御城の救出から1週間経過したが、まだ御城が目を覚ますことはなかった。
 しかし様々な進展や変化はあった。

 はじめにあったのはノワール、プレタ、エリザベートそしてノワール邸で働いていた使用人に対する処罰が完全ではないがある程度決まったことであった。
 騎士団長という地位についていたノワールは召喚者の誘拐をしたという大罪を犯したことでクーヴェルの宣言通り、爵位と土地の返還に加え、騎士としての地位を失くすこととなった。また禁固刑が下され、15年は出ては来れないとのこと
 エリザベートに関してはノワールと同じく召喚者の誘拐を行い、挙句の果てには殺害をしようと1週間にも及ぶ暴行を行った。その暴行で受けた傷は王族とウェルドニア王国で信用ができ、聖属性魔法が扱える腕の立つ医師6名が7時間かけても完全には回復しない程であり、その陰湿さと王族に対する不敬の数々。そしてこの国を救う召喚者の殺害を目論んだとして極刑が言い渡された。 
 エリザベートの刑はまだ執行されていないが、自身の行った罪の重さについて理解しておらず牢の中で毎日のように叫んでいるようだ。
 「あの男には身の程を教えただけ。何が悪いの?」
 「ヴァニタス様に会わせて」
 「男では子どもは産めない!私なら産めるんだから、私と結婚するべき」
 「私のことをヴァニタス様は待ってる。早くこんな場所から出して。」
 などひどい有様だ。
 本来であれば即刻刑を執行されてもおかしくないのだが、ヴァニタスがそれを止めていた。理由は二つ。一つは御城が受けた苦しみを一瞬で終わらせないため。もう一つは御城にどうしたいかを聞いてから刑を執行するため。ヴァニタスは今すぐにでも自分の手で殺してやりたいと思っているが、御城のためにも耐えている。
 プレタや一部の使用人はノワールとエリザベートが召喚者を誘拐し、暴行を加えているとは知らなかったようで、どのような刑にするかはまだ未定となっている。
 なお、誘拐や暴行のことを知っていた使用人は一旦牢に入ることとなったが、これも同じく詳細な刑はまだ未定となっているが、おそらくこの国で再度働くことはできないだろう。

 二つ目は御城の誘拐を機に、王宮全体の警備体制の見直しが行われたことだ。
 ノワールはどのような警備配置が行われていたかを知っていたとはいえ、一人で騎士団寮へ侵入し、誰にも気づかれることなく御城の部屋の窓を割り部屋に侵入。さらには誘拐までやってのけたのだ。事態を重く受け止め王宮全体意外にも騎士団寮、魔法研究所に警備を設けることとなり、より一層強化する方針へとなった。
 またノワールの騎士団長及び騎士の称号剥奪により、近衛騎士は大きな体制変更が行われた。そもそも第二騎士団はノワールの管轄であり、今まで幾度となくヴァニタスの妨害工作を行ってきた。現在は妨害工作の指揮を取っていたノワールがいないため、王子の派閥はあるにしろ妨害工作自体は行われることはないだろうが、信頼値は第一騎士団に比べてかなり低い。そのため一時的に近衛騎士は統合されることとなった。
 いままで王宮周辺は第一騎士団、国や王都周辺の警備を第二騎士団で行っていたが、統合されたことにより第一、第二関係無くランダムで配置されることとなった。つまり第二騎士団だった者だけが集まる機会が極端に減ったということだ。こうすることで、仮にまだ妨害工策を企む騎士を動きづらくする効果を期待してのことだ。

 三つ目は...

 「団長、休んでますか?
 ゴジョー様の看病のすべてをされてるんですよね?
 それに団長としての仕事も、王族としての仕事もされてますし、心配ですよ。」

 「...大丈夫だ。
 少しでも長くカエデの側にいてやりたい。」

 「ゴジョー様も倒れた団長は見たくないと思いますけどね。
 ...と、言う事で団長は明日から3日間休暇を取ってもらいまーす。」

 「休暇?」

 ヴァニタスはここ最近ヴァニタスの秘書のような役割を担っているルークから突如として言い渡された3日間の休暇について、理解が追いつかないでいた。
 ルークはあの日、ヴァニタスに対してキレたことでヴァニタスからの信用を更に得たようだ。その結果、騎士の仕事でヴァニタスが手は回れない事はルークが対応するようになっていた。

