ヴァルローゼ国の王都から少し離れた場所に位置する港ルダン。
 港ルダンから出ているリビアーヌ国行きの船にシェラとアディが乗ってから、もう4日経つ。

 シェラとアディはあと1日でリビアーヌ国へと到着する為、何処か落ち着かない気持ちでいた。
 船内は昼前であるせいか、甲板にはシェラとアディ以外にも人がおり、賑やかな声で溢れていた。

「あと1日でリビアーヌ国へ着くわね」
「ああ、船での生活も悪くなかったから、俺はもっと乗っていたいんだけど」
「あら、そう言う割には、アディ。貴方、昨日、船酔いしていたじゃない?」

 そう、昨日の夜、アディは船酔いした。
 唐突に夜の海を見たいと言ってきたアディに付き添う形でシェラはアディと共に甲板に訪れた。

 甲板に着いてから夜の水面を甲板から見下ろすように長い間見つめていたアディ。
 そんなに長く下を向いていたら、船酔いするわよ。とシェラは注意したのだが、アディは「大丈夫だよ~、心配無用」などと言いながら、笑みを溢していた。

「はは、そうだったね。そういえば、船酔いしてたな、俺」
「ええ、もう甲板から部屋に戻る時、ふらふらしていたから、私、一生懸命アディのこと支えたのよ」
「そうだったんだね。ごめんね、シェラ。ありがとう」

 アディは謝罪をしてからシェラを見て優しく微笑んだ。
 そんなシェラとアディの姿を遠目に見ていた一人の少女は、はっと何かに気付いたかのような顔をし、止まっていた足を動かし、歩き始める。

「あの娘、今のままいったら死ぬかもしれない」

 少女は意味深な事を独り言のようにぽつりと呟き、シェラとアディの姿を桃色の瞳に映しながら、足を早めた。



「すいません、ちょっと、いいですかね?」

 シェラとアディが他愛のない会話を続けていた途中で、一人の少女が話しかけてきた。
 その少女は桃色の瞳に、腰まである淡い緑髪を、時折吹く風によって靡かせながら、シェラとアディの姿を桃色の瞳に映している。

「ええ、大丈夫ですよ。どうかしましたか?」

 シェラは話しかけてきた少女に向き直り、そう問い掛ける。少女はそんなシェラを見つめてから、口を開く。

「私、貴方と同じ力を持っております。未来を見れる力を」
「え?」
「私、貴方の未来を見てしまいました。貴方はリビアーヌ国でヴァルローゼ国の騎士の手によって殺されます。あと、隣にいるオレンジ髪の方」

 少女はそこまで言い口をつぐむ。シェラの隣にいるアディは何だろうか?と少女の顔を伺うように見ている。

 少女はアディと距離を詰める為に、アディの前に向き直り、近寄る。そして、距離を詰めた少女は少し背伸びをして、アディの耳元で何かを告げた。

「彼女を救う為に、何度も過去に戻っているんですね。彼女を救いたいでしたら、今まで選んできた選択とは違う選択をしなさい」

 少女はアディの耳元でそう告げると、二、三歩下がり、シェラに向き直る。
 
「貴方、アディに何を言ったのですか? 私と同じ力を持っていると言っておりましたけれど、私が殺されるという未来を見たのですか?」
「ええ、見ましたよ。さっきも言いましたけれど、貴方はヴァルローゼ国の騎士の手によって命を落とします」
「そうですか。わざわざ親切に教えてくれて感謝致します」

 シェラはわかっていた。この先、追っ手に追いつかれて、捕まったら、騎士の手によって殺されてしまうかもしれないことを。
 けれど、それでも、逃げなければならない。第一王子ヴァリアントの死を唯一知っているのは自分シェラだけであるのだから。

「いいえ、私は見た未来を貴方に教えただけですから。では、失礼しました」

 少女はそう言い、アディとシェラに背を向けてその場を立ち去る。
 そんな少女の後ろ姿をシェラとアディは見えなくなるまで見つめていた。



 少女が立ち去った後、アディとシェラは再び、話し始める。

「さっきの人、シェラと同じ力を持っているって言っていたけれど。未来を見れる力を持つ者がシェラ以外にもいたんだね」
「ええ、そうね。びっくりしたわ。アディ、貴方、あの人に何を言われたの?」

 シェラはさっきの少女が、アディの耳元で何を告げたのか、気になっていた。
 そんなシェラに問われたアディは、一瞬、表情を曇らせたが、すぐいつもの爽やかな顔に戻り、シェラの問いに返答する為、声にする。

「そんなに大したことじゃないよ」

 アディはシェラにはまだ本当のことを言えない。と思った為、適当に誤魔化すことにする。
 しかし、案の定、シェラは眉間にシワを寄せて、アディのサルビアブルーの瞳を見つめてくる。

「そう言われると気になるわ」
「綺麗な顔ですねって言われたんだ」

 本当はそんなこと言われてないが、この場を上手くやり過ごす為、アディは嘘つく。
 シェラはアディの口から出た言葉に少し驚き、シェラが思っていた事と違った為か肩を落とす。

「そう、そうだったのね。私、もっと凄いことを言われたのかと思っていたわ」
「え、何? 凄いことって?」
「言えないわ」
「なんで、そこは言おうよ。シェラ」

 そんな二人の会話に重なるように、正午を知らせる鐘が船の中にあるスピーカーから流れ始める。

「お昼ね」
「そうだね、昼食食べに行こう。シェラ」
「ええ、」

 晴れた空の下、春の陽気な陽の光がシェラとアディの姿を照らしていた。