皆、誰かをいじめてる

 彼女と別れた翌日、今沢に会った。
 村野との間で何があったのか全部喋った。
 呆気に取られていた彼女は、最後。
「受け?攻め?」
「死ね」
「ひどい」
 気になっていたカフェのコーヒーを口にふくむ。
「それにしても、なんで急に全部喋ってくれたのさ」
「彼女と別れたからかな」
「えぇ!?彼女いたの?」
 以前に言ったはずだというのに、とぼける彼女。
「いたよ」
「ありえない」
「君さ、僕のことなんだと思ってるわけ?」
「いつも酷い対応しかしてくれない最低な男」
「……」
 それは君に問題があるとは言えなかった。
 言ったら蹴られるのをわかっていて言うわけがない。
「村野君はそんなことしないのに」
「そろそろ答えてくれる?二年と三年、一緒だったんだよね」
「んー。やめとく。私が答えても意味ないし」
「は?」
「ほら、もう私は知りたいこと知れたし。それに、今、大沢君が知りたいのは、村野君が好きだったからってことでしょ?それじゃ、ちょっと教えられないよ」
「……それは」
「だからね、ちょっと協力してほしいの。気持ちが変わったら教えてあげるよ」
「何してほしいの?」
 ふふ、と顔を近づける彼女。
「村野君の弟さんに会いたいの」
「……いや、無理でしょ」
 会うことはできても家庭内事情に首を突っ込むのはどうなのか。
 正直、やろうとは思っていたけれど、どう考えても触れて良い内容ではない。
 それに僕らはただの友達だ。
 村野が自分から言うのならまだしも、そうではない。
「ダメかな」
 上目遣いに小首を傾げる目の前の彼女。
 せっかくのカフェが台無しだ。
「そんなことなら一人でやった方がいい」
「え」
「だって、無理でしょ普通に考えて。生前の話なんてどうやって聞き出すの?」
「私にいい考えがあるから!お願い!」
「……」
「それにほら、ここって村野君の家に近いでしょ?それって元々そのつもりだったんじゃないの?」
 歩きたくないから家の近くの店を選んだだけ。
 決して、そんなつもりはない。ほんとだ。
 目の前にいる女をいくら歩かせたって別に問題はない。
 可哀想だとも思わない。
 こんな女と早く距離を置きたいが、僕の知りたいことはまだ知れていない。
 挙句、一つ頼み事を叶えない限り言うつもりもないときた。
 ならば、答えは一つ。
「わかった。付き合うよ。ほしい答えは貰えないと思うけどね」
 村野は僕と同じ。隠したい話題は隠していた。
 僕らに隠していたと言うことは家族にも隠している可能性だってある。
 葬儀の日に会った家族の空気はどことなく修復できない様に見えた。
 両親同士で話すこともないし、弟はプライドが高そう。
 何か嫌な予感がする。

 カフェを出て村野の家に向かった。
 いい考えがあると聞いたから家に来たわけだが、何をするのかもわからない。
 あらかじめ聞いておきたかったけれど、彼女は答えようとしなかった。
 インターホンを鳴らしてみる。
 反応はない。
 駐車場に車がないので、不在の可能性はあった。
 しかし、2階の電気がついているため、誰かがいるのは明白だった。
 出向かうつもりはないらしい。
「いないね、帰ろうか」
 彼女はいう。
「大沢君?」
「いや、いるよ」
 もう一度インターホンを鳴らす。
 確かに人がいる。
 カーテン越しから誰かが顔を覗かせているように見えた。
 居留守を使うのだろうか。
 もう一度押そうとインターホンに触れた刹那、玄関の戸が開いた。
 そこにいたのは、あの時会話した村野の弟だった。
「何?」
 口を開くと同時に隣の彼女が村野の弟に距離を詰めた。
「あなたが、村野君の弟?ね、良かったら話聞きたいんだけど」
「……話って。別に話すことなんてないですけど。それに、今勉強中なんで」
 踵を返す彼の腕を掴む彼女。
「警察が来てるの。村野君、自殺じゃないんじゃないかって噂」
「……は?」
 流石の彼も動きを止めた。
 瞳孔を見開いて口元が歪む。
 警察の話なんて一切出ていない。
