受けだと思っていた推しは、溺愛症候群でした(?)

 恋だと気づいた瞬間から、世界がバグった。
 翠に声を掛けられるだけで喉の奥が熱くなって、教室でも、寮でも、横にいるだけで変な声が出そうになる。
 ……無理だ。完全に。推しは推すものであって、リアルで恋する対象じゃない。腐男子として、オタクとして終わっている。
 だから、俺は極力翠を避けて距離を取るようになった。翠と視線を合わせると、気持ちが溢れて、もうどうしようもなくなるから。
 その代わりに、よく一緒にいるようになったのが芹沢先輩だった。先輩は優しいし、察しもいい。逃げるには、ちょうどよかった。
「先輩!」
「あ、叶愛くん! 今日も来たんだね」
「はい……! 碧くんに会うついでに……」
 もうついでじゃなくなってきてるけど。
 でも、そんな俺たちを見る翠の表情はどんどん鋭くなっていくばかりで。階段の横に隠れようとしながら立つ翠をバレないように見る。
 俺は気づかないふりをしていた。だって、気づいたら終わる気がしたから。
 ……翠が俺と芹沢先輩が一緒にいるときわざと間に入ってくる理由なんてもうとっくにわかっている。
 翠は、先輩が好きなんだって。俺が先輩を独り占めしていることがよっぽど嫌なんだろうなって。それを気づかされるたびに、胸がざわついて仕方がない。
「叶愛」
 先輩たちと話していると急に割り込んできて、すぐに寮に引きずりこまれる。翠もなにをしたいのかわからない。芹沢先輩と話したいんだろうけど、先輩を睨んで去っていくし。……やっぱりふたりっきりがいいのかな、とか。流石に考えすぎだよなと思BLしか見てこなかった俺にはわかってしまうのである。
「ねぇ叶愛」
「……なに」
 寮でふたりきりになった瞬間に、できるだけ低く、そっけなく返す。それでも、彼はかわいく首をかしげるだけだ。
「最近音羽ばっかじゃない?」
 その一言に、胸がざわつく。怪しまれてるよね……。
「別に……ちょっと一緒にいるだけだよ」
 嘘だ。意識的に、先輩の隣にいる。
 翠のそばにいると、好きだってバレそうで、触れられたら壊れそうで。なにより自分が自分じゃなくなる。
 それどころか……。
「そ、それなら翠も最近よく芹沢先輩と仲いいよね」
 ……まぁ幼なじみなんだから当たり前なんだけど。そんな些細なことで嫉妬しちゃうなんて、俺、本当に最低だな。
「……そう? 幼なじみだからそういう風に見えてるんじゃない?」
 ほら。翠は思った通り嬉しそう。
 幼なじみ同志の、言葉にならない衝突。言葉だけ喧嘩していて、瞳の奥には甘い気持ちがこもっている。そのたびに胸が痛むけど、やっぱり不仲は尊いなぁとか、お似合いだなぁとか自分に言い聞かせるように思う。……腐男子の心が消えたらもう俺はただの乙女になってしまう。
「そ、そうなのかな。……いいな」
「え?」
「な、なんでもない」
 諦めるために、距離を置く。忘れるために、視界から外す。なのに、離れれば離れるほど翠の声が、翠の背中が、翠の存在が、頭から離れなくなる。わかっていたはずなのに、俺は知らないふりをした。

 あーあ。まただ。翠、また芹沢先輩のところ行ってる。
 俺が先輩たちのところに行こうとすると、必然的に翠もついてきて、しまいには芹沢先輩と楽しそうに会話する。
 傍から見たら喧嘩しているように見えるけど、俺には二人が仲良さそうに話している風にしか見えなかった。
 翠が出ていった教室の扉を眺めながら机に突っ伏しる。
 ……はぁ、ダメだな俺。
「叶愛、最近大丈夫?」
「うーん……ダメダメかも……」
 視界にふと、ひとつの人影が映って俺の顔を覗き込む。
 あー。なんだ碧くんか……。って。
「碧くん!? 」
「うん。そうだよ?」
「な、なんでいるの!?」
 驚きのあまり唐突に起き上がって椅子がひっくり返りそうになる。
 だ、だって、ここは一年の教室なはずだから、二年生がほいほい入ったらまずいんじゃ……。
「あはは。紫音に体操服貸してほしいって言われてさ。取り返しに来た」
 ……なんだ紫音か。あいつもなんだかんだ言って碧くんのこと頼ってるからな。
「で? 叶愛は?」
「えっ……」
 瞳の色を変えて、目線の先を俺へと移す碧くん。
 俺は……って。碧くんに話すほどいい話は今もち寄せていない。最近、翠のことばかりで、BLにも手がつけられていないし。
 碧くんに見つめられている間、俺はふと気がつく。
 碧くんの瞳って猫みたい。かわいくて、大きくて。碧くんも理想の受けの一人だ。
「ねぇ、叶愛本当に大丈夫? 篠宮くんのせいでおかしくなっちゃった?」
 碧くんに身体をゆさゆさと揺らされる。……翠のせい、まぁそれもあるけど……俺が身勝手なせいで!
