ヴァニタスが討伐遠征に行ったその日。ヴァニタスにキスをされてから部屋に閉じこもっていたが、そうしているわけにもいかず、魔法の訓練もあるからとベットから降り部屋を出た。
 御城の様子が気になり見守っていた他の騎士たちは、御城の部屋の前で聞き耳立てていたが、御城が部屋から出る雰囲気を感じ取った瞬間に散り散りになった。そのあまりにも素早く静かで統率の取れている騎士の行動は御城に気づかれることはなかった。
 御城は食堂へ向かい、本日の当番であるルカ、リュウ、サイラス、モーテルの作った朝食を食べながら今日のこれからについて考えていた。

 (そういえばヴァニタスは今日はいないから午前中の魔力に慣れるための訓練はなしか...。なら午前中は久々に時間が空くのか。
 というかヴァニタスはいつ遠征から帰ってくるんだ?)

 そう考えると気になり始め、斜め向かいに座っていたルークに聞くことにした。

 「ルークさん。ヴァニタスたちの討伐遠征はどのくらいかかるんですか?」

 「...ゴジョー様、もう団長に会いたくなったんですか?」

 「え、いや、ちがう!違うから!」

 「本当に違うんですか?
 別に隠さなくてもいいですし、恥ずかしがらなくて大丈夫ですよ。
 俺等というか...この寮にいる騎士たちは全員知ってるっすよ?」

 「え、なにを?」

 「え?
 ゴジョー様、団長と付き合ってるんですよね?」

 「え?」

 「え?」

 「いや、付き合ってないよ?」

 その言葉を聞いたルーク、そして食堂に居た多くの騎士たちは食事を止めイスから立ち上がり、今聞いたことを信じられないでいた。
 その光景に御城が驚いていると、ルークが質問をしてきた。

 「付き合ってないのにキスしたんですか?」

 「うぅっ...それは、そ、そうなりますね。」

 「キスは同意の上でやってるんですか?」

 「いや、キスされたのはさっきのが初めてで」

 「「「「「はいぃぃぃぃぃ???」」」」」

 御城が羞恥を堪えながら答えると、食堂に居た騎士全員、大声を上げた。
 騎士たちは徐々に御城のまわりに集まっていき、御城への質問の集中砲火を行った。

 「いつもあんなにイチャついてるのにキスが初めて???」

 「って、いうかほんとに付き合ってないんですか?」

 「訓練場でいつも抱き合ってるじゃないですか!」

 「湯浴みも一緒ですよね?」

 「てか、ゴジョー様は団長のことどう思ってるんですか?」

 最後に聞こえてきた質問が他の騎士たちの声を止めた。
 他の騎士も気になるのだろう。付き合ってはないと言いながらもキスをしたりする仲ということが騎士たちはどういうことなのかが判断できていない。確かにまわりから見ればヴァニタスの一方的な愛情表現に過ぎない。ただそれは御城がどう思っているかによって見方が変わってくる。

 「そ、それは...ヴァニタスには保留にしてもらってて...」

 「ってことは団長には告白されたってことですか?」

 御城は少し考えた後、今まで一度も好きだなんて言われたことないと思い出す。そうなると告白というものはされていない。が、言葉にせずとも伝わることもあるということで、そう考えると実質告白はされたようなものなのではないかと御城は頭を悩ませる。
 御城が頭を抱えて唸っていると、騎士たちがそれを察したのか追加で質問を投げつけた。

 「...告白すらされてないってことですか?」

 「そうですね...言葉としてはいただいたことはないですね...」

 「そ、そうなんですね。
 でも俺はお似合いのお二人だと思いますよ。」

 「俺も二人はずっと一緒に居てほしいなって思います!」

 御城は途端に顔を真っ赤にした。
 食堂には20人近くの騎士が居たが、その全員からお似合いだと言われた。なんならほぼ全員がすでに付き合っているものと思っており、御城とヴァニタスができあっているところを目撃しており、大半が先程のキスを目撃しているのだ。
 それに気が付き、御城は空気の抜けた風船のようにイスに倒れ込む。
 「ゴジョー様の洗い物やっておきますねー」と御城に気を使って騎士たちは離れていく。
 すると向かい側に座っていたルークは心配そうな顔をしながら、御城に話し始める。

