家に帰ると風呂を済ませ軽く飯を取れば、すぐに部屋に戻る。
部活を引退したというのに食欲はいまだに旺盛だ。
厄介だなと思いながらも受験のために軽く済ませて一つ夜食用におにぎりを作る。
それを机の隅に置いて机に置くタイプのカレンダーで隠す。
受験はもう半年もない。
第一志望である国公立大学には余裕で入れる学力でありながら油断はできない。
気を引き締めすぎじゃないかと担任に言われたけれど、むしろ気を緩めたら何もかも終わると思っている。
どんな問題が出るかもわからない。
難しい問いに答えられる自信があれば、今まで通りを受験時にも発揮できるはずというのが僕の考えだ。
受験さえ終われば、部活の合同練習でよく会う村野ともまた遊びに行けるだろう。
他校の生徒とはいえ、中学は一緒だ。
また中学の部活仲間とも会いたいものだと思う。
午後十時を過ぎた頃、休憩のために席を離れる。
キッチンでコーヒーを作りそれを持って部屋で飲む。
作ったおにぎりを食べ終えて、伸びをすればまた机に向かう。
一学期のおさらいもしておきたい。
夏休みだからといって油断はできない。
十二時を過ぎる頃、集中力が切れてスマホを触る。
普段滅多に通知が来ないこのスマホに間宮から十三件の電話があった。
勉強中はスマホの通知を切っているため、全く気づかなかった。
夏休みも明日で終わりだというのに何をそんなに連絡することがあるんだと思う。
間宮も村野と同じで中学の部活仲間。
仲がいいからよく遊んでいたことを思い出す。ついこないだもあったけれど。
折り返し電話をするとすぐにつながった。
「久しぶり。どうした?夏休みも終わりだってのに、もう会いたくなったか?」
と、軽口をいう。
「そうじゃねえ。お前、聞いてないか?」
切迫気味の間宮。
何も聞いていないし、間宮が何かあって焦るようなやつとは思えない。
「村野、自殺したってよ」
「…………は?」
ふざけるやつじゃないこともわかってる。
だからこそ、何を言っているのかすぐに理解できなかった。
「自殺?」
反芻してみても村野にそんな言葉が当てはまらない。
「いや、あいつ今月遊んだろ?元気だったじゃんか」
部活の時と何も変わらないあいつを今月、僕はみた。
「元気だったけど、でも、死んだんだよ。カッターで自分の首を切りつけたって」
「いやいや、何言ってんの?まじ、何言ってんの?ふざけてんの?」
怒りが湧いてくる。
こいつ、僕のことドッキリでも仕掛けてはめようって魂胆か?
受験期にこんなノリやるやつじゃなかったはずだ。
「こんな話、ふざけてするわけないだろ!」
怒りの声が聞こえてくる。
「とにかく、どっかで会えない?俺も意味わかんねぇんだ」
「んじゃ、すぐそこの公園でいいか?」
家も間宮の家も近くに公園がある。
小学校も一緒だった間宮、村野そして郡山とはよく遊んだ。
「俺もすぐ行くわ。待ってる」
信じることができないまま、着替えて外に出る。
何言ってんだとイライラしていると足早になっていく。
公園に到着すると大きな木の下で間宮は待っていた。
お互いに気づいて足早に近づく。
近くまできたところで初めてもう一人いたことに気づいた。
「郡山もいたのか」
「僕が、間宮に連絡したから」
郡山もまた中学の部活仲間だった。
今月も一緒に遊んだ仲だ。
「死んだって話はほんと?自殺なのか?」
「今日の昼間に村野の弟が教えてくれた。連絡先は繋がってたからさ、驚いた」
「それで、俺と郡山は葬儀参加するけど、大沢は来るか?」と、間宮。
「いつだよ」
「二日後だってよ。この辺に葬儀屋なんてあるとは思ってなかったけど。そこでやるんだってさ」
スマホを見ながら郡山がいう。
「わかったけど、学校あるぞ」
「夜だから問題ないでしょ。それに次の日は土曜日」
「そうだった……」
夏休み期間のせいで、曜日感覚が全くない。
村野が死んだ事実を裏付けるように葬儀の日も決まっていて、目の前にいる二人もふざけていないことが何よりも現実を突きつける。
「どうして、死んだんだか……」
ボソッとこぼれた本音が空気を重くした。
「いや、ごめん」
慌てて謝ってみても彼らは首を縦に振るだけで何も言い返さない。
彼らもまた同じ気持ちだったんだろう。
葬儀の日、早めに合流して三人で会場に向かった。
郡山が、村野の弟と話し中へ入れてもらう。
「この度は」
と村野の両親に挨拶をする。
「始まるまでその辺くつろいでて」
村野の母親に言われ俺たちは外に出ることにした。
この地域は、夏の夜でさえムシムシと暑いのに僕たちには関係なかった。
死んだ事実がようやく現実のものになっていくからだ。
脳が処理を始めてしまい、なんて言葉を発せばいいのかわからない。
「家族葬じゃないんだな」
と、間宮が言う。
意外にも村野の高校の制服姿の女子やらが村野の両親に挨拶をしていた。
「関わりのある人は呼んだんじゃない?」
ご遺族の意向ってことにしておけば、確か参加できたはず。
しかし、それにしては人が少ないんじゃないかと思う。
同校の生徒一人と僕ら三人だけ。
「村野の高校って、確か平もいたよな」
「あと、三門も」
郡山がいう。
平も三門も同じ中学出身だ。
仲良いと聞いていたけれど、違うのだろうか。
「村野のことは、三門が言ってたろ」
「あぁ、そうだった」
間宮の言葉に郡山が反応する。
「何の話?」
思い当たる話がないため聞いてみると、躊躇ったのちに間宮が口を開いた。
「あいつ、クラスでバカやっていじめられてたって話」
「何それ」
「俺は、三門と平が文化祭に来て話聞いたけど、お前らのところには来なかったんだな」
「初めて聞いたな」
クラスでバカをやるとは一体どんなことなのか想像もつかない。
部活の合同練習でよく会っていたけれど、いじめられているようには見えなかった。
ましてや他の部員がそんな話をしていた覚えもない。
「僕は間宮が言ってたのを聞いただけだから。村野がそんなことするか?って思うけど、三門が怒ってたくらいだから本当なんだろうって」
「あんま不確かな情報を信じたくないけど」
かといって、探偵みたいに詮索する気もないが、死人に口無しとはこのことだろうか。