「……はぁ、気づかないならそのまんま言わせてもらうけど、最近叶愛は芹沢くん芹沢くんばっかり」
「えっ……」
「大丈夫なの?」
 半分呆れながらも、心配そうに話す碧くん。……やっぱり優しいな。
 碧くんはよく人を見ている。いつも俺たちの空気の変化に一番に気づくのはこの人だった。碧くんには、お母さんみたいな温もりがあって、すごく安心する。まぁ、母親から温もりを感じなかった俺にはあまりわからないけど。
「……大丈夫」
 と言いながらも、全然大丈夫じゃない。結局嘘をついてもあとから碧くんバレておしまいだ。
 あまりにも俺が恋心に気づくのが遅すぎて、碧くんも今日何度目かわからないため息を着いた。
「それさ」
 碧くんは、思ったことをはっきり言える人。
「恋心誤魔化したくて、芹沢くんで気紛らわしてるだけじゃん」
 「っ……」
 正論すぎて、胸が痛い。今学期二回目の、心に刺さる言葉トップファイブ。
 紛らわしているんだとしても、俺はそんなことしかできない臆病もの。
「でも、俺どうしたらいいかわかんなくて……。恋したのも、自覚したのも、初めてだから……」
 恋愛経験なんてゼロに等しい。推しは推しで、手を出すものなんかじゃない。
 もう、頭の中がぐちゃぐちゃで、訳わかんなくて。気づけば俺は、碧くんにしがみついていた。
「ご、ごめん……」
「はいはい。いつもの叶愛で安心した」
 いつもの俺……? 碧くんは呆れ顔だけど、俺を突き放したりしなかった。
「……一緒にいたらバレそうで、離れたら嫉妬して。矛盾してるよね」
「……うん。恋って難しい」
 それはずっと昔から知っていた。でも、実際やってみると、こんなに難しいなんて本当に知らなかったんだ。漫画の恋なんて全部、最後には両想いになれるから。幸せになれるから。
 碧くんは、一瞬黙ってから、また俺の瞳を見た。
「告白しちゃえばいいじゃん」
「む、無理に決まってるよ!!」
 思わず声が裏返り、碧くんは目をぱちくりとさせた。
「俺から推しにしていいって聞いたんだよ!? 絶対に合う攻め見つけますからって。そんな俺が翠に恋しました、なんて死んでも言えないよ……」
 涙がポロポロと零れた。ここが教室で、ただの昼休みだと言うことも忘れて、平気で涙が流れてくる俺に腹が立つ。
「叶愛……」
 なのに、気づけば考えてしまう。振られて、吹っ切れたら楽なんじゃないか、って。
「……こんなに辛いなんて知らなかった」
 こんなに翠が好きだなんて知らなかった。本当に、一目ぼれだな……。情けな。
「叶愛さ」
「え?」
 顔を上げると碧くんは俺の手を握りしめてハンカチを差し出していた。ありがとうという意味でお辞儀して受け取る。
「告白したら篠宮くんに嫌われちゃ……気まづい感じになっちゃうんじゃないかって考えてるよね?」
「……ぇ」
 図星すぎて、なにも言葉が出てこない。……碧くん、恐るべし鋭さ。
「それに、このままなにもしないまま引いたら、前の叶愛となにも変わってないよ」
「っ……」
 前の俺……。夢でも思い出したくなくい記憶が頭によぎる。
 俺、変わるって決めたのに。逃げないって決めたのに。碧くんの言うとおりだ。俺、なんにも変わってないよ。
「じゃあ叶愛は、そんなことで篠宮くんが叶愛のこと嫌うとも思ってる?」
「そ、れは……」
 碧くんの瞳は、いつになく真剣で、まっすぐだった。
 ……翠は、翠は。漫画に出てくる受けのようなお人好しで、かわいくて、誰にも譲れなくて、それで……。
「翠は、絶対に人を突き放したりしない」
 涙が引っ込んで、碧くんの瞳に応えるように言葉を紡いだ。
