午前九時、家の最寄り駅
今日はカジュアルな服で来ることにしていた
緊張しすぎて、昨夜はほとんど眠れなかった
「おはよ、凛」
改札口の近くにいた日向が俺を見つけ、手を振りながら近づいてきた
シンプルなTシャツとジーンズ姿
そのラフな装いが、彼のスタイルの良さを際立たせていた
「おはよ、日向!」
俺も精一杯の笑顔で応えた
日向は迷いなく俺のそばに来ると、自然な動作で俺の手を掴んだ
「今日、楽しみにしてた」
日向が少し笑って言った
「俺も!遊園地なんて、すっごく久しぶりだよ」
日向は繋いだ手を軽く引っ張り、
「よし、行くぞ」
と歩き出した
彼の隣にいることが、最高の誇りであり、安心感だった
遊園地へ向かう電車の中は、賑やかだった
ほとんどの乗客が同じ目的地なのだろう
日向は吊革につかまり、俺は窓際の席に座った
二人の間の距離は近く、繋がれた手から日向の体温が伝わってくる
「ねぇ、日向」
「ん?」
「ミスターコン、本当におめでとう。改めて、本当にかっこよかったよ」
俺がそう言うと、日向は少し目線を下げて、照れたように笑った
「ありがとな。ま、俺はあの場で、一番お前にかっこいいと思ってもらえたなら満足だ」
日向は繋いでいない方の手で、俺の頭をぽん、と軽く叩いた
「お前は素直に喜んでてくれればいいんだ。もう、誰にも遠慮するな」
俺は、日向にもたれかかるように少しだけ体を寄せた
周りにたくさんの人がいるのに、俺たちは二人だけの空間にいる
この特別な居場所が、もう誰にも奪われないという確信が、最高の安堵を与えてくれた
駅を降りて遊園地のゲートへ向かう道のりも、日向と繋いだ手は一度も離れなかった
高くそびえ立つジェットコースターや、きらびやかなお城が見え始めた瞬間、俺の胸はもう興奮でいっぱいになった
遊園地のゲートをくぐり、入場券を渡す瞬間、日向が立ち止まった
「なあ、凛」
日向は繋いでいた手を一度離し、俺の両肩を掴んで向き合わせた
「今日は、お前の恋人として、誰よりも楽しませる。無理に怖いものに乗る必要もないし、どこに行くかも全部お前の好きなように決めていい。だから、嘘をつくな。疲れたら疲れた、乗りたくないなら乗りたくないって、ちゃんと俺に言えよ」
彼のまっすぐな目には、俺への深い気遣いが込められていた。
「うん、わかった。絶対、嘘はつかないよ」
俺は力強く頷いた。もう、日向の隣で臆病な自分を隠す必要はない
入園した瞬間から広がる色とりどりの装飾や、流れる明るい音楽が、気分をさらに高揚させる
「最初はあれ、行くぞ」
日向が指さしたのは、入口からすぐに見える巨大なジェットコースターだった
「えっ、いきなりあれ!?」
高さと複雑なレールに、思わず声が上ずる
日向は楽しそうに笑った
「折角来たんだ、一番スリルあるやつから楽しむのが礼儀だろ。凛、怖がんなよ」
日向に、怖がんなよと言われると、不思議と怖さが和らぐ
ちょっとくらい強がるのは許して欲しい
「怖くないよ!お、俺ジェットコースター得意だし!」
ジェットコースターの長い列に並んでいる間も、日向は始終楽しそうだった
「お前、絶対顔青くなるぞ」
「ならないって!」
そんな他愛ない会話で、緊張が少しずつほぐれていく
そして、いよいよ俺たちの番
日向と隣同士でシートに座り、安全バーが下りる
日向は、シートの肘掛けの下で、俺の手を強く握りしめた
「行くぞ、凛」
ガタガタとレールを登り始め、最高地点に達した瞬間、体がふわりと浮き、一気に急降下する
俺は反射的に日向の腕に掴まり、絶叫した
風を切り裂く轟音の中、隣の日向も大きな声で笑っているのがわかった
数分間のスリルが終わり、シートから降りたとき、俺の足はガクガク震えていた
「ほらな、顔色悪いぞ」
日向は笑いながら、俺の肩を抱き寄せ、壁にもたれかけさせた
「大丈夫か?怖かったんじゃん」
「だ、大丈夫。日向が隣じゃなかったら、怖くて乗らなかった……」
日向は俺の言葉に満足そうに頷き、頭を優しく撫でてくれた
