皆、誰かをいじめてる

 三門と平に連絡を取り会うことになった。
 二人には先に会うことにして、今村を少し遅めの時間に会うよう設定した。
 待ち合わせ時間になり、時間通り二人の姿が見える。
 半袖にリュックを背負う二人。
 ショルダーバックの僕とは大違いだ。
「お待たせ、久しぶりじゃない?まさか高校の段階で会うとは思わなかった。普通卒業してからとかじゃない?」
 と軽口の三門。学区は一緒だったが、休みの日に会うような関係ではなかった。フランクに話しかけてくるのは、今回、僕が話そうと思っていることを知らないからだろう。
 平に関しては、小学区も違ったため部活以外で会うことはなかった。
「後で一人来るんだけど、先に店行こうか。そこで話そ」
「いいね、あ、この辺ならいい店知ってるわ」
 と、平が言う。
 歩を進め、向かった先は喫茶店だった。
「ここ大沢に合いそうだから」
 勝手に決めつけられるのはよくある話だ。。合うとは思わないけれど。
 岩井にもそんなところがある。
 彼女の見つける店も合うと思ったことはない。
「もう一人にはこの店の場所送っとくね」
 今沢のLINEにURLを送っておく。
「しっかし、まさか会おうなんて思うとはね、この時期忙しいんじゃないの?」
「受験勉強は進んでるから、会う余裕はあるよ」
 元々受験希望の大学も模試を受ける限り余裕がある。
 ケアレスミスさえなければ、問題はない。
「さすが、頭いいやつは違うわ」
「顔もよくて頭も良くて性格もいい。彼女いないの?」
「いないね。今、そんなこと考える時間ないから」
 と、嘘をつく。
 彼女の顔を見せろと言われたら面倒だし、僕の彼女を悪く言われるくらいであれば、いないと言った方が楽だ。
 それに彼女を作ることにしたのは、村野がきっかけだ。
「いい女子いたら紹介してな」
 と、三門がいう。
 会話に神経を使うことにした。今は、自分のことは置いておこう。
「お前は、振られたばっかだろ」
 と、平がツッコミを入れた。
「彼女いるんか?」
「いた、だけどね。振られたわ、他の男子に取られた」
「……」
 浮気でもされたんだろうかと、思う。
 特別か顔がいいわけじゃないし、いい人見つけたら女子はそっちに行きそうだなと考える。性格も良くないし。
「ただ最近、やたら俺らのこと嗅ぎ回ってるやつがいて迷惑なんだよなぁ」
「嗅ぎ回ってる?」
 三門の言葉に思い当たる節がある。
「そいつが、やたら村野の話を聞きに来るからイライラするわ」
 と笑う。
「おい」
 平が止めた。不謹慎だと思ったのだろう。
「あ、まぁ、でもいいだろ。知ってるだろ、大沢も」
 村野は死んだ。
「知ってるよ」
「ほら、みんな知ってんだよやっぱ」
 注文したドリンクが届いた。
 コーヒーはいつにも増して味がしない。
 スマホに着信があり、耳に当てる。
 もう着くと今沢から声が届く。
「もう一人、すぐ着くって」
 と、二人に言うと店の扉が開いた。
 今沢は俺を見つけると小さく手を振り隣に座った。
 距離が近いなと思いながらもメニュー表を渡す。
「え、もう一人って今沢?」
 三門が苛立っている。
「ああ。ちょっと二人に聞きたいことがあって」
「それなら、俺帰るけど」
「何か思う節があるの?」
 間髪入れずに問う。
「……」
 言葉を詰まらせる三門。図星だった。
「今沢と連絡取ったのは、ついこないだ。村野の葬儀で一緒になって少し話したんだ」
「俺ら、あんま話せることないよ」
 三門と違い、平は落ち着いている。
 注文を終えた今沢が口を開く。
「少しでもいいから話してよ。隠してること全部」
「俺はあんまり今沢の言ってること信じてないんだけどさ、間宮たちに言ったんだろ。いじめられてるって」
「いや、もういいから。俺は帰る」
 憤りを隠さずそのまま三門は店を出た。
 今沢は止めに行こうとするがその手首を掴みその場に残す。
 平にだけでも話を聞けばいい。
「間宮の高校の文化祭に参加して、その時に村野がいじめられてる話をしたって聞いた。その場に平もいたんだろ」
「……」
「文化祭はいつ?間宮に言ったのはいつだ。それを言う理由はどこにあった?」
「……」
「答えられないはずないよな」
 と、脅す。と彼は参ったように手を上げた。
「全部、しゃべるよ。ただ、最後まで黙って聞いてくれよ?」


 高校一年の五月。
 文化部所属が決まった俺は、興味本位に生徒会に入った。
 三門の提案だ。三門は元々大学に進学する予定だ。他よりも差をつけたいのだろう。
 大学に進学するつもりはないけれど、少しでも他の生徒と差別化できるなら安いものだと参加した。
