受けだと思っていた推しは、溺愛症候群でした(?)

 翌朝、俺たちの中は気まずさで最悪だった。話したのは、昨日倒れてしまったことを謝った、ごめんねの一声だけだった。
 俺は、この気まずさに耐えられず、いつもより大幅に早い時間に寮を出た。
「萌木くん今日はえらいはやいこっちゃやなぁ」
「あ、あはは……今日は少し早く目が覚めて」
 いつも遅刻ギリギリで来ている俺に、紫音は珍しいものを見るように俺を見て驚いた。
 俺ってそんなに遅刻魔だと思われているとは。
「あれ、篠宮くんは? いつも一緒にいるやないか」
「……え、えっと今日は乗り気じゃないみたい」
 気まずいことを知られたくなくて、勝手な理由で誤魔化す。
 いつもは翠が俺の机に近づいてくれるけど、案の定彼は今一軍の輪の中。俺は、紫音と話しながら遠くから眺めるだけ。
 授業中も、お昼休みも、先輩たちが来たときも。全ての行動が違う方向に向いていた。席が隣だとしても、机は一メートル以上離れたままで。
 そりゃそうだ。俺が翠を好きにならなければ、推しにならなければ、ルームメイトにならなければ……あわよくば、入学式のときに翠を見なければ。俺たちはただのクラスメイトで、それ以上でもそれ以下でもなくて。キラキラ輝く王子様と、平凡男子。遠い目で見るだけの関係だったはずなのに。
 漫画の恋なんてきっと、選ばれた人だけにしかできないんだ。
「……やだな俺。またBLの推しに嫉妬してる」
 気づく前に自然とノートに書いてしまっていた。
 ___攻め候補:翠 受け候補:……
 そこに入れようとしたのは紛れもなく、自分の名前。なに、この小学生みたいな妄想。オタクとして最低だ。
 しかも、なんで翠を攻めにしようとしているのか、俺の思考回路がわからない。

 季節は流れて、あっという間に冬になり、秋祭りから二か月が経とうとしていた。告白もできないままで、ただ気まずさだけがずっと続いていた。
 そして、今日はクリスマスイブ前日。もう明日が本番……芹沢先輩と翠がくっつく……くっつかせる日なのに。どこかそわそわしている自分がいた。毎年この時期になると、「BLの日だ!!」なんて浮かれているのに、騒いでいるのに。意味のわからない恋心のせいで、計画が順調に行かない。
 い、いや、でも、この日までたくさん準備してきたんだ。俺の私情なんて絶対に入れてはいけない。今日は、計画のことだけを考えていよう。必ずや、完璧なBLを見てやる。
「もうクリスマスだねぇ」
「そうだね……!」
 碧くんと、寮までの帰り道を歩く。クリスマスって言っても、明日まで普通に学校があって、不幸が二倍になるだけなんだけど。
 マフラーをかぶりながら、教室で楽しそうに話している翠を窓から見つめる。色んな意味で絶望して、はぁとため息をつくと、白い息が出た。
「まだ告白できてないの?」
 立ち止まって、碧くんは向かい合わせに問いただした。
「う、うん……」
 また逃げてるなぁ。気まずいだけじゃ、告白しない理由にならないなんて知っている。
「んー。あ、そうだ。明日、イルミネーションでも見に行ったら?」
「え?」
「どうせ終業式終わったら学校外に出れるんだし」
「え、あ、ぁぁ」
 あ、そ、そうだった。とても優しい理事長が、流石にクリスマスイブに学校があるなんて可哀想だから、明日の夜だけ学区内、補導されない時間帯までクリスマスを楽しんでもいいって言っていたような。理事長優しすぎる。神。BLをよくわかってらっしゃる。
「で、でも流石に無理だよ……きっと翠は芹沢先輩と行きたがる」
「え……」
「だから、今年はクリぼっちしながらクリスマスデートしてるBLを見ようかなって」
「……いつもと一緒じゃん」
「まぁね」
 笑いながら、違う方向へと歩いて別れていく碧くんの表情は、どこか心配しているように見えた。……もう、心配してくれなくてもいいのに。内心そう呟きながら、寮内を歩く。
「あ、いたいた。叶愛く~ん」
「え、あ、芹沢先輩!?」
 そこに、走りながら芹沢先輩がやってきた。なにしに……。あ、もしや明日ふたりきりで翠とデートするから邪魔するなとか……。
 ひやひやしながら先輩の言葉を待つけど、先輩の口からは、俺の想像もしていなかった言葉が出てきてしまった。
「ねぇ。明日、予定ある?」
 ん……?