今はもう確かめようがない。
「大沢は、部活一緒だったんだろ?何も言わなくても気づくと思ってた」と、郡山。
「部活では仲良くやってたし」
それに、不確かな情報を信じるのは、正しくないと言いかけてやめた。
学力で進路が別れる高校生活。僕より偏差値の低い学校に通う二人には、学歴差別だ何だと言われてしまっては困る。
「今月会うのもちょっと考えたんだけどな。まさか、大沢が行くって聞いて驚いたよな。ちょっと俺ら渋ってたんだぜ?」
「言っちゃうのかよ。まぁ、事実だしな。正直、今後の関係について考えていたよ」
二人していうから、本当に俺だけが気づいていなかったんだと驚かされる。
クラスで何をしたのか、詮索したくないと言ったもののそこまで言われると知りたくなる。
気になることは調べたい。
引っかかる部分は解消したい。
問題は解決したい。
しかし、今は受験があるためしたくない。
悶々としていたら葬儀が終わる。軽く間宮らと話していると隣から村野と同じ制服を着た女子に声をかけられた。
「あの、中学の頃の友達だったりしますか?」
名前も名乗らず質問された。
「あ、えっと、今沢です。村野と同じクラスで」
周りを気にしているように見えたので、場所を移すことにした。
外に出て飲み物を二本買って一本を渡す。
礼を言われ、ベンチに座るよう促した。
「村野が死んだ理由を知りたいんです。教えてくれませんか?」
「……」
隣に座ろうと進めていた歩を止める。
「詮索するの?」
ペットボトルの蓋を開けて口に含む。
「詮索って、そんなつもりじゃないです」
「じゃあ何?」
「死ぬ理由がわかんないです。なぜなのか」
「探偵でもやりたいんなら、そっちのクラスをあたってよ。問題はそっちにあると思うよ」
というか、そうであってほしい。
あの二人が嘘をつくとは思えないけれど、間宮は私立の底辺校だ。どんな情報も鵜呑みにする可能性はある。取捨選択できるほどの情報を得ているとは思えない。確信に迫る証拠だってないだろう。
「私のクラスですか?」
「少なくともこの場でそんな質問してくる不謹慎な人を相手したくない」
「あ……、それは」
「もう用がないなら戻ってくれる?俺らもそろそろ帰るし」
と、葬儀場に足を踏み込んだ時。
「名前だけ!教えてくれませんか?」
ボブカットの清楚な雰囲気に合わないような大きな声。
必死なんだろう。
それでも協力する気にはなれなかった。
なのに。
「光。大沢光」
「光さん……」
うるうると目を潤わせる。どうして答えてしまったのだろう。
制服姿だから特定されたら、学校に突撃してくる可能性だってあるのに。
面倒くさそうな女に捕まりたくないと、葬儀場に戻る。目の前には、村野の弟が一人で村野の死に顔を見ていた。
「兄が死んで、悲しいか?」
隣に立ち、声をかける。
ずっと気になっていた。
彼は葬儀中、泣くことも無ければ悲しい様子も見せない。それどころか憤りを感じているように見える。
父親も同じだ。
村野とあまり関係が良くなかったのか面倒くさそうな表情を見せている。
それは、僕の決めつけであれば構わない。
母親は、ずっと涙ぐんでいた。
「何が言いたい?」
敬語を使わないのかと言いたくなったけれど、タメ口で声をかけたのは僕だ。
それにこいつは中学三年生と聞いている。
常識がないのは中学生の特権だろう。
「いや?ずっと悲しいのを我慢しているのかなって」
「それ、さっき兄と同じ学校の女にも言われた」
今沢さんな?と言いたかったけれど、この非常識人に何言ってもしょうがない気がした。
大体、村野の弟が質問に答えず、詮索を始めた時点で少しわかったことがある。
この家族は、村野を好いていない。
いじめの件を家族に伝えているとは思わないし、風の噂もこの家族には届かないだろう。
「村野の死に顔を見た時、思ったんだ」
いうつもりはなかったけれど、村野の弟なら言ってもいい気がした。どうせ、話の半分も理解しないだろう。
「すごく幸せそうな顔をしていると。それは俺のばあちゃんが死んだ時と同じだ。だけど、明らかに違うのは、老弱によるものと意思によるもの。自殺する人間が、死んだら楽になれると思うとつい笑みが浮かぶこともあるらしい。この死んだ姿が何よりの証拠だ」
「何だ急に」
「僕は憎いよ。僕は将来、医師になるって死んだ村野に言った。医師の夢を持つ者の前で自殺は舐めてるよな」
「……」
「村野もまた医師になるって一緒に夢を目指した」
「…………は?」
「こいつと仲が良かったのはそれが理由だ。同じ志を持った者同士だから」
でも。
「違った。ここ三年で何があったんだろうな。何を思って死んでったんだろうな」
だけど。
「俺はこいつのためにも医師になる」
決意は新たに。
村野の弟を見やる。
「お前は、何になりたい。何を変えたい。何を原動力にする?」
「……俺は」
目を逸らす。悩んでいる様だった。
「ゆっくり考えろ。俺たちはもうそんな時間もない。半年もすれば大学生だ。遅くなる前に考えてみな」
スマホで時計を確認する。
ついでにカメラ機能で勝手に村野の死に顔を写真に収めた。
踵を返し、鞄を手に取る。
「あんたは、今、何を原動力に」
村野の弟が目の前にくる。
「……怒りだ」
なんの怒りか。ぐちゃぐちゃになった感情を言葉にできなかった。
二学期の初め、教室に入ると変わらないいつも通りの空気が流れていた。
村野のクラスでいじめがあったなら、きっと今頃問題になっているのだろう。
隣の席の女子生徒、若井が声をかけてくる。
若井と俺は付き合っている。
みんなには内緒にしている。もちろん、中学の奴らにもだ。
「今日さ、友達のデートなの。だから」
「いってらっしゃい。一人で帰るね」
「寂しい?」
「寂しい」
「えー、可愛い」
と、髪をくしゃくしゃにしてくる彼女。
そういう彼女の方が可愛いといつも思う。
ロングで前髪はなく綺麗なビジュアル。
思えば、村野とは女子の好きなタイプは真逆だった。
村野は可愛い系のそれこそ今沢のような女子を好む。
……もしかして、村野は今沢と付き合ってる?