 生徒会一年のメンバーは、三門以外に文化部の奴らが多い。
 三門は、村野にも誘ったが、親から運動部に入るよう言われているからと断られた。
 しかし、何度もしつこく勧誘するため、村野はそのうち断れなくなり渋々参加することになる。
 始めの頃は良かった。三人仲良くて、生徒会の取り決めも文化祭の運営にも関わり、それは青春とも言えるような楽しさがあった。
 そんなある日、村野が生徒会を辞めたいと生徒会顧問の先生に告げたらしい。
 そもそも三門の勧誘がしつこかったから入ったのだと理由を明かす。それまで仲良かった三門は激怒し、問い詰めた。
「なんで、そんなこと今更言うの?そもそも、入るって言ったのそっちだろ。俺が怒られる理由がわかんねぇし、簡単に人のこと売るなよ」
「別に売ってない。十分やったと思ってるし、一年メンバーで僕がいなくても足りてるだろ」
「は?お前、俺のおかげで生徒会入れたんじゃねぇか。俺が言わなかったら、今頃ただの文化部だろ」
「僕は元々運動部希望だった。それを邪魔したのはそっちだ」
 生徒会室で喧嘩をする二人を端に俺は他の生徒が来ないか見張ってた。
 言い分はよくわかった。
 だけど、言い方がきつい。
 三門は自分がストレスを溜めることを嫌う。
 そのストレスをすぐに消化するために俺を殴ることもある。
 ヘラヘラして笑っていれば済むこと。それに三門が後ろ盾としている時の安心感は絶大だ。
 彼はガキ大将のような面を持っている。
「今更、自分の都合のいいように動いてくれない人を怒るのやめてくれる?そもそも中学からの関係とはいえ、僕はクラスでも上手くやってるから」
「何が言いたいんだ」
「三門は、上手くいってないんだろ?だから、こうやっていつまでも変わらず暴力を振るう」
「いい加減にしろよ!」
 怒鳴る三門に臆することのない村野。
 気持ちがわかるため、このまま村野の意見を聞いていたい反面、後でそのストレスをぶつけられるのは俺。
 だから。
「村野、それはないわ。中学卒業したらもうそれっきり?そんなの酷い話じゃん?」
 三門の味方をした。
「そうだ、間宮の言うとおりだ。とにかく、やめるなら、俺の名前を売るなよ」
 生徒会室を出た三門は、その日帰ってこなかった。
 二人きりになった生徒会室で村野に問う。
「いつから、やめたいって思ってた?」
「ずっと、入った時から。もういい?三門のことは言わない、もちろん、平のことも。僕、帰るから」
 その次の日、正式に生徒会をやめたと生徒会顧問の先生から告げられた。
 隣にいた三門は激昂している。
 後で怒鳴りに行くのだろうと想像はついた。止める気はない。
 二人の問題だ。
 しかし、他の生徒会メンバーがあまり怒っていないこと文句を言わないことに疑問を抱いた。
 三門のように少しは不満を言ってもいいと思うのだが。
 俺の知らないことがあるのかもしれない。
 中学の頃はあんなにも仲良かった村野が、俺に隠し事か。
 高校に上がると少しは人も変わってしまうのだなと思う。
 村野は今、クラスでは人気者だ。
 俺、三門と村野では、だいぶ差が出てしまったのだろう。
 そんなある日、中学のやつから一件のラインが来た。長押しでラインの文章を見る。既読はつけなかった。
『おまえ、仲良かった村野と喧嘩した?村野今、いじめられてるらしいじゃん』
 その一件が、デマであることは紛れもなく俺が一番理解していた。
 誰かがホラを吹いた。
 その相手が、誰だか俺は見当がついている。
 その場で該当者に電話をかけた。
 応答はない。
 あいつが何をしたのか俺にはわからない。
 次の日、朝一番に声をかけにいった。
 生徒会の仕事でここ一週間は朝から準備だ。
「なぁ、三門、何したんだ」
「あ?何が?」
「いや、村野がいじめられてるって、あんなのデマじゃんか」
「デマって、俺が何かしたみたいな言い方だな。疑ってんの?」
「そんなつもりないけど」
「なら良かった」
 今度だけど、と話題を変えられる。
「間宮の高校で文化祭があるらしい。一緒に行くか?」
「……あ、あぁ、いいけど」
 間宮の高校は私立校で、俺たちの通う公立校に比べて時期が早かった。
 ただ、こんなデマを広げる目の前の彼と行く気にはなれない。
「けど?」
 圧を感じて。
「行くよ。いつ?」
 そう答えるしかなかった。
 バイトしているわけでもないし、行くことはできる。
 しかし、文化祭で何かやるんじゃないかと嫌な予感がする。
 そうは思っても聞けなくてその日が来るのを待った。
 何かするならその場で止めることだってできるかもしれない。