 「ゴジョー様は今の話、他の誰かにしましたか?」

 「いや...こんな恥ずかしい話できないよ。」

 「よかった。
 それここにいる騎士以外に話しちゃダメですからね。」

 それを聞いて御城は意味が理解できなかった。ルークの真剣な表情を見るに深刻なのだろうと思い御城はその理由を問いただす。

 「どうして話しちゃダメなんですか?」

 「そもそもゴジョー様はこの世界にきて、どこにいかれたことがありますか?」

 またしてもルークの質問の意図が分からず困惑する御城は少しの間をおいて「王宮とルークと一緒に行った街、訓練場にこの騎士団寮だけかな?」と話す。
 それを聞いたルークはやっぱりかといったような表情を浮かべ御城へと忠告をする。

 「ゴジョー様。まずこの騎士団寮を見てなにか気づくことはありますか?
 もしかしたらすでにお気づきかもしれませんが、この騎士団寮には独身男性しかおりません。」

 それを聞いて御城はハッとする。
 言われてみればそうだ。結婚などしていれば寮などに入らず家族の元へと帰るだろう。しかしこの寮に住んでいる騎士たちは皆この寮に帰って来る。
 つまり全員が独身男性であるということを意味していた。
 しかしそれがヴァニタスとの関係を話してはいけない理由にどんなつながりがあるのか分からないでいた。

 「それがどうしたんですか?」

 「本当は結構ごちゃごちゃしたお話なんですが、すっごく簡単にお伝えすると第一王子派閥と第二王子派閥があるんですよ。
 この国は貴族社会なところがありまして、貴族の大半が第二王子派閥の状態です。
 騎士の結婚相手と言えば大体が貴族。もしくは貴族に逆らえない民間人になります。つまりこの独身の騎士団寮に住んでいない騎士は基本的に第二王子派閥なんですよ。
 騎士の多くは団長を尊敬しているんですけど、守るべきものができるとその尊敬すら上塗りしないといけなくなるんです。
 でも結婚が悪いって言ってるわけじゃないんですよ。」

 「つまり、ヴァニタスは貴族に嫌がらせされてるってことですか?」

 「...そうですね。嫌がらせになっているかはわかりませんが、何らかの妨害工作が幾度となく行われてますね。
 あとは第二騎士団の団長ですかね。」

 「第二騎士団?」

 「あぁそうか。ゴジョー様は知らないですよね。
 この独身の騎士団寮に住んでいるのが第一騎士団。そして結婚してこの寮を出た騎士たちが第二騎士団になります。そしてその第二騎士団にも団長がいまして。あ、ただヴァニタス団長は第一と第二の統括も勤めているので騎士団全体の団長はヴァニタス団長になるんですけど、二番目に権力があるのが第二騎士団団長のノワール団長になります。
 このノワール団長が根っからの第二王子派閥でして、ヴァニタス団長のことをよく思っていないんです。
 それで結構な衝突があるといいますか...」

 御城も漫画こそそこまで読む方ではないが、小説なら読む方である。
 物語で第一王子と第二王子派閥の争いなんてものはよく見られるが、そこには明確な理由があった。
 理由は様々だが、その多くが国の未来のあり方による価値観が双方の王子で異なっており、それが火種になることが多かったような気がする。
 だが、このヴェルドニア王国の王子であるヴァニタスとヴァドルの仲は良好であり、お互いに王位を譲り合っているようにも思える状態であった。
 つまり第一王子派閥と第二王子派閥が生まれ、そのまま争いに発展する意味がわからないでいた。

 「ヴァニタスもヴァドルさんも仲が良さそうに見えました。
 どうして派閥が生まれてるんですか?」

 「...貴族は団長のことが怖いんですよ。
 団長って剣術も凄ければ、魔法の才能もあるんです。あとはゴジョー様は口下手な印象があるかもしれませんが、口数が少ないだけで団長は本当はお話も上手なんですよ。
 とりあえず簡単な話、貴族の嫉妬ですよ。
 団長が優秀すぎるがゆえに、貴族は自分の地位が脅かされないか心配なんです。」

