「ねぇ、君だよ君」
「あ、俺ですか?」
慌てて振り返ると、そこには二年生らしきとても大きな男の子が俺を見つめていた。
え、俺なんかした? というか、さっき翠の名前が出てきたような。
「翠のルームメイトだよね?」
……やっぱり。
「は、はい……」
ひぇ。怖い……って、思うまでもなく、俺はそのチャラい先輩を上から下まで見下ろす。
待てよ。この人、なんかの漫画で見たことがあるような。
「おれ、あいつの幼なじみなんだけど。迷惑かけてない?」
どんどん近づいて詰め寄ってくる、翠の幼なじみ? の人。
なるほど幼なじみBLというやつか。……てか、この人めっちゃ攻めなんですが!!
さっきまで抱いていた怖いという気持ちはまっさらに消えて、興味がすっごく湧いてきた。翠の攻めに良いのではと思ったからだ。
「おーい聞いてる?」
「あっごめんなさいえっと……」
それにしても、この人背、高いなぁ……。
距離が近づいて、俺が見上げる体制になり、一歩後ずさると、目の前の彼が思い出したかのように顔をハッとさせた。
「あー悪い悪い。おれ、芹沢音羽。翠とは昔からの付き合いで。仲良くしてやって?」
「は、はい」
「たしか君は……」
「も、萌木叶愛です」
「……なるほどねぇ」
芹沢先輩がなにかを考えているうちに、俺はあることを思いつく。
もしかしたら、この人と仲良くしてればいつの日か、翠を紹介して縁談とかになったり……!? 考えるだけで顔がニヤついてくる。
「あのさ、よかったら……」
「あの!! もしよかったら、仲良くしてもらえませんか!」
「え?」
先輩の言葉を聞く前に勢いで言っちゃったけど……。
驚いた顔で瞬きをする先輩。
「いいよ。叶愛くん、なんか面白そうだし」
「え……」
面白いとは? まぁ、ひとまずいいって言ってくれたし深く考えても仕方ないか。
「それじゃ、これからよろしくね。叶愛くん」
「は、はい!」
そう言って、爽やかな笑みを浮かべながら寮の方へと去っていった。
一見怖そうだけど、優しい人でよかった。これなら翠を任せられる。
この後のふたりを考えながらも、もう米粒くらいの大きさになった先輩に手を振り返す。
夏休みとは、休む日なのになぜこんなに早く終わってしまうのか。なぜこんなにも宿題があるのか。なぜほぼ毎日寮にいなきゃいけないのか。
「うわぁあ新学期早々遅刻だぁ!!」
まずいまずい。昨日徹夜で芹沢先輩のことを調べていたらこんな時間に……。
あ、布団ひっぺがされてる。きっと翠が何回も起こしてくれたんだろうな……。
って、翠の暖かみを実感している暇じゃなくて!
「急げぇぇ!」
朝ごはんも食べずに、服を着ながら廊下を走る。
推しにこんなだらしないところ見せるわけには……。いやもう遅刻ギリギリに起きてる時点で呆られてるかもしれない。
「はぁ……はぁ……ギリギリ、セーフ……」
「ちょーギリギリやな!」
「あ、あはは」
紫音ごめん。初っ端から汗だくで。
「おはよう」
隣の席で頬杖を付いている翠に声をかける。
一応今日何回か起こしてくれたみたいだし、お礼言わないと。
「……はよ」
「あ、朝はごめんね。それと……ありがとう」
「ん……」
え。どうしたんだろう。
俺が座りながら微笑むと、翠に顔を逸らされてしまった。
いつもなら、ツンデレ最高かわいい〜で終わるのに、なぜか心が落ち着かない。
やっぱり怒ってる……?
「あ、そうだ翠……」
そう声を掛けても、遅刻ギリギリで来た俺には先生の言葉しか聞こえなかった。
……と言っても、なんにも困ったことなんてないもんね。新しい攻め候補も見つかったし、夏休み明けは波乱だったけど碧くんに会うついでに芹沢先輩にも会える!