 「そうです!
 ごジョー様が誘拐されてからの1週間と救出されてからの1週間、まともな休み取れてないですよね?
 ここ数日である程度の仕事の調整は行ったので、明日から3日間きっちり休んでもらいます。
 ちなみにクーヴェル陛下とヴァルア王妃様からも休ませるように言われておりますので、この休暇に対して団長の拒否権はありません。
 いいですか?」

 ルークに圧倒され、ヴァニタスは承諾する以外の選択肢を取れず、必死に頷くことしかできなかった。
 とはいえ3日間とまとまった休暇はヴァニタスにとっても久々なことであり、何をしたらいいかわからないでいた。

 「...カエデの看病をしてもいいのか?」

 「...いいですよ。
 ごジョー様の病室に団長用のベッドを用意しておきました。
 今までも用意しようとはしていたんですけど、タイミングがなかなかなくてですね。
 この3日間はゴジョー様に付きっきりでも良いですよ。
 ただ、ちゃんと休んでくださいね。休暇なんですから。」

 御城の看病以外にやりたいことも思いつかなかったため、それをそのまま伝えたところ予想されていたようで、ヴァニタス用のベッドまで御城の病室に用意されることとなった。
 御城の病室は王宮内の一室を丸々御城の病室に作り変えており、その部屋は御城がこの世界に召喚された際に用意されていた部屋を男性用デザインに変えたものだ。
 その広い部屋には御城用のベッドのみ置いてあり、ヴァニタスはいつも御城の看病をした後、御城の部屋でイスに座りながら睡眠を取っていた。それを見かねてのベッド用意なのだろう。

 「俺はいろんな奴に心配されてるんだな。」

 「そうですよ。
 ゴジョー様のことも心配ですけど、同じくらい団長のこともみんな心配してるんですよ。」

 「...ありがとう。」


■ ■ ■ ■ ■


 休暇の前夜からヴァニタスは御城の病室で過ごしていた。
 ヴァニタスのこの一週間、御城の体を拭いたり、背中に残ってしまった傷に薬を塗ったりすることがルーティンとなっていた。御城の背中の傷はもう治らないかもしれないが、ヴァニタスは少しでも御城のためにできることを考えて、気休め程度でも構わないからと塗る。
 この1週間食事を取っていない。いや監禁されていたときから食事などはもらえていなかったのだろう。この2週間でそれなりに細かった御城の身体は、より一層細くなっていた。ヴァニタスは御城の身体を清潔に保つために毎日身体を拭いているため、日に日に細くなっていくのを実感する。

 「このまま死んだりしないでくれよ...」


 そう呟くと御城の身体を拭き終わり軽く服を着せ、ヴァニタスは御城の手を取り絡める。
 この一週間の疲れと明日が休暇だということが相まってか、そのまま御城のベッドでヴァニタスは眠りに落ちた。

 ヴァニタスは翌朝、いつもよりも遅く、日が昇りきった後に目が覚めた。
 若干の気だるさを感じながらもゆっくり目を開けると、ヴァニタスを見て微笑む御城と目が合った。

 「...え?」

 「おはよ。そして...ただいま。」

 ヴァニタスは寝起きのまぶしさなんて気にならないくらい、目の前の光景が夢ではないことを確かめるように目を見開いた。
 ヴァニタスはこの2週間で何度流したかわからない涙を今も流しながら御城に「おかえり」と微笑みそう伝えた。

 ヴァニタスはそのまま急いで医者を呼び、御城の様子を診てもらった。
 御城が目を覚ましたことはすぐに王宮内に広がり、クーヴェルやヴァルア、ヴァドルらに加え、ルークたち騎士たちもお見舞いに来た。医者は「こんなにお見舞いに来ては病人も休まりません!」と言い放ちヴァニタス以外は部屋から追い出されてしまった。
 医者によれば御城は現在極度の栄養失調の状態であり、本日から消化のよい流動食から食べ始め、徐々に栄養をとるようにと言い渡された。また聖属性魔法で自己治癒力を強制的に向上させた影響か、体力がたいぶなくなっており、御城は自身の足で歩くことが困難となっていた。これも徐々に栄養をとることで改善されるとのことだったので、ヴァニタスは一安心した。
 医者も部屋をあとにし、部屋にはヴァニタスと御城だけとなった。

