皆、誰かをいじめてる

 人生は環境に左右される。
 立場に左右される。
 兄だから、底辺高だから、そんなことで全部が台無しになっていく。


 高校に進学し、隣の席の男子と仲良くなった。
 三門や平が同じ学校だったけれど、他クラスのため会う機会もあまりない。
 会うといえば、下校時だけ。
 そろそろクラスメイトとも仲良くなってきた頃の帰り道、三門は言った。
「生徒会、入らないか?」
 僕と平は渋った。
 生徒会に入るメリットをすぐに理解できなかったからだ。
 そもそも僕の場合、親に運動部に入るよう強制されている。
 平はそれを知っていた。
 三門がなんとなく運動部に興味がないことは理解していた。
 しかし、それを強要されてしまっては親に怒られてしまう。
「せっかく、高校入ったんだし、中学とは違うことしたいじゃん?」
「ちょっと考えたいな、なあ、平」
「そうだな」
 と、平は頷いた。
「えぇ?生徒会入れば、他のクラスメイトより評価上がるぞ?」
「上がるって言われてもなぁ」
「指定校推薦だってあり得る」
「……」
 三門に言われ、口をつぐんだ。
 確かに、将来は医者になりたい。
 指定校推薦で最低でも公立大学に行ければ、親もお金を払ってくれるだろう。
 私立大学は元々、弟がいる関係で拒否されていた。
 生徒会に入れば、少しはよくなるか……。
 懸念もあった。
 中学に比べて、より勉強に身が入っていないこと。
 生徒会に入っても赤点をとって仕舞えば、指定校推薦は得られにくい。
 だとしても。
「運動部入っても続けられるなら、やるよ」
 妥協案を出すしか、三門を説得させる材料がない。
 一度怒ると手をつけられない。
 何を言い出すかもわからないのだから。
「運動部なんてやらなくていいじゃん。やる意味ある?」
「入ってみてから考えてもいいんじゃない?」
 と、平が言う。
 三門の下僕と言わんばかりに媚び売るその姿は中学の時から嫌という程みてきた。
 自分が悪くならないようにしているのは保身以外に理由があるのだろうか。
 考えたって答えは出ない。
 無理だったら、辞めればいい。
「わかった。やってみるよ」

 その夜、両親に生徒会に入ったことを報告した。
 運動部に入るより大学に行くなら、こっちの方がいいのではないかと伝えたのだ。
 しかし。
「父さんが言ったのは、運動部に入ること。話がわからないのなら、大学に行かせるわけにはいきません。日本語がわからないと言うことですよね?」
 なんとなくだけれど、高校生にもなれば父親の言う言葉くらい想像できる。
 だが、日本語がわからないと言われるほど怒らせてしまうとは思ってもみなかった。
「進学校にも行けなかったのに、虚が、大学に行くと考えていたことに驚いてます。普通に考えて、就職を選ぶでしょう。商業科の学校に進んだのですから」
 虚は僕の名前だ。
「それは」
「言い訳は聞きたくありません。速やかに運動部へ転部しなさい」
「……ちょっと待って」
 学校の説明をしたかっただけ。
 話をする気もないのか、リビングから出て行った。
 ソファに座る母親が、哀れみの目を向けてくる。
「なんでお父さんの言うことも聞けないの!?」
 床に正座する僕にビンタをする。
「虚のためを思って言ってくれたのよ?なんでそんなこともわからないの?」
「指定校とか狙うなら、生徒会長になれば可能性が出てくるかなって」
「そんな浅はかな考えだから、お父さんが怒るのよ!!」
「でも」
「でもじゃない!!あり得ない!親の話が伝わらないのなら、さっさと勉強して寝なさい!!」
 母親も取り合ってはくれなかった。
 それ以降、何度掛け合っても父親には怒られ、母親にはビンタをされた。
 そんなある日。
「虚、座りなさい」
 いつものようにソファの向かいで正座をすると何かの冊子を小テーブルに置いた。
「何これ」
「日本語の勉強をしてください」