だから、今沢は自殺の原因を探ってる?
そんな憶測に被りを振った。
想像が突飛すぎる。
それに村野の性格なら、彼女ができたら伝えてきそうなものだ。うん、絶対にそう。
大体今沢だけでなく俺たちだって自殺の原因は気になる。
変わらない日々が一週間続いたある日の金曜。
彼女と一緒に帰路につく。
するとどこかで見覚えのある制服が目についた。
村野の葬儀にいた今沢だ。
どうしてここに?
いや、この場に来て何がしたいというのだ。
そもそも探偵ごっこなら一人でやるよう伝えたはずだ。
村野がどうして進学校に行かなかったのか理由を知らないが、底辺と呼ばれる学校に行く女がここに来たら女子といても間違いなく声をかけてくるはず。
修羅場確定だ。
「若井」
声をかけ、手首を掴むと強引に裏口に向かう。
昇降口から出ればバレる。
裏口からでも帰れる道なのだから気にすることなかれ。
「どうしたの?」
「いやぁ……、たまには別の道から」
「いいね、それ」
ちょろくて助かった。
胸を撫で下ろし、さっさと校舎を出る。
それが、次の週でも続いた。
彼女と帰れない日の放課後。
その女はいた。
「見つけた」
いつもの昇降口にいなかったために油断した。
しゃがんでスマホをいじっている今沢と目が合い、思わず視線を背けたが彼女が俺の袖を掴んでしまい逃げられなかった。
振り解くのも良かったが、いかんせんクラスメイトもいる手前騒ぎにしたくない。
「ちょっと場所変えれる?」
首肯すると彼女はこっちと指をさす。
その道中は終始無言だった。
僕から言える言葉あの時にほぼ言った。
今更会う理由なんてない。
彼女はカフェを指さしていた。
この時期にカフェなんか行きたくないのだがと思っていると、袖を掴み無理やり連れ込まれた。
コーヒーを頼むと彼女は新作のドリンクを注文していた。
席に着くと彼女は口を開いた。
「高校生なのに新作に興味ないんだ」
「高校生とか関係なく、甘いのは飲まない」
「美味しいのに」
無駄話をしに来たわけじゃない。本題に触れる。
「何しに来たの」
あれだけ何日も待っておいて無駄話のためな訳がないだろう。
「村野の自殺の原因を調べた」
飲んでいた新作から手を離すとバッグからノートを取り出した。
ページを開くとぎっしりと文字が書かれている。
「あなたの言ってた学校に問題があるって話、確かにそうだった」
ノートをこちらに向けてくる。
「三門と平。この二人は彼を嫌ってた」
そして、
「この二人はあなたと同じ中学出身なのね」
確かに正しいと頷く。が、
「俺はあの二人とあまり接点がない。村野は、あの二人とも仲良くしてたみたいだけど、小学区も違うしわざわざ会うこともない」
三門の話は間宮から聞いていたけれど、今沢がいじめの件を知っていればそれまでは口を開く必要もない。
しかし。
「でも、この二人は一年の時以来話してないよ」
「話してない?」
「一切の会話もないし、確かに嫌ってたのは事実だろうけど。あまり学校に問題があるとは思えない」
「嫌ってただけなら」
言いかけてやめた。
なぜ、三門は間宮に村野がいじめられていると言ったのか。
嫌われている事実は間宮も郡山も知っていたらしいが、どうも点と点が線で繋がらない。
欲しい答えが出てこない。
何か質問するべきだが、それなら協力しろとこいつは言いかねない。
「一年の頃は、どうしてた?村野は?他のクラスメイトは」
「わかんない」
「……え?」
「調べてないよ」
「……は?」
自殺の原因を知りたいと言っておきながら、可能性をしらみ潰しにすることもないのか?
「可能性のあるものは確認しないのか?」
「だって、怪しまれるじゃん」
「……」
唖然とするほかなかった。
何を言っているんだ、この女。
村野はこんな女と一緒にいたのか?