 「...カエデ。本当にすまなかった。」

 二人だけの空間になって、先に話し始めたのはヴァニタスであった。
 ヴァニタスは自身の犯した罪を御城に深々と頭を下げ謝罪をした。

 「...ヴァニタスはもう怒ってない?」

 「俺が怒られることはあっても、カエデに怒ることはない。」

 「頭を上げて、ヴァニタス。...実はずっと聞こえてたんだよ。
 俺が救出されてからの1週間ずっと。身体は動かせないし、目を開けることも、話すこともできなかったけど、ヴァニタスの声はずっと聞こえてた。
 俺のこと心配してずっとそばにいてくれたこと知ってるよ。
 ヴァニタス、ありがとう。」

 「聞こえていたのか。
 そうか...。
 なら、俺がカエデのことを好きだというのも聞こえていたのか?」

 「...うん。」

 御城は首まで赤くしてそう答えた。
 それをみたヴァニタスは恐る恐る聞く。

 「返事を聞いてもいいだろうか?」

 いつもは自身に満ちたヴァニタスも、好きな人の前ではこんなにも自身をなくすのだろうか。それだけヴァニタスは御城のことが好きなのだろう。

 「...俺、男だよ。
 ヴァニタスの子は産めないんだよ。」

 「そんなことはどうでもいい。
 国王陛下にも子は求めていないと言われている。」

 「俺、聖なる力はおろかまだ聖属性魔法の発動条件すらわからない。
 出来損ないの召喚者だよ?」

 「そんなこと誰も言ってないだろ?
 仮にそうだとしても俺は気にしない。
 俺と一緒に発動条件を探ればいいだけだ。」

 「...俺、ずっと和菓子一筋で恋愛なんてロクにしたことないんだ。
 そんな俺でもヴァニタスを好きになってもいいの?」

 「それは俺もだ。
 人を好きになったのは、カエデが初めてだ。」

 ヴァニタスは御城の手を取った。
 ヴァニタスは今にも捨てられそうな子犬のような表情で、御城に振られないように必死でアプローチする第一王子にしか見えないが、御城から見れば上目遣いで若干の涙目をしている大型犬だ。
 その可愛さに御城は折れたのか、ヴァニタスの手を握り返すと「拾ったのはヴァニタスだから、勝手に捨てないでね。」と微笑んだ。

 「...それはOKということか?」

 「言わせないで。」

 「今、めちゃくちゃキスしたい。」

 「しないの?」

 「キスだけじゃ、終わらない気がする。」

 そう言い終わると、ヴァニタスの頬にやわらかい何かが当たる。
 ヴァニタスが呆気にとられたような表情で何もできないでいると、御城が伝える。

 「俺の体調が良くなるまで待っててね。
 だから今日はこれだけ。」

 その言葉にヴァニタスは微笑み、御城と額を合わせ、「覚悟しておけよ」と呟く。
 部屋には二人の。二人だけの幸せな時間が流れていた。


■ ■ ■ ■ ■


 ルークは御城が目を覚ました翌日頭を抱えていた。
 今や騎士団の二番手の呼び声の高いルークだ。それを見てほかの騎士が大丈夫か?と声をかける。

 「それが...団長から休暇の延長ができないかと相談がありまして。」

 「ゴジョー様が目を覚まされたんだろ?
 そりゃ、今まで以上にそばにいてやりたいさ。」

 「一か月。」

 「え?」

 「だから、一か月の休暇延長依頼が来たんだよ。」

 「...わーお。
 そのぉ、なんだ。俺たちに手伝えることがあれば言ってくれよ。
 でもどうするんだ?OKするのか?」

 「ゴジョー様のことも、団長のことも考えるとOKを出したのだが、なかなかそういうわけにもいかず...
 それに最近より一層魔物の動きも活発になってきている。
 そんな中、騎士団長の座についている団長が一か月も不在するのは国にとっても良くないんだ。
 今回の団長の三日間の休暇を取るのもそれなりに苦労したのに、それを一か月になるとさすがにできそうにないんだよ。」

 「なら、どうするんだ?
 団長のことだから、ゴジョー様のそばに入れないのなら団長を辞める!とかいいそうじゃないか?」

 「そこなんだよなぁ。
 でもゴジョー様が辞めないでって言えば、団長辞めないと思うんだけど。」

 それを聞いていたほかの騎士たちは首が取れるくらいの勢いで頷く。

 「誰が辞めるって?」

 その声を聞いて、騎士たちは一斉に振り返る。
 そこにはヴァニタスと、ヴァニタスに押される形で車椅子に座る御城がいた。

 「ご、ゴジョー様!
 もう出歩いて大丈夫なんですか?昨日目が覚めたばっかりですよね?」

 「いやぁ...」

 「カエデはあと最低でも2週間は安静にしなければならないが、どうしてもお前たちに謝りたいと言って聞かないから連れてきたんだ。
 体調も万全じゃないから、すぐ戻るつもりではいるが。」