 父親は、そういうともう一つ冊子を小テーブルに置く。
 手に取ると日本語勉強用教材、書き取り帳と小学生の漢字ドリルがみてとれた。
「いや、これ」
「また何か文句があるの?あなたを思って、お父さんが買ってきてくれたんじゃない!!」
「でも」
「虚が中学生の頃、お父さんなんて言ったか覚えてますか?」
 言葉を被せて、父親は口にする。
「え、あの」
 言葉を詰まらせる。
「医者になるなら、公立の進学校に入りなさいと、言いました。結果はどうでしたか?」
「それは……」
「今の自分がどこの学校に通っているかくらいわかりますよね!?」
 怒鳴り声に体を震わせた。
 自分の過ちを思い出す。
 中学三年生の時、模試の判定がみるみる下がっていくたびに父親から殴られた。
 学力が下がっている自分が悪いのだと必死に机に向かった。
 だけど、思うように学力は上がらなかった。志望校への判定はD。
 そんな結果だから、進学校への受験を中学校は許可しない。
「商業高校です」
「そうですよね。あなたは、底辺校に通ってるんです。その学費を誰が払っていると思っているんですか!?いくらすると思っているんですか!?今、虚にその金が払えますか?」
 あぁ、そうだ。と父親は何かを閃いた。
「その金、今払ってください。そしたら、生徒会に入ることも許します。大学も好きにしてください」
 明日までに答えをくださいと、父親はまたリビングから出て行った。
「とりあえず、その教材は全部終わらせておいてね」
 と、母親もリビングを出ていく。
 書き取り帳を久々に手に取りペラペラとめくる。
 これを終わらせないと中間テストの勉強も許してもらえないのだろうと思う。
 医者になりたい。
 いつからか願ったその夢は、今はもう何も考えたくなかった。
 もしあの時、両親に医者になると豪語しなければ、こんなことにもならなかったのだろう。
 両親を悲しませた自分が悪いのだ。
 三冊とも手に取り、腰をあげる。
 視界の端に、弟の姿が見えた。
「なんで、はっきり言い返さないの?」
「……」
「父さんも母さんも少しは反省するんじゃないの?」
「……」
 言い返す言葉なんて一つしか思いつかなかった。
「……悪い子だから」
 仕方ないのだと言い聞かせる。
 弟の顔も見ずに部屋に戻った。
 書き取り帳を開き、漢字ドリルの単語を書き写していく。
 スマホは基本的にリビングにあるから、集中できるようになっている。
 なのに、最近はもう集中できていない。
 漫画や小説など娯楽はなく殺風景だと言うのに、なぜ集中できないのだろう。
 一行書き切ったところでパタリと意識が止まる。
 なんで……。
 鉛筆を握りしめて、奥歯を噛む。
 必死にやってきた高校受験で失敗してから、中学のクラスメイトとは距離ができた。
 お前が、進学校行かないって意外だわ、と何度言われたことか。
 中学三年生の時の担任にもやる気がないと怒られた。
 勉強なんてしたくない。
 初めて思ったその時から、少しずつだけど確実に気力は削がれていった。
 あぁ、もう、終わりにしたい。
 いつからか何度も思うようになった。
 なんのしがらみもない環境に行きたい。
 でも、親に認めてもらわないと大学には行けない。
 とりあえず、大学に行けるだけの学力を得る必要がある。
 やるしかないのだ。
 自分を鼓舞する。
 しかし、睡眠不足もあってだんだんと眠くなる。
 中間テストの範囲も決まったのだから、そちらの勉強もしないといけないと言うのに、体はいうことを聞かない。
 うとうととしていると視界の端に人が見えた。
 ……あ、終わった。
 思うよりも早く声が聞こえた。
「虚、何しているんですか?」
 父親だ。
「……あ、えっと勉強を」
「してないですよね。寝てましたよね」
「これはその」
「さっき言った言葉は忘れましたか?この教材が終わるまで寝させません」
「……」