 そうだよ。翠はなにがあっても俺を置いていかなかった。嫌ったりしなかった。いつでも、俺に寄り添ってくれた。ただ、ちょっと言葉にするのが苦手なだけなんだ。
「……そっか。よかった、その言葉が聞けて」
 俺の声を聞くなり碧くんはほっと息を吐く。
 その後に、表情を変え、俺の手をさっきより強く握った。まるで、覚悟を決めろと言われているみたいに。
「うん。俺、決めた。翠に告白する」
 本当に俺だとは思えないくらい、真剣な眼差しを碧くんに向ける。
「そう! そのいきだよ! 頑張りな!」
「うん……! ありがとう」
 俺の肩を叩いて、碧くんは教室を出ていった。
 碧くんは本当にいい人すぎるな……。かけがえのない親友で、絶対に手放せない存在。
「はぁ……」
 告白するにはしっかりやらなくちゃ……! 伝わるように気持ちを届けて、振られて、また推しとオタクの関係に戻らなくてはいけない。
 俺は、決意を固めてノートの一ページに大きく"逃げない"と書いた。

 とは言ったものの……。寮で二人きりの貴重な時間なのに、中々言い出せずにいた。
 情けないなぁ、俺。と思うけれど、今度は翠が俺を避けているように感じる。もしかして、気持ちバレちゃったかな。脳裏に最悪な結末が過ぎる。
「あ、の翠……」
 二段ベッド越しの翠はどこか冷たい。……空気も、なぜか冷たく感じるのは、もうすぐ冬に入るからなのかな。
「は、話したいことがあるんだけど……」
 勇気を振り絞って、ベッドから降り、翠の目の前に座る。
 でもやっぱり翠は一言も口を開いてくれない。それどころか、視線も合わせてくれなかった。
 だけど、ひとつ気になったのは……。
「ち、近っ……」
 視線を合わせてくれない割りには、もう肩が触れそうなくらい近い。
 ど、動揺しちゃだめだ。平常心、平常心。
「……話って?」
「……え、えっと」
 やっと喋ってくれたかと思うと、翠の笑顔は、やけに裏がありそうだった。
 ……俺、怒らせちゃったかな。距離が近いのも、空気が悪いのもあり、俺は口を開くのを躊躇う。
「ねぇ、最近なんで俺に構ってくれないの?」
「えっ……」
「俺のこと、嫌いになった?」
「ち、違っ……」
 中々言い出せない俺よりも先に、翠は俺の手を握りながら眉をひそめる。
 こういうとこ、ほんとずるいなぁ。……胸の鼓動がおさまらなくて、さっきよりも口が開かない。
「じゃぁ、なんで?」
 なんでって言われても……好きだなんて言えな……。
「叶愛」
 頭が真っ白になる。好きって言おうとしたのに、告白しようとしたのに。その甘い瞳に耐えられなくて。
 これは受けの甘え? わんこ攻めもあり……? またBLのことを考えてしまう自分が情けない。
「そ、それは……俺が……す、翠の……」
 翠のことが好き。と言いそうになった瞬間、俺はもうキャパオーバーで、心臓が限界を超えてしまい、視界が揺れ始めた。
「と、とあ……!」
 俺は、知らぬ間に翠の膝に倒れ込んでいた。

 翌朝、俺たちの中は気まずさで最悪だった。話したのは、昨日倒れてしまったことを謝った、ごめんねの一声だけだった。
 俺は、この気まずさに耐えられず、いつもより大幅に早い時間に寮を出た。
「萌木くん今日はえらいはやいこっちゃやなぁ」
「あ、あはは……今日は少し早く目が覚めて」
 いつも遅刻ギリギリで来ている俺に、紫音は珍しいものを見るように俺を見るなり驚いた。
 俺ってそんなに遅刻魔だと思われているとは。
「あれ、篠宮くんは? いつも一緒にいるやないか」
「……え、えっと今日は乗り気じゃないみたい」