彼が、あまりいい噂を聞かない高校に進学すると聞いて何度か確認したが、やはり彼には合わない学校だったのだろう。
こいつといたら可哀想で仕方がない。
「なんか、そうだな……、どこから話せばいいのか」
「言いたいことあるなら言ってよ」
ボロカスに言ってやろうと思う。しかしながら、言いかけてやめた。
これは、女子特有のやつだ。
以前、彼女に似たことを言われ、ボロカス言ったら怒られたことを覚えている。
今沢は怒っているのだ。
「特にないよ」
落ちついて会話をするしかない。
いちいちのせられて喧嘩になっても嫌だ。
めんどくさそうな女だ。
「ない顔してないよ」
「……」
「ほら、言いたければどうぞ」
周りを見渡す。
世の男子は、こういう女子相手にどう対応するのだろう。
ここまで面倒な女に出会ったことない。
「話を逸らすかもしれないけど」
前置きをする。
「どうして君は、村野の死の原因を知りたいんだ」
「本当に逸らすんだね」
と失笑する彼女。
「彼のこと、好きだったから」
「……」
話を逸らしたことは正解だった。だが、好きだったとは今はもう好きじゃないのだろうか。
「死んだ理由を知れたら、前を向けるかなって」
「……」
「大沢君はさ、友達が死んで前を向けるの?」
「……」
すぐに答えを出せなかった。
村野の弟に伝えたように憤りを感じたのは事実だ。悲しかったのもまた事実。
ただ前を向けているかと言われれば、表すための言葉がない。
そもそも後ろ向きな気持ちになったわけでもないのだから。
それは冷たいやつだと言われても仕方ないようなこと。
誰にも言ってこなかったけれど、人の死に鈍感すぎるのかもしれない。
自分のことで手一杯。
受験のこと、彼女のこと、学校のこと。友達のことは二の次。
特別、順風満帆な生活をしているわけでもない。
妹たちのこともある。
受験で失敗したら、妹たちの進路に影響を及ぼす。
僕が、国公立大学を目指すのは親の金銭的な負担を減らし、妹たちには自由に進路を選ばせたいから。
そんなことを必死で考えている僕に村野の死を今考えようと思うほど時間はない。
第一、人の死に理由はあれど触れていいものじゃないだろう。
とてもセンシティブだ。
「後ろも前もないのね」
と、彼女はいう。
言い返せないのは、図星だったから。
「苦しくないの?友達が死んだってなったら。私は好きな人が死んで苦しいよ。どうして、気づけなかったんだろうって」
「……とても綺麗事じゃない?」
どうしてこんな言葉が出たんだろう。
気にしてないふりして今後合わない選択もできたはずなのに。
「気づけなかったなんて言い出したら……」
八月に遊んだ日のことを思い出す。
『なんか僕ら全然変わんねぇな』と、郡山。
中学の頃と全く変わらない関係性。
周りに合わせて首肯する僕。
『でももう来年の今頃だいぶ変わってますから』と、面白半分にいう間宮。
僕も郡山も大学に通えば、会う機会が減る。間宮は、就職を選ぶと言っていた。
その中で一人、笑ってるだけの男がいた。村野だ。
自殺する未来を選んでいたから、そこに自分はいないと口を開かなかったのか。
『お前はどうすんだよ、進路』
村野にだけ進路を聞いてなかった僕は、彼と二人きりになって聞いた。
みんな前に進んでいるんだ。
『就職かな』
と、他人事のように彼は言ったんだ。
あの言葉を聞いたとき、とても悲しそうに笑ってた。
頑張って笑おうとしている感じが苦しかった。
「……あいつが悲しそうに笑うようになったのはいつからだろう」
今更知ることはできない。
死ぬなんて思ってもいなかった。まさに青天の霹靂。
誰にも言えなかったのは、間宮も郡山も村野がいじめられていると聞いたから。
いじめの事実を自分から言うのは、苦しいのだろう。
俺僕たちが、距離を置くかもしれないと思ったから。
現に、間宮も郡山も八月に会うことを躊躇っていた。
「僕も……知りたい……。あいつは、僕を友達として見てくれた。学力とか容姿とかガン無視でただの友達だって見てくれた唯一の友達なんだ」
そう、ただの友達だけれど。
目の前の彼女から逃げなかったのは、僕も心のどこかで彼女と同じ気持ちだったからだろう。
「僕も一緒に探させて欲しい。原因を」
嬉しそうに笑う今沢。
「じゃ、探そ。葬儀にいたあなたの友達に会わせてよ。原因を知ってるかも知れない」
「それは後だ。まずは今沢の学校で何があったのかを調べる」
「もう調べたじゃん」
「葬儀にいた友達は間宮と郡山だ。奴らは、村野がいじめられていると三門と平に言われている。何があったのか知ってからの方が間宮らと話しやすいだろう」
「確かに。え、でも、それじゃ私が調べた時間台無しじゃん」
「……」
建設的な会話に感情をぶち込むのは女子特有なのだろうか。
理系の僕にはわからない。というか、心理学の本を一冊でも買ってちゃんと調べた方がいいか?
「否定してよ!」
「……僕が、お前の友達ならそうしたな」
「顔の割に最低ね」
「みんな顔で僕を選ぶから。僕のこと好きにならない方がいいよ」
「……そうやって女の子を引っ掛けてるの?」
「誰がいつそんなことしたんだよ」
と、ため息をつく。
「まぁいいや。とりあえず、連絡先教えて。三門たちには連絡するから、予定が合えばその時に会おうか」
「……やっぱ」
「もういいから」
連絡先を交換して店を出る。
とっくに日は暮れていた。
気をつけて帰れよと言うだけ言って帰ることにした。後ろから睨まれている気がするが気にしない。
帰りの道中、八月の遊んだ日の帰りのことを思い出す。
『中学の頃は夢だってあったのにな。最近めっきり言わなくなったよな』
『そうだな』
『僕は、お前がいたから中学でも楽しくいられた。お前は今、どうなの?』
『やめよ、この話』
冷たく遮る彼に一言告げた。
『今のお前、空っぽの人形みたいだ。虚しいな』
苛立ちもあったんだ。
昔みたいに目をキラキラと輝かせて夢を語るあいつが、今はもうそこにいない。
人を救う医者になるんだと言ってたあいつはいない。
死んだ目で人に合わせて笑うだけの空元気なやつ。
会話も空虚。
実る話もなければ、将来も語らない。
それはいつからだろうか。
どうして、こうなってしまったのか。
何も死ぬほどのことじゃない。
少し休んで気持ちが回復してからでも遅くない。
あいつにはそれができなかったんだろうか。
俺にも悩みを言えなかったんだろうか。
誰にも言えないのなら、僕にだけでも……。
言えないから、一人抱えて死んでしまったのか?
何が言えたら、生きていられた?