 自殺で間違いないと以前聞いたはず。
 彼女は、今、嘘をついてまで話を聞こうとしている。
 いい考えとは脅しのこと指していた。
 脅しの何が良い考えだ。
 やりすぎだと思い、彼女を止めに入るが、村野の弟は玄関を少し開けた。
 入っていいと言うことなのだろう。呆気に取られてしまった。
 彼はそのまま靴を脱いでリビングに僕らを案内してくれる。
「やり方ってもんがあるだろ」
 彼女の耳元で言う。
「いいじゃない。別に悪いことはしてないよ」
「脅しじゃないか」
「中学生にはよく効く手段だから」
「どこ情報だよそれ」
 リビングの居間に座ると彼はその向かいに腰掛けた。
「勉強中だったのに、ごめんねぇ。どうしても聞いておきたいことがあってさ」
「兄と同じ高校行ってるだけあって暇なんですね」
 と、嫌味を言われた彼女は笑顔で答える。
「そうなの。暇だから、来ちゃった」
 思ってもいないだろうに可哀想だ。
 底辺高なんか行くからこんな目に遭うと言うのに、どうして中学の頃にちゃんと勉強をしないのだろうか。
「警察が来てるってなんですか。自殺ですよね」
「それを一番に知ってるのはあなたじゃない?」
「……自殺に間違いないです」
「証明してくれる人は?」
「……」
「今ね、誰かが村野を殺したんだって騒ぐ子がいるの。心を殺されたんだって」
「……心?」
「今みたいな嫌味、ずっと村野君に浴びせてたから心が病んじゃったのかなって」
「想像力豊かですね。間違いですよそれ」
「じゃあ、教えてよ。村野君が家庭でどんな生活をしていたのか」
 目の前の彼はため息をついた。
 底辺高に通う学歴の低い人は嫌いなのかもしれない。
 どこでそれだけの嫌悪を抱く様になったのか、探ってみても良いのかもしれない。
 村野を殺したのが家族であるならば、それでいいのかもしれないと思う自分がいた。
 しかし、そんなこと考えた自分に嫌気がさした。
「ありきたりで普通の生活ですよ。家族なんてどこも普通じゃないですか」
「普通の家庭なら、兄弟が死ぬことなんてないよ」と、隣の彼女。
「家庭じゃなくて、学校に問題があると思いますけど?底辺なんて猿の集まり、言語も理解できないくせに日本人を語ってる。そんなバカばかりな環境なら死にたくもなります」
 僕だけは、その言葉が兄を守ろうとしている様に見える。
 中学生の頃、僕と張り合うくらい村野は頭が良かった。
「残念だけど、村野くんは学校ではすごく慕われてたよ。みんなと仲良くて、テストの点数も良かったからみんなに教えてた」
「底辺なんて進学校レベルの勉強はしないでしょ。だから、パソコンの勉強だの誰でもできるものを先取りすることで周りを超そうとする。知力に差が出るのは当然ですね」
 さっきから嫌味ったらしければ、今沢を刺すような言葉ばかりを投げている。
 やはり僕の考えは正しいのかもしれない。
 あとはもう少し話を聞き出せれば十分だ。
「君の兄は底辺から医者を目指そうとしてたわけだけど、できると思う?」
「無理ですね、それに医者になりたいなんて初めて知りました」
「そっか。でも君さ、受験に真面目になりすぎて進路まで考えていないんじゃない?」
「は?」
「無理って断言するのは、変じゃない?だってそもそも底辺のレベル知らないでしょ?底辺高って言われる学校だけど、こいつの学校は特進クラスがある。誰だって大学試験を受けることができる。これだけ情報あげれば君も少しは理解できるんじゃない?」
 隣の彼女に指さすとべしんっと叩かれた。
 痛みに悶絶したら怒られそうなので気を取り直す。
「上辺だけで判断した君は、一体兄の何を知ってるの?」
 何かをいいたげにしながら言い返せていない。
 彼はきっとここで感情的になることを底辺だと思っているのかもしれない。
 しかし、中学生の彼が感情的になることは間違いじゃない。
 それこそ彼の言うありふれたものの一つだ。
「言い過ぎじゃない?」
 と彼女が耳打ちをした。
 それを無視して話を続ける。
「怒ることもできない君は兄と全く変わらないね」