 「そういう感じです。
 改めてこの度は俺のせいで皆さんのお仕事を増やしてしまい申し訳ございませんでした。」

 御城はそういうと車椅子に座った状態でゆっくり頭を下げた。
 本来は身体を動かすのもきついのだろう。しかし御城は自分のせいで騎士たちが大変な目にあったことを気にして、ヴァニタスの力を借りて謝罪をしに来たのだ。
 そんな御城の謝罪を見て、ルークが土下座をした。

 「ゴジョー様は悪くありません。
 全て俺が悪いんです!
 あの日、俺が街に連れ出していなければ。
 あの夜、団長を止めずゴジョー様の部屋に行かせていればこんなことにはならなかった。
 ゴジョー様が謝ることは何もありません。全て俺が悪いんです。
 本当に申し訳ございませんでした。」

 その土下座の勢いは床に額を打ち付けるほどであった。
 そんなルークを見てか、オスカーやほかの騎士たちも御城に対して謝罪を行った。
 御城がその光景におどおどしていると、ヴァニタスが騎士たちに告げた。

 「今回の件はすべて俺に責任がある。お前たちは何も悪くない。
 俺が自分の気持ちを理解せずに。嫉妬していると気づかずにカエデに対してひどい行動を取ったことがすべての始まりだ。
 ルークをはじめ、お前たちの行動は正しかったよ。」

 これでは全員が悪いことになり、誰も自分自身の謝罪を受け取ってもらえないことなるため、それを察した御城が「俺の目が覚めたってことで全部水に流しませんか?」と提案をする。
 それにヴァニタスや騎士たちは賛同する以外の選択肢を見いだせず、にこやかに笑いあった。
 その後御城は騎士たちと再会を喜び話が弾んだが、20分もしない内に御城の顔色が悪くなり、息が上がり始めた。それを察したヴァニタスが「今日はここまでだ。戻るぞ。」といい、車椅子を動かす。
 御城も「すみません。またご飯作りに来ますから。」と騎士たちに頭を下げて騎士団寮を後にした。するとヴァニタスだけが戻ってきて、「そういえば俺、カエデと付き合うことになったから。」と言い残し、また騎士団寮を出て行った。
 その突然の報告を聞いた騎士たちは祝福でどんちゃん騒ぎをしたが、一方で「これは1か月の休暇はOK出すしかないんじゃないか」という話となり、騎士たちはより一層仕事に力を入れることとなった。


■ ■ ■ ■ ■


 無事1か月間の追加休暇を手に入れたヴァニタスは、今日も御城の世話をする。
 御城の目が覚めてから2週間が経ち、召喚時とまではいかないが、だいぶ体系も元に戻りつつある。そうなると次は筋肉をつけるため散歩をすることになった。この2週間はずっとベッドで寝るか、移動が必要なときは車椅子だったため多少なりとも筋肉の衰えがある。また体力は聖属性魔法の影響でかなり落ちているため、体力をつけるためにも散歩が必要だと判断した。
 最初はヴァニタスに支えられながらゆっくり行われたが、それに慣れてくると二人は手を繋ぎながら王宮の敷地内を散歩するようになった。
 その光景は王宮内で話題となっており、街ではとうとう第一王子がお相手を見つけられたと噂になるほどであった。

 「今日はここまでにしようか。」

 「うん、いつもありがとう。ヴァニタス。」

 「そうだ。渡したいものがあったんだ。」

 そう言ってヴァニタスはポケットから小さな箱を取り出した。その箱を開けるとそこにはあの日踏みつぶされたはずのピアスが修復されていた。

 「...これって」

 「あの日俺が壊したピアス。
 完全に元通りにはならなかったけど、俺の魔力を混ぜて元の素材以上に炎属性を扱えるようになった。
 受け取ってくれるか?」

 御城は少し伸びた耳をかきあげ、ヴァニタスに「付けて。」という。
 ヴァニタスは御城の右耳を見て少し後悔した。御城のピアスの穴は塞がってはいなかったが、あの日無理やり引きちぎったせいで、変な傷が増えていた。
 ヴァニタスの表情を見て察したのか、御城はヴァニタスの手を取り自分の耳を触らせる。