僕にはわかんねぇよ。
なぁ、村野、お前に会いたいよ。
部活を引退したというのに食欲はいまだに旺盛だ。
厄介だなと思いながらも受験のために軽く済ませて一つ夜食用におにぎりを作る。
それを机の隅に置いて机に置くタイプのカレンダーで隠す。
受験はもう半年もない。
第一志望である国公立大学には余裕で入れる学力でありながら油断はできない。
気を引き締めすぎじゃないかと担任に言われたけれど、むしろ気を緩めたら何もかも終わると思っている。
どんな問題が出るかもわからない。
難しい問いに答えられる自信があれば、今まで通りを受験時にも発揮できるはずというのが僕の考えだ。
受験さえ終われば、部活の合同練習でよく会う村野ともまた遊びに行けるだろう。
他校の生徒とはいえ、中学は一緒だ。
また中学の部活仲間とも会いたいものだと思う。
午後十時を過ぎた頃、休憩のために席を離れる。
キッチンでコーヒーを作りそれを持って部屋で飲む。
作ったおにぎりを食べ終えて、伸びをすればまた机に向かう。
一学期のおさらいもしておきたい。
夏休みだからといって油断はできない。
十二時を過ぎる頃、集中力が切れてスマホを触る。
普段滅多に通知が来ないこのスマホに間宮から十三件の電話があった。
勉強中はスマホの通知を切っているため、全く気づかなかった。
夏休みも明日で終わりだというのに何をそんなに連絡することがあるんだと思う。
間宮も村野と同じで中学の部活仲間。
仲がいいからよく遊んでいたことを思い出す。ついこないだもあったけれど。
折り返し電話をするとすぐにつながった。
「久しぶり。どうした?夏休みも終わりだってのに、もう会いたくなったか?」
と、軽口をいう。
「そうじゃねえ。お前、聞いてないか?」
切迫気味の間宮。
何も聞いていないし、間宮が何かあって焦るようなやつとは思えない。
「村野、自殺したってよ」
「…………は?」
ふざけるやつじゃないこともわかってる。
だからこそ、何を言っているのかすぐに理解できなかった。
「自殺?」
反芻してみても村野にそんな言葉が当てはまらない。
「いや、あいつ今月遊んだろ?元気だったじゃんか」
部活の時と何も変わらないあいつを今月、僕はみた。
「元気だったけど、でも、死んだんだよ。カッターで自分の首を切りつけたって」
「いやいや、何言ってんの?まじ、何言ってんの?ふざけてんの?」
怒りが湧いてくる。
こいつ、僕のことドッキリでも仕掛けてはめようって魂胆か?
受験期にこんなノリやるやつじゃなかったはずだ。
「こんな話、ふざけてするわけないだろ!」
怒りの声が聞こえてくる。
「とにかく、どっかで会えない?俺も意味わかんねぇんだ」
「んじゃ、すぐそこの公園でいいか?」
家も間宮の家も近くに公園がある。
小学校も一緒だった間宮、村野そして郡山とはよく遊んだ。
「俺もすぐ行くわ。待ってる」
信じることができないまま、着替えて外に出る。
何言ってんだとイライラしていると足早になっていく。
公園に到着すると大きな木の下で間宮は待っていた。
お互いに気づいて足早に近づく。
近くまできたところで初めてもう一人いたことに気づいた。
「郡山もいたのか」
「僕が、間宮に連絡したから」
郡山もまた中学の部活仲間だった。
今月も一緒に遊んだ仲だ。
「死んだって話はほんと?自殺なのか?」
「今日の昼間に村野の弟が教えてくれた。連絡先は繋がってたからさ、驚いた」
「それで、俺と郡山は葬儀参加するけど、大沢は来るか?」と、間宮。
「いつだよ」
「二日後だってよ。この辺に葬儀屋なんてあるとは思ってなかったけど。そこでやるんだってさ」
スマホを見ながら郡山がいう。
「わかったけど、学校あるぞ」
「夜だから問題ないでしょ。それに次の日は土曜日」
「そうだった……」
夏休み期間のせいで、曜日感覚が全くない。
村野が死んだ事実を裏付けるように葬儀の日も決まっていて、目の前にいる二人もふざけていないことが何よりも現実を突きつける。
「どうして、死んだんだか……」
ボソッとこぼれた本音が空気を重くした。
「いや、ごめん」
慌てて謝ってみても彼らは首を縦に振るだけで何も言い返さない。
彼らもまた同じ気持ちだったんだろう。
葬儀の日、早めに合流して三人で会場に向かった。
郡山が、村野の弟と話し中へ入れてもらう。
「この度は」
と村野の両親に挨拶をする。
「始まるまでその辺くつろいでて」
村野の母親に言われ俺たちは外に出ることにした。
この地域は、夏の夜でさえムシムシと暑いのに僕たちには関係なかった。
死んだ事実がようやく現実のものになっていくからだ。
脳が処理を始めてしまい、なんて言葉を発せばいいのかわからない。
「家族葬じゃないんだな」
と、間宮が言う。
意外にも村野の高校の制服姿の女子やらが村野の両親に挨拶をしていた。
「関わりのある人は呼んだんじゃない?」
ご遺族の意向ってことにしておけば、確か参加できたはず。
しかし、それにしては人が少ないんじゃないかと思う。
同校の生徒一人と僕ら三人だけ。
「村野の高校って、確か平もいたよな」
「あと、三門も」
郡山がいう。
平も三門も同じ中学出身だ。
仲良いと聞いていたけれど、違うのだろうか。
「村野のことは、三門が言ってたろ」
「あぁ、そうだった」
間宮の言葉に郡山が反応する。
「何の話?」
思い当たる話がないため聞いてみると、躊躇ったのちに間宮が口を開いた。
「あいつ、クラスでバカやっていじめられてたって話」
「何それ」
「俺は、三門と平が文化祭に来て話聞いたけど、お前らのところには来なかったんだな」
「初めて聞いたな」
クラスでバカをやるとは一体どんなことなのか想像もつかない。
部活の合同練習でよく会っていたけれど、いじめられているようには見えなかった。
ましてや他の部員がそんな話をしていた覚えもない。
「僕は間宮が言ってたのを聞いただけだから。村野がそんなことするか?って思うけど、三門が怒ってたくらいだから本当なんだろうって」
「あんま不確かな情報を信じたくないけど」
かといって、探偵みたいに詮索する気もないが、死人に口無しとはこのことだろうか。