四時間目が終わり、足早に二年生の教室へ向かう。
「あれ、萌木くん? 兄貴のとこ行くん?」
「あ、紫音! うん。そのつもりだよ」
階段を上って声を掛けてくる紫音の手元に首を傾げる。
先程購買に行ったんだろうと通りすがりでもわかるほど、大量に菓子パンを抱えていたからだ。……運動部ってこんなに食べないとやっていけないのだろうか。
「おぉそか。……そやな、さっき篠宮くんが萌木くんのこと探しとったで?」
「えっ」
「ほんならな! 兄貴と仲よーしちょってー!」
「え、あちょっと!?」
なにか大事なことを言い残しながら紫音は階段を駆け上ってしまった。
翠が俺のことを探してた? そんなわけ……ある、のか?
でも、翠は意外と諦めが早いし、流石にここまでは来ないでしょう。
そう思いながら、碧くんを探す。
「あ、叶愛!」
「碧くん……!」
よかった。今日は生徒会ないみたいだ。
いつものように、お弁当を持って、いつもの場所へと歩こうとする。
「あれ、叶愛くんじゃーん」
「あ……っ」
聞き覚えのある声がしたかと思い、碧くんと同時に振り向くと扉の前に芹沢先輩がいた。
ここ確か芹沢先輩のクラスだった気がする。……パソコンからの情報で見たからほぼ全部わかっている。
「こんなとこでなにしてんの〜?」
「え、えっと碧くんとお昼を食べようとしてて」
碧くんの方を見ながら「ね?」と微笑む。
どうやら碧くんの地雷を踏んでしまったらしく、碧くんは芹沢先輩を睨みつけた。
「芹沢くん。毎回言ってますよ。ピアスは付けすぎるなって」
「しつこいしつこい。いいじゃねぇかピアスくらい」 「この間朝礼で言いましたよね? 直してください」
「はいはい」
……生徒会役員と一軍陽キャ。揉めるのも無理はない。
そこから始まるケンカップルも大好きだが、碧くんにそんなことを言ったら地獄の果まで処されてしまう。
「だからいつも言ってるじゃないですか。学校のルールはルールなんです」
「あーもうわかったら」
「え、ええっと」
邪魔をしないようにと黙っていたが、流石に口論が激しくなったので止めに入ろうと声を掛けるけど、俺のことがまるで見えないみたいに、碧くんはずっとなにか注意しているし、芹沢先輩はめんどくさそうに俺に視線を向けた。
「一旦やめませんか? 昼休み終わっちゃいますよ……?」
碧くんは俺を見たあと、なにかを思い出したかのように顔を青ざめさせて口論を辞めた。
「……叶愛ごめん。ちょっと頭冷やしてくる」
「え、ちょっ」
俺を置いていって、階段を下りる碧くんの顔は、なぜか苦しそうに見えた。
……本当は、あんなこと言いたくないって、そう思っているんだろうな。
「ごめん叶愛くん。あいつって本当に真面目すぎだよな」
碧くんが去って行った方を見る芹沢先輩。
「い、いえ。それが碧くんのいいところでもありますし……少し度が過ぎちゃうこともありますけど、ちゃんと受け止めてあげてください」
「叶愛くんって……」
俺が言えた立場じゃないけど、もっと先輩にも碧くんを知ってもらえたら、仲良く出来ると思うんだ。
あれが碧くんの本心じゃないってことはわかるし。
「もしかしてさ……人たらし?」
「え?」
「お前、叶愛になにしてんの?」
「は?……おい、お前!」
芹沢先輩がなにかを俺に告げたかと思えば、後ろから……怒りのオーラを放った翠が先輩の頭を小突いた。そして、俺の腕を引かれ、抱き寄せられる。
「ねぇ、叶愛になにしてんの?」
「なんもしてねぇって」
この光景、デジャヴすぎる……。
黙って歩いて行った碧くんの背中が蘇る。
「ちっ……音羽、叶愛に次なにかしたら許さないから」
あ。名前呼びなんだ。たしかに、昨日芹沢先輩が幼なじみだって言ってたな。まぁこんなに仲が良くなきゃ喧嘩もしたりしないだろう。
胸がズキっと痛む。……え?