 体にガタが来ているのか思うように瞼が開かない。
「虚?」
「あ、はい」
 刹那、首を掴まれて椅子から剥がされ、壁へ突き飛ばされる。
 壁に頭を打って、痛みに悶絶する。
「痛いのはこちらの方です。なぜお父さんの言うことも聞かずに寝ているんですか!?」
「すみません」
 目を開ける時には、腹に鈍い痛みが走る。
「うっ!?」
 腹を抱えて痛みに耐える。
 こんな言葉さえ父親の癪にさわってしまう。
「すみ……っ!?」
 脇腹に鈍い痛みが走って、狼狽える。
 夕飯を全部、戻してしまいそうだ。
 はあはあと息を荒げる。
 自衛官の父親の蹴りをうまく対処できる術など持ち合わせていない。
 もろにくらってしまった痛みに耐えることなどできない。
「これで目は覚めましたか?」
「……ハアハア、はい。覚めました……」
 父親は満足したのか部屋を後にした。
 扉は開いたままだ。
 弟に見られれば、また何か聞いてくるだろう。
 よろよろと立ち上がり扉を閉めた。
 ゆっくりと椅子に腰をかけるともう一度鉛筆を持つ。
 明日も学校があるし、早く眠りにつきたい。
 そんな欲を抑えて、朝方まで書き取り帳に取り組んだ。
 二時間だけ睡眠をとり、父親の元へ向かう。
「すみません、四分の一しかできませんでした」
「……そうですか」
 食卓に座っていた父親が、席を立ち僕の正面にくる。刹那、腹に鈍い痛みが走った。
 対応できず、そのまま床に膝をついた。
「二時間寝なければ、二分の一は終わったんじゃないですか?」
 昨日は二時間も寝ていたのかと知る。
「……それは」
「無理なんですか?無理だって決めつけて、諦めたから志望校にもいけなかったんじゃないんですか?」
「すみません……」
「あの、謝ってもらっても困るんです」
「……」
「生徒会をやめて運動部に入ると言っていただけるのなら、今回の教材は無駄にしていただいて構いません。テストも近いでしょ?クラスで一位を取れば、少しは考えますから」
 父親はそう言って、仕事に向かった。
 眠い体で学校へ向かう。
 朝練で早く来ているテニス部たちが声を出して練習している。
 校舎から見えるその景色に羨ましいなと見つめる。
 中学生の頃のように体を動かす気持ちよさを思い出したい。
「村野ー!」
 その声に振り向けば、平が立っていた。
「どうした」
「生徒会辞めるってガチ?早すぎん?」
 朝イチで生徒会顧問に伝えに行ったのだ。
 運動部に入りたいからやめさせてほしいと。
「ちょっと合ってないっぽい。今月まではいて欲しいらしいから、いるけど。それ以降はいない。六月には辞めるよ」
「じゃあ、六月から正式に運動部?」
「そう言うこと」
「なんで?もうちょっと続けないと合う合わないってわからなくない?」
「そう、だね」
「だったら」
「根本的に合ってない。文化祭の取り決めとか、裏方作業とかあんま興味持てないし、意欲も湧かない」
「いやいや」
「文化部の奴らと気合わないし、何言ってるかもわかんない奴らばっか」
 寝不足が口の悪さを加速させる。
「言い方ってもんがあるだろ」
「じゃあ、お前、やってけんの?パソコン部の奴らとか、見せ物なんも決めてなかったじゃねぇか。そのくせ、ボソボソ言い訳ばかりしてさ」
「そうだけどさ」
 文化祭は六月にあるが、生徒会は五月の初めから動いている。生徒たちも部活動も中間テスト明けから行動に移る。
「見せ物くらいさっさと決めておいてほしいよ。時間もおおよそ決めてくれれば後からでも修正するって言ってんのにさ」
「今急ぐ必要はないじゃん。五月だぜ?」
「こんな段取りの悪い奴らを取り纏めろって無理難題にも程がある」
 どっかの部活は、アニメオタクと言わんばかりに早口なくせに滑舌が悪く汚い高音がたまに出るせいで何言ってるかわからない。
 何も決めてないくせに横柄な態度をとる部活もある。
 そんな奴らのために動くのが馬鹿馬鹿しく感じた。