 それは御城の思っていた内容より、かなりしょうもない理由であった。
 ヴァニタスの出来の良さに嫉妬しているがために、ヴァニタスへの妨害工作をしている輩がいるという事実を御城には受け入れられなかった。

 「なら今日の討伐遠征は大丈夫なんですか?
 魔法研究所の方と同行されたと伺っております。あそこは第二王子のヴァドルさんの研究所だと伺っているので、第二王子派閥も多いんじゃないですか?」

 「そうですね...
 ただ現状は問題ないと思います。これまで何度か討伐遠征に行ったことはありますが、これまでひどい妨害工作は受けていないようです。
 それに今回の討伐遠征の騎士団側もかなりの手練れを連れて行ってます。
 ゴジョー様が心配するほどのことではありませんよ。」

 「な、ならいいんですけど...」

 御城はヴァニタスのことが心配でだんだんと表情が暗くなっていった。
 それを見かねたルークがおどおどしながら、御城に対して提案をする。

 「ゴジョー様はこの世界に来て1ヶ月ほど経ちましたが、おやすみがなかったのではないですか?
 今日は団長も居ないので、午前中は俺等と一緒に街に行きませんか?
 そろそろ欲しいものもあると思いますし!」

 この世界に来て御城は一日も休むことなく魔法訓練と食事の対応をしていた。騎士たちもそれが気がかりだったのだろう。
 御城もたしかに和服はヴァニタスが同じデザインのものを手配すると入っていたが、まだ手配ができておらず、毎日同じ和服を着るのに若干の抵抗を覚えていたところであった。そう考えると服がほしい。
 また御城にはもう一つほしいものがあった。

 「あの、街にはアイテムは売っていますか?」

 「アイテム?魔道具のことですか?」

 「そうです。炎属性の魔道具が欲しいなと思いまして。」

 「うん。ありますよ。
 じゃ、決まりですね!」


■ ■ ■ ■ ■


 街は騎士団寮からそこまで離れているわけではないが、歩いて片道20分はかかるところにある。20分も歩くとなると本来であればだらけるかもしれないが、今の御城には魔法がある。これはヴァドルから教えてもらった魔法の使い方の一つで、ほとんどの騎士がやっていることらしいが、嵐属性の風魔法を使って身体を少し浮かせることでほとんど体力を消耗することなく歩き続けることが可能だという。御城も実際にその魔法を使って街まで歩いてきた。
 御城が魔法ってすごいんだなと改めて感心していると、ルークが声をかけてきた。

 「そういえばどうして火の魔道具がほしいんですか?」

 「ご飯を作るときにいつもヴァニタスに火を付けてもらっているのが申し訳なくてですね...。一人で火だけでも付けられるようにしようかと...。」

 「...それ団長に言ったんですか?」

 「いえ、言ってないですけど。」

 ルークは御城の話を聞いて、どうしたものかと頭を悩ませた。それはルークだけではなく同行していたサイラスとモーテルも同じように頭を抱えていた。
 ルークがなにか言い出してくれるかと思ったが、言い出しにくそうにしていたため、それを見たサイラスが重い腰を上げた。

 「...火をつけるのが迷惑だと、団長が言ったんですか?」

 「いえ、迷惑とかは言われたことないです。
 ただ訓練から帰ってきた後とかにすぐ火を付けてと頼むのが申し訳なくて...
 ヴァニタスのためにも、俺にできることを増やしていこうかと思います。」

 「そういうことであれば...
 ですが、ゴジョー様はこの国の身勝手な召喚儀式のせいで召喚された、いわば被害者なんですよ。迷惑などいくらでもかけていいと思います。
 俺たちが言えたことじゃないが、迷惑はもっとかけてください。
 団長もその方が喜んでくれると思いますよ。」

