「佳都くん、ちょっとお願いがあるんだけど……」
学食で自作のお弁当を食べていた僕に声をかけてきたのは、同じゼミの綾城七海ちゃん。
彼女は背が高くてパッチリ二重の美人系女子で、僕の友達である翔太の彼女だ。
「どうかした? ゼミのレポートでわからないところでもある?」
彼女には以前もわからないところがあるから教えてほしいと言われたことがあったから、てっきりその類だと思ったんだけど……
「違うよ。あのね、実は佳都君にどうしてもお願いしたいことがあって――」
そう切り出した彼女は心底困った様子で話し始めた。
「私、八つ上にお兄ちゃんがいるんだけど、仕事が忙しすぎて家事がままならなくてね。それで何度か家事代行の人を頼んだんだけど、うちのお兄ちゃんかなりスペックがよすぎてすぐに惚れられちゃうのよ。なんせ、高学歴はもちろん、高身長、高収入、しかもイケメンだから」
なんかわかる気がする。
だって、七海ちゃんもすごく美人だから翔太がいつも近づいてくる男たちを追い払うのが大変だって話してたし。
お兄さんはそれだけスペックが良ければ女性たちが放っておかないだろうな。
「今は顔を合わせずに留守宅で家事してくれるサービスもあるんだけど、昔、盗聴器とか隠しカメラとかつけられた経験があるから、勝手に部屋に入られるのは嫌だって言って、結局家事代行もお願いできなくて……」
盗聴器に隠しカメラ……
それは怖すぎる。
そんなことされてたんだったら、かなり信用がある人じゃないと家には入れたくない気持ちわかるな。
「このままじゃお兄ちゃんの家がゴミに埋もれちゃうし、食事も毎日外食とかデリバリーばっかりで体調も心配だし……。それで、佳都くんにお兄ちゃんちで家事代行のバイトしてもらえないかなって」
「えっ? なんで僕?」
「だって、佳都くん。料理は上手だし、部屋もいつ行っても綺麗だって翔太が言ってたもん。佳都くんなら留守中に入ってても安心だし、それに時間の融通が利くバイトしたいって言ってたでしょ?」
「あ、そうだけど……。でも僕、素人だから普通の家庭料理しか作れないよ」
「それがいいの! お兄ちゃん、そういうのに飢えてるんだから」
確かにずっと外食とかデリバリーならそうだろうな。
時間の融通が利くなら、勉強と就活の合間にもできそうか。
それに個人宅の掃除と料理くらいならそこまで時間も掛からなさそうだしな。
「それじゃあ、一度お試しってことでやってみてからでもいいかな。ほら、料理の好みが合わないとか掃除の仕方が気に入らないとかあるかもしれないし」
「うん! その辺は多分大丈夫だと思うけど、お試しは大事だもんね。バイト代とかもちゃんと決めとかないといけないし。じゃあ、お兄ちゃんに会わせるからいつがいい? 都合の良い日を教えて」
「えっと、今週は特に何もないよ。ゼミ以外は図書館行ってるくらいだから」
「わかった。じゃあ、そう伝えとく。後でまた連絡するね」
そう言って七海ちゃんは学食を出て行った。
こんな食事でも良いと言ってくれるなら良いんだけど、と思いながら僕は食べかけの弁当に箸を向けた。
それから二日後の夜、早速七海ちゃんのお兄さんちでお試しで料理を作ることになった。
材料がないだろうからとスーパーで食材を買い込み、七海ちゃんから送られてきた地図に従って向かった。
そこは僕のアパートからそこまで離れていない距離にある億ションで有名な高級タワマン。
「うわーっ、まさか七海ちゃんのお兄さんの家がこことはな……」
会社の社長をしているとは聞いていたけれど、ここまでお金持ちだとは思わなかった。
そりゃあ女性にも惚れられるわ。
こんなとこに僕なんかが入って良いのかな?
ドキドキしながら入り口に向かうとさっと扉を開けてくれる人がいた。
うわっ、ホテルみたい!