 それは心のどこかで生徒会を辞めるために作った悪口だった。
 辞めるための言い訳作り。
 言い訳することで己を保とうとする奴は、こうやって自分を操作するしかないのだ。
「でもまぁ、文化祭終わるまではいてほしいって話だから、ちゃんとやるよ。それはまではいる」
 だけど、辞める話を知った三門は、僕に悪態をつくようになった。
 ネチネチと文句を言って、生徒会室内でも二年三年がいなければ文句を言う。
 居心地が悪かった。
 他の一年はペアで動くのに、僕だけはもう誰も寄り付かなくなっていて、一人行動が増えた。
「お前、演劇部に話聞いてこいよ」
 中間テストも終えて文化祭に向けて動くようになった頃だ。
 一人で任されて、何を聞けばいいかもわからないまま、演劇部の活動場所に向かった。
 ノックをして入る。
「生徒会の村野です。文化祭の件で伺いました」
 簡潔に伝えるとある女子生徒がトコトコやってきた。
「村野君、部長が今いないから来たら連絡しようか?」
「あ、どうも。お願いしたいです」
 と、スマホを取り出す。
 保護者フィルターがかかっていない今なら、LINEの交換もすぐにできる。
「できるだけ早めに連絡をくれたら嬉しい」
 では、と場を離れようとすると彼女は腕を引っ張り作業場に連れてきた。
「ちょっとくらい時間あるでしょ?手伝ってよ」
「いや、それは」
「お願い」
 目をうるうるとさせて懇願されてしまっては断ることもできなかった。
 二つ返事で返すと彼女はキャッキャッと喜んだ。
 気持ち悪い女がいるなと思った。
 演劇などに興味を持つものは変人が多いと聞いたことがある。
 裏方も変人がいるのかと思うと僕には絶対合わない環境だ。
「何すればいいの?」
「んー、特にないよ」
「……んえ?」
「だって、部長いないんだよ?少しくらいサボりたいじゃん」
 何言ってんだこの女。
「あ、私、今沢奈々、よろしく」
「ども」
 どうせ会うことはないと雑に返事を返す。
「えー、冷たい。ね、あなた一年でしょ?何科?」
「商業科」
「一緒だー!来年から二年間一緒だね!よろしくだね!」
 最悪だ、と思った。
 顔に出ていたのか、彼女はムッとして僕の腕をぶっ叩いた。
 自衛官の父親に殴られていたおかげか全く痛みを感じない。
 弱いすぎだ。
 女子はこんなにも非力なのかと思う。
「今、どこのクラス?教えて!話しかけに行くから!」
「十六HRだけど」
「そうなんだ!私、十八HRだから会わないわけだ」
「人も多いし、いちいち人の顔なんて覚えなくない?」
「いやいや、記憶力いいので」
「あっそ」
 腰を上げて、演劇部の活動場所から離れる。
 どうでもいい話に付き合うつもりはない。
 会うとか言いながら、会わないのが世の常だ。
 中学の友達と会おうと連絡を取っても大体予定が合わなくて会えないもの。
 五月に会おうと思っていたけれど、みんな高校で忙しいらしい。
 大沢は、部活があると聞いているけれど、他の人たちがどうなのかまではわからない。
 生徒会室の扉に手を触れた時、話し声が聞こえた。
「あいつ、マジで辞めるんならさっさと辞めてほしいわ」
 三門の声だ。
「顧問が六月まではいてほしいって頼んだんだってよ」
 と、平の声。
 他の生徒会員はいないらしい。
 二人の声が嫌に響いてくる。
「間宮の学校の文化祭で何吹き込んだの?」
「吹き込んだって言い方悪くね?別に、ちょっとうちの学校の話しただけ」
「村野の話もしたらしいじゃん」
「まぁな。間宮簡単に信じじゃって面白かったのに、なんでいなかったんだよ」
「知り合いいたから話しかけてた」
「村野って元からちょっと変わってたろ?だから、いじめられてるって話したら妙に納得してたわ」
 ゲラゲラと笑い声が聞こえた。
 もし他に生徒会員がいないのなら、他の教室で時間を潰そうか。
 ……いや、もうやめ時なのかもしれない。