 「もしかして、傷残ってる?
 なら傷者にした責任。取ってもらわないとね。」

 御城が笑って伝えると、ヴァニタスは「そうだな。責任取るしかないな。」といい、ピアスを御城に付けてあげた。

 「どう?似合ってる?」

 「あぁ、すごく似合ってる。」

 ヴァニタスは御城を車椅子に乗せると、王宮の部屋へと戻った。
 部屋に戻ると、ヴァルアが部屋で待っていた。

 「母上?どうされたのですか?」

 「どうされたのですか?じゃないわよ。
 今度紹介するっていうから待ってたのに、あなた全然ゴジョー様を紹介しに来ないじゃないのよ!
 だからこっちから出向いたの!
 ゴジョー様は初めましてではないけれど、ちゃんと話すのは初めてよね?
 改めまして、ヴァニタスの母のヴァルア・フォン・ウェルドニアと申します。」

 「ご挨拶が遅れてしまい申し訳ございません。
 また、座ったままの無礼をお許しください。
 改めまして召喚されましたカエデ ゴジョーです。よろしくお願いいたします。
 ヴァニタス、紹介って言うのは?」

 「...家族に俺の好きな人って紹介する約束をしてたんだよ。
 でもカエデの体調も万全じゃなかったし、カエデにはそのことを言ってなかったから紹介はまだいいかなって。」

 「もぉー、こっちから出向くからそう言ってくれればいいのに!
 それでゴジョー様。うちの息子のどこが良かったの?」

 それを聞いてあまりの恥ずかしさに話を逸らそうとするヴァニタスであったが、母には勝てないのか、御城の話を聞くこととなった。

 「...優しいところですかね。」

 「ヴァニタスが優しい?」

 「ええ、とても良くしてもらってます。
 俺なんかには勿体ないくらいいい人で、今は毎日が楽しいです。」

 「そっかー、あのヴァニタスがね~。」

 「母上!」

 「あなた奥手なの?
 もっとガツガツ行くと思ってたわ。」

 「カエデは体調が万全じゃないんだ!
 無理強いはできないだろ。」

 「あらゴジョー様。
 体調が戻ったらガツガツ来るらしいわよ!
 もっと体力つけておかないとね。」

 「母上!!」

 御城は顔を真っ赤にし、ヴァニタスも図星なのだろう。あまりの動揺は肯定しているようにしか思えず、それを感じたのかヴァニタスも徐々に顔が赤く染まっていった。
 そんな二人をみてヴァルアは静かにほほ笑む。

 「それはそうとね。今日来たのは挨拶だけが目的じゃないの。
 これをゴジョー様に渡したくてね。」

 ヴァルアが言い終わり、手を二回叩くと王宮に仕えているであろう使用人が続々と部屋に入って来た。その手には御城が着ていたモノとは異なる和服があった。

 「やっとできたのか?」

 ヴァニタスは和服が作られていることを知っていたかのようにそう告げた。
 それに対しヴァルアが答える。

 「そうなの。
 この服はずっと前から作る予定ではいたんだけど、ゴジョー様がいつもその服を着てらっしゃるからどういう作りになっているか調べる時間がなかったの。
 でも今回ゴジョー様が寝ている間は、ヴァニタスが用意した服を着てもらっていたからその間にお借りして作ったの!
 どうかしら?」

 そう言い終えると、ヴァニタスは車椅子を押して和服の前まで連れて行ってくれた。
 実際に触ってみると和服特有の触り心地なのに、日本の糸とはまた少し違う固い感触がした。
 しかしそれは悪い意味ではなく、おろしたての和服のような感じがしてどこか懐かしさすら覚えた。
 たくさんの種類の和服を前に感動していると、ヴァニタスが一着の和服を持ってきて言う。

 「これをカエデに着てほしい。」

 その手にはどこ見覚えのある白い和服がそこにはあった。
 触れるとやはり固いが、その触り心地すら以前触れたことがあるように思えた。いや今日も触れたことを思い出し御城はヴァニタスの顔を見る。
 ヴァニタスは微笑み小さく「気づいたか?」と問いかける。
 その白い和服は騎士団長ヴァニタスが着ていた白い騎士服と同じ触り心地だ。