「いらっしゃいませ。コンシェルジュの田之上と申します。どちらのお部屋に御訪問でしょうか?」
「えっと、佐倉と申します。3501の綾城さんのお宅ですが……」
「佐倉さまでございますね。そのまますぐにお通しするようにと言付かっております。どうぞこちらへ」
対応してくれた田之上さんというコンシェルジュさんに連れられて、僕は高層階専用エレベーターに案内された。
すぐにやってきたエレベーターに俺を乗せ、三十五階を押すと彼は頭を下げ僕を見送った。
あっという間に三十五階までやってきた僕は、エレベーターを降りて愕然としてしまった。
だって、そこには部屋が一部屋しかなかったんだ。
もしかしてワンフロア全部お兄さんの部屋ってこと?
そりゃあ掃除も行き届かないよ。
ってか、俺で間に合うんだろうか……心配になってきた。
緊張しながらもチャイムを鳴らす。すぐに扉が開き、お兄さんがにこやかな笑顔で迎え入れてくれた。
「いらっしゃい。佐倉くんだね、待っていたよ。どうぞ中に入って」
高身長でイケメン社長という言葉から、勝手なイメージで話しかけにくいのではと思っていただけになんだかすごく歓迎してくれてホッとした。
「あ、はい。お邪魔します」
中に入ると大理石だろうか、すごく広くて綺麗な玄関に出迎えられた。
傷でもつけたら大変だなと思いながら僕は靴を脱いで中に入った。
でも……思ったよりも綺麗だな。
チラチラと見ていたことに気づかれたみたいだ。
「実は昨日慌てて片付けたんだ。君に幻滅されたら断られるかもしれないと思ってね」
お兄さんは照れたような表情でそう話してくれて、少し可愛いと思ってしまった。
「そのままで大丈夫でしたよ。綺麗にするために呼ばれるのに」
「そうだな。これからそうするよ」
まだ決定したわけではないけれど、この人ならここのバイトも楽しそうかも。
「とりあえず自己紹介だな。私は綾城直己。直己と呼んでくれていいよ。三十歳だ。都内でIT系の会社を経営している。今繁忙期でなかなか家事まで行き届かなくてね、掃除と洗濯、それと食事を作ってくれる人を探していたんだ。そうしたら七海にいい人がいると紹介されて今回君に来てもらったんだが、ある程度のことは話は聞いてるかな?」
「えっと、今聞いた内容のことは大体妹さんから伺いました。僕は佐倉佳都といいます。とりあえずは今日はお試しで……あの、僕の料理を食べてもらえたらと思って、材料を買ってきました。味の好みもあるでしょうし、気に入らなければちゃんと言ってもらえた方がありがたいです。料理が合わなくても洗濯と掃除はできると思いますので、その時は言っていただければ……」
「わかった。そうしよう。それで今日は何を作ってくれるんだ?」
「はい。えっと、妹さんから家庭料理を頼まれてたので、肉じゃがとさばの塩焼きでもしようかと。あの、直己さんには好き嫌いはないと伺ったのですが……」
「ああ、好き嫌いは何もない。肉じゃがとさばの塩焼きか。大好物だよ」
好き嫌いは何もないと言われてホッとする。
とりあえずいつものように作ってみよう。
「よかった。なら、キッチンお借りしますね」
「自由に使ってくれていいから。って、あまり揃ってはいないんだが……」
恥ずかしそうにそういうお兄さんのキッチンは、あまり使っていない様子が手に取るようにわかった。
本当に自炊はしていなんだな……
冷蔵庫を開けると、ビールや炭酸水、チーズくらいしか入っていない。
やっぱり食材買ってきて正解だった。
調味料もないかもと思って揃えてきてよかったな。
ご飯を炊こうとして炊飯器がないことに気づいた。
ああ、そっか。
自炊しないならそれも当然か。
ならば、土鍋か鍋があればいい。
「あの、土鍋とかありますか?」
「土鍋? うーん、そういえば前に貰い物であった気が……ちょっと待っててくれ」
お兄さんはパタパタとどこかの部屋に走っていった。
僕はその間に肉じゃがの準備をしておくことにした。
ジャガイモとニンジンを切り終わって牛肉を炒めていると、大きな箱を持ってお兄さんがキッチンに戻ってきた。
