「十年?」

「はい。俺、佳都のことはなんでも知ってるんでいろいろ聞いてください。なんでも教えますんで」

「ちょっ、翔太!」

「なんでも? そうか……だが、佳都の太ももの付け根にホクロがあるのを君は知らないだろう?」

ニヤリと笑みを浮かべながら得意げに話し出す。

「えっ? あ、はい。知らない、ですね……」

「ふっ。そうだろう。じゃあ寝るときに可愛い顔をして胸元に擦り寄ってくるのも知らないだろう?」

「……はい。知らないです……」

「じゃあ――」
「もう! お兄ちゃん! いい加減にして! 翔太にマウント取りたいのはわかるけど、隣で佳都くん、顔が真っ赤になってるよ!」

七海ちゃんの言葉にようやく直己さんがこっちを向いてくれた。
僕はもう恥ずかしくて顔から火が出そうだ。

「佳都……申し訳ない。つい……」

「つい?」

恥ずかしさのあまり、少し拗ねた声で直己さんに尋ねると、直己さんはさっきのドヤ顔から一転、どんよりとした表情を見せた。

「私の知らない佳都の十年を彼が知っていると思ったら悔しくてつい……張り合ってしまったんだ。悪い」

なるほど、急に翔太に何を言い出したのかと思ったらそういうことだったんだ。
本当に直己さんって……可愛いな。

「……佳都、私のこと呆れたか?」

「そんなことで呆れたりしないですよ。でも、直己さん。確かに僕と直己さんは出会ったばっかりで翔太とは過ごしている時間も全然違いますけど、直己さんしか知らない僕がいるからいいじゃないですか。直己さんしか知らない僕を他の人に教えないでくださいよ。二人だけの秘密なんですから……」

「っ、佳都! ああ、そうだな、その通りだ。私だけしか知らない佳都がいる方がいいな」

「わかってくれたら嬉しいです」

僕が笑顔を見せると、直己さんはさっと僕を抱きしめる。

「もう誰にも話したりしないから」

耳元で優しくそう言ってくれた。


「もうっお兄ちゃんってば。私たちがいる前でイチャイチャしないでよ!」

その声にそう言えば七海ちゃんと翔太がいたんだっけと思い出し、そっちに目を向けると二人がジトーっとした目でこっちをみていた。

「ゔぅっ、ご、ごめん……」

「ううん、佳都くんは何にも悪くないよ。全部お兄ちゃんが悪いんだから」

そう言って七海ちゃんは僕に優しい目を向けてくれた。

「そうだぞ、佳都は何も悪くない。ずっと私のそばにいればいいんだ」

直己さんは七海ちゃんのことなんて気にする素振りも見せずに、さらに僕を抱きしめ続けた。

「直己さん……」

僕は身動きひとつ取れずにただ抱きしめられていると、

「はぁーっ、もうお兄ちゃんは重症ね」

とため息を吐く。

「もういいよ、翔太。ご飯食べよう」

諦めたように翔太を誘って朝食の続きを食べ始めた。

そこから僕は直己さんに抱きしめられたまま、いつものように直己さんにご飯を食べさせてもらいながら食事を済ませた。
抱っこして食べさせてもらうのは怪我している間だけのはずだったんだけどな……


朝食を食べさせてもらった代わりに食器洗いをしてくれるという翔太と七海ちゃんにお願いしている間に、直己さんが仕事へ向かう。

荷物を持って玄関に向かう直己さんと一緒に玄関までついて行っていく。

「直己さん、これお弁当です」

ランチバックを手渡すと、直己さんは嬉しそうにお弁当を受け取った。

「佳都、ありがとう。行ってくるよ。今日、迎えに行くからスマホ取れるようにしておいてくれ」

チュッと頬に行ってきますのキスをして、扉を開けて出かけていく直己さんの背に

「行ってらっしゃい。今日もお仕事頑張ってくださいね」

と声をかける。
直己さんは嬉しそうに手を振りながらエレベーターを降りていった。

パタンと扉を閉め、リビングに戻ると二人が食器洗いを済ませてリビングにきているところだった。

「お兄ちゃん、もう行ったの?」

「うん。あ、食器洗いありがとう」

「二人でやったからあっという間だったよ。ご飯ごちそうさま」

七海ちゃんが笑顔でお礼を言ってくれる横で

「それにしても七海の兄ちゃん、怖そうと思ったけど佳都にメロメロだったな。俺にマウントとってきた時はびっくりしたよ」

と首をすくめながら言っていた。

「メロメロって……そこまではないと思うけど。でも、直己さん全然怖くないよ、っていうか可愛いよ」

「ぷっ。お兄ちゃんが可愛いって……」

僕の言葉に七海ちゃんが堪えきれないと言った様子で笑っていたけど、なんでだろう。
直己さん、いっつも拗ねたり甘えたり嫉妬したり可愛いのに。

「まぁ佳都がそこが好きっていうなら俺は何にも言わないけど……お前、本当に七海の兄ちゃんが好きなんだろ?」

「うん。大好きだよ」

直己さんを思い浮かべながらそういうと、なぜか翔太も七海ちゃんも顔を赤くした。

「ああ、よくわかったよ。なっ、七海」

「うん。びっくりしちゃった……佳都くんがあんな表情するなんて……」

あんな表情って、僕どんな顔してたっけ?



大学に着くと、すぐに如月教授の部屋に呼ばれた。

「失礼します。佐倉です」

「ああ、佐倉くん。入ってくれ」

如月教授は大丈夫だと頭ではわかっていても部屋に二人きりになるのが怖い。
扉を閉めようかどうか悩んでいると、

「ああ、ドアは開けておいていいよ。この時間は講義中で誰も通らないから」

と声をかけてくれた。

教授のそんな配慮に感謝しつつ、お礼を言って扉を開けたまま部屋に入った。

案内されたソファーに腰を下ろし、教授が対面の少し離れた席に座ったことに少しホッとしている自分がいることに気づいた。
どうやら自分が思っていた以上に誰かと二人になることに恐怖を感じているみたいだ。

「佐倉くん」

声をかけられビクッと身体を震わせた僕に教授が深々と頭を下げた。

「君に怖い思いをさせてしまって悪かった」

「えっ? いえ、教授が悪いわけでは……」

「いや、彼の邪な考えにも気付かずに君の心を傷つけるようなことをしてしまった。彼は今は逮捕されて、大学も解雇になったからもう君と会うことはないだろうがあんな男を助手として置いていた私にも責任は十分にある。本当に申し訳ない」

もう一度深々と頭を下げられて困ってしまう。

「そんな! 頭を上げてください。僕、あのことはもう忘れることにしましたから……」

「だが……」

「いいんです。教授もお気になさらないでください。守ってくれる人もいますから、大丈夫です」

そう、僕には直己さんがいる。
それに翔太も七海ちゃんも僕を助けてくれる。
だからもう忘れればいい。

「そうか。守ってくれる人か……。わかった。話を蒸し返して申し訳なかった」

「いいえ、それじゃあ僕、教室に戻ります」

「ああ、私もすぐ行こう」

僕は立ち上がって教授に一礼して部屋を出た。