伯爵令嬢になった世界では大切な人に囲まれ毎日が輝く1

 目が覚めるとベッドの上だった。フレッドと二人、街へ出掛けていたあの時間は夢だったのかと一瞬脳裏をよぎったが、ドレッサーに視線をずらすと昨日買ったばかりのブレスレットが置かれている。
 どうやら帰りの馬車の中で眠ってから一度も目覚めることなく、朝まで眠ってしまっていたらしい。

 今日は午後のみの授業だ。午前中は屋敷で過ごした後、学園に向かうとクイニー達と合流し、授業が始まるまでの時間を潰そうとアンリ達はラウンジに来ていた。

「あぁ、ひつこい」

 そう唸るのはクイニーだ。そんなクイニーをアンリの隣に座るミンスが宥めようとしているが特に効果はなさそうだ。
 なぜクイニーの機嫌が悪いのか。それは周囲に群がる女学生が原因だろう。

 ラウンジに来たのは授業開始まで時間もあるし、せっかくだから行ってみようという軽いノリだった。だがクイニーやミンス、ザックと少しでもお近づきになりたい女学生達は自らが行かずともやって来た好機を見逃すはずもなく、彼らを囲んだ。
 
 アンリはというと、同じ席に座っているはずなのに今では完全に見物人状態だ。周囲にバレないように溜息をこぼしていると、不意に遠くの席に座る男子学生の二人と目が合う。すぐに目を逸らしたつもりだったが、二人組は席を立つと真っ直ぐにアンリの元へと向かってくる。

「ねぇねぇ、こんな所に居ても暇でしょ?俺たちと一緒しない?」

 はぁ、またか。顔には出さず内心でウンザリしていると、隣に座っていたミンスがすぐに気がついてアンリの腕を抱きしめる。

「ダメダメ、アンリちゃんは僕達と一緒に居るんだから」
「チッ」

 舌打ちしながらも二人組は大人しく去って行く。これで今日だけで三度目だ。
 元々社交界に出ることなく育ったアンリは様々な噂が飛んでいたらしいが、一昨日の舞踏会以降、舞踏会に参加していた学生から口々に舞踏会の話が口外され、噂が噂を呼んだらしく興味本位だと思うが何かとこんな風に男子学生に声を掛けられるのだ。
 ただ、男子学生は今のように誰かが間に入ってくれれば、すぐに諦めて去ってくれるものの、肝心のアンリ達四人を囲む女学生達は居なくならないどころか、一人二人と増えてくる。

 徐々にクイニーの機嫌が悪くなっているのが、クイニーの纏う空気から伝わってくる。それでも女学生達はそんな雰囲気に気がついていないのか、勢いが増すばかり。

「そろそろ去らないとクイニーが噛みつきますよ」

 ザックが溜息と共に忠告するが「でもぉ」と女学生達はアンリを指さすと一斉に視線を向ける。

「どうしてこの子は一緒に居て良いんですの?」

 その一言にその場に居た女学生の全員が共感するように頷く。

 この場にいる女学生達と言葉を交わしたことはないが、揃って化粧が濃く、髪飾りや指輪でオシャレをしていて、自分に自信があるのか威圧感が強い。いわゆる一軍女子だ。
 そして私は男女問わず一軍と呼ばれるタイプの人間が苦手なのだ。だからこそ、なるべく関わりたくなかったし、ここに来て空気でいることに徹していた。それなのに途端に話題の中心に入れられたかと思えば、ヘイトを向けてくる。

 それにおそらくだが、この女学生の質問に対し、アンリがクイニー達の味方になったり、女学生達の機嫌を取る言葉を言ったところで、反感を買ってしまうことは目に見えている。

「アンリ様はクイニーの幼馴染ですし」
「幼馴染だったら側に居て良いんですか?そんなのズルいわ」
「それにソアラ様とは幼馴染みだったとしても、レジス様やシェパード様とはそういう関係じゃないわよね」

 そんな女学生達のグチグチとした文句が続くと、しばらく黙り続けていたクイニーがついに爆発した。

「あぁもう!うるせぇな!いいか?アンリはお前らと違ってうるさくねぇし、わざわざ媚び売ってこないんだよ」
「じゃあ私達も静かにしていれば良いんですの?」
「めんどくせぇ、さっさと消えろ」

