家族を殺した人が彼氏だとわかったが、私たちは今までよりも幸せな日常を送れている。理由を聞いたあと、胸の奥に広がったのは恐怖ではなく喜びだった。私を独り占めしたかった、と彼は言った。私にとって、彼のその気持ちは何よりも安心でき、嬉しいもので、私もまた彼に抱いている気持ち......だと思う。
それからの毎日は、前よりも楽しく、前よりも近い。朝は同じ時間に湯を沸かし、昼は同じ皿を並べ、夜は好きな番組を見て笑う。私たちはよく食べ、よく眠り、よく笑った。
私はときどき、引き出しからノートを取り出し、見返している。彼の書いた言葉を見ていると、なんだか落ち着く。
少し気持ちがざわついている時でも、ページをめくっているうちに静かになっていく。
あの“見えない音”は、相変わらず聞こえる。
だけど、それがある生活にも、すっかり慣れてしまった。
今日も私たちは二人の時間を過ごしていた。昼を過ぎた頃に、彼にスーパーに行こうって言われて、一緒に出かけた。
必要なものをカゴに入れて、彼がカートを押してくれる。
もう買うものもなくなり、私たちはレジに向かった。レジで精算をしてもらっている時に、彼が店員さんと楽しそうに話しているのを隣で見ていて、胸の奥がざわついた。
今まではそんなこと一度もなかったのに、急に嫌な気持ちが湧いてきた。
自分でも理由がわからない。
「この人、私の家族を殺したんです」
そう言ってしまいそうになった。
そうすれば、店員さんは彼を避けるだろう。
そうすれば、彼はきっと私だけのものになるだろう。
そんなこと、今まで思ったことなかったのに。
――あのノートを見てからだろうか。
彼の言葉が、少しずつ私の中に入り込んでいる気がした。
帰り道、私は不機嫌になっていた。
彼が気づいて「どうしたの」と声をかけてくれたけど、思わず言ってしまった。
「なんで、他の人の前であんな顔するの?……私の前だけでいいよ。そんな顔、するのは」
――近所の人(インタビュー)
「今回の事件は......正直、考えるだけでもゾッとしますね。
恋人に家族を殺されるなんて、普通は想像もできないことです。
そのあと、彼氏さん大丈夫だったんでしょうか。詳しいことまでは聞いてませんけど......本当に、悔やまれます」
私たちは、幸せな日々を送っていたはずなのに、最近は不安に駆られることが多くなった。
彼は本当に私のことが好きなんだろうか。
他の人に目が向くことはないのか。
この先もずっと一緒にいてくれるのか。
そんなことばかりが頭に浮かんでしまう。
あまり口に出すと、彼に嫌がられてしまう。だから、少ない頻度で彼に聞くようにしている。そのたびに彼は、私の手を握って「俺は君さえいればいいって言ってるでしょ」と笑う。
それはわかってるつもりだ。なにせ、私を独り占めするために、家族を殺した人なのだから。
それでも不安は消えない。ノートを見返しても、彼の言葉を思い出しても、胸のざわつきは収まらない。
むしろ今では、「彼は私のもの、私だけのもの」って気持ちが強くなってきている。
そういえば、彼には家族がいるんだろうか。
そんなことまで考えるようになった。
この気持ち、どうすれば落ち着くんだろう。もう疲れてきた。
そんなことを思う日々が続いていたが、ある日を境に、彼が少し冷たくなっている気がした。私が不安なことを何度も口にして、しつこくしてしまったからかもしれない。
そしてまた、抑えきれずに言ってしまったとき、彼の冷たい表情を初めてみた。
その瞬間、呼吸が乱れてしまうほどの焦りを感じた。
視界がにじんで、音だけが鮮明になっていく。
水の音、足音、機械の音――そう、“見えない音”だ。
「また、捨てられるんじゃないか」という思いが一気に膨らんだ。
“また”。その言葉に、自分でも引っかかった。脳が勝手に動いている感覚。私の中に、もうひとりの自分がいるようだった。
どうして、私はこんなことを考えているんだろう。
もう自分が誰なのか、わからなくなっていた。
そんなことを考えているうちに、頭の奥が急に冷えて、冷静になっていた。
気づけば、私は“私”に戻っていた。
どうして、いつもこうなんだろう。