 気まずいことを知られたくなくて、勝手な理由で誤魔化す。
 いつもは翠が俺の机に近づいてくれるけど、案の定彼は今一軍の輪の中。俺は、紫音と話しながら遠くから眺めるだけ。
 授業中も、お昼休みも、先輩たちが来たときも。全ての行動が違う方向に向いていた。席が隣だとしても、机は一メートル以上離れたままで。
 そりゃそうだ。俺が翠を好きにならなければ、推しにならなければ、ルームメイトにならなければ……あわよくば、入学式のときに翠を見なければ、俺たちはただのクラスメイトで、それ以上でもそれ以下でもなくて。キラキラ輝く王子様と、平凡男子、遠い目で見るだけの関係だったはずなのに。
 漫画の恋なんてきっと、選ばれた人だけしかできないんだ。
「……やだな俺。またBLの推しに嫉妬してる」
 気づく前に自然とノートに書いてしまっていた。
 ___攻め候補:翠 受け候補:……
 そこに入れようとしたのは紛れもなく、自分の名前。なに、この小学生みたいな妄想。オタクとして最低だ。
 しかも、なんで翠を攻めにしようとしてるのか、俺の思考回路がわからない。

 季節は流れて、あっという間に冬になり、秋祭りから二か月が経とうとしていた。告白もできないままで、ただ気まずさだけがずっと続いていた。
 そして、今日はクリスマスイブ前日。もう明日が本番……芹沢先輩と翠がくっつく……くっつかせる日なのに。どこかそわそわしている自分がいた。毎年この時期になると、「BLの日だ!!」なんて浮かれてるのに、騒いでるのに。意味のわからない恋心のせいで、計画が順調に行かない。
 い、いや、でも、この日までたくさん準備してきたんだ。俺の私情なんて絶対入れてはいけない。今日は、計画のことだけ考えていよう。必ずや、完璧なBLを見てやる。
「もうクリスマスだねぇ」
「そうだね……!」
 碧くんと、寮までの帰り道を歩く。クリスマスって言っても、明日まで普通に学校がって、不幸が二倍になるだけなんだけど。
 マフラーをかぶりながら、教室で楽しそうに話している翠を窓から見つめる。色んな意味で絶望して、はぁとため息をつくと、白い息が出た。
「まだ告白できてないの?」
 立ち止まって、碧くんは向かい合わせに問いただした。
「う、うん……」
 また逃げてるなぁ。気まずいだけじゃ、告白しない理由にならないなんて知っている。
「んー。あ、そうだ。明日、イルミネーションでも見に行ったら?」
「え?」
「どうせ終業式終わったら学校外に出れるんだし」
「え、あ、ぁぁ」
 あ、そ、そうだった。とても優しい理事長が、流石にクリスマスイブに学校があるなんて可哀想だから、明日の夜だけ学区内、補導されない時間帯までクリスマスを楽しんでもいいって言っていたような。理事長優しすぎる。神。BLをよくわかってらっしゃる。
「で、でもさすがに無理だよ……きっと翠は芹沢先輩と行きたがる」
「え……」
「だから今年はクリぼっちしながらクリスマスデートしてるBLを見ようかなって」
「……いつもと一緒じゃん」
「まぁね」
 笑いながら、違う方向へと歩いて分かれていく碧くんの表情は、どこか心配しているように見えた。……もう、心配してくれなくてもいいのに。内心そう呟きながら、寮内を歩く。
「あ、いたいた。叶愛く~ん」
「え、あ、芹沢先輩!?」
 そこに、走りながら芹沢先輩がやってきた。なにしに……。あ、もしや明日ふたりきりで翠とデートするから邪魔するなとか……。
 ひやひやしながら先輩の言葉を待つけど、先輩の口からは、俺の想像もしてなかった言葉が出てきてしまった。
「ねぇ、明日、予定ある?」
 ん……?