 「そう言っていただけて嬉しいです。
 でも、俺はまだ召喚者が使えるとされる聖なる力がまだ使えません。
 それだけで迷惑をかけてると思います...。」

 御城の表情はプレッシャーに押しつぶされそうになりながらも、ヴァニタスのために何かできることはないかと少しでも前を向いているようなものであった。
 召喚されてから一ヶ月。聖なる力どころか聖属性魔法の発動条件すらわかっていない。御城の周りにいる者は御城に対して優しくしてくれているが、それがかえって御城を苦しめていた。
 サイラスや他の騎士もそれを察したのだろう。「魔道具はあの店で買えますよ」とただ案内をすることしかできないでいた。

 店に入ると、思いの外たくさんの種類の魔道具が並べられていた。
 ヴァドルが見せてくれた指輪型や腕輪型のほか、ピアス型やネックレス型など様々なタイプのものが置かれていた。
 店主が声をかけてくれ、炎属性に変換する魔道具を紹介してもらった。

 「料理をするから指輪や腕輪は避けたいんです。
 ネックレスは...邪魔になりそうですよね。そうなるとピアス型になりますかね?」

 「そうですね。
 お客様はピアスは開けられていますか?」

 店主に言われ、そういえばピアスの穴を開けていないことを思い出した。
 高校生のときに若気の至りで開けようと思ったことはあるが、その時は画鋲で開けようとしており、あまりの痛み躊躇してしまい、耳を画鋲が貫通することはなかったため、それ以来御城はピアスを開けることを諦めていた。
 しかしすでに大人になった御城は多少の怪我は慣れっこになっており、これを気にピアスを開けても良いと思えていた。

 「空けてないですね...。
 今日ここでこのまま開けてもらうことはできますか?」

 「ええ、できますよ。片耳だけにしますか?
 ピアス型は片方だけで魔道具として機能します。
 両耳開ける場合は、別の属性変換にしてもいいですし、魔道具ではない同じデザインの通常のピアスをつけることもできますよ。」

 「そうですね。
 (現状は風魔法を扱うだけで、上位互換である雷魔法は使えないでいる。
 そんな状態で炎属性以外の属性を追加してそれを扱うことができるのか?
 いや、できない。だったら風と火の魔法を扱えるようになってからでもいい気がする。)

 今回は片耳だけでお願いします。」

 「かしこまりました。
 ご購入いただくピアスはセットとなるので、片耳だけのご購入はできませんがそれでもいいですか?」

 「はい。問題ございません。」

 店主は「わかりました。ではこちらへ」と御城を案内し、魔法で右耳にピアスを開けてもらった。使った魔法は陸属性の土魔法らしく、小粒の砂を生成してそれを耳に向かって放つ。そうやって耳に穴を開けたらしい。
 その後はすぐに氷属性の氷魔法で耳を冷やしてもらい、そのまま買ったばかりのピアスを付けてもらった。
 購入したピアスはヴァニタスが使う火魔法と同じスカーレット色の宝石があてがわれており、大きすぎないそのデザインは邪魔になることはないが、存在感がある。
 初めて付けたピアスに感動しつつ、次にはどのようにして魔道具を使うのかが気になっていた。

 「ありがとうございます。
 この魔道具はどうやって使うんですか?」

 「そうか、聖人様は魔道具は初めてか。」

 その店主の言葉に一気に警戒心を強めた。
 それは御城だけではないらしく、護衛という名目で一緒に来ている三人の騎士も腰にぶら下げている剣に手を掛ける。

 「警戒しないでください。
 以前も街にいらしてたでしょ?異国の格好をしながら騎士を付けてこの国を歩くのは聖人様くらいですよ。この街の奴らは大体わかってましたよ。
 それに今朝、ヴァニタス第一王子とキスされてましたでしょ?街のみんなが知ってますよ。
 それで魔道具の使い方でしたね。基本的には魔道具は属性の変換器になるので、魔道具自体に魔力を流し込むだけで大丈夫ですよ。
 聖人様の場合はピアス型ですから、耳に魔力を流す形でやるとうまくいくと思います。」