 あの時もそうだった。
 怒り任せにぶつけた言葉を彼は何を思うか笑うだけだった。
 無理やり口角を上げて平気なふりをする。
 憤りを感じながらも何も言い返す気になれなくてその場を後にした。
 目の前の彼もまた無理して笑おうとしている。
「やめなよ、そうやって無理するの」
「……」
「君の兄弟はどうしてそうも無理をするのか。本音を言えばいいのに、なんで言わないのか。僕にはわからないよ」
「……それは」
「教えてほしい。君の兄はどんな生活を送ってた?家族の前でどんな態度だった?今みたいに君のような行動をとるような人だった?」
 疑問をぶつけ過ぎてしまうのは、僕の心に余裕がないからなのかもしれない。
 自分のやった行動もきっと自殺に関係がある。
 それを否定したい気持ちと自分のせいなんだと思う気持ちの両方がある。
 誰かに責めてほしい気持ちも確かにあった。
 今ようやくわかるかもしれないと思うと、安心する。
「僕の兄は、家族の前でずっと笑顔だった。明るかった。家族にも配慮するような人だった。優しい人だった」
 それに。
「勉強もできて、高校も大学もいいところに行くんだと思ってた。だから、底辺高に行った兄にショックを受けた。その頃、勉強に身が入らないとよく言ってた。無理してることなんて知らずに、兄らしくないって僕は言った。『ごめん、ちゃんと進学校に進学するから』って、兄は何度も言ってた」
 でも。
「結果は底辺高?」
 と、僕が言うよりも先に隣の彼女が口にする。
 首肯すると目の前の彼は続けた。
「僕は、どうしてか怒ってしまった。あれだけかっこよく見えていた兄がこんなにもダサく見えるのかと。宣言も忘れてレベルの低い学校に願書を出すって聞いた時も怒ったけれど、やっぱかっこ悪かった。ダサい。キモいし、うざい。顔も見たくないと思った。もう兄から教わることなんて何一つないと知った」
「罵声を浴びせたのか?」
「いいや。それは両親のことでしょ。何?友達なのに何も知らないの?」
「初めて聞いた」
 友達だからって何でもかんでも知ってるわけがない。
「レベルの低い学校に行く前からずっと医者になることも否定してたよ」
「……は?」
 思わず口に出た言葉。自分がこんなに低い声で反応するとは思っても見なかった。
「医者になることを否定するって……、なんで?」
「そんな学費払えないでしょ。兄弟が二人もいて、私立大なんか行かれたら困るでしょ?僕の進路はどうするんだって、両親が」
 兄よりも弟のことを考えてくれと言うことだろうか。
 うちの両親はそんなこと言わない。初めてそんな言葉を聞いた。
 村野はいつもそんな言葉を耳にしてたのか。
 どうして、村野の気持ちに寄り添おうと思えなかったのだろう。
 もう、今更だと言うのに。
「最後に一ついいかい?」
「え?」
「村野の部屋があるなら、見せてくれるか?」
 村野の弟は部屋を案内してくれた。
 死んだ日以降、そのままにしてあるらしい。
 血や自殺に使った凶器は親が回収し捨てたそうだ。
 回収されていないマットに血が滲んでいる。
 本当にここで死んだのかと思い直す。
 どこか現実離れしていた村野の死が一気に襲ってくる。
 眩暈がして一旦場を離れた。
 深呼吸をして、部屋に入る。先に入っていた今沢が、タイトルも一切書いていないノートの最後のページを閉じた。
「この部屋で何を思っていたのかな」
「さあ」
 彼女に歩み寄る。
 振り返った彼女は、涙を浮かべていた。
 僕と同じで村野の死が現実だと思い直したのだろうか。
「ねぇ、死にたいってどんな気持ちなの?この世から消えたいって何?自分の体に傷を入れちゃうほどの苦しいことってそんなに人に言えなくなるのかな?どれだけ仲良くても友達だと思ってても言えないものなの?」
 答えてよと続ける彼女。一体、なんのノートだったのか。何が書いてあったのか。
「医者になりたいんなら、わかるでしょ」
「人の気持ちは心理学だよ、医療学じゃない」
「そう言うことが聞きたいんじゃないんだけど……」