 吐き捨てるようにクイニーが言うと女学生達は「わぁ、ソアラ様が怒ったぁ」とはしゃぎながら離れていった。
 一体あのメンタルの強さはなんなんだろう。普通、こんなボロクソに言われれば砕け散らないだろうか。
 でもクイニーのおかげで、ようやくこの場が静かになった。

「ああいうのって、よくあるの?」
「えぇ、特に授業後が大変ですね。すぐに教室を出ないと、あっという間に囲まれてしまいますから」
「うわぁ、人気者ってすごっ」
「人気者な訳じゃない。アイツらは俺やザックのことを地位や外面でしか見てない」
「そう、なの?」

 クイニーやミンス、ザックはいつだって女学生達の注目を集めている。にも関わらず、どれだけ女学生に人気を集めても彼らはいつも冷静で、どちらかというと迷惑そうな表情をする。
 それがずっと不思議だった。確かにここまで囲まれるのは迷惑だが、彼らも年頃の男だ。少なくとも好意を向けられれば嬉しいのではないのかとずっと疑問だった。

 だがきっと幼い頃から社交界に出ていた彼らは幼い頃から一人の人間としてではなく、家名や地位を含めた上で見られてきたんだろう。そんな彼らにも彼らなりの苦労があるのかもしれない。

「アンリ様も気を付けてくださいね?」
「私?」
「アンリ様だって伯爵家のご令嬢なんですから」
「そうだよ、アンリちゃんは可愛いからすぐに男が集まって来ちゃうもん」
「アンリの力じゃ何かあっても男になんて到底勝てないしな」
「でも大丈夫、アンリちゃんのことは僕達が守るからね~」
「まぁ危ない目に遭わないためにも、あまり一人で動き回らないことだな」
「えぇ、今も男女問わず何人かがこちらを伺っているようですし」

 周囲を見回してみると、何人かの男女と目が合う。女子からは羨むような視線、品定めするような鋭い視線、男子は目が合っても焦ってすぐに視線を逸らされてしまう。が、やはり彼らの言う様にしばらくは一人になるのは避けた方が良いだろう。

「チッ、こんなんじゃゆっくりも出来ねぇ」
「何か私達だけで使える部屋があれば良いものの…」
「あはは、さすがにそんな都合の良い部屋があるわけ無いよ~」

 そんな何気ない会話が耳に入る。誰の干渉も受けずに四人だけで使える部屋か。さすがに何百人も在籍する学園内でそんな都合の良い部屋なんてあるわけがない。

 そう思うと同時に、何かが引っ掛かる。なんだったろうか。確か昨日、百貨店を出た後に入ったコーヒー・ハウスでフレッドが何かを言っていた気がする。

「あっ!!」
「うわ、なんだよ急に大声出して。心臓に悪いだろ」

 途端に大声を上げると、視線がアンリに集まる。

「どうかしましたか?」
「あるよ!そんな都合の良い部屋!」
「どこに?」
「クラブを作ると部屋がもらえるんだって。あ、でも流石に部屋をもらう為だけにクラブなんて作らないか…」

 そんなアンリの言葉とは裏腹に、良いことを聞いたとばかりにクイニーは話に食いつく。

「よし、作るか」
「え?」
「いいね、面白そう~」
「そうと決まれば、まずは理事長室に行ってみるか」
「え?ちょっと?」
「行きますよ、アンリ様」

 呆然とするアンリを置いて、三人は勝手に話を進めていく。そんなおかしな団結力にアンリは何も口を挟むことができないまま理事長室に向かうのだった。

 理事長室がある周辺には会議室や生徒会室が並ぶため、学生とすれ違うこともなく静かだ。
 理事長室の扉は大きな二枚扉でなんだか仰々しい。それでもクイニーは臆することなく、扉をノックすると「失礼します」と声を張り、堂々と重たそうな扉を押した。

 理事長室には来客用のソファーとテーブル、窓際には飴色のアンティークデスクに革張りの椅子、壁際には背の高い本棚が並ぶ。
 お母様から聞くだけ聞いていたが、実際にお父様を学園内で見かけることはこれまで一度もなかった。そのため正直なところ半信半疑でいたが、革張りの椅子に座っていたのは本当にお父様だった。

