受けだと思っていた推しは、溺愛症候群でした(?)

「なぁ、ほんまにどないしたん? 怖いっちゃけんど」
「そんなことないって。はやく碧くんに会いたいな~って思ってるだけだよ」
 まぁ、嘘じゃないし。
 碧くんの名前を出すだけで、胸の奥が少し落ち着く。
 困ったとき、迷ったとき、いつも話を聞いてくれる人。兄みたいで、友達みたいで、でも一番信用してる存在だった。
 それよりも、紫音の方言ごちゃ混ぜすぎて意味不明すぎる。ときどきなにを言っているか本当にわからなくなる。でも碧くんは方言ないし、地方の人っぽくなし、紫音ってまさかエセだったりして。性格が真逆すぎるしなぁ。紫音絶対純粋だし。
 入学式が終わって、一旦クラスに戻り、色々書類を書いたら今日は解散になった。まだメインイベントは終わってないけど、式だけで最高の一日になった。教室でも、ばれないようにこそっとあの子のこと見てて。座ってるだけで綺麗とかどういうことだよまじで。三百六十度どこから見ても受けにしか見えない。優等生受け、最高だ……。
「あ~でも兄貴のやつ、忙しいみたいやから明日になるかもしれへんなぁ」
「たしかに……」
 あのあと即碧くんに連絡したけど、どうやら生徒会役員らしく今日は忙しいみたい。邪魔しちゃ悪いし、諦めて明日にしようかな。さっき見た激かわな受けのこと話したかったけど。そんなことをメッセージで送ったら、仕事関係なく飛んでこっちに来そうだし、またゆっくり話そう。
 ……そう思っていたとき。
「あ!」
 廊下を歩いていると、鮮明に覚えている人影が。もしかして。もしかしなくとも……?
「かわいい……」
 かわいい。式のときの受けちゃんだ。階段の向こうに視線を移す。声に出した瞬間、心臓が一拍遅れて跳ねた。
「は? なに言うとんの?」
「え?」
 あれ、心の声が零れてた? やばい。無神経すぎた。紫音に引かれる……?
「あいつは学年一のモテメンの……たしか篠宮、やったかな。入学式早々ファンクラブできたらしい」
「えぇ……まじか」
 わからなくもない。あんな顔してたらモテまくりだろうな。……そこじゃなくて! 名前、篠宮くんっていうのか。いい情報を得たぞ。
 ……あれ、今さらっと推しのことくん付けしてないか? 失礼にもほどがある。まぁ、心の中で思ってるだけだったら神様も許してくれるでしょう。……許してくれますよね? 神様。
「でもかっこいい、やろ? 見方ちゃうくない?」
「うぅん……」
 遠い目であの子……篠宮くんを見る紫音。紫音も絶対モテるでしょ。一軍っぽいし。
「ま、人それぞれだからええんやない? ……でも、あいつには気をつけた方がええで?」
 さっきから言ってることが逆だぞ紫音。そんなことは置いておいて、最後に言った言葉が引っかかった。  
「え、なんで」
「なんや変な噂あるし」
「変な噂?」
「おん。詳しくは知らんけど」
 そ、そうなのか。受けちゃんはいい人で心の優しいパターンが多いけど、その黒い部分もギャップ萌えで美しい。
 変な噂って、攻めに依存してるとか? あぁなんて最高なんだ。 
 噂、という言葉に一瞬だけ胸がざわつく。でもそれ以上に、それでも気になると思ってしまった自分に気づいてちょっとだけ苦笑した。
「碧くんにも教えようかな」
 さっきまで思っていた、紫音に引かれるかもしれないという気持ちはまっさらに消えて、あの子のことがますます推しになってきた。
「あ、てかはよ寮行きたない!? 行くで!」
「え? 紫音、ちょっと待って!」
 こいつ……。碧くんの話すると絶対いやな顔するし、話逸らされるんだよな。兄弟の話されるのがよっぽどいやなんだろう。まぁ、俺もあんな変態兄が話の話題に入ってきたら同じようなことするし、人のこと言えないんだけど。
「はやいって!」
 紫音に腕を引かれて、寮まで走り出す。彼は、さっきとは比べ物にならないくらい楽しそうで、俺みたいにずっと楽しみに待っていたんだろうな。それはそうとして、紫音の足の速さは想像以上で着いていけない。
 俺は運動神経絶望的なんだよ。一緒にしないでほしい。足の速さもそうだけど、こいつのテンションにはどうもついていけない。本当に、結城兄弟ってわからないがありすぎる。碧くんも異常なくらい変人だと最近気づいた。もちろん俺の兄のような感じの変ってわけじゃない。……自分では気づかないが、俺も大概変人だそうだ。碧くんと同じ意味の。大体察しはつくだろうからこの辺にしておこう。
 ルームメイト、誰かな。入学前まで気になりすぎて夜しか眠れなかった。三年間ずっと同じ部屋に住むわけだし、そりゃドキドキするよな。入学式の一番のメインイベントでずっとわくわくしていたはずなのに、荷造りをするときにBL漫画を大量に入れてしまったことを今になって思い出す。
 ……やってしまった。どうかルームメイトが気まずくなる人じゃありませんように。さっきまさに受けっぽい篠宮くんを見ちゃったし、もっと勉強しなきゃならないんだ。
 考えただけで顔がにやけてくる。走らされているし、ばれていないであろう。
 ……ん? もう着いてないか?
