僕は直己さんに連れていかれるがままになっていた。

エレベーターが停まったのは最上階のスイートルーム。
こんなのテレビや映画でしか見たことないんだけど……

カードキーを差し込み、中に案内される。

「わぁっ――!!」

僕の目の前にはもう驚くしかできないほどの豪華な部屋が現れた。

何人座れるかわからないほど大きなソファーに、大きなダイニングテーブル。
それにいくつもある広いお風呂に、これまたいくつもあるベッドルーム。

リビングの大きな窓からはさっきのお店で見たよりももっともっと綺麗な景色がまるで絵画のように見えている。

「気に入った?」

「もう凄すぎて言葉もでないです! こんなすごい部屋に泊まれるなんて嬉しいですよ!」

「なら、よかった。今日は私と佳都の大切な記念日だから、特別なものにしたかったんだ」

「記念日、ですか?」

なんの記念日だろう? 直己さんの誕生日とか? でも僕のでもあるって……なんだろう?

「今日は佳都と最後まで繋がりたい」

「そ、それって……」

「佳都と一つになりたいんだ。ダメか?」

一つに……って、そういう意味だよね?
僕が怪我してたあの時、直己さんがずっと我慢してるって話してて我慢しなくていいですよと言ったものの、僕はあまりよく分かってなかった。
あの時の直己さんの様子が気になってこっそり翔太にメールで聞いてみたけど、自分で調べたほうがいいと言われて、スマホでいろいろ調べてわかった。

まさか男同士でも……え、えっちができるって……思いもしなかった。
正直驚いたけれど、直己さんと繋がれるんだと思ったら嬉しいと思ったんだよね。
あの日から直己さんと繋がる日はいつだろうかと思っていたけれど、まさか僕との初めての夜のためにこんな素敵な計画を立ててくれていたなんて……

直己さんも僕と繋がる日を楽しみにしてくれていたって思っていいんだよね?
ああ、ものすごく嬉しい。

「ダメ……なわけないじゃないですか。僕、直己さんと、したいです……」

「佳都!」

直己さんはリビングの真ん中で僕をぎゅっと抱きしめて、そのまま唇を重ね合わせた。