次に乗ったのは、それほど混んでいないコーヒーカップだった
「回すぞ、凛」
「え、ちょ、日向!速すぎ!」
日向は笑いながら、思い切りカップを回した
目が回ってフラフラになりながらも、日向と他愛もないことで笑い合う時間が、たまらなく幸せだった
アトラクションを降りて少し休憩したとき、日向が俺に顔を近づけてきた
「凛」
「な、なに……?」
まだ少し目が回っているせいで、日向の顔が二重に見える
「お前、さっきからずっと俺の手を離さねぇな」
日向はそう言って、繋いだ手を持ち上げた
「だって……」
遊園地という大勢の人がいる場所なのに、日向が隣にいるというだけで、まるで二人きりの秘密の場所にいるような安心感がある
昨日までの不安なんて、本当にどこかへ消え去っていた
「日向が、俺の隣にいろって言ったんじゃん」
俺が少し照れながらそう言うと、日向は目を細めて、最高に満足そうな笑顔を浮かべた
「そうだな。もう二度と離す気はねぇよ」
日向のその言葉に、俺の胸は確かな愛の証明で満たされた
「さて、次は昼飯だ。腹減っただろ」
日向はそう言うと、俺の頭をポンと叩いた
日向の言葉に、ようやく空腹を思い出した
午前中のジェットコースターとコーヒーカップで、体力をごっそり持っていかれたらしい
「うん、すごく。日向はもう何食べるか決めた?」
俺たちは屋台が並ぶ賑やかなエリアへ移動し、テラス席を見つけた
日向が注文したのは、遊園地らしい巨大なチーズバーガー
俺は少し体が疲れていたので、温かいスープとサンドイッチを選んだ
向かい合って座ると、日向はすぐにバーガーにかぶりついた
その豪快な食べ方すらも、俺には格好良く見えた
「午前中楽しかったな。ジェットコースターはちょっと、いや、かなり怖かったけど」
俺が正直に言うと、日向は笑って口元のソースを拭った
「だろ?だから言ったじゃん。でも、怖がって俺に掴まってた凛、可愛かったぞ」
「う、うるさいな!」
「このあとはどうする?なにか乗りたいものあるか?」
日向はマップを操作しながら尋ねた
「うーん、水がかかるアトラクションとか、景色がきれいなものがいいな。さっきジェットコースターで思い切り叫んだから、ちょっと落ち着きたい」
俺は遠慮なく希望を伝えた
「水か。じゃあ、この後行こう。あと観覧車はどうだ?高いところから見下ろす景色はきれいだぞ」
日向が指さしたのは、マップの中でもひときわ目立つ観覧車のアイコンだった
「観覧車!いいな、日向と乗りたい!でも、夜景のほうがロマンチックじゃない?」
そう言ってから、俺は一気に顔が熱くなるのを感じた
つい、恋人らしいことを口にしてしまった
日向はクスッと笑い、俺の頬に触れた
「そうだな。じゃあ、観覧車は夕方のフィナーレに取っておくか。その時間までもたくさん楽しむぞ」
「うん、楽しもうね、日向」
俺は日向の手にそっと自分の手を重ねた
俺たちは日向が提案してくれた通り、水がかかるアトラクションへ向かった
ボートに乗って急流を下るアトラクションで、俺たちは列の途中で買ったカッパをフードまでしっかり被った
それでも、最後の急降下で受けた水しぶきはすごくて、顔やジーンズの裾はびしょ濡れになった
「うわ!冷たっ!日向、顔にかかった!」
「ははっ、涼しくなっただろ?俺はほとんど濡れてねぇけどな」
日向はそう言って笑い、俺の濡れた頬を拭うような仕草をした
俺は濡れた服の冷たさすらも気にならなくて、隣にいる日向の楽しそうな横顔ばかり見ていた
その後に、日向が選んだのは、城の廃墟をモチーフにした、少し薄暗いウォークスルー型のアトラクションだった
中は暗く、ところどころで仕掛けの音が響く
俺の腕は、もう自然と日向の腕に絡みついていた
「お前、これ結構怖いんだな。ずっと俺にくっついてる」
日向は楽しそうに、しかし小声で俺をからかう
「ち、違うよ!これは、迷子になったら大変だから!」
俺が言い訳すると、日向は堪えきれないように笑った