「ねぇ、はぁ……はぁ、もう、着いてるよ?」
「あ、ほんまや。走るのが楽しくてつい」
 つい、じゃないよ。疲れた……。ただでさえ受けを見たから興奮して体力が激減しているのに。紫音は体力お化けすぎる。
「えーと、うちの部屋は……あ、ここや」
 紫音は早速自分の部屋を見つけたらしく、ドアノブに手を置く。
「自分は?」
「え、俺? えーと、?」
 あ、ここだ。結構遠い……。紫音に手を振って部屋の中に入る。もうルームメイトの人来てるかな。
「お、お邪魔しまーす」
 中は、絵に描いたようなきれいな部屋。二段ベッドで清潔になっている。
 自分の声がやけに部屋に響いて、急に現実味が増す。
 今日からここが、自分の居場所になるんだ。……そして、まだ見ぬルームメイトの居場所でもある。
「ふわぁ……」
 荷解きをしながら、漫画を読み漁る。
 ルームメイトの人、まだかなぁ。篠宮くんだったらいいなぁなんて、思っちゃったり。俺は昔から独りになると、気になる人や推しを考えて寂しく思ったり、性格がほわほわする謎の体質があって。次の日にはその記憶を覚えていないという……。最悪な出来事が多々ある。
「尊……っ!!」
 現実と二次元の境目が、少しだけ曖昧になる。
 もし、もしも。さっき見たあの子が、この世界にいたら。なんて、ありえない想像をして、ひとりで赤くなった。
 篠宮くんに、明日は話しかけられるといいな。ちゃんと推しにすることに許可を得ないといけない。でも、あんなかわいくてモテモテなら、こんなど平凡男子が話しかけていいはずない……。いやいやいや、大丈夫、大丈夫。俺に微笑みかけてくれたし。

 夜、食堂でご飯を食べて、お風呂にも入った。……独りで。なんでかって? そりゃ、ルームメイトが一向に来ないから、ひとり寂しく寮での初めての夜を過ごすことになったんだよ。
 最初は気楽だと思った。でも、夜が更けるにつれて、ひとりという事実が、じわじわと寂しさに変わっていく。
 誰かが来る音を、無意識に待っていた。
 本当に、なにをしてるんだか。もしかして、休みとか? いやでも今日クラスメイト全員来てたし。迷ってるのかな。でも、もうちょっとしたら来るかも。モテモテすぎて、人の波から逃れられなかった、とか? 流石に漫画の見すぎか……。そこまでモテていた人は篠宮くん以外見なかったし。
 あ、碧くんに連絡しないと。
 メッセージアプリを開いて、早速今日完全に受けすぎる子を見つけたと連絡する。
「……わっ既読早!?」
 碧くんってば、くだらない話のときは一日くらい経っても既読付かないのに、こういうときばっかり返信早いんだよな。
 速攻で返事が来て、明日の昼休みに会うことになった。事情聴取みたいに情報抜き取られそうだな。まぁ語れるのはすっごい楽しいからいいんだけど。
「ん……ふわぁ」
 さてと……。先に寝てるのも失礼だし、ちょっと勉強して待ってようかな。漫画もちゃんと隠したし。荷解きも終わったし。やることないもんね。もうちょっとだけ、待ってよう。部屋に入ってきたら、お迎えするんだ。絶対に。
 まだ十時にもなってないから。寝るのにはまだ、はやい。
「まだ……起きてる……」
 明日は、篠宮くんに……。
「篠、宮……くん……」
 受け、最高……。
「お邪魔しまー……って……」
 いつの間にか俺は、漫画を開いたまま机で寝てしまっていた。

 ん……。朝……? なんか視線が強いような。夢の続きを見ていた気がする。
 でも、その夢がやけに現実に近くて、目を開けるのが少し怖かった。
 見られてる? 重い瞼を頑張って開ける。
「……って、うわぁあああ!?」
「うるさ」
 ベッドから飛び起きて、壁に頭をぶつけた。痛い。瞼を開けると、目の前に、しの、篠宮くんがいた。……現在進行形で、いる。
 ちょっと状況を整理しよう。ナニガオコッテルンダ? 幻覚かな。寝ぼけてるのかな?