「ないですけど……」
 あ、あぁ、ただの敵情視察か。と思った束の間。
「明日、ふたりで一緒にでかけない? イルミネーションが近くにあるんだ」
「……は?」
 え、な、なんで俺? そこは翠を誘うんじゃないの!? け、計画が台無し……。あ、でも待てよ。もしかしたら翠とはクリスマス当日に行くかもしれない。なんだそういうことか……と思うけど、やっぱり胸が痛む。あぁもう、私情いれないって言ったじゃん!
「どう?」
 確かに、攻めの新たな一面が見られるかもだし、気分転換にいいかも。……翠に、嫉妬させちゃうかな。受けの嫉妬会大好きだけど、好きな人を悲しませるのはいやだな。いつまでも笑っていてほしいし。
 もう一度先輩に向き直って返事をしようとした。
「……え!?」
 勢いよく背中に温もりが現れる。
 後ろから、よく知った、細い体に抱きしめられた。
「翠……?」
 どうして、ここに……。し、しかも溺愛攻めがよくやるあのバックハグという名のものを俺にしている意味がわからない。
 ドキドキを隠して、心を落ち着かせるために、言い訳を考える。
「音羽……」
 耳元で、低くて、焦った翠の声が聞こえる。
「あーはいはい。……ほんと、叶愛くんのことになると独占欲ダダ漏れ」
「うるせぇ」
「わかったよ。じゃぁね」
 芹沢先輩はなにかを察したらしく、手を振ってその場から離れた。
 ……あぁ、ケンカップルだな。また喧嘩してる。きっと先輩も、翠も、お互いを誘いたかっただろうに。
 まだバックハグされていることにも気づかず、また胸の奥を抑える。いやだな……。今が告白するチャンスなのに、なにしてんだろ。
 泣きそうになったとき、翠は抱きしめる腕を強めた。
「……もう、ただの推しじゃいやだよ」
 え……? 耳元で言われて、顔が熱いのにも気づかずに、翠の言った言葉が気になった。
 ただの推しじゃ、いやだ……? それって。脳裏に、絶対あり得ないことが浮かぶ。い、いや流石に違うよ、漫画の見すぎだって。翠は、芹沢先輩のことが好きなんだよ……。
「もう、限界なんだよ……」
 なに、限界って。俺が芹沢先輩と近すぎるから嫉妬で我慢できなくなったんでしょ? 俺だって限界だよ……。もう頭の中ぐちゃぐちゃで、推しとか恋とかわからないんだ……。
 そんなこと言われたら、勘違いしちゃうじゃん。期待しちゃうじゃん……。
「ねぇ、叶愛」
 そうだ、もう今言ってしまおう。期待はずれかもしれないけど、希望は捨てちゃいけないって、どこかの当て馬が言っていた。
 ……もう、これで終わりにしよう。そう思って、翠の言葉に応えるように顔を向けた。もう触れそうなくらい近い顔の距離にも気を求めずに。
「……俺、翠のこと……」
 好き、と言おうとした、その瞬間。
「言わないで」
「え?」
「聞きたくない」
「え、ど、どうし……」
 身体を離されて、口を遮られた。世界が、真っ暗になる。
 ……あぁ、また告白できなかった。視線を逸らされて、遮られて。もう、わけがわからない。
「先帰ってるね」
「え、あ……す、い」
 彼は、寂しそうな顔をしながら歩いて行った。
 また、気まずくなっちゃたな。翠は、俺が告白しようとした前、なにを言おうとしてたのかな。どうして、聞きたくなかったのかな。
 もしかして、気持ちバレちゃった? 俺、なんでまた同じこと繰り返してんだろ。
 ひとりでとぼとぼ歩きながら、絶望のどん底に落ちる。最悪なクリスマスイブイブだった。