 それが安易な考えだったことは、のちに知る。

 間宮の高校は、私立の割に外観は綺麗じゃなかった。
 最近できたうちの公立校の方が綺麗なんじゃないかと思えるほど。
 桜が散り、季節が変わろうとするこの季節の匂いはあまり好きじゃない。
 夏が嫌いな俺にとっては早く季節が過ぎて欲しいと願う。
「三門も平もよく来たね」
 間宮を待つ俺たちの前にやってきた本人が、クラスTシャツを着た姿で手を振ってくる。
「誘ってくれてありがとな、間宮」
「いやいや、誘えるのお前らくらいじゃん。……ほら、あいつはちょっと問題あるんだろ」
 あいつとは村野のことだ。
「……まぁな。あんまり誘うべきじゃない気がしたから呼んでない。ほんとは呼ぶつもりだったんだ」
「いや、呼ばなくていいよ」
「お、なんだ、ちょっと嫌いか?」
「そうじゃないけど。あいつ、周りに合わせられないところあったろ?」
「まぁ……」
 嫌味が続きそうだったので割って入ることにした。
「それより案内してよ。どこがおすすめとかあるの?」
「そうだな。屋台はおすすめかもな。三年が昨日の夜まで準備してたし。美味いって話題だぞ。あー、あそこの焼きそばとか」
「行くか。三門」
「いいね」
 その日はなんのアクシデントもなく終わった。
 少なくとも俺の目にはそう見える。
 次の日の学校だって特に変化のない日常で、授業を受けて部活して、生徒会に顔をだす。
 それだけでいい、はずだった。
 
 村野は生徒会をやめた。
 正式に退会届を提出。
 その件に触れられたのは、次の週の月曜日だった。
 そろそろうちの高校も文化祭に向けて本腰の準備がいる。
 人員が一人消えるのは痛手だった。村野に任されていた費用や舞台の時間の把握、それらを聞けていない。
 その日、生徒会顧問の先生から呼び出しをくらい、生徒指導室に連れてかれた。
 机一つと椅子二つ。椅子は向かいあって並んでいる。
 奥に生徒会顧問の先生が座り、俺は目の前の席に座るよう促され、渋々座ることにした。
「村野がやめた理由、心当たりあるだろ?」
 なんとなく想像はついていた。
 村野も三門も仲がいいとして顧問にも生徒会メンバーにも知れ渡っていた。
 最近、会話もないことから気にする生徒会メンバーがいたのはたしかだ。
 中学が他校だった人たちはパワーバランスも知らないのだから気にかけても仕方がない。
 昔から三門に喧嘩を売れば嫌われ、ハブられるのが決まり。
「喧嘩じゃないですかね。俺はあんまりよく知らないので」
「村野が辞める理由なんて聞いてた?」
 質問をやめないので仕方なく答えることにした。
 このまま時間を奪われても埒が開かない。
「親に運動部入れってのは聞いてました」
「それがやめた理由?運動部じゃないから、やめろって?」
 ふと思い出す。中学の頃、村野と喧嘩したことがある。
 仲が良かった分、家庭の話なんかも聞いたことがあった。
 聞くに、あいつの家庭環境は少し悪い印象。
 それゆえか、ネガティブなところがある。
 常に自分を否定しがちなあいつに苛立って怒鳴ったことがあった。
 和解はした。それにそれ以降あいつがネガティブなことを言うことだってなくなった。
 だから今も関係は続いている。
 今更俺になんの関係があるのだろうか。
「そう聞いたのは、前に辞めるって伝えに行った時だけですよ。それ以降は何も知りません」
「そうか……。できれば、あいつにはいてほしかった。お前から連れ戻すように言えないか?仲、いいんだろう?」
 話しかければ、今度は三門の標的になるのは俺だ。
「無理です。最近、めっきり話してないし、話すなら先生からお願いしますよ。俺はちゃんと生徒会の仕事するんで」
「……」
 少し考えるそぶりを見せた先生は、一つ聞きたいと口を開いた。
「お前ら三人はどう言う関係なんだ?」
 一瞬、浮かんだ言葉はすぐに消えた。
 もしそんな関係なら、こんなにも複雑なわけがないのだから。
 パワーバランスによって自分が不利にならないように行動する俺が、この言葉を告げるなんて許されるわけないだろう。
 きっとそれは村野も同じだ。
 ならば、俺たちはどんな関係だと言えるんだろう。
「三門はすぐ答えたぞ。友達だって」
「……」
 気持ち悪い。
 そんな言葉が口から出なかったのは、そう思ってないことをどこかでわかっていたからだ。
 俺は、答えを間違えた。
 言葉詰まったことを三門に知れたら、俺は終わりだ。
 三門の友達として見てもらえなくなるだろう。
 なんのためにここまでやってきたと思っているのか。
 ……なんのため?
