伯爵令嬢になった世界では大切な人に囲まれ毎日が輝く1

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 ついに舞踏会前日。今日は学園もお休みだ。そのためフレッドに無茶を言って朝からずっとダンスの練習に付き合ってもらっていた。

「今回はかなり良かったと思いますよ」
「だよね、今まで躓いていたところも出来るようになったし」
「では次は少し手法を変えてみましょうか」
「え、今から?」
「本番は今までの練習のように一人で踊るわけじゃありませんから。本来、パートナーの方と踊るんです」
「あ、そっか」

 今までずっと横並びで練習していたからすっかり忘れてたが、明日は誰かと一緒に踊らないといけないんだ。だが今から練習して明日に間に合うのだろうかと一抹の不安を覚える。

 フレッドはそんな不安を汲み取ってか、アンリを安心させるように「大丈夫ですよ」とより一層、柔らかい口調で声を出す。

「誰かと一緒に踊るからといって何か特別な動作が増えるわけじゃありません。口で説明するより、実際にやってみましょうか」

 そう言うとフレッドはアンリの真っ正面に向き合うように立つ。二人の間にはおよそ三歩分くらいしか距離は空いてない。

「右手は手を繋ぐようにして、肩より少し上に上げます。左手はお互いの腰に添えるように…。やってみましょうか」

 フレッドは優しくアンリの右手を取ると、もう一方の手は腰に当てる。フレッドの接触により、さっきよりもかなりの近距離で向き合っている。少しでも動けば、体が触れ合ってしまいそうだ。
 
 普段ミンスが腕にくっ付いてくる事があっても、それに対しては可愛いと思うだけで変に緊張することは無い。だが改めて男の子とこんな至近距離で向き合うとアンリの心臓はバクバクと変な音を立て始める。
 そしてそんな緊張を隠すように恐る恐る左手をフレッドの腰に当てると、フレッドはおかしそうに笑う。

「アンリ様、ガチガチですよ。緊張しているのですか?」
「そりゃあ緊張するよ。こうして男の子に触れたこと無いし…」
「そうでしたか。ではまずリラックスしましょう」
「リラックスなんて出来ないよ。それに踊る時もこの距離、なんだよね?」
「えぇ、そうですよ」
「もし途中で相手の足を踏んじゃったらどうしよう」
「ふふ、心配なさらなくて大丈夫です。基本的に貴族の方は幼い頃からダンスの練習をしていますから。きっとアンリ様のお相手の方もリードしてくれると思いますよ。それにもし練習で私の足を踏む分には全く問題はありませんから」
「練習でもダメだよ、絶対に踏まない。私のせいで怪我させちゃったら嫌だもん」
「アンリ様はお優しいですね。さぁ、では練習の続きを始めましょう」