 五月に間宮らと会えなかったのは、そんな噂を広められていたからなのかと今更気づく。
 間宮が、だいぶ渋っていたのは相談に乗りたくないとか思ったからなのかもしれない。
 相談も何も五月の初めまではまだ順調だった。
 家庭の話を中学の友達にしたことも高校の仲良い人たちにしたこともない。
 渋られるほどの嘘を垂れ流されたのだとしたら、もう中学の人たちに会う顔はないのかもしれない。
 十六HRのクラスメイトと仲良くやれてるし、気にしなくていい。
 それに生徒会をやめれば、両親から何か言われることもない。
 大学進学に向けて動ける。
 なのに、どうして、この手は震えているのだろう……。
 足が上手く動かない。
 なんで……。
 どうして誰も僕の言葉を聞こうとはしないのだろう。
 本質から目を背けて、上辺だけの会話で全てを納得する。
 もっと話せばわかることだってあるはずなのに。
 中立に立ってくれる人は、僕の周りにいないのだろうか。
 深呼吸をして、一歩下がる。
 明日、生徒会顧問に連絡入れて本日付でやめよう。
 テニス部にすぐにでも入ろう。
 部活に必要なラケットやユニフォームを買おう。
 悩んだって仕方がない。
 そうだ、悩んでも意味ないのだ。
 何度も言い聞かせて、きた道を戻る。
 学校のことで悩むなんて馬鹿らしい。
 それよりも怖い相手なんていくらでもいる。
 逃げ場がないわけじゃないのだ。
 クラスメイトは仲良くしてくれるのだ。
 それでいいじゃないか。
 ……それで、いいじゃないか。

 家に帰り、部活で必要なラケットの購入を打診する。
 父親は機嫌がいいのか二つ返事で了承してくれた。
 今週の休日に買いに行こうと提案してくれたので、嬉しさのあまり元気に返事を返した。
 久々に父親の笑顔を見れた気がする。
 部屋で勉強していると弟が部屋に入ってきた。
「父さんのこと、あんま怒らせないで。こっちまで気分悪くなるから」
「うん、ごめんね。これからはちゃんとするから」
「ちゃんとするって言ってできたことないじゃん……。もう僕だって中学生だし、テストあるし、変な負担かけさせないで」
「……ごめんね」
「わかってくれるんなら、いいよ」
 と、部屋を後にする弟。
 僕は、兄だ。
 ちゃんとしなくてはならない。
 弟に間違った未来を見せてはいけない。
 ここから這い上がれるんだということを伝えなければならない。
 兄の自覚を持たなければ……と決意する夜だった。

 ラケットの購入に時間はあまりかからなかった。
 そのラケットを使いこなせるようにと、父親が近くのテニスコートを借りて打ちに行った。
 父親も昔はテニス部だったようで、今もその感覚は残っているという。
 自衛隊の基地にはテニスコートがあるようで、たまに同期と打つそうだ。
 中学の頃の感覚で打つと球が吹っ飛んでしまい、加減が大事だった。
 父親は終始笑顔で、楽しそうで、ようやく機嫌を直してもらえたようで嬉しかった。
 時間が来て、車で帰路につく。
「いやぁ、お父さんももう少し頑張んないと虚に負けちゃうな」
「そんなことないよ」
「中学生の時、レギュラー入りした時は嬉しかったんだぞ?高校もレギュラー入り目指してほしいな」
「もちろん、頑張るよ。お父さんのおかげで硬式テニスの感覚知れたし」
「お、じゃあ、今日は焼肉だ」
 こんなにも楽しそうな父親を僕は久しぶりに見た。
 もう父親の言うことに逆らうのはやめようと決めた。

 そんなある日、クラスメイトが僕を呼び出した。
 生徒会顧問が呼んでいるらしい。
「新人戦レギュラー入りおめでとう」
 そんな言葉から入る顧問の言葉に少し棘を感じた。
「君がやめた理由、よくわかったよ」
「ええ、先日、伝えたとおりです」
「あんな嘘でよく騙せると思ったな!?」
 と、顧問はひどく激昂した。
 なんのことかわからず、次の言葉を待つ。