 「...ありがとうございます。」

 そういって御城たち四人は店を後にする。
 店を出た瞬間ルークが御城に向かって謝罪をした。

 「申し訳ございません。変装くらいするべきでした。
 すぐに別の服を買いに行きましょう。」

 「いえ、なにも謝らなくとも。」

 「いえ、少し危険な匂いがします。
 召喚時の説明でお伺いしたかと思いますが、召喚儀式自体が国家機密です。
 俺等王宮に仕える騎士は召喚儀式含め、召喚されたゴジョー様のことを知っていますが、逆に言えば王宮と関わりのない人物がゴジョー様のことを知るすべはありません。
 機密事項がどこからか漏れていることになります。
 今日は服を買って、なるべく早く寮に戻りましょう。」

 「でもそれはヴァニタスが俺にキスしたからじゃ...」

 「それだけであれば団長の恋人と思うのが普通でしょう。
 しかしそれだけでは説明がつきません。
 仮に召喚儀式のことが外部に漏れたとしても名目上は”聖女”召喚ですから、召喚されたのは女性だと思うでしょう。しかし店主の口からははっきりと”聖人様”と言ってました。
 つまり、召喚されたのが男性であることが漏れているんです。
 急ぎましょう。」

 御城はルークに圧倒されるがまま、ただ頷くことしかできないでいた。
 そのまま駆け足で服屋へ駆け込み、服を物色する。二日目に下着を買いに来た店と同じ店だ。
 あの時は下着しか見ていなかったが、こうやって見ると御城のいた元の世界とそこまで服のデザインは変わりはない。王宮周辺が御城の生活領域となっていたため騎士服やメイド服しか目に入ることはなかったが、上はYシャツ、下はチノパンなど見慣れたものが並んでいた。
 御城は黒のTシャツとYシャツ、そして黒のスキニーを購入し、そのまま店内で着替え、帰路につく。
 着替えたからか、帰宅時は街で視線を感じることはほとんどなかった。


■ ■ ■ ■ ■


 騎士団寮に着くと食堂で緊急会議が行われた。
 会議の内容はもちろん、御城の今後についてである。国家機密である召喚儀式が行われたことに加えその召喚者が御城であることが街中にまで広まっている現状から察するに、外部へ情報を漏らした人がいるということになる。
 狙いがなんなのかは今のところ不明だが、取り急ぎ御城の単独行動を禁止にする方向へとなった。

 「と、言うわけでゴジョー様は団長が戻ってくるまでは一旦単独行動は禁止とさせていただきます。
 ご不便をおかけいたしますが、ご協力のほどよろしくお願いいたします。」

 「いえ、そんな。
 ちなみにヴァニタスっていつ帰ってくるんですか?
 俺あんまり詳しくなくてですね...」

 「今回、団長が率いている討伐部隊ですが、早ければ1週間後には遠征先から帰って来る予定と伺っております。
 ですので、最低でも1週間はお一人で行動されないようにお願いします。
 そして追加となりますが、街へは護衛を付けていたとしても出向かないようにしてください。」

 「え、街に行っちゃいけないんですか?」

 「そうなります。
 食材のことをお考えかもしれませんが、それは騎士たちに行かせますので耐えていただけますでしょうか?」

 「...わかりました」

 納得はできないが、そうせざる終えない状況なのだろう。
 騎士たちも御城のことを心配そうに見つめている。

 「それから一番気をつけなければならないことなのですが、ゴジョー様はその...団長の婚約者についてどこまでご存知でしょうか?」

 それを聞いて御城は一瞬理解が追いつかないでいた。
 そもそも御城はヴァニタスの口からは婚約者の話を聞いたことはなければ、そもそも女性と話をしているところすら見たことがない。
 そんなヴァニタスに婚約者がいるという事実。簡単には受け入れられないでいた。

 「ヴァ、ヴァニタスに婚約者がいるんですか?
 すみません。今初めて知りました...。
 と、いうか俺、公衆の面前でヴァニタスとキスまでしちゃったんですけど、大丈夫なんですか?」