 そんなものあるわけない。
 少しでも学生生活が楽しければそれで良かったはずだ。
 中学の頃からこの関係がすぐ終わることくらいわかっていた。
 一度の軋轢で、一線が引かれた。
 村野はただ俺たちに合わせてくれてただけ。
「友達なんかじゃ、ないでしょ……」
 不意にボソッと出た言葉が、あまりにも低い声で自分の出した声だと気づくのに時間を欲した。
「村野は友達じゃないですよ。あいつは普通にクラスでやっていける。俺も三門もそうじゃないから……。ないものねだりなだけですよ。妬んでるんです」
「平……。今回のことは誰にも言わない。だけど……、その辺は自分で考えるか」
 何か言おうとして、やめたのがわかった。
 伝えることが野暮だったのか。確かに、言われなくてもわかってる。
 話は済んだと先生は生徒指導室を後にした。
 俺だけが残ったこの教室で、ため息をつく。
 俺も村野と一緒だ。
 村野の気持ちが少しわかった気がする。
「やめたいよ、俺も……」


 目の前の男は、生気のない声で告げた。
「殺したんだろ、俺たちが」
 隣にいる今沢は、膝下で拳を握りしめていた。
 何かを言いかけてやめる彼女の口元。
 僕も平も彼女の気持ちに少し気づいていた。
 彼女は、村野のことが好きなんだろう。
 ただその感情は時として邪魔になる。
 この場で発散されてしまっては困る。
「あんたがもっと素直で感情をぶつけ合える関係だったら」
 言いかけていた言葉を止めた。
 今欲しいのは、情報だ。
 彼女の感情じゃない。
「なんで」
 止める僕に怒りを向ける彼女。
 目には涙を浮かべている。
「じゃあ、答えてよ。君たちは、高校一年生の時の村野がいじめられていたって証拠があるのか?」と、問う。
 結局のところ、平の話では実際にクラス内でいじめがあったわけじゃない。
 このままないとなれば、二年生の頃を探るしかない。
 となれば、二年三年と一緒だった隣の彼女に問うことになる。
「ない。俺は少なくともあのクラスで彼がいじめられるような人ではなかったよ」
 平の言う通り、村野がいじめられていたのは一年生の段階ではデマである。
 あの日、間宮と郡山と会った時にいじめられていると信じていたのは、三門の言葉を疑っていなかっただけ。
 いじめられている人間とあまり接点を持ちたくないのは僕も同じだ。
 だけど、証拠や確証がない限り信じるのはとても難しいことのはず。
 安易に信じられるのは友達だから、という理由だけ。
 惜しくも間宮や郡山は、三門と友達だった。
「俺はもう全部答えたけど、他に何か聞きたいことでもある?」
 平はいう。
「いや、もうないかもな」
「三門には聞かなくていいか?」
「あまり欲しいものは得られそうにないし、いいかな。あまり好きなタイプじゃないし、あいつのこと」
「そうか」
 んじゃ、と席を立つ彼。
 お金を置いていくと早々に出ていった。
 隣にいた彼女も腰を浮かす。
「どこいくの?」
「少し話聞いてくる。すぐ戻るよ」
 彼女はそう言い残し、店を出ていった。
 軽くため息をつくとスマホの画面に触れた。
 高校の彼女から何度か電話が来ていた。
 どうかしたの?と返信を送る。
『今、話したい』
 すぐに既読がついた。
 彼女は厄介な一面がある。
 何かあるたびに無駄話を続けて、気が済めば電話を切る。
 使いようによってはお金も払ってくれるけれど、今こうして今沢といる現場を勘づかれたら発狂ものだ。
 あり得ない話だが、誰か他の女といると気づいたのかもしれない。
「外にいるから電話は無理だよ」
『今、嫌なことあったから聞いて欲しい』
「もう少し待ってよ」
『なんで?』
『なんで、今外にいるの?休日は勉強するって言ってたじゃん』
 連投が始まった。
 通知を切ってスマホをしまった。