「三門たちから聞いた。文化部の人たちとうまく会話ができないからやめたんだろ?自分のコミュニケーション不足をどうして文化部の子達のせいにした!?」
「え?いや、違います。前に伝えた通りで」
「その一点張りで誰が理解できると思ってんだ!」
「三門たちの言葉は違うんです。あれは」
「そんなひどい言葉を言うやつだと思ってなかった。なんで、そんな言葉が言えるんだ。誠実で真面目な人だと思っていたから、きっと何か他にも理由があるんだろうと思って俺は、生徒会辞めることを許可したんだ」
「だからそれは」
「テニス部の顧問には伝えておいてやる。部活の違いでそんな差別的なことを言うような人をレギュラーにする価値はないと」
「ちょっと待ってください!」
 顧問は、言ったきり職員室に入っていく。
 これでは父親との約束が守られない。
 せっかくレギュラー入りが決まったと言うのに。
 職員室に入り、顧問に頭を下げる。
「違うんです。それは、理由があって」
「どんな理由であろうと、文化部を否定するものを文化祭の運営に入れられない。お前は、生徒会をやめるべき生徒だった」
 もう話すことはないとパソコンと睨み合う顧問。
 言葉を聞かないのなら、こちらも何も言えない。
 諦めて、職員室から出た。
「なんだった?」
 教室に戻るとクラスメイトの男子が声をかけてきた。
「レギュラー落ちるかも」
「え、なんで?」
「僕が、文化部を差別するような発言をしたから顧問に言いつけるって怒ってた」
「村野がそんなこというわけなくね?」
 と、他の男子生徒も加わる。
「ようやく部活にも馴染めたって言うのに……」
 ため息をつきたくなる。
 すると、こちらにやってきたテニス部員の佐久間。
「ごめん、佐久間。僕、レギュラー落ちだわ」
「あぁ、顧問に相談された。俺からは何かの間違いだって言っといた。顧問も本当なら落とすしかないって」
 他のやつも言ってないって言ってくれてるよと付け足す。
 感謝を伝える。
 生徒会という立場だけで責任が伴う。
 ならば、先生だって一方の言葉だけで怒鳴るのは違うのではないか。
 三門や平と距離ができたくらいでここまで言われるのなら、やはり最初から中学のやつと仲良くしておく理由はなかったのかもしれない。
 テニス部顧問がこのままレギュラー入りにさせてくれたらいいが、生徒会顧問が黙ってないだろう。
 それに、三門たちもまた別で僕を潰しにくるのだろう。
「ちょっと、顔を洗ってくる」
 教室を出る。
 トイレに行って顔をばちゃばちゃ水で濡らす。
 鏡を見ると引き攣った顔が見える。
 僕は今、こんな顔をしていたのか。
 無理して笑ってるのかと思っていたがそんな余力もないほどに、メンタルは限界らしい。

 新人戦レギュラーの発表がされた。
 団体戦補欠、個人戦レギュラー落ち。
 それがテニス部顧問の出した答えだった。
 父親に報告すると眉間に皺を寄せて張り倒された。
「レギュラー入りするって話は嘘ですか?大学進学目指しているなら、必要事項じゃないのですか?」
「すみません」
「テストでクラス一位だったからって足りてないです」
「……すみません」
「虚のためを思って言ってるのに、謝るだけですか?」
 謝る以外にできることはなかった。
 返す言葉なんてそれ以外になかった。
 怒声を浴び、放心状態でリビングの居間で座り込んだ。
 何も考えたくなかった。
 何もしたくなかった。
 もう、限界なのかも知れないと思った。
 視界の端に弟の姿が見える。
 何も言わないでほしい。
 そんな願いも叶わない。
「やめてって言ったじゃん。空気が悪くなるし、悪くしてるのは兄さんのせいだよ……、全部」
「…………あぁ、…………ごめんね……」
 ようやく出た言葉に弟は舌打ちをして出て行った。
 涙が溢れそうだった。
 なんでこんな目に遭わなくてはならないのか。
 またこんな日常に戻るのか……。
 嫌だなぁ……。
 なんだか、全部、終わりにしたい。