「はぁ……めんどくさ。叶愛くん。こんなやつでいいの? 翠、結構激重だよ?」
「えっ……」
ふたりの口論から、いきなり俺に視線が行く。
先輩はなんの話をしてるんだ……? しかも、まだ翠は腕を離してくれないし。
「叶愛に変なこと教えないで。……行こ」
「え、ちょ翠!?」
先輩から視線を逸らし、俺の方を向いてふわりと笑った翠は、腕を掴んで歩いて行った。
先輩に申し訳ないなと思って振り返ると、爽やかに手を振っていた。
「あ、俺ですか?」
慌てて振り返ると、そこには二年生らしきとても大きな男の子が俺を見つめていた。
え、俺なんかした? というか、さっき翠の名前が出てきたような。
「翠のルームメイトだよね?」
……やっぱり。
「は、はい……」
ひぇ。怖い……って、思うまでもなく、俺はそのチャラい先輩を上から下まで見下ろす。
待てよ。この人、なんかの漫画で見たことがあるような。
「おれ、あいつの幼なじみなんだけど。迷惑かけてない?」
どんどん近づいて詰め寄ってくる、翠の幼なじみ? の人。
なるほど幼なじみBLというやつか。……てか、この人めっちゃ攻めなんですが!!
さっきまで抱いていた怖いという気持ちはまっさらに消えて、興味がすっごく湧いてきた。翠の攻めに良いのではと思ったからだ。
「おーい聞いてる?」
「あっごめんなさいえっと……」
それにしても、この人背、高いなぁ……。
距離が近づいて、俺が見上げる体制になり、一歩後ずさると、目の前の彼が思い出したかのように顔をハッとさせた。
「あー悪い悪い。おれ、芹沢音羽。翠とは昔からの付き合いで。仲良くしてやって?」
「は、はい」
「たしか君は……」
「も、萌木叶愛です」
「……なるほどねぇ」
芹沢先輩がなにかを考えているうちに、俺はあることを思いつく。
もしかしたら、この人と仲良くしてればいつの日か、翠を紹介して縁談とかになったり……!? 考えるだけで顔がニヤついてくる。
「あのさ、よかったら……」
「あの!! もしよかったら、仲良くしてもらえませんか!」
「え?」
先輩の言葉を聞く前に勢いで言っちゃったけど……。
驚いた顔で瞬きをする先輩。
「いいよ。叶愛くん、なんか面白そうだし」
「え……」
面白いとは? まぁ、ひとまずいいって言ってくれたし深く考えても仕方ないか。
「それじゃ、これからよろしくね。叶愛くん」
「は、はい!」
そう言って、爽やかな笑みを浮かべながら寮の方へと去っていった。
一見怖そうだけど、優しい人でよかった。これなら翠を任せられる。
この後のふたりを考えながらも、もう米粒くらいの大きさになった先輩に手を振り返す。
夏休みとは、休む日なのになぜこんなに早く終わってしまうのか。なぜこんなにも宿題があるのか。なぜほぼ毎日寮にいなきゃいけないのか。
「うわぁあ新学期早々遅刻だぁ!!」
まずいまずい。昨日徹夜で芹沢先輩のことを調べていたらこんな時間に……。
あ、布団ひっぺがされてる。きっと翠が何回も起こしてくれたんだろうな……。
って、翠の暖かみを実感している暇じゃなくて!
「急げぇぇ!」
朝ごはんも食べずに、服を着ながら廊下を走る。
推しにこんなだらしないところ見せるわけには……。いやもう遅刻ギリギリに起きてる時点で呆られてるかもしれない。
「はぁ……はぁ……ギリギリ、セーフ……」
「ちょーギリギリやな!」
「あ、あはは」
紫音ごめん。初っ端から汗だくで。
「おはよう」
隣の席で頬杖を付いている翠に声をかける。
一応今日何回か起こしてくれたみたいだし、お礼言わないと。
「……はよ」
「あ、朝はごめんね。それと……ありがとう」
「ん……」
え。どうしたんだろう。
俺が座りながら微笑むと、翠に顔を逸らされてしまった。
いつもなら、ツンデレ最高かわいい〜で終わるのに、なぜか心が落ち着かない。
やっぱり怒ってる……?
「あ、そうだ翠……」
そう声を掛けても、遅刻ギリギリで来た俺には先生の言葉しか聞こえなかった。
……と言っても、なんにも困ったことなんてないもんね。新しい攻め候補も見つかったし、夏休み明けは波乱だったけど碧くんに会うついでに芹沢先輩にも会える!