 お父様はアンリ達の突然の来訪に目を見開き驚いたような表情を一瞬見せたが、すぐにいつもの優しい笑みを浮かべて来客用のソファーにアンリ達を座らせた。

「一体どうしたんだい?四人揃って」
「それが一つ、相談があるんです」
「クイニーが私に相談に来るなんて珍しいね。言ってごらん」
「この四人でクラブを作りたいんです」
「クラブ?それは構わないが、一体何のクラブを作るんだい?」

 お父様のその一言に、それまで堂々とお父様と言葉を交わしていたクイニーは意表を突かれたように狼狽える。

「あ、それはえっと…、おいザック、俺たちは一体何のクラブを作るんだ」
「…そう言われると何も決めていないな」

 クイニーやザック、ミンスは今の今まで自分達だけで使える部屋が欲しい、と張り切っていた。が、何の為にクラブを作るのか何も決めていないどころか、特にクラブを作ってやりたいことがあったわけでもない。完全に不純な理由ってやつだ。
 そしてそんなクイニーやザックの会話にさすがのお父様でさえ、驚きを隠せてない。

「へ?何かやりたいことがあったからクラブを作りに来たんじゃないのかい?」
「いえ、それがクラブを作ると部屋がもらえると聞きまして」
「確かに部屋は与えられるけど、それが理由かい?」
「はい。実は困ってることがありまして、このままではアンリに良くない虫が付いてしまうのではと…」

 なんて言いながらクイニーはアンリに哀れむような目を向ける。
 いくら馬鹿でも分かる。これはあたかも私を守りたいという前提を作り、完全に言い訳に利用しようとしている。だが聞く人によっては、まるで私一人の我儘じゃないか。

「違うでしょ。”クイニーが”どこに行っても女の子達に囲まれて嫌だったからでしょ?」
「そうだよ〜。確かにアンリちゃんの男関係にも問題はあったけど、第一にクイニーがご令嬢達に対して爆発したのが原因でしょう?」

 クイニーに対し大袈裟に言ってみせると、ミンスもアンリの味方になり経緯を暴露する。
 だがミンスが味方になってくれたのは嬉しいものの、ミンスの言い方ではお父様に変な誤解を与えてしまう。

「ねぇミンスくん、私の男関係に問題があったって言うと変な意味に聞こえちゃうよ」
「え?そうだった?ごめんね」
「おい、お前ら…」

 空気の読めないアンリとミンスにクイニーは「お前ら…」と怒りを隠さず、ザックに関しては呆れている。

「あはは」

 それまでアンリ達の様子を静観していたお父様が突然声を上げて笑い出すものだからアンリ達の言い合いは自然と止み、お父様に全員の視線が集まる。

「そんな理由でクラブを作りに来たのかい?ふふ」
「やはりダメですか?」
「いや、いいよ。でも本当に面白いね。そんな理由でクラブを作りたいと言われたのは初めてだよ」
「本当に良いのですか?私達からお願いをしに来たとは言っても、こんな勝手な理由で」
「うん、いいのいいの。クラブの部屋は別館にあるんだけどね、やっぱりそういう部屋として作られているから教室としては使えないんだよね。その上、労働者階級の学生の利用は禁止されてしまっているからクラブに一つずつ部屋を提供すると言っても、新規のクラブを作りたいと言い出す学生も少ないし、使われていない部屋がかなりあるんだ」
「なるほど、そういうことですか」
「でもクラブを作ると言った以上、形だけでもクラブを作ってもらうよ。とりあえず、この紙を書いておいで」

 そう言ってお父様は書類をテーブルの上に出す。見たところ書類には活動内容や、所属メンバー、所属するための条件の有無など、クラブを新設する上で必要なことを一通り書くモノらしい。

「理由故に色々と難しい部分はあるだろうけど、一応書類として残さないといけないんだ。と言っても急いで提出しなくて良いからね」
「分かりました」
「それから鍵はこれ。今は二本しか無いけど、人数分の鍵を用意してもらうように申請しておくからね」
「ありがとうございます」
「アンリの大切なお友達だからね。私も大切にしたいんだ。これからもアンリのこと、よろしく頼むよ」
「はい」
「お任せください」

 お屋敷に居る時と変わらないお父様は無茶なお願いをあっさり承認してしまった。理事長として本当にそんな即決して良かったのかと不安にもなるが、それでもお父様の気持ちにアンリの胸は温かくなった。

