伯爵令嬢になった世界では大切な人に囲まれ毎日が輝く1

 まだ太陽も昇っていない夜明け前、スッと目が覚めた。悪い夢を見たとか、寝付きが悪かったと言うわけでもなく、本当に自然と心地良く瞼が開いたのだ。

 ぼんやりと薄暗い部屋に目が慣れてくるとひとまずホッとした。
 もし昨日の出来事が全て夢で、目が覚めた時に沢木暗璃に戻っていたらと思うと不安で仕方がなかったのだ。それでも見えてきたのはまだ見慣れない広い部屋とフカフカのベッドだった。

 しばらくベッドの上に座って頭がスッキリした頃、物音が鳴らないように細心の注意を払って自室を出た。自室のすぐ近くにはバルコニーがあり、大きなガラスの扉を押すと心地良い風が足下を通っていく。外に出ると空は綺麗な濃い青色をしていて、丁度ブルーアワーと言われる空だ。

 昔から朝の空は不思議と心を落ち着けてくれる。まだ人が活動を始める前の時間の空を独り占めして、少しずつ刻々と姿を変えていく空はいくら見ていても飽きない。それに昨日は学園や屋敷の中で過ごしてばかりで、こうしてゆっくりと景色を見ることが出来なかった。

 ジャンミリー領を治める名家だと言われるだけあってオーリン家の敷地は広く、屋敷以外にも様々な植物を育てている温室や馬車を引く馬が暮らす厩舎がある。庭園には噴水があり、主にお母様主催でお茶会を定期的に開いているらしい。

 アンリは太陽が昇り空が完全に水色に変わるまでバルコニーで過ごした。自室に戻ると薄暗かった室内はすっかり明るくなっていた。きっとフレッドが部屋に来るまで、まだ時間はあると思う。それでも二度寝をするのは勿体ない気がして窓際のソファーに向かう。
 何をするわけでもなく、ただ座る。こっちの世界に来る前は暇さえあればスマホで動画ばかり見ていたが、こんな風に何をするでも無く朝の時間を過ごすこの時間がなによりも贅沢な時間のような気さえしてくる。

 しばらくして外から馬車が走る音が頻繁に聞こえるようになった頃、部屋を控えめにノックする音が響いた。物音が響かないように細心の注意を払ってドアを開けたフレッドはアンリが既にベッドから出ていることに一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに笑顔を向けた。

「おはようございます。本日はお早いお目覚めですね」
「おはよう、フレッド」
「下では既に朝食の支度は整っておりますよ。お着替えを済ませたら食堂にお一人で向かわれる事は出来ますか?」
「うん、大丈夫だよ」
「ではネクタイは後ほど私が結びますので、お着替えができ次第、食堂にお越し下さい」

 フレッドはジャケットやスカートの掛けられているラックに真っ白なワイシャツを掛けると、部屋を後にした。

 アンリは腰を上げラックの元に向かうと着ていた寝間着を脱ぎ、昨日と同じように制服に腕を通す。脱いだ寝間着は畳んでベッドの上に置くと、ネクタイとサッチェルバッグを持ち自室を出た。

 今朝は昨日と違い、食堂の八人掛けのテーブルには二人分の朝食が用意されていた。どうやらフレッドはアンリと一緒に朝食を食べるために、先に食べずにいてくれたらしい。

「さぁどうぞ、こちらにおかけ下さい」
「ありがとう、私の我儘を聞いてくれて」
「良いんですよ。私も実のところを言うと、一人で朝食を済ませるより昨日アンリ様とアフタヌーンティをご一緒した時の方が楽しかったので。あっ、今言ったことは他の者には秘密ですよ?」
「ふふ、うん!じゃあ、いただきます」

 二人で向かい合って食べる朝食は何倍も美味しい上に、楽しい。それに昨日に比べてフレッドと少しは打ち解けられてきているのではないかと思うと素直に嬉しかった。