感情が先走って、全部壊してしまう。
私の理想としていたものは、結局、叶わないんだね。
その瞬間視界が暗くなり、プツン、と世界が途切れた。
それからの毎日は、前よりも楽しく、前よりも近い。朝は同じ時間に湯を沸かし、昼は同じ皿を並べ、夜は好きな番組を見て笑う。私たちはよく食べ、よく眠り、よく笑った。
私はときどき、引き出しからノートを取り出し、見返している。彼の書いた言葉を見ていると、なんだか落ち着く。
少し気持ちがざわついている時でも、ページをめくっているうちに静かになっていく。
あの“見えない音”は、相変わらず聞こえる。
だけど、それがある生活にも、すっかり慣れてしまった。
今日も私たちは二人の時間を過ごしていた。昼を過ぎた頃に、彼にスーパーに行こうって言われて、一緒に出かけた。
必要なものをカゴに入れて、彼がカートを押してくれる。
もう買うものもなくなり、私たちはレジに向かった。レジで精算をしてもらっている時に、彼が店員さんと楽しそうに話しているのを隣で見ていて、胸の奥がざわついた。
今まではそんなこと一度もなかったのに、急に嫌な気持ちが湧いてきた。
自分でも理由がわからない。
「この人、私の家族を殺したんです」
そう言ってしまいそうになった。
そうすれば、店員さんは彼を避けるだろう。
そうすれば、彼はきっと私だけのものになるだろう。
そんなこと、今まで思ったことなかったのに。
――あのノートを見てからだろうか。
彼の言葉が、少しずつ私の中に入り込んでいる気がした。
帰り道、私は不機嫌になっていた。
彼が気づいて「どうしたの」と声をかけてくれたけど、思わず言ってしまった。
「なんで、他の人の前であんな顔するの?……私の前だけでいいよ。そんな顔、するのは」
――近所の人(インタビュー)
「今回の事件は......正直、考えるだけでもゾッとしますね。
恋人に家族を殺されるなんて、普通は想像もできないことです。
そのあと、彼氏さん大丈夫だったんでしょうか。詳しいことまでは聞いてませんけど......本当に、悔やまれます」
私たちは、幸せな日々を送っていたはずなのに、最近は不安に駆られることが多くなった。
彼は本当に私のことが好きなんだろうか。
他の人に目が向くことはないのか。
この先もずっと一緒にいてくれるのか。
そんなことばかりが頭に浮かんでしまう。
あまり口に出すと、彼に嫌がられてしまう。だから、少ない頻度で彼に聞くようにしている。そのたびに彼は、私の手を握って「俺は君さえいればいいって言ってるでしょ」と笑う。
それはわかってるつもりだ。なにせ、私を独り占めするために、家族を殺した人なのだから。
それでも不安は消えない。ノートを見返しても、彼の言葉を思い出しても、胸のざわつきは収まらない。
むしろ今では、「彼は私のもの、私だけのもの」って気持ちが強くなってきている。
そういえば、彼には家族がいるんだろうか。
そんなことまで考えるようになった。
この気持ち、どうすれば落ち着くんだろう。もう疲れてきた。
そんなことを思う日々が続いていたが、ある日を境に、彼が少し冷たくなっている気がした。私が不安なことを何度も口にして、しつこくしてしまったからかもしれない。
そしてまた、抑えきれずに言ってしまったとき、彼の冷たい表情を初めてみた。
その瞬間、呼吸が乱れてしまうほどの焦りを感じた。
視界がにじんで、音だけが鮮明になっていく。
水の音、足音、機械の音――そう、“見えない音”だ。
「また、捨てられるんじゃないか」という思いが一気に膨らんだ。
“また”。その言葉に、自分でも引っかかった。脳が勝手に動いている感覚。私の中に、もうひとりの自分がいるようだった。
どうして、私はこんなことを考えているんだろう。
もう自分が誰なのか、わからなくなっていた。
そんなことを考えているうちに、頭の奥が急に冷えて、冷静になっていた。
気づけば、私は“私”に戻っていた。
どうして、いつもこうなんだろう。
感情が先走って、全部壊してしまう。
私の理想としていたものは、結局、叶わないんだね。
その瞬間視界が暗くなり、プツン、と世界が途切れた。