「……やっぱり。昨日の子だ。寝顔、バッチリ見てたよ」
「え?」
 ……昨日の子? それはこっちのセリフで。昨日、昇降口前で後ろ姿を見つけ、俺の恥さらしの場面を笑われ、顔が綺麗すぎてカンペキすぎる受けだと確信した……篠宮、く、ん。 そして、寝顔を見られた? わっつ!? なんで笑ってるの。
「篠宮くん、?」
「ん。そう」
「なんでここにいるの?」
「だって同じ部屋だから」
「いやそうだとしても」
 どうして二段ベッドなのに、同じところで寝ているのか。……ん?
「………………同じ部屋!?!?」
「そうだけど? これからよろしく」
「は、は、はえぇぇぇぇ!?」
 頭の中で、何かが派手に崩れ落ちた音がした。
 推しは、遠くから眺めるもの。安全圏で、尊ぶもの。その前提が、音を立てて壊れた。推しが、ルームメイト。
 え? これは夢かなんか? しかもあんなにかわいい受けちゃんだよ? 俺じゃなかったら、これから君の攻めになる人と同じ部屋なんだよ?  一旦整理しましょう……。
 整理できるわけ、あるかぁぁぁぁ!! 無理無理無理。同じ空間にいるなんて篠宮くん汚れちゃう。てか、篠宮くんって呼んでる時点で失礼じゃん!? 目がぐるぐるする。
「お前、名前は?」
「え……あ、えーと、萌木叶愛……です」
 至近距離、きつい。……てか、俺あのあと寝落ちして机で寝てた気がするんだけど。なんでベッドにいるの。
「ふーん……。叶愛、か……」
「え……っ」
 なにを唱えてらっしゃる? この状況をもうあっさり理解している俺が怖い。だって、推しだよ? 受けだよ? 昨日まであんなにかわいいかわいい最高、神とかほざいてたんだよ? おかしすぎるでしょ。目の前に……推し。普通に、かわいい。近くで見るとますますかわいいな。もう開き直るか。かわいいのには変わりないし。
「じゃあ、叶愛だな。叶愛って呼ぶ」
「えっと……」
 とても爽やかな笑みを浮かべる彼は、眩しすぎて直視できない。これは、本当にやばいかもしれない。
 いきなり名前呼びだし。恐れ多すぎる。心臓持たないよ。暖かく推しを見守っていようと思ったのに。
 篠宮くんもベッドから降りたので、俺も続いて降り、学校の支度を進める。
「あー言い忘れてたけど俺、篠宮翠」
「あ……うん。知ってるよ」
「へぇ」
 入学式早々有名すぎてクラスで……いや学年で知らない人なんていないだろう。
「じゃ、じゃあ俺は篠宮くんって呼ぶね」
 本当は推しにくん付けなんてしたくない! 俺なんかが関わったら、絶対周りの陽キャに処されてしまう。どうしたものか。
 ひとり頭を抱えて、落ち着かせようと推しのことを考える。だが今は篠宮くんのことで頭がいっぱいで……。
「名前で呼んでくれないの?」
「え?」
「俺は名前で呼んでるのに、叶愛は俺のこと名前で呼んでくれないの?」
 え……激かわ。なにその捨てられた犬みたいな顔。めっちゃ受けすぎてまた好きになったんですけど。
「かわい……」
「は?」
「あ……」
 ポカンと口を開けている篠宮くんとは裏腹に、俺は絶望に落ちてしまった。
 あ、あ、ああああああ!! つ、つい心の声が出てしまった。ついって、紫音のこと言えないじゃん。俺のバカ。
 もしあの青い猫型ロボットがいるのなら、タイムマシーンを出してほしい。さいっあくだ。こんな形でバレるとは。終わった。終わったぁぁあ。
「なに?」
「え、あえーっと」
 消えたい。
 一歩ずつ後ずさっていくと、どんどん篠宮くんが迫るように近づいてくる。そしてとうとう壁についてしまって、逃げ場がない。ちか……こんなときでも至近距離で受けちゃんの顔を見て興奮している俺は本当にキモヲタだ。
「……そ、その」
「うん」
「た、単刀直入に言うと……」
 逃げ道は、もうなかった。このまま誤魔化しても、きっと後悔するのは自分だ。
 だったら……正直に言うしかない。躊躇うけど、決意を固めて口を開く。
「篠、宮くんのこと…………なんだ」
「は? なんて?」
 恥ずい恥ずい恥ずい!! 恥ずすぎる。そしてこの空気、気まづすぎる。推しに対して失礼。どうして、見守るだけにしようとしたのに同じ部屋なんだ。いざとなったら先生を訴えたい。
「だ、だから、篠宮くんのこと……推し、なんだ……」
「……え」
 恐る恐る篠宮くんの方に視線を向けるけど、やはり固まってしまっている。今すぐに消えたい。瞬間移動できる能力とか俺、なかったっけ……。もう、この際ヤケだ!!