「ないですけど……」
 あ、あぁ、ただの敵情視察か。と思った束の間。
「明日、ふたりで一緒に出掛けない? イルミネーションが近くにあるんだ」
「……は?」
 え、な、なんで俺? そこは翠を誘うんじゃないの!? け、計画が台無し……。
 あ、でも待てよ。もしかしたら、翠とはクリスマス当日に行くかもしれない。なんだそういうことか……と思うけど、やっぱり胸が痛む。あぁもう、私情入れないって言ったじゃん!
「どう?」
 たしかに、攻めの新たな一面が見られるかもだし、気分転換にいいかも。……翠に、嫉妬させちゃうかな。受けの嫉妬会大好きだけど、好きな人を悲しませるのはいやだな。いつまでも笑っていてほしいし。
 もう一度先輩に向き直って返事をしようとした。
「……え!?」
 勢いよく背中に温もりが現れる。
 後ろから、よく知った、細い体に抱きしめられた。
「翠……?」
 どうして、ここに……。し、しかも溺愛攻めがよくやる、あのバックハグという名のものを俺にしている意味がわからない。
 ドキドキを隠して、心を落ち着かせるために、言い訳を考える。
「音羽……」
 耳元で、低くて、焦った翠の声が聞こえる。
「あーはいはい。……ほんと、叶愛くんのことになると独占欲ダダ漏れ」
「うるせぇ」
「わかったよ。今回は諦める。じゃぁね」
「ぇ、ちょ先輩……!?」
 芹沢先輩はなにかを察したらしく、手を振ってその場から離れた。
 ……あぁ、ケンカップルだな。また喧嘩してる。きっと先輩も、翠も、お互いを誘いたかっただろうに。
 まだバックハグされていることにも気づかず、また胸の奥を抑える。いやだな……。今が告白するチャンスなのに、なにしてんだろ。
 泣きそうになったとき、翠は抱きしめる腕を強めた。
「……もう、ただの推しじゃいやだよ」
 え……? 耳元で言われて、顔が熱いのにも気づかずに、翠の言った言葉が気になった。
 ただの推しじゃ、いやだ……? それって。脳裏に、絶対あり得ないことが浮かぶ。い、いや流石に違うよ、漫画の見すぎだって。翠は、芹沢先輩のことが好きなんだよ。
「もう、限界なんだよ……」
 なに、限界って。俺が芹沢先輩と近すぎるから嫉妬で我慢できなくなったんでしょ? 俺だって限界だよ……。もう頭の中ぐちゃぐちゃで、推しとか恋とかわからないんだ……。
 推しじゃいやだって言われたら、勘違いしちゃうじゃん。期待しちゃうじゃん……。
「ねぇ、叶愛」
 そうだ、もう今言ってしまおう。期待外れかもしれないけど、希望は捨てちゃいけないって、どこかの当て馬が言っていた。
 ……もう、これで終わりにしよう。そう思って、翠の言葉に応えるように顔を向けた。もう触れそうなくらい近い顔の距離にも気を求めずに。
「……俺、翠のこと……」
 好き、と言おうとした、その瞬間。
「言わないで」
「え?」
「聞きたくない」
「え、ど、どうし……」
 身体を離されて、口を遮られた。世界が、真っ暗になる。
 ……あぁ、また告白できなかった。視線を逸らされて、遮られて。もう、わけがわからない。
「先、帰ってるね」
「え、あ……す、い」
 彼は、寂しそうな顔をしながら歩いて行った。
 また、気まずくなっちゃたな。翠は、俺が告白しようとした前、なにを言おうとしてたのかな。どうして、聞きたくなかったのかな。
 もしかして、気持ちバレちゃった? 俺、なんでまた同じこと繰り返してんだろ。
 ひとりでとぼとぼ歩きながら、絶望のどん底に落ちる。最悪なクリスマスイブイブだった。