 盛大にため息をついて、コーヒーを一口含む。
 全く面倒な女ばかりだと苛立ちを覚える。
 チラッと視界の端に女子の姿が見えた。今沢だ。
 飲み込んだ刹那に変なところに入ってむせ返った。
「え、あれ、早くない?」
 そばにあった水を一気に飲んで、喉の調子を整えようとするが、逆にまたむせ返った。
 落ち着いた頃に彼女は正面に座った。
「それになんで涙目?」
「別に」
 決して、高校の彼女ほど面倒ではないが、今沢もまた面倒な部類だ。
 こんな女のどこがいいのか、村野に聞いてやりたいくらい。
 ここでもし、ならいいやと返せば、睨まれるのだろう。
 やはり面倒だ。うわー。
「そんなことないんでしょ?何か聞きたいことは聞けた?」
 もう一度水を口に含む。
「聞けたけど、村野のこと好きなんでしょ?って言われた」
 飲み込むこともできずにまた、むせてしまった。
「知ってたの?」
「……」
 咳払いをして、落ち着くのを待つ。
 どう考えたって葬儀の場に女子が一人しか居なかったのだから、何かしらあることくらい誰にだってわかる。
 ましてや、平のように同じ学校ならば何か噂話くらい聞くだろう。
「何かあるかなとは思ってたけど、ほら、お互い聞かないことを理由に一緒にいるわけだから、そのあの、えっとね、なんというか」
 気が動転して言葉を紡げない。
 残念ながら今、この瞬間に上手い言い訳を口にするほどのアドリブ力がない。
「いいよ。みんな気づいてたし。気づいてないのは、村野だけだよ」
「……。村野、だけ?」
 あいつ、鈍感だったのか。
 僕は結構気づくタイプだから、あえてちょっと突き放したりするけれど。
 彼は誰にでもいる間ずっと優しくするタイプなんだろうなと考えてみたりする。
「みんなに優しいの。こんな私にも優しくてさ。シャーペン無くした時も貸してくれたし、一緒に探してくれて。気づけば、一緒にいることが増えてった」
「……」
 こんな雑な予想が当たると思っても居なくて、コーヒーの入ったマグカップを手に取ったまま硬直する。
「何?」
 不満気に彼女は問う。
「いや、僕も村野とは小学校からの仲だし、優しいのは知ってる」
 変わってねぇな、と呟いた。
 なんで、死んでしまったのだろうかとまた思う。
「私には彼だけだったの。だから、平にあんなふうに揶揄われたのはムカつく」
「……あ、うん。そうだね」
 変な女とタッグを組んでしまったようだと、今更後悔した。
「平に何を聞いたの?」
「それ聞くの?」
「……」
 やはり面倒な女だと舌打ちをしそうになる。
 大体こういう女に限って勘が鋭いし、今思ってる言葉を口にされる。
「文句あるならどうぞ」
 と、脛を蹴られる。
「いだっ!?」
 この女やりすぎではなかろうか。
 許せない、帰りたい。
「ま、まさか、あるわけないじゃん」
 溜飲を下げてもらうべく発した言葉が、むしろ逆鱗に触れるとは思うわけもなく。
「ないならなんでそんな怒ってんの」
「怒ってないって」
「面倒くさそうじゃん。村野くんはそんな顔しなかった」
「……」
 いやー、うっざー。
 こいつ、絶対顔でどうにかしてきたタイプだろ。
「ほら!」
「違う!ごめん!思ったけど、そんなつもりなくて!」
 彼女なら許せる言葉でも、まだ出会って一ヶ月にも満たない今沢に言われるのは苛立ちを隠せない。
「じゃあ、平に何を聞いたの?」
「『なんで、そんなことしたの?』って聞いた。答えてくれなかったよ」
「そうか……」
 いじめの線が消えれば、気になるもう一つの線を調べるだけ。
 二年、三年は、目の前の彼女から聞けたらいいけれど、まず先に聞いておきたい相手がいる。

 予定を合わせて、向かう先は公園だった。
 ベンチに座りスマホをいじるそいつに声をかけた。