「はいはい。迷子にならないように、もっと強く掴まってろよ」
そう言って、日向は俺の体をそっと引き寄せ、片方の手で背中を軽く支えてくれた
彼の温もりを感じながら、俺は心の中で微笑んだ
時間が経つのはあっという間で、外に出ると既に空の色が少しずつ暗くなってきていた
「さて、次はフィナーレの場所だ」
日向が指さしたのは、夕焼けに染まり始めた空に向かって、ゆっくりと回る巨大な観覧車だった
昼間見たときよりもずっと、ロマンチックな雰囲気をまとっている
「観覧車……」
「そう。昼間、お前が夜景のほうがきれいだって言っただろ。一番きれいな時間を、お前と二人で独り占めするぞ」
日向はそう言うと、俺の手を引いて、観覧車の列へと向かい始めた
俺の胸は、期待と、そして少しの緊張でドキドキと高鳴っていた
日向に手を引かれ、俺たちは観覧車のゴンドラへと乗り込んだ
ゴンドラの扉が閉まり、ゆっくりと上昇を始める
乗る頃には空はほとんど日が落ちきっていて、窓の外は薄く藍色に染められていた
遊園地全体がライトアップされ、小さな光の粒がきらめく絨毯のように眼下に広がっていく
ジェットコースターのレールが星の帯のように輝き、遠くの街明かりが滲んで見える
「わあ……、すごい、本当にきれいだね、日向」
俺が思わず感嘆の声を漏らすと、日向は隣で静かに微笑んだ
「だな。お前と二人で見るために、この時間に来てよかった。凛が提案してくれたおかげだな」
日向はそう言うと、繋いでいた手を一層強く握りしめた
彼の体温が、このロマンチックな空間の中で、最高の安心感を与えてくれる
「ねえ、日向」
「ん?」
「今日、本当にありがとう。すごく楽しかったし、日向が隣にいることが、最高に幸せだよ」
改めて感謝の気持ちを伝えると、日向は俺の顔を覗き込むように目を細めた
「凛。俺のほうこそ、ありがとう」
日向の声は、いつもよりずっと真剣だった
「お前は前に言っただろ『こんな醜い本音まで、日向に嘘つかずにいなきゃいけないの』って。俺は、あの言葉をずっと考えてた」
俺は息を詰めた
この前、廊下で嫉妬に苦しみながら泣いた、あの醜い本音のことだ
日向はあの感情さえも受け入れてくれたが、やはり、俺にすべてをさらけ出す必要があるのではないかという不安は、心の底に残っていた
日向は俺の不安を見透かしたように、優しく首を振った
「俺は、お前の全部をさらけ出して欲しいとは思っていない。いや違う。俺が本当に嫌なのは、お前が隠すことで、俺やお前自身を傷つけることになる場合だ」
日向は俺の目をまっすぐ見つめた
「俺は、嘘をつかれるのが嫌だ。それは、俺がお前を信じられなくなるからだ。だが、俺にも凛にも、一人で考えたいことや、誰にも言いたくないことだってある。それは当たり前だ。俺は人間だから、完全にオープンにはなれない」
日向は繋いだ手に力を込めた
「俺は、嘘のない関係を求めたせいで、お前がすべて話さなきゃいけないって感じて、俺に話すことにしんどさを抱えるなら、俺はそんな関係は嫌だ。俺はお前が我慢して自分を殺さないでいてくれればそれでいい」
その言葉は、俺の心に深く残っていた最後の呪いを解くものだった
日向が求めているのは、何も難しいことではなくて、お互いのための平穏だった
「日向……」
俺は涙腺が緩むのを感じた
「わかったよ、日向。ありがとう。俺、全部話さなきゃって、勝手に追い詰められてたみたいだ」
「ああ、それでいい。お前が俺に嘘をつかず、お前自身に嘘をつかず、俺の隣で幸せに笑ってくれる。それこそが、俺にとっての真実だ」
日向の言葉は、俺の最後の不安までも取り除いてくれた
俺のペースで、俺の意志で、日向との関係を築いていいのだと
「日向……、ありがとう」
「俺は、今が幸せすぎてこの先の未来、凛が隣にいない可能性を考えるときがある。それは……息ができなくなるほど辛い未来だった」
日向が隣にいない未来、この暖かい手に触れられない、愛を込めて抱きしめて撫でてくれる人がいない、好きを伝え合える人がいない未来