四時間目が終わり、足早に二年生の教室へ向かう。
「あれ、萌木くん? 兄貴のとこ行くん?」
「あ、紫音! うん。そのつもりだよ」
階段を上って声を掛けてくる紫音の手元に首を傾げる。
先程購買に行ったんだろうと通りすがりでもわかるほど、大量に菓子パンを抱えていたからだ。……運動部ってこんなに食べないとやっていけないのだろうか。
「おぉそか。……そやな、さっき篠宮くんが萌木くんのこと探しとったで?」
「えっ」
「ほんならな! 兄貴と仲よーしちょってー!」
「え、あちょっと!?」
なにか大事なことを言い残しながら紫音は階段を駆け上ってしまった。
翠が俺のことを探してた? そんなわけ……ある、のか?
でも、翠は意外と諦めが早いし、流石にここまでは来ないでしょう。
そう思いながら、碧くんを探す。
「あ、叶愛!」
「碧くん……!」
よかった。今日は生徒会ないみたいだ。
いつものように、お弁当を持って、いつもの場所へと歩こうとする。
「あれ、叶愛くんじゃーん」
「あ……っ」
聞き覚えのある声がしたかと思い、碧くんと同時に振り向くと扉の前に芹沢先輩がいた。
ここ確か芹沢先輩のクラスだった気がする。……パソコンからの情報で見たからほぼ全部わかっている。
「こんなとこでなにしてんの〜?」
「え、えっと碧くんとお昼を食べようとしてて」
碧くんの方を見ながら「ね?」と微笑む。
どうやら碧くんの地雷を踏んでしまったらしく、碧くんは芹沢先輩を睨みつけた。
「芹沢くん。毎回言ってますよ。ピアスは付けすぎるなって」
「しつこいしつこい。いいじゃねぇかピアスくらい」 「この間朝礼で言いましたよね? 直してください」
「はいはい」
……生徒会役員と一軍陽キャ。揉めるのも無理はない。
そこから始まるケンカップルも大好きだが、碧くんにそんなことを言ったら地獄の果まで処されてしまう。
「だからいつも言ってるじゃないですか。学校のルールはルールなんです」
「あーもうわかったら」
「え、ええっと」
邪魔をしないようにと黙っていたが、流石に口論が激しくなったので止めに入ろうと声を掛けるけど、俺のことがまるで見えないみたいに、碧くんはずっとなにか注意しているし、芹沢先輩はめんどくさそうに俺に視線を向けた。
「一旦やめませんか? 昼休み終わっちゃいますよ……?」
碧くんは俺を見たあと、なにかを思い出したかのように顔を青ざめさせて口論を辞めた。
「……叶愛ごめん。ちょっと頭冷やしてくる」
「え、ちょっ」
俺を置いていって、階段を下りる碧くんの顔は、なぜか苦しそうに見えた。
……本当は、あんなこと言いたくないって、そう思っているんだろうな。
「ごめん叶愛くん。あいつって本当に真面目すぎだよな」
碧くんが去って行った方を見る芹沢先輩。
「い、いえ。それが碧くんのいいところでもありますし……少し度が過ぎちゃうこともありますけど、ちゃんと受け止めてあげてください」
「叶愛くんって……」
俺が言えた立場じゃないけど、もっと先輩にも碧くんを知ってもらえたら、仲良く出来ると思うんだ。
あれが碧くんの本心じゃないってことはわかるし。
「もしかしてさ……人たらし?」
「え?」
「お前、叶愛になにしてんの?」
「は?……おい、お前!」
芹沢先輩がなにかを俺に告げたかと思えば、後ろから……怒りのオーラを放った翠が先輩の頭を小突いた。そして、俺の腕を引かれ、抱き寄せられる。
「ねぇ、叶愛になにしてんの?」
「なんもしてねぇって」
この光景、デジャヴすぎる……。
黙って歩いて行った碧くんの背中が蘇る。
「ちっ……音羽、叶愛に次なにかしたら許さないから」
あ。名前呼びなんだ。たしかに、昨日芹沢先輩が幼なじみだって言ってたな。まぁこんなに仲が良くなきゃ喧嘩もしたりしないだろう。
胸がズキっと痛む。……え?
「はぁ……めんどくさ。叶愛くん。こんなやつでいいの? 翠、結構激重だよ?」
「えっ……」
ふたりの口論から、いきなり俺に視線が行く。
先輩はなんの話をしてるんだ……? しかも、まだ翠は腕を離してくれないし。
「叶愛に変なこと教えないで。……行こ」
「え、ちょ翠!?」
先輩から視線を逸らし、俺の方を向いてふわりと笑った翠は、腕を掴んで歩いて行った。
先輩に申し訳ないなと思って振り返ると、爽やかに手を振っていた。