 ドンっと胸を叩いてくる彼女。
 苦しさに押しつぶされているのか。
 抱きしめることさえできない僕は、目を逸らすことしかできなかった。
 睨んでいると気づいた。
 何もしないことが正解ではないことくらいわかっていて、何もできないのは僕に女性経験が少ないから。
 いや、違う。
 本当は、彼女のことを何も知らないから何もできないのだ。
 村野が生前、仲良かった女子ということだけ。
 間宮や郡山は、その事実さえ知らなかった。
 高校でいじめられていたと思っていたはずなのだから。
 僕はそんな出来事さえつい最近まで知らなかったし、記憶にも残っていなかった。
「何にも、してくれないんだね……」
 突きつけていた拳をゆるゆると下ろしていく。
「村野君ならこんな時、抱きしめてくれたよ。ヤなことあったら、泣いてたら、そっと頭撫でてくれたり、抱き寄せてくれたり。あなたは何もしてくれない」
「……」
 何度でもいうが、僕は今沢と村野の関係を知らない。
 聞いてる限り村野の彼女というわけではないらしい。
「ね、これ。彼の日記だよね?これ軽く見たけど、あなたたちに対して恨みつらみがたくさん書いてあった」
 先ほどまで見ていたノートは、日記だったらしい。
「……初めてみた」
「日記書くことお勧めしたのはあなたなんでしょ?日記の最初に書いてある」
「少し悩んでたみたいだから、日記書くのおすすめだって。それと今日の目標とか書くとなおいいよって」
「それは、医療学?」
「ああ」
「心理学じゃないんだ」
「……ああ」
 医療心理だ。
 にこりと笑みを浮かべる彼女からどうにも殺気を感じる。
「でもね、最後のページ、今年の五月で終わってるの」
「……え?」
「律儀に日付まで書いてるのに、突然書かなくなった。なんでだろうね」
「それは」
「何か知ってるの?」
「知るわけがない。僕は、勧めただけだ」
 間髪入れずに答える。
「そっかぁ。何かわかると思ったんだけどなぁ」
「……」
「じゃあ、質問変えるね。日記書くことを勧めた時何に悩んでるとか聞いたの?」
「え、ああ。家族のことで悩んでるって。それ以上は知らないよ」
 確か、中学生の頃だ。
 部活中に思い詰めた顔をしていた。
 最初はなんでもないと距離を置く様子だった。けれど、意固地になって問い詰めると彼は口を開いた。
『勉強ちゃんとやらないと大学行けないし、親に迷惑かけるから部活、やめようかなって。でも、続けたいんだよね。運動したほうがリフレッシュになるしさ』
『自分の気持ちは言葉にしたほうがいい。日記とかお勧めだよ。語彙も深まるし』
 当時の彼は、自分の気持ちを言葉にするのが苦手だった。
 だから、それも相まってそんな話をした。語彙があれば、表現の幅も広がる。
 まさか本当に日記をつけているなんて思いもしなかったけれど。
「五月に何かあったって考えるのが自然じゃない?私が知ってるのは、あなたたちと遊ぶって話だよ」
「そこまで知ってるなら、何か思い当たる説でもあるんじゃない?」
 わかったかもと彼女は口にする。
「本当は三ヶ月前から色々変わっちゃった。そっから君たちの関係は壊れた。違う?」
 逸らしていたはずの目を覗かせるように彼女は上体を動かした。
 名推理だと言わんばかりだ。
「あぁ、そうだよ」
 正解だ。
 壊れたのは五月だ。
 いや、どちらかといえばみんなが不満に思っていたことが爆発しただけ。
 いじめの件を知ったのだってその時だ。間宮たちと会う時までとっくに忘れていたけれど。
「でも、壊れたっていうと少し違う。一人だけ、壊れなかったよ」
「一人だけ?」
「村野だ」
 あいつだけ、確かに笑ってた。
 何を言われようとも笑ってたんだ。
 だってそうだろう。
 あれ以降合わない選択することもできたのに、八月に会う約束を取り付けてきたんだから。

 四人で焼肉に行った日。会話も弾んでいた頃。
「お前そんなことばっかやってるからいじめられんだろ?」
 と、間宮が調子に乗ってそんなことを言った。
「あ、おい!」
