息を切らしながら冬の夜空の下を少女は走る。
 まるで何かから逃げるかのように。

「まだ、近くにいるはずだ。探せ!!」
「くっそ、何処に居るんだ...」

 冷たい空気が張り詰める夜の空の下。
 ここヴォルローゼ国の王城では夜になると静けさ漂ういつもの城の雰囲気が嘘のように、衛兵と騎士達の慌てた声が複数入り混じり只事ではない雰囲気を匂わせていた。

 そんな中、怒りと憎しみを露わにした金髪の男は己の近くにいた騎士と衛兵達に不気味な程の笑みを含ませ告げる。

「我が妹ながら、やってくれたよ。まさか、第一王子である彼を殺すなんて。実に許し難いことだ。必ず見つけ出せ! どんな手を使ってもだ」

 そんな金髪の男から命令を受けた数人の騎士と衛兵達は強く頷き、消息不明となった少女を再度、探し始める。

「必ず見つけ出して、真実を暴いてやる」

 男の憎悪に満ちた声が夜の空気に溶け込み消えていく。
 夜の空に浮かぶ丸い金色の満月だけがその場にいた者達を静かに照らし続けていた。

 額から汗が流れ、足がもつれそうになっても、逃げなければならない。命がかかっているのだから。
 そんな強い思いを胸に少女は見慣れた景色を背にして走り続けた。



 星空瞬く夜の空の下。
 少女の息は城を出た時よりも上がっていた。
 時折、足を止めて休みたくなる衝動に駆られたが、少女は決して足を止めることはしない。

「はぁ、はぁ、」

 (息が苦しい。こうなる未来が見えていたとしても、まさか、彼がヴァリアント殿下を殺すなんて……)
 
 懸命に前へ前へと走り進んでいく彼女が、まさかこの国の第一王女であるシェラ・ティーナ・リシャロッテ"だと気付く者は居ない。

 それもそのはず、今は深夜であり。少なからず皆、寝ている時間帯。人一人いない街並みを険しい顔つきで走り抜けている少女がいるなど誰も知るはずがない。

 走り続けていた煌びやかな淡い青色のドレスを見に纏った金髪の少女が、力尽きたように倒れた姿を夜の月が怪しげに照らしていた。



 夢を見た。見慣れた兄の背中に剣が刺さり。着ていた白い服が赤に染まっていく。
 普段の人柄からは想像もつかない程、憎悪に満ちた瞳で兄の背に剣を突き刺した男はこちらをじっと見ている。

(どうして、貴方がこんな事を……? 何故? 何故なの?)

 一番、そんなことをするなど有り得ないと思っていた人物が兄を殺した。
 その事実から目を背けたいという私の思いからか、男は暗闇に消えていく。

 明るい光が瞼越しに伝わる。
 シェラは朧げな意識の中思う。

 未来を見ることが出来る力を持っていながら。
 起こってしまった出来事を防ぐことが出来なかった自分への怒りと、不甲斐なさからの悲しさ。
 そんな二つの感情から、自身の気持ちが黒く染まっていく。

「良かった…… 大分、呼吸が落ち着いてきたみたいだ」

 見知らぬ男の声が聞こえた気がしたが、シェラは今までの疲労からか、幻聴が聴こえたのだと判断し、意識を手放した。