今はもう確かめようがない。
「大沢は、部活一緒だったんだろ?何も言わなくても気づくと思ってた」と、郡山。
「部活では仲良くやってたし」
それに、不確かな情報を信じるのは、正しくないと言いかけてやめた。
学力で進路が別れる高校生活。僕より偏差値の低い学校に通う二人には、学歴差別だ何だと言われてしまっては困る。
「今月会うのもちょっと考えたんだけどな。まさか、大沢が行くって聞いて驚いたよな。ちょっと俺ら渋ってたんだぜ?」
「言っちゃうのかよ。まぁ、事実だしな。正直、今後の関係について考えていたよ」
二人していうから、本当に俺だけが気づいていなかったんだと驚かされる。
クラスで何をしたのか、詮索したくないと言ったもののそこまで言われると知りたくなる。
気になることは調べたい。
引っかかる部分は解消したい。
問題は解決したい。
しかし、今は受験があるためしたくない。
悶々としていたら葬儀が終わる。軽く間宮らと話していると隣から村野と同じ制服を着た女子に声をかけられた。
「あの、中学の頃の友達だったりしますか?」
名前も名乗らず質問された。
「あ、えっと、今沢です。村野と同じクラスで」
周りを気にしているように見えたので、場所を移すことにした。
外に出て飲み物を二本買って一本を渡す。
礼を言われ、ベンチに座るよう促した。
「村野が死んだ理由を知りたいんです。教えてくれませんか?」
「……」
隣に座ろうと進めていた歩を止める。
「詮索するの?」
ペットボトルの蓋を開けて口に含む。
「詮索って、そんなつもりじゃないです」
「じゃあ何?」
「死ぬ理由がわかんないです。なぜなのか」
「探偵でもやりたいんなら、そっちのクラスをあたってよ。問題はそっちにあると思うよ」
というか、そうであってほしい。
あの二人が嘘をつくとは思えないけれど、間宮は私立の底辺校だ。どんな情報も鵜呑みにする可能性はある。取捨選択できるほどの情報を得ているとは思えない。確信に迫る証拠だってないだろう。
「私のクラスですか?」
「少なくともこの場でそんな質問してくる不謹慎な人を相手したくない」
「あ……、それは」
「もう用がないなら戻ってくれる?俺らもそろそろ帰るし」
と、葬儀場に足を踏み込んだ時。
「名前だけ!教えてくれませんか?」
ボブカットの清楚な雰囲気に合わないような大きな声。
必死なんだろう。
それでも協力する気にはなれなかった。
なのに。
「光。大沢光」
「光さん……」
うるうると目を潤わせる。どうして答えてしまったのだろう。
制服姿だから特定されたら、学校に突撃してくる可能性だってあるのに。
面倒くさそうな女に捕まりたくないと、葬儀場に戻る。目の前には、村野の弟が一人で村野の死に顔を見ていた。
「兄が死んで、悲しいか?」
隣に立ち、声をかける。
ずっと気になっていた。
彼は葬儀中、泣くことも無ければ悲しい様子も見せない。それどころか憤りを感じているように見える。
父親も同じだ。
村野とあまり関係が良くなかったのか面倒くさそうな表情を見せている。
それは、僕の決めつけであれば構わない。
母親は、ずっと涙ぐんでいた。
「何が言いたい?」
敬語を使わないのかと言いたくなったけれど、タメ口で声をかけたのは僕だ。
それにこいつは中学三年生と聞いている。
常識がないのは中学生の特権だろう。
「いや?ずっと悲しいのを我慢しているのかなって」
「それ、さっき兄と同じ学校の女にも言われた」
今沢さんな?と言いたかったけれど、この非常識人に何言ってもしょうがない気がした。
大体、村野の弟が質問に答えず、詮索を始めた時点で少しわかったことがある。
この家族は、村野を好いていない。
いじめの件を家族に伝えているとは思わないし、風の噂もこの家族には届かないだろう。
「村野の死に顔を見た時、思ったんだ」
いうつもりはなかったけれど、村野の弟なら言ってもいい気がした。どうせ、話の半分も理解しないだろう。
「すごく幸せそうな顔をしていると。それは俺のばあちゃんが死んだ時と同じだ。だけど、明らかに違うのは、老弱によるものと意思によるもの。自殺する人間が、死んだら楽になれると思うとつい笑みが浮かぶこともあるらしい。この死んだ姿が何よりの証拠だ」
「何だ急に」
「僕は憎いよ。僕は将来、医師になるって死んだ村野に言った。医師の夢を持つ者の前で自殺は舐めてるよな」
「……」
「村野もまた医師になるって一緒に夢を目指した」
「…………は?」
「こいつと仲が良かったのはそれが理由だ。同じ志を持った者同士だから」
でも。
「違った。ここ三年で何があったんだろうな。何を思って死んでったんだろうな」
だけど。
「俺はこいつのためにも医師になる」
決意は新たに。
村野の弟を見やる。
「お前は、何になりたい。何を変えたい。何を原動力にする?」
「……俺は」
目を逸らす。悩んでいる様だった。
「ゆっくり考えろ。俺たちはもうそんな時間もない。半年もすれば大学生だ。遅くなる前に考えてみな」
スマホで時計を確認する。
ついでにカメラ機能で勝手に村野の死に顔を写真に収めた。
踵を返し、鞄を手に取る。
「あんたは、今、何を原動力に」
村野の弟が目の前にくる。
「……怒りだ」
なんの怒りか。ぐちゃぐちゃになった感情を言葉にできなかった。
二学期の初め、教室に入ると変わらないいつも通りの空気が流れていた。
村野のクラスでいじめがあったなら、きっと今頃問題になっているのだろう。
隣の席の女子生徒、若井が声をかけてくる。
若井と俺は付き合っている。
みんなには内緒にしている。もちろん、中学の奴らにもだ。
「今日さ、友達のデートなの。だから」
「いってらっしゃい。一人で帰るね」
「寂しい?」
「寂しい」
「えー、可愛い」
と、髪をくしゃくしゃにしてくる彼女。
そういう彼女の方が可愛いといつも思う。
ロングで前髪はなく綺麗なビジュアル。
思えば、村野とは女子の好きなタイプは真逆だった。
村野は可愛い系のそれこそ今沢のような女子を好む。
……もしかして、村野は今沢と付き合ってる?