 「...大丈夫ではありません。
 まずはじめに訂正をさせていただくと団長は過去に婚約者となる方がいらっしゃいました。
 過去形なのはそうですね...言い方が良くありませんが、団長はその婚約者を切り捨てたんです。」

 「切り捨てた?」

 「はい...ただこれに関しては団長は一切悪くないのです。
 その婚約者、名をエリザベート令嬢というのですが、簡単にお話するとわがまま令嬢でして。何でも思い通りになると思っている節がありましてですね...
 婚約もエリザベート令嬢から申し込んだんですよ。
 でも、団長はあーじゃないですか。あえなくそのご令嬢は撃沈したわけなんですが、そこで終わらなかったんです。」

 「と、いいますと?」

 「公の場で自分は団長の婚約者であると言いふらしまわったんですよ。」

 「うっわぁ...」

 御城は感情がそのまま声に出てしまっていたようで、それを聞いていた周りの騎士たちも共感するかのように、苦い顔をしながら相槌を打っていた。

 「それでどうなったんですか?」

 「そりゃまぁお怒りですよ。
 国内放送や新聞でも大々的にエリザベート令嬢は婚約者ではないと発表が行われましたよ。」

 「それはなんというか...すごいですね。
 でもそれだけって感じなんですか?
 仮にも王族の婚約者であるという嘘を言いふらしまわったってことですよね?
 そのあたりは詳しくないのですが、何らかの処罰があるのではないですか?」

 「本来であれば、処罰があったでしょうね。
 いや、処罰自体はあったらしいんですが相当軽いものだったようです。」

 「何か理由があるんですか?」

 「エリザベート令嬢の父親はあの”ノワール団長”なんですよ...
 覚えていらっしゃいますか?
 今朝お話した第二騎士団の団長です。」

 「もしかしてそれが理由でノワールさんは第二王子派閥なんですか?」

 「...おっしゃるとおりで。
 それで今回の団長とゴジョー様のキスの件は少なからず、あの親子の耳に入ってると思います。
 噂ではエリザベート令嬢はまだ団長を諦めていないとか言われておりますので、そう考えると団長ではなく、ゴジョーさまに危害が及ぶ可能性があります。
 そのためにもゴジョー様の単独行動はひとまず団長が戻ってくるまでは禁止とさせてください。」

 御城は内心、ヴァニタスのことを可哀想と思いながらも、召喚初日にヴァニタスと湯浴みをしたときのことを思い出していた。

 (そういえば、想い人はいない。本当にいない。的なことを言っていたな...
 確かにそんな根も葉もない噂を勝手に流され、勝手に婚約者が作られていた過去があるのならば結婚なんてしたくないし、想い人などいないと俺でも言うかもな...)


■ ■ ■ ■ ■


 ヴァニタスが討伐遠征に行ってから1週間が経った。
 つまり今日ヴァニタスが帰ってくるということだ。
 御城は新しく買った黒のYシャツに黒のスキニーという格好で右耳には魔道具のピアスを付け、討伐のねぎらいを兼ねた豪華な食事の用意をしている真っ最中であった。
 ピアス型の魔道具は1週間もすれば慣れたもので、2つのコンロまでであれば同時に火を灯せるまでに成長していた。

 「すげぇ!めっちゃ豪華っすね!」

 「あれですか?団長たちが帰ってくるからですか?」

 「うわぁ、次の討伐遠征俺行こうかな!豪華な食事が待ってるんだろ?」

 食堂に集まってきた騎士たちからは料理を褒める声しか聞こえない。
 本当であれば街の門まで行って帰還を待つつもりでいたが、先日の単独行動は禁止ということと、護衛を付けていたとしても街に行くことを禁止するというルールを守り、大人しくこの騎士団寮で待つことにしたのであった。
 外で大きな笛の音が聞こえる。
 その音は討伐部隊の帰還を知らせるものであり、それはヴァニタスにもうすぐ会えるということを意味していた。

 「ゴジョー様嬉しそうですね。
 やっと団長に会えますね!」

 御城の表情から読み取ったのか、ルークとサイラスが御城を茶化す。
 いいから手を洗ってきてください!と御城は寮母ばりに騎士たちへ言い放つ。
 その数分後、騎士団寮の扉が開く。