「金かけたくないにしては、もうちょっと場所選んで欲しかったんだけど」
「悪いね、間宮」
 間宮と郡山は、村野がいじめられていると知っていた。
 しかし、それはデマだ。
 どうしてそんなことが信じられるのか僕には理解し難い。
 直接、聞いてみるのも悪くないと思った。
「嗅ぎ回ってんだって?三門が教えてくれたよ」
「やっぱ、そこは繋がってんだ」
「繋がってるっていうか、友達だろ。お前も」
 と、立ち上がる間宮。
「まさか疑われるとは思わなかったって怒ってたぜ」
「疑うっていうか、聞きたいことを聞いただけ」
「お前、そういうところあるからなぁ。まぁ、嫌じゃないけど、疑われたって思う奴もいるだろ」
「なら別にいいだろ」
「それ以外に思うこともあるんじゃない?」
「……今日、僕が呼んだんだけど」
「あぁ。……見当はついてる」
「どうして、いじめられていることにしたんだ。僕はそれを知らなかったし、それで距離を離すほど村野は悪いやつだったか?」
「いじめられてるって……。あれは、事実なんだろ?三門が言ってた」
 拍子抜けた顔で彼はいう。
「それは違った」
「違うって……、いや、俺の見当が外れた。まさか本題だったのか」
 ブレイクタイムのつもりだったのか。
 次の句を待つように目配せをされて、口をひらく。
「三門たちがいじめてたのは事実だ。それに、クラスメイトがいじめた事実はなかった。どこで話がすり変わったんだ」
「いや、ありえないって。三門がいじめるわけないだろ。それに、あいつらは仲良かったはずだろ。あいつら三人で生徒会入ったくらいなんだから」
 だから、クラスメイトがいじめて三門たちは距離を置いたんだろ、と続けた。
「想像の範疇を超えてない。事実でもないのによくそんなこと郡山に言えたな」
「確かに、郡山にも伝えた。けど、郡山が信じたのは郡山の問題だ。それに、元々郡山と村野は一時期確執があったろ」
 その確執は僕も知っている。
 中学の頃、部活が一緒だった僕たちにはもちろん、喧嘩もあった。
 一番、ひどい喧嘩は郡山と村野。
 その中に、三門も平もいた。
 郡山はなよなよしていてはっきりと自分の意見を言わないので、多かれ少なかれ嫌う人はいた。
 彼のその雰囲気を嫌う人の中には、平がいる。
 平は、村野にその相談をして、共感のつもりで『わかるよ』と言ってしまったらしい。
 それ以降、村野は郡山が嫌いなんだという噂が流れた。
 郡山と村野は小学生からの付き合いだ。お互い本音の言える関係だったそうだが、彼は激怒して、村野にぶつける。
 亀裂は、ひどくなり一時期顔も合わせず、口も聞かず僕と間宮が仲裁に入って仲直りした。
 誰が噂を流したのかわからないが、今思えば、三門が噂を流したのだろうと思う。
「そういうやつなんだってなれば、距離置くのも自然だろ」
 お前だってそうだろ?と問われると返す言葉がなかった。
『僕は、君がそんなやつだとは思わなかった』
 いつか村野にぶつけた言葉。
 仲直りしたけれど、本当に許してくれていたのか今更不安になる。
「責めるつもりはなかった。だけど、気になったんだ。僕よりよっぽどいい関係性を保っていると思っていたから」
 ごめん、と続ける。
「気になったで人に聞いてくから、俺たちは大切にしてたことも忘れるんだろうな。俺はもう無理だ」
 お互い、もう会わないほうがいいだろ、と自虐まじりに間宮は言った。
 彼の顔を見る気にもなれなくて、黙ったまま踵を返す。
 本当のことは隠して、触れられないように嘘をついて。
 そのあとで後悔することを今の僕らなら知っているはずなのに、また同じことを繰り返す。
 あの日からそれぞれ空いた距離たちは、元に戻ることもなくずるずると関係を続けた。
 僕と間宮の関係性も崩壊していくことに今もなお、目を逸らし続けていた。