 「この子ったら、自分の騎士服と同じ生地で作れないか?って頼み込んできたのよ。
 結構独占欲激しい子だったのかしら。」

 ヴァルアは笑いながら、御城にそう伝える。
 御城は恥ずかしくなりながらもヴァニタスの顔を再度見る。

 「着てくれる?」

 「うん、今着ていい?」

 「もちろん。」

 御城はゆっくり車椅子から立ち上がると、ヴァニタスから和服を受け取り、部屋の隅へと向かう。そこで御城は今着ている服を脱ぎ始めた。それを見た瞬間ヴァニタスは大声で「お前たち!母上も!カエデを見るな!!!むしろ部屋から出ていけ!」と見事なまでの独占欲を発動させた。
 ちなみにヴァニタスが御城の看病を率先して行っていたのは、そばにいてやりたいという気持ちもあるが、身体を清潔に保つなど御城の服を脱がす必要のある行為を他人にさせたくないためでもあった。
 ヴァルアは二ヤつきながらも、騎士たちを連れて部屋から出ていった。

 「それはどうやって着るんだ?」

 「ヴァニタスも着たい?」

 「実は俺用にも同じものを作ってもらった。」

 「え!そうなの?見たい!絶対に似合うよ!
 そういえば召喚された最初くらいにこんな会話したね。」

 「覚えてるよ。」

 「ふふっ。
 最初は一人で着るのは難しいから、俺がヴァニタスの着付けをしてあげるね。」

 「着付け?」

 「そう。この服は和服って言うんだけど、和服を美しく着る技術のことだよ。」

 そんな話をしながら御城は着々と自分の着付けを慣れた様子で行っていった。
 ヴァニタスはそんな様子をガン見している。
 ヴァニタスが御城のために用意した和服はただ白い和服ではない。長襦袢はヴァニタスと同様に黒で作られており、着物から顔を覗かせる黒の長襦袢は締まって見える。また騎士服と同じ生地で作られた着物は広げると足元には雪の結晶をモチーフにしたデザインが施されており、縁は雪の結晶よりも濃い青色で縁どられていた。
 帯も同じように雪の結晶が主体となったデザインとなっており、白に映えるのは黒だけではないということを再認識させられる。
 着付けの終わった御城が振り返り、ヴァニタスに問う。

 「...どうかな?」

 「かわいい。最高に似合ってる。ほんとにかわいい。」

 ヴァニタスは手で口を抑えながら、御城を褒める。
 そのまま御城へ近づき、頬をなぞりながら「きれいだ」と呟く。
 「わ、わかったから!そう何度も言わないで!」と顔を真っ赤にしながら怒る。
 そんなことお構い無しに、次は正面の服が重なっているところに突っ込み「脱がしやすいな。脱がしていいか?」とヴァニタスが言うと、あまりの恥ずかしさに御城はヴァニタスを突き飛ばした。

 「ちょ!冗談辞めてよ!」

 「冗談じゃないよ。
 でもカエデの体調がよくなってからって決めてるから。
 覚悟しててね。」

 「...ちなみに聞くけど、男との経験はあるの?」

 「ない。
 ...カエデはあるのか?」

 「ないよ!」

 「よかった。
 もしあったらそいつを切り刻んでやるところだった。」

 「もしそうなったら、俺の元いた世界にいかないとね。」

 「そうだな。」
 それで、カエデの初めては俺にくれるのか?」

 ヴァニタスがそう問うと御城は戸惑いながらも一回だけ小さく頷いた。
 その頷きを確認し、ヴァニタスは御城に近づきキスをする。

 「今日はこれで我慢する。」

 そういって廊下で待機しているヴァルアと使用人たちを呼びに行った。
 待機組が部屋に入ってくると人数が増えていた。
 正確に言えば、クーヴェルやヴァドル、騎士たちも御城の和服姿が見たいと集まってきたらしい。みな御城の雪の結晶が特徴的な白い和服を見て微笑む。

 「ほう、これをヴァニタスが選んだのか。
 しかしカエデ殿。とても良く似合っている。
 貴殿は白も似合うのだな。」

 「にぃさん独占欲強すぎない?
 それにぃさんの騎士服と同じ生地でしょ?」

 「団長...ちょっとお二人並んでくださいよ!
 お!めっちゃ良いじゃないですか!ゴジョー様良かったですね。」

 ヴァニタスと御城は顔を見合わせて笑った。


■ ■ ■ ■ ■


 「ヴァニタス、お願いがあるんだけど...」

 「どうした?キスしてほしいのか?」

 「そ、そうじゃないよ!もう!
 そろそろ和菓子を作りたくて、街に材料を買いに行きたいんだけど、ダメかな?」

 ヴァニタスはキスを願ってくれても良かったのにと口を尖らせていたが、御城の作るお菓子を食べたいと思い、すぐに考えた。

 「そうだな...だいぶ体力も付いてきたし護衛を何人かつけることになるが、一緒に行こうか。」

 「うん。楽しみ。」