あの日のことを、もしかしたらゼミのみんなにも知られているのかもしれない。
少しドキドキしながらゼミ教室に向かった。
けれど、誰もあのことは知らないみたいでいつものように話しかけてくれた。

ふぅ……よかった。

もし知られてて腫れ物に触るような扱いをされるのは嫌だなと思っていたけれど、ゼミの子に近くに寄られると少しビクついてしまう自分もいて、どうしたらいいのかわからなくなっていた。

あの時のこと、もう大丈夫だと思ってたんだけどな……
だめだ、こんなことじゃ。
かえってみんなにおかしいと思われちゃう。

でも、自分でもどうして良いのか本当にわからない。勝手に反応しちゃうんだ。

だけど、僕のそんな様子に気づいてくれた翔太と七海ちゃんがさりげなく間に入ってくれて、それだけで安心した。
二人のさりげない優しさに感謝しながら、今日の集まりは無事に終わった。

スマホを見たけれど、まだ直己さんからの連絡は入っていない。
少し早く終わったし、まだ仕事中だろうな。

<今終わったので、大学で待っています>

とりあえずメッセージを送り、翔太と七海ちゃんと談笑しながら正門近くの大学カフェで直己さんからの連絡を待つことにした。
すると突然正門の辺りが騒がしくなった。

「なんだ?」

翔太がすぐに僕の前に立ちはだかって訝しげな視線を向けていると、

『ねぇ、正門に芸能人が来てるって!』
『今日なんかの撮影やるって言ってたっけ?』
『えーっ、とりあえず見にいこっ!』
『あの人、誰、モデル? 俳優? 見たことないけど、すっごくかっこいい!!』
『すごーいっ! あれ、すっごい高い外車だよ!!』
『えーっ、羨ましいっ!!』
『誰迎えに来たんだろう?』
『うちに彼女でもいるのかなぁ?』
『そんなわけないって! あれ、絶対撮影だよ。カメラどこかな〜?』

と女子学生のキャピキャピした声が聞こえてきた。
あっという間にものすごい数の女子学生たちが大学正門を埋め尽くしていて、さらにまだ校舎からも走ってくる人がいる。

「うわっ、すごいね。芸能人だって。誰だろうね。うちの大学で撮影でもするのかなぁ?」

うちの大学は歴史的にもかなり価値がある重要な建物で、外観も厳かな雰囲気がカッコいいと評判らしくいろんな映画やCM撮影によく使われている。

「いや、私……誰が来てるかわかるよ。ねぇ、翔太」

「ああ、多分そうだろうな……」

「えーっ、誰? あ、もしかして七海ちゃんの知り合いとか?」

「まぁ確かに知り合いだけど、私より――」
「佳都っ!!」

女の子たちの騒がしい高音の中でもスーッと耳に入ってくるこの声は……もしかして直己さん??

声のした方に振り向くと、正門前で直己さんが僕に手を振っているのが見える。

「直己さん?」

「やっぱりね、そうだと思った」

「やっぱあの人目立つなぁ……。纏ってるオーラが違うもんな」

オーラが違う……確かにそうだ。
高い身長もカッコいい顔もよく似合っている服も何もかも付け足しで、直己さん自身が圧倒的な輝きを放っているんだから、誰も太刀打ちできるはずがない。

「僕……隣に立ってて大丈夫なのかな?」

ポツリと不安が漏れた。

「何言ってるの? あれだけ人に囲まれててもお兄ちゃんは佳都くんしか見えてないよ」

その言葉に僕は直己さんを見つめると、本当に直己さんの視線は僕だけに注がれたままでそれだけで無性に嬉しくなった。

「佳都っ!」

なかなかこない僕に痺れを切らしたのか、直己さんがもう一度僕の名前を大声で呼ぶ。

「ほら、待ち侘びてるぞ。早く行ってやれよ」

「翔太も七海ちゃんもありがとう。僕、いくね」

僕は慌てて二人にお礼を言って直己さんの元へ駆けて行った。

僕が近づくとモーゼの十戒のようにサーっと女の子たちが割れて僕は無事に直己さんの元へ辿り着くことができた。

「佳都、お腹空いているだろう? 食事に行こう」

「いいんですか?」

「ああ、今日はデートだからな」

直己さんがパチンとウィンクをすると、周りからきゃーっと声が上がる。
それでも直己さんは何も気にしない様子でただ僕だけを見つめてくれる。
そしてそのまま満面の笑みで腰を抱かれながら、直己さんの車へと案内された。
助手席に僕を座らせて直己さんがさっと運転席に乗り込む。
その流れるような一連の動作がカッコよくてポーッとなってしまう。

「佳都、シートベルトをつけてあげよう」

僕の方に体を向け、さっとシートベルトをつけてくれた。
直己さんが何か動くたびに外にいる女の子たちからきゃーっと黄色い声が飛んでくる。

「佳都が他を向いているとやきもちを妬いてしまうから私だけを見ていてくれ」

周りから見られていると思うと恥ずかしくなる。
だけど直己さんが可愛い嫉妬を見せてくれるので、僕は外の声が気にならなくなっていた。

そのまま食事に行くのかと思っていたら、連れて行かれたのは銀座にある僕でも知っているようなハイブランドショップ。

「直己さん? ここ……」

「いいからついておいで」

直己さんはさっと駐車場に車を止めると、僕をエスコートしながらお店へ入って行った。

「綾城さま。いらっしゃいませ」

あまりにも高級感たっぷりの店に気後れしている僕をよそに、直己さんは近づいてきた店員さんに声をかけた。

「今日は彼の服を一式選ぶから、彼に似合うのを集めてくれ」

「畏まりました」

直己さんの言葉にスタッフさんたちがバタバタと店中から洋服を一箇所に集め出した。

「綾城さま。ご準備致しますのでこちらでごゆっくりお過ごしください」

「佳都、行こう」

靴を履いていてもわかるふわっふわの絨毯の感触に少し戸惑う。
直己さんに手を取られ、案内されたソファーに腰を下ろすと、さっと目の前にフレッシュジュースが置かれた。

「オレンジジュースでございます。よろしければどうぞお召し上がりください」

うわっ、僕が知っているオレンジジュースとは全然違う気がする。
飲んでみたいけどグラスもキラッキラだし落としちゃったら怖いな。

「佳都、ここのジュースは美味しいよ」

僕の心配に気づいたのか直己さんがそっと持ち上げてストローを僕の口にあてがってくれる。
僕は周りにいるスタッフさんの視線が気になりながらも、チューっと吸い込むとまるで搾りたてのような爽やかなオレンジジュースが喉を潤してくれる。

「わぁっ、美味しいっ!」

直己さんはそれを満面の笑みで見つめながら、自分も一口それを飲んだ。

「本当に美味しいな。佳都と同じストローを使ったから余計かな」

蕩けるような甘い微笑みを見せてくれる直己さんに僕はもうキュンキュンしっぱなしだった。