 急いで止めたのは郡山だ。
「なんの話してんの二人とも」
 知らなかった僕は、何も気にせず聞いてしまった。
「あ、いや」
 口を濁す間宮。
「……いじめってなんの話?」
 村野が問う。
「いや、お前、無理しなくていいから。俺らわかってるし」
「え、ちょっとまって」と、戸惑う村野。
「大丈夫。無理に詮索するつもりもないからさ」と、郡山。
 フォローのつもりだったのかもしれない。
「だから、なんの話だって」
「いいって今は。肉が不味くなるだろ」
 必死な郡山。村野の皿に肉を運ぶ。
「そうじゃなくて、間違ってることは間違ってるって訂正させてよ」
「三門も平も言ってたのに、訂正も何もないでしょ」と、一蹴する間宮。
「おい、間宮、言い方ってあるだろ」と、郡山。
「だから、マジでなんの話?何がどうなってそうなってんの?」
 怒りを露わにしていた村野。
「だってそれが理由で生徒会も辞めたんだろ?」
「……いや、え、それは」
「ほら」
「いや、だから……」
 声に力がなくなっていたのは理解していた。
 だけど。
「無理すんなって気にしてねぇから」
 間宮と郡山の屈託のない笑みに彼は言い返すことも訂正もせず、別の話題を切り出した。
 その日の帰り、村野は予定より早く帰ると言い出した。
 今日一日、スマホをチラチラと見ては表情が固まっていたので、何かあるのだろうと思っていた。
 バスに乗る時も笑顔だ。
 いじめの件は本人も気にしていないように見えるほど。
「あいつ、ちょっとやそっとのいじめじゃ倒れねぇっぽいな」
 バスが行った後、カラオケルームで間宮が言った。
 あんなこと言った手前、歌う雰囲気でもなかったから。
「倒れねぇとかじゃなくて、なんで本人の前でいじめの話すんだよ」
 郡山が怒っている様子を久々に見た。
 以前、村野と喧嘩になった時よりもずっと本気で怒っている。
「元気そうだし、いいじゃんか」
「だから、そういう話じゃないって」
「それじゃ、俺ら、いじめられてるやつと仲良いって思われるの嫌だろ。弱者みたいで」
 静かに成り行きを見守ろうと思っていたが、
「いじめが事実かわからない以上、下手なことを本人の前で言うのは反対だ。郡山に賛成だ」
 不確かな情報は信じるべきではない。
 一方で、焼肉店から出てベンチに座る村野に告げた言葉を思い出す。
 絶対、言うべきじゃなかった。
 あんなこと言って、次会えるのだろうか。
「まじ?じゃあ、三門たちが嘘ついてたって言うのかよ」
 と、間宮の声で我に返る。
「そうじゃないけど。信用するに値しないだろ」
「えぇ、わざわざうちの学校まで来て文句言いに来たんだぜ?いじめられてないなら、文句言われることもないだろ」
「いじめられて文句ってなんだよ」
「そりゃ、中学一緒だったら何かしら弊害でもあるんじゃん?」
 平は置いておいて、あの喧嘩っ早い三門がいじめられるとは思えない。けれど、確かに被害に遭う可能性はあるのかと思う。
「ただ。もう本人の前で言うなよ。流石にいい気持ちにはなれない」
「あぁ、わかったよ」
 その日のカラオケは地獄そのものだった。
 間宮はその後、本人には謝るから今は楽しもうと言い出した。
 しかし、僕も郡山も上っ面だけ楽しくして内心はあまり楽しいと思えないままその日を終えた。

「村野は、先に帰った。帰るまでは普通だった……」
 そういえば、間宮にあの後謝ったのか聞いてなかったなと思い出す。
 喧嘩したばかりに実際謝ったのか聞きにいくのは憚られる。
 実際、彼らは元からいじめられている人と仲良くするつもりはなかったそうだ。
 八月の最後に会った時の雰囲気からして、誠心誠意謝ったようには思えない。
 きっと軽い謝罪で終わってる。
「そっちの関係は終わってたんだ。よく、葬儀に来たね」
「みんなどっか嘘だと思ってたんだよ。あいつが死ぬわけない。最近あった話、楽しそうに話すんだろって思ってたから。五月もずっとそんな話聞かされてたよ。ただのいじめで死ぬようなやつじゃないのに、なんでって……」
