「綾城さま。ご用意できました」

スタッフさんのその声に視線を向けると、数十着の服が綺麗にハンガーにかけられていた。
しかも目の前のワゴンには靴下、ベルト、それに靴まで揃えられている。

「こちらは先日発表されたばかりの新作で……」
「こちらはシンプルな色合いですが、肌触りも良く……」

スタッフさんたちが取っ替え引っ替え色々紹介してくれるけれど、直己さんはソファーに肘を置き、顎に手を当てたままただ黙ってみているだけだ。

僕にはどれも素敵に見えるけれど気に入らないんだろうか……


「佳都はどれがいい?」


その途端、スタッフさんたちの視線が一斉に僕に向いてちょっと怖かった。
どれがいいと聞かれても、僕はあんまりわかんないしな……
今着てるやつも昔、適当に買ったやつだし。

もうこうなったら……

「あの……」

「どうした? 好きなのを言っていいぞ」

「直己さんが選んでください。僕……直己さんが選んでくれた服がいいです」

「そ、そうか。そうだな。じゃあ私が選ぶとしよう」

直己さんは嬉しそうに立ち上がり、たくさん洋服がかけられた中から次々に服を取り出していく。
隣にいるスタッフさんの腕にはもうすでにたくさんの服が載せられてあまりの量に腕がプルプルと震えている。

「あ、あの直己さん。もういいんじゃないですか?」

「んっ? ああ、そうだな。じゃあとりあえず試着しようか」

直己さんは取り出した服からささっと五ペアの服を選んだ。

「じゃああそこの試着室で着てみてくれ」

普通のお店の何倍もの広さがある試着室は大きな鏡とソファーまで置いてある。ふぇー、ここだけで普通に生活できそうだ。

外で直己さんが待っているから急がないと。

僕は渡された服をとりあえず一組着てみた。
シンプルなTシャツとパンツ、そしてジャケットだけどそのどれもが着心地がいい。うわぁー、これいいなぁ。

自分の姿を目の前の大きな鏡に映してみてもすっごく似合ってる気がする。
やっぱり直己さんが選んでくれると違うなぁ。
スタッフさんたちが勧めてくれたやつはすごくかっこよかったけど、僕には派手すぎる気がしてたんだ。

「佳都、どうだ?」

「あ、はい」

外から声をかけられたので、急いでカーテンを開けて直己さんの前に出てみた。

「ど、どうですか?」

僕の問いかけに一瞬驚いた顔をした後で一気に満面の笑みになった。

「よく似合うな。よし、これはもらおう」

直己さんが即決したからこれで買い物も終わりかと思ったら、

「じゃあ、佳都。次のを試着してきて」

と言われてそのまま試着室へ戻ることになった。

それを繰り返すこと四回。
結局、直己さんの選んだ服は全てお買い上げとなり、試着する意味があったのかな? と思ってしまう。

試着を終えて自分の着てきた服に着替えようとすると、直己さんが僕を試着室の中に押し込んだ。

「佳都。それはそのまま着ておいて。その服で食事に行こう」

カーテンが引かれた部屋でチュッとキスの音が響く。

「直己さん……こんなところで」

「ごめん、佳都があまりにも可愛くて我慢できなくて……いやだったか?」

「ううん、嬉しいから困る……」

「佳都……じゃあ続きは夜にしような。これ以上して佳都の蕩けた顔を誰にも見せたくないからな」

直己さんはもう一度口付けると、僕をぎゅっと抱きしめた。

もう、すっかり蕩けてるんですけど……
僕はずっとキュンキュンさせられっぱなしだ。

僕が自分の着てきた服を片付けている間にお会計も終わっていた。

「これは全部配送にしてくれ」

「畏まりました」

配送用に並べられた服は、どうやら試着したあの服だけじゃなくて直己さんが取り出した服も全部入っている。

「あの……直己さん、こんなにいっぱい買いすぎじゃ……」

「そうか? 佳都の荷物運んだ時に服を見たが、サイズも小さそうだったからあまり着られる服は少ないんじゃないか?」

「ゔっ、確かに……」

僕の持っている服は高校の時に買ったものばかりでだいぶ古くて小さくなっている。
だから、ほとんど同じ服をローテーションで着ているから活用できているのは数枚だ。

それを直己さんはわかってたんだ。
うわっ、なんか恥ずかしいな。

「今日買った服は大学に行く時も出かける時も使えるから、これからいっぱい着られるよ。それに社会人になったら幼い服を着ていると印象も悪くなるからこれくらいは必要だよ。佳都が素直にもらってくれた方が嬉しいんだがな」

「ゔっ、はい。あの……素敵な服ありがとうございます」

「いや、佳都の服を選ぶのは楽しいからな。わかってくれて嬉しいよ」

結局いくらだったのか値段もわからずじまい。
いや、あんなに大量の服を買って値段を聞くのも怖いんだけど。

「佳都、靴はこれだぞ」

自分の履いてきた靴を履こうとしてこの服に合う靴を差し出された。
服も靴も全部直己さんに揃えられて、隣に立つと誂えたようにぴったりだ。

ああ、なるほど。
直己さんとリンクコーデになってるんだ。
なんかこういうの嬉しい。

「じゃあ行こうか」

大勢のスタッフさんたちに見送られながら、僕たちはお店を後にした。

車に乗り込んで隣に座る僕を見て直己さんが嬉しそうに顔を綻ばせる。

「どうしたんですか?」

「いや、私が選んだ服を佳都が着てくれているのが嬉しくて」

「僕も嬉しいです、これリンクコーデってやつですよね。直己さんとお揃いみたいで嬉しいですよ」

「佳都、知ってるか? 恋人に服を贈るのはな、その服を脱がせたいからなんだぞ」

「えっ……」

脱がせたいって、それって……

「――っ!」

一瞬にして顔を赤らめた僕の耳元に直己さんが顔を寄せてくる。

「そんな可愛い顔をしてたら今すぐにでも押し倒したくなるな」

「ひゃ――っ」

「心配しないでも大丈夫だよ。私は好きなものは最後に残しておくタイプなんだ。ほら、食事に行こう」

僕のシートベルトをささっと閉めると、直己さんは車を走らせた。

車はそのまま近くにある超高級ホテルとして有名なところへ入っていく。

もしかして食事ってここ?

なんかすごいんだけど……。
あ、だからか……直己さんが服を用意してくれたのは。
僕の着ていた服だとドレスコードに引っかかったりとかあったのかもしれない。

僕が恥ずかしくないようにしてくれたんだ。
ほんと、優しいな。直己さん。

直己さんは車をホテルの玄関につけると、そのまま運転席を降り助手席まですぐにやってきてくれた。
そしてドアマンの方が扉を開けてくれるよりも先に僕の扉をあけ、手を差し出した。

その流れるような動きに僕はうっとりしながら直己さんの手を取り外にでた。

「車を頼むよ」

直己さんは車のキーをドアマンの方に渡し、そのままホテルの中に案内してくれた。

「ここのステーキ、美味しいから佳都に食べさせたかったんだ」

「うわぁ、楽しみです」

直己さんは嬉しそうに微笑むとエレベーターで上階にある鉄板焼きのお店へ連れて行ってくれた。

エレベーターを降りると目の前がお店になっていて、入口からものすごく豪華な雰囲気を醸し出している。
僕はそれだけでドキドキしてしまっているけれど、直己さんは何にも動じることなく僕を抱き寄せたまま、お店の中に入っていった。