「あったよ。これで作れるだろうか?」
火を止めて、持ってきてくれた箱を見ると鋳物ホーロー鍋と書いてある。
「これなら美味しいご飯が炊けそうですね」
「これでご飯が炊けるのか?」
「はい。楽しみにしててください」
これで炊くご飯は美味しいだろうな。
ウキウキ気分で調理を再開した。
小一時間ほどで料理は全て完成した。
学食で自作のお弁当を食べていた僕に声をかけてきたのは、同じゼミの綾城七海ちゃん。
彼女は背が高くてパッチリ二重の美人系女子で、僕の友達である翔太の彼女だ。
「どうかした? ゼミのレポートでわからないところでもある?」
彼女には以前もわからないところがあるから教えてほしいと言われたことがあったから、てっきりその類だと思ったんだけど……
「違うよ。あのね、実は佳都君にどうしてもお願いしたいことがあって――」
そう切り出した彼女は心底困った様子で話し始めた。
「私、八つ上にお兄ちゃんがいるんだけど、仕事が忙しすぎて家事がままならなくてね。それで何度か家事代行の人を頼んだんだけど、うちのお兄ちゃんかなりスペックがよすぎてすぐに惚れられちゃうのよ。なんせ、高学歴はもちろん、高身長、高収入、しかもイケメンだから」
なんかわかる気がする。
だって、七海ちゃんもすごく美人だから翔太がいつも近づいてくる男たちを追い払うのが大変だって話してたし。
お兄さんはそれだけスペックが良ければ女性たちが放っておかないだろうな。
「今は顔を合わせずに留守宅で家事してくれるサービスもあるんだけど、昔、盗聴器とか隠しカメラとかつけられた経験があるから、勝手に部屋に入られるのは嫌だって言って、結局家事代行もお願いできなくて……」
盗聴器に隠しカメラ……
それは怖すぎる。
そんなことされてたんだったら、かなり信用がある人じゃないと家には入れたくない気持ちわかるな。
「このままじゃお兄ちゃんの家がゴミに埋もれちゃうし、食事も毎日外食とかデリバリーばっかりで体調も心配だし……。それで、佳都くんにお兄ちゃんちで家事代行のバイトしてもらえないかなって」
「えっ? なんで僕?」
「だって、佳都くん。料理は上手だし、部屋もいつ行っても綺麗だって翔太が言ってたもん。佳都くんなら留守中に入ってても安心だし、それに時間の融通が利くバイトしたいって言ってたでしょ?」
「あ、そうだけど……。でも僕、素人だから普通の家庭料理しか作れないよ」
「それがいいの! お兄ちゃん、そういうのに飢えてるんだから」
確かにずっと外食とかデリバリーならそうだろうな。
時間の融通が利くなら、勉強と就活の合間にもできそうか。
それに個人宅の掃除と料理くらいならそこまで時間も掛からなさそうだしな。
「それじゃあ、一度お試しってことでやってみてからでもいいかな。ほら、料理の好みが合わないとか掃除の仕方が気に入らないとかあるかもしれないし」
「うん! その辺は多分大丈夫だと思うけど、お試しは大事だもんね。バイト代とかもちゃんと決めとかないといけないし。じゃあ、お兄ちゃんに会わせるからいつがいい? 都合の良い日を教えて」
「えっと、今週は特に何もないよ。ゼミ以外は図書館行ってるくらいだから」
「わかった。じゃあ、そう伝えとく。後でまた連絡するね」
そう言って七海ちゃんは学食を出て行った。
こんな食事でも良いと言ってくれるなら良いんだけど、と思いながら僕は食べかけの弁当に箸を向けた。
それから二日後の夜、早速七海ちゃんのお兄さんちでお試しで料理を作ることになった。
材料がないだろうからとスーパーで食材を買い込み、七海ちゃんから送られてきた地図に従って向かった。
そこは僕のアパートからそこまで離れていない距離にある億ションで有名な高級タワマン。
「うわーっ、まさか七海ちゃんのお兄さんの家がこことはな……」
会社の社長をしているとは聞いていたけれど、ここまでお金持ちだとは思わなかった。
そりゃあ女性にも惚れられるわ。
こんなとこに僕なんかが入って良いのかな?
ドキドキしながら入り口に向かうとさっと扉を開けてくれる人がいた。
うわっ、ホテルみたい!