「でも現実だった」
「あの後なんも喋ることなく三人とも帰ったよ。みんなどこかでわかってた。自分たちが悪いんだって」
「……」
「どこかで責任を感じてた。だから誰も詮索したくなかった。五月以降、日記が書いてないのなら、僕らに責任がある」
 もうどうすることもできないというのに、いつまでも責任をなすりつけようとお互いに必死だ。
 少なくとも僕は、間宮や郡山に責任を擦りつけようとした。だから、気持ちをぶつけた。
 二人が僕の行動を止めようとするのは納得だ。
 日記をパラパラとめくる。
 やはり五月に会った日以降は書かれていない。
 だとしても回収しておこう。
「いじめは良くないって言うだろ。でも、わかっていたはずなのに、村野の心をいじめてたのは僕らだ……。寄り添うこともせずに人の噂を信じた間宮と郡山の言葉に無言を貫いたのは、あいつにとって共犯者に見えただろうな」
 日記をカバンにしまい、部屋を出る。
 村野の弟に挨拶を済ませて家を出て、帰路についた。
 今沢の声が後ろから聞こえる。
 走っているのか、息を切らして目の前に立った。
「いじめとか、わかんないけど。でも、それで終わらせちゃっていいの?」
「いいんだ。やったことはいじめと変わらない。あの時、こうしていればって何度後悔したか」
「だったら」
「もう遅いんだよ!村野は死んだ。殺したのは、僕らだ。家族に原因があればって少しは思ったさ。でも、違う……。違うんだ」
 三門たちの言葉を一切信じずに中学の頃のように他愛のない話でもしていれば。
 今まで通りを演じていれば。
 村野に告白なんかしなければ。
 どうせ気持ちが届かないのなら、それでいいじゃないか。
 自分の気持ちを押し殺して、いつも通り接していたら何か変わったか?
 それができなかったからあんなこと言ってしまったんだろ。
 村野は間違ってることは正したいって言ったんだ。
 環境が違えば、僕も彼みたいになっていたかもしれない。
 やっぱり本音を伝えるべきだって思うかもしれない。
 素直でいることの方が大切なんじゃないかって。
 でも。
「もう全部、遅いんだ。違ったんだ。間違いを間違いのまま進めてきたから。あの時訂正できていたなら、また何か変わったのかもな」
 目の前の彼女にぶつけたって意味がない。
 これ以上何も知りたくない。
 そうだ。最初から気づいていたのだから、彼女に感化されずに無視を続ければよかったじゃないか。
 なんでそんなこともできなかったんだろう。
「私と村野君の関係知りたいんじゃないの?」
「今更いいさ。もう十分聞けた」
「なんも答えてない」
「いらない。もう会わないでほしい」
「え……、そんな」
「君の知りたいことは全部知れたでしょ?」
 歩を進める僕の腕を掴む彼女。
 振り解くと彼女はもう一度掴んできた。
 苛立ってしまって、振り解いて彼女を突き飛ばす。
 尻餅をついた彼女は呆気に取られていた。
「……これが、僕だ」
 こんな最低なことをするのが僕だ。
 彼女は最初から僕のことを最低な男だと評した。
 もしこれが。
「村野だったらこんなことしないんだろうな」
 わかっていたさ。
 自分が最低なやつだってことくらい。
 好きでもない女子と付き合って、自分の都合で相手の話も聞かずに別れたのだから。
 村野の異変に気づいておきながら、無視をした。
 踵を返して、歩を進める。
 だんだんと歩速が上がる。
 北風が正面から僕を突き刺す。
 田舎の空っ風はとても冷たくて痛い。
 少し前まで蝉の声が聞こえたと言うのに、もう季節が移ろうらしい。
 風が、早まるなと言わんばかりに足止めしてくる。
 だけどもうわかったんだ。
 僕は最低な人間だって。
 いつか自分に問うた答えが出た。
 村野が死ぬべきなんじゃなくて、僕が死ぬべきだった。
 マイノリティな同性愛者。
 多様性だとか言っても理解されない現実。
 僕よりも愛されるべきは村野だ。
 どうして、全部が今更なんだろう。
 見て見ぬ振りをした傍観者の告白、嫌だったろ?なぁ、村野……。