だから、今沢は自殺の原因を探ってる?
そんな憶測に被りを振った。
想像が突飛すぎる。
それに村野の性格なら、彼女ができたら伝えてきそうなものだ。うん、絶対にそう。
大体今沢だけでなく俺たちだって自殺の原因は気になる。
変わらない日々が一週間続いたある日の金曜。
彼女と一緒に帰路につく。
するとどこかで見覚えのある制服が目についた。
村野の葬儀にいた今沢だ。
どうしてここに?
いや、この場に来て何がしたいというのだ。
そもそも探偵ごっこなら一人でやるよう伝えたはずだ。
村野がどうして進学校に行かなかったのか理由を知らないが、底辺と呼ばれる学校に行く女がここに来たら女子といても間違いなく声をかけてくるはず。
修羅場確定だ。
「若井」
声をかけ、手首を掴むと強引に裏口に向かう。
昇降口から出ればバレる。
裏口からでも帰れる道なのだから気にすることなかれ。
「どうしたの?」
「いやぁ……、たまには別の道から」
「いいね、それ」
ちょろくて助かった。
胸を撫で下ろし、さっさと校舎を出る。
それが、次の週でも続いた。
彼女と帰れない日の放課後。
その女はいた。
「見つけた」
いつもの昇降口にいなかったために油断した。
しゃがんでスマホをいじっている今沢と目が合い、思わず視線を背けたが彼女が俺の袖を掴んでしまい逃げられなかった。
振り解くのも良かったが、いかんせんクラスメイトもいる手前騒ぎにしたくない。
「ちょっと場所変えれる?」
首肯すると彼女はこっちと指をさす。
その道中は終始無言だった。
僕から言える言葉あの時にほぼ言った。
今更会う理由なんてない。
彼女はカフェを指さしていた。
この時期にカフェなんか行きたくないのだがと思っていると、袖を掴み無理やり連れ込まれた。
コーヒーを頼むと彼女は新作のドリンクを注文していた。
席に着くと彼女は口を開いた。
「高校生なのに新作に興味ないんだ」
「高校生とか関係なく、甘いのは飲まない」
「美味しいのに」
無駄話をしに来たわけじゃない。本題に触れる。
「何しに来たの」
あれだけ何日も待っておいて無駄話のためな訳がないだろう。
「村野の自殺の原因を調べた」
飲んでいた新作から手を離すとバッグからノートを取り出した。
ページを開くとぎっしりと文字が書かれている。
「あなたの言ってた学校に問題があるって話、確かにそうだった」
ノートをこちらに向けてくる。
「三門と平。この二人は彼を嫌ってた」
そして、
「この二人はあなたと同じ中学出身なのね」
確かに正しいと頷く。が、
「俺はあの二人とあまり接点がない。村野は、あの二人とも仲良くしてたみたいだけど、小学区も違うしわざわざ会うこともない」
三門の話は間宮から聞いていたけれど、今沢がいじめの件を知っていればそれまでは口を開く必要もない。
しかし。
「でも、この二人は一年の時以来話してないよ」
「話してない?」
「一切の会話もないし、確かに嫌ってたのは事実だろうけど。あまり学校に問題があるとは思えない」
「嫌ってただけなら」
言いかけてやめた。
なぜ、三門は間宮に村野がいじめられていると言ったのか。
嫌われている事実は間宮も郡山も知っていたらしいが、どうも点と点が線で繋がらない。
欲しい答えが出てこない。
何か質問するべきだが、それなら協力しろとこいつは言いかねない。
「一年の頃は、どうしてた?村野は?他のクラスメイトは」
「わかんない」
「……え?」
「調べてないよ」
「……は?」
自殺の原因を知りたいと言っておきながら、可能性をしらみ潰しにすることもないのか?
「可能性のあるものは確認しないのか?」
「だって、怪しまれるじゃん」
「……」
唖然とするほかなかった。
何を言っているんだ、この女。
村野はこんな女と一緒にいたのか?