「……俺も、嫌だ。そんな未来、苦しい」
「だから、俺は凛と未来の約束を交わしたい、今も、明日や明後日も、小さなことでも、一緒の未来を描きたい」
「日向……」
日向は少し目線を落とした
「俺は凛のことになると、独り占めしたくなるし、凛の可愛さを俺だけが知っていたいって思うし、結構重いんだ」
自嘲気味に笑いながらも、もう一度目線を上げて俺と目を合わせる
「だから凛が嫉妬してたとき、俺本当に嬉しかった。本当に一方通行じゃなく愛し合えてることが幸せだった」
知らなかった
日向も俺と同じ気持ちだったんだ
愛を疑ってはいないけど、自分だけがこんな重い感情だったらいつか負担をかけてしまうのではないかと不安なこともあった
「日向」
でも、もうそれも心配しなくていいんだ
「明日は一緒に学校行こう。それで、明後日は一緒に勉強会とかもしたい。あとね、俺また日向の家に遊びに行きたいんだ。陽葵ちゃんやぽんすけにも会いたい。それと……大人になったとき、一緒に遠い場所へ旅行に行ったり、一緒に住みたい」
「え……」
「約束しよ?俺たちがやりたいこと、たくさん出し合って、それを叶えていくことを。もしそれがなくなったら新しいことをまた約束すればいい」
俺が日向とやりたいことがあるように、日向も俺とやりたいことがあるはずだから
「暗い未来なんて知らない。楽しい未来を作ろう」
その言葉に、日向は小さく声をあげて笑った
「あぁ。その方が何倍も幸せだな」
観覧車はゆっくりと上昇を続け、ついに頂上へと差し掛かった
ライトアップされた街と遊園地の全景が、まるで宝石箱のように輝いている
俺はふと、緊張でソワソワし始めた
(観覧車の頂上でキスをすると幸せになれる、なんてジンクス、日向は知ってるかな……)
周囲の喧騒ははるか遠く、俺たちの心臓の音だけが響いているように感じられた
観覧車の頂上、俺は日向の顔と窓の外を交互に見てしまう
日向はその変化に気づいているようだった
彼はニヤリと口角を上げ、俺のソワソワした様子を楽しんでいる
「なぁ、凛。頂上だぞ」
日向はそう言いながら、俺の顔を覗き込んだ
「お前、今何を考えてるか、俺にはお見通しだ。何をしたいのか、言ってみろ」
日向は、俺の望みをわかっているくせに、俺に言わせようとしている
俺は顔が熱くなるのを感じた
「も、もう!日向は、わかってるくせに意地悪なことしてくるよな!」
「ははっ。そういうとこも好きになってくれたんだろ?」
日向は自信満々にそう言い放った
その言葉が、俺の最後の羞恥心を吹き飛ばした
俺は顔を真っ赤にしながらも、日向の目を見つめ、勇気を振り絞った
「……日向、キス……したい」
その瞬間、ゴンドラは頂点に達した
日向はもう何も言わず、その逞しい腕で俺の身体を包み込み、ゆっくりと顔を近づけてきた
夕焼けの残光と夜景のきらめきの中、日向の唇が俺の唇に優しく重ねられた
それは、永遠の幸せを約束された、最高のキスだった
数秒間そうした後、唇が離れる感覚に目を開けると、日向は俺が一番好きな、優しい表情で俺を見ていた
「最高のフィナーレだな」
日向はそう言って、俺の頭を撫でる
下に広がる夜のライトアップの光がここまで届いて、日向の瞳は一層輝いているように見える
俺は言葉が出ず、ただ頷くことしかできなかった
「……うん。あの、日向」
俺は、熱くなった頬を隠すように、すぐに日向の胸に顔を埋めた
「は、恥ずかしいから、ちょっと、このままでいさせて……」
彼の体から伝わる温もりが、交わしたキスの余韻と、これから始まる俺たちの未来の確かな約束のように感じられた
「はいはい、わかったよ。可愛いな、凛」
日向はそう笑いながら、俺を抱きしめて背中を軽く叩く
「……日向のせいだよ」
と言えば、日向は声を上げて楽しそうに笑った
地上に戻ると、日向はまた離さないと言わんばかりにしっかり手を握る
お互いの指先が、さっきの出来事を確かめ合うように、より強く絡み合っていた
