二度目は、図書室なんてまったくと言っていいほど縁のなかった俺が、部活もやってないんだし暇だろ、などと言いくるめられてあれよあれよとまかせられてしまった、図書委員会の最初の集まりのときだった。

 俺が図書室に入ったときには、すでに大半の生徒が集まっていた。ほとんど埋まっている机の中に、ひとりの女子生徒だけが座っている四人がけの机を見つける。近寄ると、そこに座っている女子生徒が、この前図書室で会った一年生だと気づいた。

 「ここ座っていい?」

 声をかけると、彼女はやっぱり大袈裟なほどに肩を震わせて、怯えた目で顔を上げた。今度はだいたい予想できていたので、戸惑うことはなかったけれど。

 彼女は俺の顔を見て、「あ」と小さく声を上げる。覚えてくれてはいたらしい。そしてまた、ぶんぶんと髪が揺れるほど、今度は首を縦に振ってくれたので、俺は彼女の向かい側に座った。

 「図書委員だったんだ」

 「は、はい……あの、この前は、す、すみません、でした」

 ……また謝ってる。

 こういうときは謝るんじゃなくてお礼を言うべきなんだぞーって教えてやるかな、とか考えて口を開きかけたけれど、ちょうどそこで先生が話を始めたので、俺はまた先日と同じように、「いやいや」とだけ返しておいた。

 その日は、当番の希望の曜日を教えてほしいということだった。それぞれに配られたプリントに、第一希望と第二希望の曜日を書く欄が並んでいる。

 それを眺めながら、「図書委員ってけっこうめんどくさいんだなあ」とため息をついたら、その呟きは知らず知らず口からも漏れていたらしい。

 「そ、そうですね」

 あいかわらず落ち着きのない声で、目の前に座る一年生が相槌を打つ。

 「でも」

 それから思いがけず彼女が言葉を続けたので、俺は顔を上げた。彼女はプリントに目を落としたまま、口もとに淡く笑みを浮かべていた。

 「わたし、図書室好きだから、うれしいです。お仕事いっぱいあるほうが」

 細い声だったけれど、つっかえることなく彼女が紡いだ言葉に、なんとなくうれしくなる。「そっか」と俺はできるだけ優しい声で相槌を打って、

 「本好きなんだ」

 「は、はい。昔から大好きで」

 「それじゃ図書委員は天職だ」

 言いながらなんとはなしに彼女のプリントに目をやったとき、氏名欄に書かれた名前が目に留まる。はじめて見る名字だった。

 「しろやなぎ……って読むの? これ」

 丁寧な字で書かれた『白柳』という文字を指して訊ねる。

 「え?」と彼女は顔を上げたけれど、俺と目が合うとまたすぐに視線を落とした。

 「い、いえ、しらなぎ、です。あの……すみません」

 「……あのさあ」

 教えてもらった名字の読み方よりも、癖のように彼女が口にする謝罪の言葉に反応して俺は話しはじめる。

 「今のぜんぜん謝るところじゃないから。この前も思ったけど、そんないちいち謝んなくていいよ。謝るようなことしてないんだし」

 「え、すみません……あっ、ご、ごめんなさい。あ、すみま……あれ」

 あたふたと呟く彼女がおかしくて思わず噴き出してしまうと、彼女は弾かれたように顔を上げた。そして、また「すみません」と口走りそうになったのを途中で止めて、困ったように笑った。眉尻を下げた彼女の笑顔は幼くて、やっぱり小動物みたいだなあ、なんて俺はまた頭の隅で思いながら。

 「なあ」

 「は、はい?」

 「当番の希望、何曜日にした?」

 ふと思い立って訊ねてみると、彼女は、へ、と間の抜けた声をこぼしながら顔を上げる。それから俺の顔を見つめて何度かまばたきをしたあとで。

 「え……わ、わたしですか?」

 「うん」

 この状況でそれ以外の可能性があるだろうか。

 「あ、え、えっと、火曜日と、木曜日にしようかと……」

 「火曜と木曜か」

 じゃあ俺もそうしよ、と。あまり考えることなく希望欄に同じ曜日を書き込んでいると、向かい側から「へっ?」とまた間の抜けた声が返ってきた。

 「い、いいんですか?」

 「え、なにが」

 「だって、わ、わたしなんかといっしょで……」

 「うん。いっしょがいいなと思って」

 ペアで仕事をするのなら、知らない相手よりは気心の知れた相手のほうがいいし。いや、この子もほんの数日前に知り合ったばかりの、ほぼ初対面のようなものだけれど。でも少なくとも悪い子ではなさそうだし、真面目に仕事もしてくれそうだし……と俺の勝手な都合で希望の曜日を書き込んだあとで。

 「あ、ごめん。俺といっしょは嫌ならやめるけど」

 「え、ぜっ、ぜんぜん!」

 はっとして付け加えた言葉をさえぎるように、彼女は声を上げた。その声が思いがけなく大きくて、俺がちょっと驚いていると、
 「ぜんぜん、ぜんぜん嫌じゃないです。いっしょでいいです!」

 身を乗り出すようにして力いっぱい繰り返した彼女に、「じゃあよかった」と俺はほっとして笑った。