彼が、あまりいい噂を聞かない高校に進学すると聞いて何度か確認したが、やはり彼には合わない学校だったのだろう。
こいつといたら可哀想で仕方がない。
「なんか、そうだな……、どこから話せばいいのか」
「言いたいことあるなら言ってよ」
ボロカスに言ってやろうと思う。しかしながら、言いかけてやめた。
これは、女子特有のやつだ。
以前、彼女に似たことを言われ、ボロカス言ったら怒られたことを覚えている。
今沢は怒っているのだ。
「特にないよ」
落ちついて会話をするしかない。
いちいちのせられて喧嘩になっても嫌だ。
めんどくさそうな女だ。
「ない顔してないよ」
「……」
「ほら、言いたければどうぞ」
周りを見渡す。
世の男子は、こういう女子相手にどう対応するのだろう。
ここまで面倒な女に出会ったことない。
「話を逸らすかもしれないけど」
前置きをする。
「どうして君は、村野の死の原因を知りたいんだ」
「本当に逸らすんだね」
と失笑する彼女。
「彼のこと、好きだったから」
「……」
話を逸らしたことは正解だった。だが、好きだったとは今はもう好きじゃないのだろうか。
「死んだ理由を知れたら、前を向けるかなって」
「……」
「大沢君はさ、友達が死んで前を向けるの?」
「……」
すぐに答えを出せなかった。
村野の弟に伝えたように憤りを感じたのは事実だ。悲しかったのもまた事実。
ただ前を向けているかと言われれば、表すための言葉がない。
そもそも後ろ向きな気持ちになったわけでもないのだから。
それは冷たいやつだと言われても仕方ないようなこと。
誰にも言ってこなかったけれど、人の死に鈍感すぎるのかもしれない。
自分のことで手一杯。
受験のこと、彼女のこと、学校のこと。友達のことは二の次。
特別、順風満帆な生活をしているわけでもない。
妹たちのこともある。
受験で失敗したら、妹たちの進路に影響を及ぼす。
僕が、国公立大学を目指すのは親の金銭的な負担を減らし、妹たちには自由に進路を選ばせたいから。
そんなことを必死で考えている僕に村野の死を今考えようと思うほど時間はない。
第一、人の死に理由はあれど触れていいものじゃないだろう。
とてもセンシティブだ。
「後ろも前もないのね」
と、彼女はいう。
言い返せないのは、図星だったから。
「苦しくないの?友達が死んだってなったら。私は好きな人が死んで苦しいよ。どうして、気づけなかったんだろうって」
「……とても綺麗事じゃない?」
どうしてこんな言葉が出たんだろう。
気にしてないふりして今後合わない選択もできたはずなのに。
「気づけなかったなんて言い出したら……」
八月に遊んだ日のことを思い出す。
『なんか僕ら全然変わんねぇな』と、郡山。
中学の頃と全く変わらない関係性。
周りに合わせて首肯する僕。
『でももう来年の今頃だいぶ変わってますから』と、面白半分にいう間宮。
僕も郡山も大学に通えば、会う機会が減る。間宮は、就職を選ぶと言っていた。
その中で一人、笑ってるだけの男がいた。村野だ。
自殺する未来を選んでいたから、そこに自分はいないと口を開かなかったのか。
『お前はどうすんだよ、進路』
村野にだけ進路を聞いてなかった僕は、彼と二人きりになって聞いた。
みんな前に進んでいるんだ。
『就職かな』
と、他人事のように彼は言ったんだ。
あの言葉を聞いたとき、とても悲しそうに笑ってた。
頑張って笑おうとしている感じが苦しかった。
「……あいつが悲しそうに笑うようになったのはいつからだろう」
今更知ることはできない。
死ぬなんて思ってもいなかった。まさに青天の霹靂。
誰にも言えなかったのは、間宮も郡山も村野がいじめられていると聞いたから。
いじめの事実を自分から言うのは、苦しいのだろう。
俺僕たちが、距離を置くかもしれないと思ったから。
現に、間宮も郡山も八月に会うことを躊躇っていた。
「僕も……知りたい……。あいつは、僕を友達として見てくれた。学力とか容姿とかガン無視でただの友達だって見てくれた唯一の友達なんだ」
そう、ただの友達だけれど。
目の前の彼女から逃げなかったのは、僕も心のどこかで彼女と同じ気持ちだったからだろう。
「僕も一緒に探させて欲しい。原因を」
嬉しそうに笑う今沢。
「じゃ、探そ。葬儀にいたあなたの友達に会わせてよ。原因を知ってるかも知れない」
「それは後だ。まずは今沢の学校で何があったのかを調べる」
「もう調べたじゃん」
「葬儀にいた友達は間宮と郡山だ。奴らは、村野がいじめられていると三門と平に言われている。何があったのか知ってからの方が間宮らと話しやすいだろう」
「確かに。え、でも、それじゃ私が調べた時間台無しじゃん」
「……」
建設的な会話に感情をぶち込むのは女子特有なのだろうか。
理系の僕にはわからない。というか、心理学の本を一冊でも買ってちゃんと調べた方がいいか?
「否定してよ!」
「……僕が、お前の友達ならそうしたな」
「顔の割に最低ね」
「みんな顔で僕を選ぶから。僕のこと好きにならない方がいいよ」
「……そうやって女の子を引っ掛けてるの?」
「誰がいつそんなことしたんだよ」
と、ため息をつく。
「まぁいいや。とりあえず、連絡先教えて。三門たちには連絡するから、予定が合えばその時に会おうか」
「……やっぱ」
「もういいから」
連絡先を交換して店を出る。
とっくに日は暮れていた。
気をつけて帰れよと言うだけ言って帰ることにした。後ろから睨まれている気がするが気にしない。
帰りの道中、八月の遊んだ日の帰りのことを思い出す。
『中学の頃は夢だってあったのにな。最近めっきり言わなくなったよな』
『そうだな』
『僕は、お前がいたから中学でも楽しくいられた。お前は今、どうなの?』
『やめよ、この話』
冷たく遮る彼に一言告げた。
『今のお前、空っぽの人形みたいだ。虚しいな』
苛立ちもあったんだ。
昔みたいに目をキラキラと輝かせて夢を語るあいつが、今はもうそこにいない。
人を救う医者になるんだと言ってたあいつはいない。
死んだ目で人に合わせて笑うだけの空元気なやつ。
会話も空虚。
実る話もなければ、将来も語らない。
それはいつからだろうか。
どうして、こうなってしまったのか。
何も死ぬほどのことじゃない。
少し休んで気持ちが回復してからでも遅くない。
あいつにはそれができなかったんだろうか。
俺にも悩みを言えなかったんだろうか。
誰にも言えないのなら、僕にだけでも……。
言えないから、一人抱えて死んでしまったのか?
何が言えたら、生きていられた?
僕にはわかんねぇよ。
なぁ、村野、お前に会いたいよ。