その後、俺たちは繋いだ手を離すことなく、ゲートへ向かって歩き始めた
遊園地の出口に向かう人波は、今日の楽しかった時間を惜しむようにゆっくりと流れていく
「楽しかったな、凛。お土産も見ていくか」
「うん、でも、楽しかったからやっぱり寂しいな……」
「寂しいのは俺も一緒だ。だが、これから先の時間はもっとあるんだろ?離すつもりなんてないから、まだたくさんある時間を一緒に思い出で埋めていこう」
「……うん!ずっと一緒だよ」
遊園地のゲートを出ると、冷たくなった夜の風が頬をかすめた
日向がしっかりと握ってくれている手の温もりだけが、さっきまでゴンドラの中で交わしたキスの余韻を伝えてくる
夜景のきらめきの中で誓った愛の言葉は、まるで夢のように甘い
「寒くないか?」
日向が立ち止まり、俺のフードを軽く引き上げた
「大丈夫。日向が、温かいから」
そう答えると、日向は満足そうに笑い、再び歩き出す
駅へ向かう帰り道、賑やかな遊園地の喧騒は遠ざかり、静かな時間が流れていた
電車に乗ると、日向は自然と俺の隣の席に座り、座席の上で、二人の手を絡ませたまま、そっと太ももの上に置いた
「……日向、大丈夫?」
ふと日向の顔を見ると、その目には少し疲労の色が浮かんでいた
朝から一日中、ジェットコースターに乗るときも、コーヒーカップを回すときも、彼は俺を楽しませることに全力を注いでくれていた
「ああ、平気だ。ちょっと静かになったから、気が抜けただけだ」
日向はそう言ったが、すぐにそのまま俺の肩に、そっと頭を預けて目を閉じた
その瞬間、俺の心臓は激しく跳ねた
彼の髪が俺の頬をかすめ、日向の重みと温もりが、俺の肩を通して全身に伝わってきた
周りの乗客に気づかれているかもしれない
男同士がこんな風にくっついているのは目立ってしまうかもしれない
でも、そんな不安はすぐに消え去った
日向が俺の隣で最も無防備な姿を見せてくれている
これは、彼が俺を誰よりも深く信頼している証だった
「……日向」
俺が小さく呟くと、日向は目を開けることなく、小さく
「ん……」
とだけ応えた
「俺、日向の隣が一番安心する」
日向は何も答えなかったが、俺の肩に頭をすり寄せるような、小さな動きをした
その仕草に、俺の胸は最高の安堵と愛で満たされた
遠くで車輪が軋む音だけが響く中、俺は窓の外に流れる夜の街の光を眺めた
遊園地の観覧車から見たきらめきとは違う、日常の静かな光だ
俺の隣には、かけがえのない大切な人がいる
この事実だけで、俺の心は最高の安堵と誇りに満たされていた
「ずっと、一緒だよ、日向」
俺は、微かに香る日向の匂いと、確かな温もりを全身で感じながら、彼の頭が乗った肩を、そっと抱きしめ返した
「もうすぐ着くよ、日向」
次に俺が日向に声をかけたのはまもなく最寄りの駅へ着くアナウンスがかかったときだった
日向は眠そうにあくびをすると
「ありがとう凛、結構ガチで寝てた」
と言うから
「疲れてたんだよ、たくさん楽しませてくれてありがとう。日向」
お礼を伝えると日向は穏やかな笑みを浮かべた
駅の改札を出て、誰もいない静かな夜道
家へ向かう道すがら、日向は一度も手を離さなかった
俺が家のドアノブに手をかけたとき、日向が背後から俺を抱きしめた
「今日は、ありがとうな。最高の日になった」
「俺もだよ、日向。……明日、学校で会えるの、楽しみにしてる」
「ああ。もちろん。だが、その前に」
日向は俺の体をひっくり返し、正面から抱きしめ直すと、観覧車で交わしたよりもずっと深く、優しく、そして愛しいキスをくれた
唇が離れると、日向は俺の額を自分の額にそっと合わせた
「おやすみ、凛。また明日な」
「おやすみ、日向」
日向の背中が見えなくなるまで見送ってから、俺はドアを開けた
部屋に入っても、繋がれていた手の熱が残っていた
鏡に映った自分の顔は、頬が紅潮して、幸せそうに笑っている
孤独の影も、臆病さも、もうどこにもない
俺の新しい世界は、日向の隣で、まだ輝き始めたばかりだ