 「おかえりなさい。」

 そんな御城の言葉と用意された豪華な食事を見て討伐遠征から帰ってきた騎士と魔法研究所のみんなは一斉に笑顔になった。
 一番後ろにいたヴァニタスはキョロキョロしながら扉をくぐり、それはまるで御城を探しているようであった。
 御城は大きく「ヴァニタス!」と大声で手を振る。それに気づきヴァニタスが御城の方を向くと、その表情は一瞬にして曇った。そして御城とヴァニタスが最初に出会ったときのような冷ややかな視線のまま、ヴァニタスは大きな足音を立てながら御城へと歩み寄る。

 「お、おかえりなさい...」

 「なんだそれは?」

 その声は低く、あの時の情熱的なキスをした人物から出た声とは到底思えないものであった。
 御城はただただ混乱して、咄嗟に「え?」としか口にできないでいた。

 「何だその服は。何だそのピアスは。」

 先程まで討伐遠征のメンバーを労うためのムードだった食堂が一変。
 全身が凍ったかのようにその場にいる全員が動けないでいた。
 御城のそのうちの一人でなぜヴァニタスが怒っているのか理解できていないでいた。

 「こ、この服は着るものがずっと一着だったので買いに行かせてもらいました。
 ピアスは魔道具で、火の魔法を使えるようにと思って服と一緒に買いました。」

 御城は震えながらもヴァニタスに答えた。

 「火の魔法?何に使うんだ?」

 「りょ、料理するときにいつもヴァニタスに火を付けてもらうのは迷惑になるんじゃないかと思って...」

 「俺が迷惑だと言ったか?」

 「...いえ、言ってません。
 でも内心思ってるんじゃないかと、」

 御城がそう言い終える前にヴァニタスは御城のピアスに手をかけ、そのままピアスを引きちぎった。その突然の出来事に一瞬何もできないでいたが、ピアスが引きちぎられたときに耳も一緒に切れてしまったのか、その痛みとまだ不安定なピアスの穴からたくさんの血で状況を理解し、うずくまって耳を抑えることにした。

 「...こんなもの、お前には不要だろ。
 服は誰が選んだ?ピアスも誰が選んだんだ?」

 「じ、じぶんで、」

 そのときルークが御城とヴァニタスの間に割って入った。

 「何してるんですか!団長!
 ゴジョー様大丈夫ですか?結構血が出てますね。洗い流しに行きましょう。」

 「邪魔だルーク。俺は今コイツと話してる。」

 「ゴジョー様を街に連れ出したのは俺です。
 勝手なことをした罰なら後で受けます。
 でも今はゴジョー様の怪我を、」

 「必要ない。」

 ヴァニタスは冷たくルークをあしらう。
 それに対してムキになったルークはヴァニタスに突っかかる。

 「必要ないわけないじゃないですか。
 ゴジョー様は団長に食べてほしくてこんな豪華な食事を用意して待ってたんですよ。
 それなのに帰ってきて早々、ゴジョー様のピアスを引きちぎるとか何考えてるんですか?」

 「だからコイツにはこんなもの必要ないと言ってるんだ。」

 そういうと引きちぎったピアスを床に叩きつけ、そのまま踏み潰す。
 それを目の当たりにした御城は「勘違いしてて、すみませんでした。」と立ち上がり深々と頭を下げ、謝罪をした。
 御城は俯いた状態のまま「自室に戻ります」と小さく呟くとゆっくりと食堂を後にした。
 自室に着くと、血まみれの耳を構うことなくベッドへとダイブした。布団を頭まで被り、目からは大粒の涙が溢れていた。

 (俺は召喚者だもんな...この国からしたら聖なる力を発動させるための道具なんだ。
 ヴァニタスが優しいから勘違いしてた...
 そうだよな。火の魔法とか使えるようにとか、服とか気にしてる場合じゃないんだよな。
 俺はこの国の道具なんだから...)

 翌日、御城は騎士団寮から姿を消した。