「いらっしゃいませ。コンシェルジュの田之上と申します。どちらのお部屋に御訪問でしょうか?」
「えっと、佐倉と申します。3501の綾城さんのお宅ですが……」
「佐倉さまでございますね。そのまますぐにお通しするようにと言付かっております。どうぞこちらへ」
対応してくれた田之上さんというコンシェルジュさんに連れられて、僕は高層階専用エレベーターに案内された。
すぐにやってきたエレベーターに俺を乗せ、三十五階を押すと彼は頭を下げ僕を見送った。
あっという間に三十五階までやってきた僕は、エレベーターを降りて愕然としてしまった。
だって、そこには部屋が一部屋しかなかったんだ。
もしかしてワンフロア全部お兄さんの部屋ってこと?
そりゃあ掃除も行き届かないよ。
ってか、俺で間に合うんだろうか……心配になってきた。
緊張しながらもチャイムを鳴らす。すぐに扉が開き、お兄さんがにこやかな笑顔で迎え入れてくれた。
「いらっしゃい。佐倉くんだね、待っていたよ。どうぞ中に入って」
高身長でイケメン社長という言葉から、勝手なイメージで話しかけにくいのではと思っていただけになんだかすごく歓迎してくれてホッとした。
「あ、はい。お邪魔します」
中に入ると大理石だろうか、すごく広くて綺麗な玄関に出迎えられた。
傷でもつけたら大変だなと思いながら僕は靴を脱いで中に入った。
でも……思ったよりも綺麗だな。
チラチラと見ていたことに気づかれたみたいだ。
「実は昨日慌てて片付けたんだ。君に幻滅されたら断られるかもしれないと思ってね」
お兄さんは照れたような表情でそう話してくれて、少し可愛いと思ってしまった。
「そのままで大丈夫でしたよ。綺麗にするために呼ばれるのに」
「そうだな。これからそうするよ」
まだ決定したわけではないけれど、この人ならここのバイトも楽しそうかも。
「とりあえず自己紹介だな。私は綾城直己。直己と呼んでくれていいよ。三十歳だ。都内でIT系の会社を経営している。今繁忙期でなかなか家事まで行き届かなくてね、掃除と洗濯、それと食事を作ってくれる人を探していたんだ。そうしたら七海にいい人がいると紹介されて今回君に来てもらったんだが、ある程度のことは話は聞いてるかな?」
「えっと、今聞いた内容のことは大体妹さんから伺いました。僕は佐倉佳都といいます。とりあえずは今日はお試しで……あの、僕の料理を食べてもらえたらと思って、材料を買ってきました。味の好みもあるでしょうし、気に入らなければちゃんと言ってもらえた方がありがたいです。料理が合わなくても洗濯と掃除はできると思いますので、その時は言っていただければ……」
「わかった。そうしよう。それで今日は何を作ってくれるんだ?」
「はい。えっと、妹さんから家庭料理を頼まれてたので、肉じゃがとさばの塩焼きでもしようかと。あの、直己さんには好き嫌いはないと伺ったのですが……」
「ああ、好き嫌いは何もない。肉じゃがとさばの塩焼きか。大好物だよ」
好き嫌いは何もないと言われてホッとする。
とりあえずいつものように作ってみよう。
「よかった。なら、キッチンお借りしますね」
「自由に使ってくれていいから。って、あまり揃ってはいないんだが……」
恥ずかしそうにそういうお兄さんのキッチンは、あまり使っていない様子が手に取るようにわかった。
本当に自炊はしていなんだな……
冷蔵庫を開けると、ビールや炭酸水、チーズくらいしか入っていない。
やっぱり食材買ってきて正解だった。
調味料もないかもと思って揃えてきてよかったな。
ご飯を炊こうとして炊飯器がないことに気づいた。
ああ、そっか。
自炊しないならそれも当然か。
ならば、土鍋か鍋があればいい。
「あの、土鍋とかありますか?」
「土鍋? うーん、そういえば前に貰い物であった気が……ちょっと待っててくれ」
お兄さんはパタパタとどこかの部屋に走っていった。
僕はその間に肉じゃがの準備をしておくことにした。
ジャガイモとニンジンを切り終わって牛肉を炒めていると、大きな箱を持ってお兄さんがキッチンに戻ってきた。
「あったよ。これで作れるだろうか?」
火を止めて、持ってきてくれた箱を見ると鋳物ホーロー鍋と書いてある。
「これなら美味しいご飯が炊けそうですね」
「これでご飯が炊けるのか?」
「はい。楽しみにしててください」
これで炊くご飯は美味しいだろうな。
ウキウキ気分で調理を再開した。
小一時間ほどで料理は全て完成した。