「……許可もなしに、ごめんなさい。……推させてください」
 言ってしまった。絶対困ってるよね。初対面の人にこんなこと言われて。完全に失敗した。これから先どう接していけばいいのやら。
 しょうがない。さっきの言葉を訂正するしか道は無いのである。
「あ、ごめ……」
「まぁいいけど」
「んぇ?」
 篠宮くんの表情はさっきとは少し変わり、優しい笑みを浮かべてくれた。そのせいで、俺は推しの前だというのに間抜けな声を漏らす。
 なにこの子。天使? 流石受け……。こんなの、攻めちゃんがいたらコロッと堕ちてしまうでしょ。
「今までそんな風に見られたこと無かったし……。男に推されることも、なかったし」
 あ。そうなのか。確かに篠宮くんみたいな容姿をしていたら、女の子に恋愛感情として見られそうだもんな。かわいいなんて思う人は俺しかいないのかもしれない。それはそれでなんか嬉しい! あ、いけないいけない。同担拒否にはならないからそこは安心してほしい。
 モテそうな女の子結構いたし、篠宮くんもいつか……? いいや! 篠宮くんにはもっといい攻めがいるんだよ。それに、見てみなさいこのお顔。かんっぜんに女の子に興味が無さそう。……失礼すぎる。ごめんよ。
「その変わりさ」
「え?」
「モテすぎて困ってるからなんとかしてほしい」
 …………ほぇ?
「それと、俺のことも名前で呼んで。ため口でいいから」
「え、えっと……じゃあ翠くん、?」
 いや、くんも馴れ馴れしすぎて失礼だな。さらっと言って最低すぎる。ため口は百歩譲るとしても。
「くん外して」
「え? す、翠……?」
「うん。その方がいい」
 そう呼んだところで彼の瞳は笑顔になるけど……。呼び捨てなんて、失礼すぎて無理すぎる!! この世の女子全員に嫌われる確定なんですが。
 やってしまったと後悔して俯くけど、上から呆れたようなため息が聞こえた。
「まーた失礼だとか思ってるでしょ」
「え、あそりゃまぁ。……だって、無理でしょ」
 それはそうでしょ。こんな国宝級の受けを目の前にして呼び捨てできる人間がいるわけない。
「そんなこと考えなくていいよ。俺がそう呼んでほしいから。推しからの頼まれごとだと思ってさ。ね?」
 うぐっ……。このいかにもわんこ受けの顔。断れるわけがない。結局推しには逆らえないということで、やはり俺が折れてしまった。
「はい……」
 この子、本当に人へのねだり方が上手すぎる。流石受け。早く抱かれろ。……あっ、やっべ。
「ん。じゃ、もう時間だから先行ってるわ」
 流れるように篠宮く……翠は、部屋を出ていってしまった。
  初めて話したばかりだけど、なんとも言えぬ。恐ろしや。あ、もちろんいい意味で。
 それに……。
「流石にかわいすぎるだろ!!」
 なんなのまじで! 普通に受け通り越してますよね? 俺は別にBLに受けとか攻めとかあんまり気にしてないけど、あれはやばいわ。
 俺が翠を溺愛する前に(推しとして)お似合いな攻めを見つけなければ。そして完璧すぎる、当代一のBLを間近で見なくては。ふっ……。俺は今とても良い考えが思い浮かんでしまったぜ。
 そろそろ時間が普通にやばいので支度を済ませ、朝ごはんを抜きにし、部屋の鍵を閉めながら天才級な考えを頭に張り巡らす。
 そう……。
「この学校で、あの子に似合うかんっぺきな攻めを見つければいいのである!」
 我ながら天才だ。
 バレないようにこそっと見つけてくっつけてイチャラブを見放題……。神様仏様、ありがとうよ。俺にこんなチャンスをくれる、なんて良い方なんだ。
 ほぼ私欲に塗れてるけど……そんなことはどうでもいい。受けがいて攻めがいないなんて有り得ない! 寂しすぎる。翠もモテすぎて困ってるらしいし、これで一石二鳥ってことで。
「最高だ」
 俺の絶望的な学園生活は最高でしかない方向に向かっている。ありがたき幸せ。
「……ん? 待てよ。なんでこんなに人がいないんだ?」
 さっき大声出したはずなのに。……もしかして、遅刻!? い、いやまだ焦るときではない萌木叶愛。
「走るか」
 初日から遅刻はやばすぎる。浮かれすぎてしまった。
 このあとのことも知らずに、俺は幸せしか見えない道を走った。
 この胸の高鳴りが、ただのオタク心なのか、
 それとも、まだ知らないなにかなのか。答えは、きっとこの先にある。