 理事長室を出ると、部屋の下見も兼ねて別館に向かう。別館の存在は知っていたが、実際に向かうのは今日が初めてだ。
 本館は八階まであるにも関わらず、別館は三階建ての建物だ。貴族階級しか立ち入ることができない上に本館とは違った趣で外観や廊下だけを見れば完全にどこかの貴族のお屋敷だ。

 扉が開けっ放しにされた部屋の中からはこの歳特有の活気が溢れ出している。アンリ達はなるべく静かに気配を消して部屋の前を通るが、嗅覚の鋭い女学生達はすぐに部屋の中から飛び出してくる。

「ソアラ様!どこに向かわれるの?」
「レジス様はどこかのクラブに所属なさるの?」
「私達のクラブにご入会なさらない?まだまだメンバー募集中なのよ?」

 そんな声に一切振り向くことなく三人はスタスタと歩いて行く。ここで彼らが何か返事をしてしまえば、女学生達が興奮して余計に騒がしくなるだけだろう。

 思ったような反応をもらえなかった女学生達はつまらないと思ったのか、少しずつ去って行く。最後まで諦めずに声を掛けてきた女学生も部屋の中から出てきた無愛想な顔をした男子学生に捕まって部屋に戻っていった。

「よく我慢したな、クイニー」
「でも眉間の皺、すごいよ~?」
「アイツらを相手にするのはかなりの労力を使うからな。こんな顔にだってなる」
「クイニーの女嫌いは相当だな」
「そう言ってるが、どうせお前らも面倒だと思っているんだろう?」
「私は面倒というより、時間の無駄だと思っているだけだ」
「それはほとんど同じ意味じゃないのか?」
「はいはーい、僕はね面倒じゃないよ?もちろん一気に話しかけられたら大変だなって思っちゃうけど、一人一人なら全然話すよ。まぁでもクイニーと一緒の時は僕のせいでご令嬢たちに捕まったって怒られそうだから話さないけどね」
「お前はそうだな。どちらかと言うと、相手が誰だろうと喋ることが好きなんだろう?」
「うん!でも今はこのメンバーで居るときが一番楽しい!」

 階段を登り鍵に刻印されていた3-Pまで向かう。他の階にはいくつも部屋が並んでいたにも関わらず、三階には数えられるほどしか部屋がない上に、見たところ今はどの部屋も使われていないようだ。重厚感漂う木製の二枚扉にはpremium roomと刻印されている。下の階で見た部屋には1-1や2-3といった階層に部屋番号が振られていたのに。

 まさかお父様、鍵を渡し間違えちゃったのではとアンリが一人で不安になっている間にもクイニーは既に鍵を開け、ミンスは「一番は僕!」と勢いよく扉を開け部屋に入っていく。

 開かれたドアの先はまるで時が止まっているかのような静寂が広がり、大きな窓にはカーテンが掛けられている。部屋は薄暗いが、カーテンの隙間から入り込む光に反射して宙を舞う埃がキラキラと踊っている。
 アンリ達が室内に入り扉を閉じてしまえば、外の騒がしかった声は遮断される。

 カーテンを一斉に開ければ部屋中に明るい光が差し込み、止まっていた時間が進み出したようだ。

 部屋の真ん中にはソファーやカウチ、一人用の肘掛け椅子がローテーブルを囲むように並んでいる。他にも大きなダイニングテーブルや空っぽの大きなシェルフ、暖炉まで設置されているし、さらに隣の部屋にはベッドまで完備されている。
 それからお父様の話だと、別館の一階には備品の貸し出しをする受付や売店、大浴場もあるとのことだ。

「すごい!ここ本当に僕達が使って良いのかな」
「鍵はここのもんだし、良いんだろ」
「まぁそうだよね。でもこんなに立派だし、ここで暮らせちゃいそうだね」
「実際、クラブの活動と言ってお泊り会をしているクラブもあるらしいですよ」
「へー、面白そう!私達もやりたいね」
「え、僕もやりたい!昼間からたくさん遊んで、夜は眠たくなるまで、みんなでお喋りするの!うわぁ、楽しそう」

 ミンスはどんどんと妄想を広げて語っていく。そんなミンスに伝染したようにアンリまでテンションが上がる。
 だがそんなアンリとミンスにクイニーは大袈裟なまでの溜息をついてみせる。

「正気か?」
「なんで?お泊り会、楽しそうじゃない?」
「いや、そこじゃなくて一応俺ら男だぞ?そこのところ、分かってるのか?」
「だから?」
「色々と問題があるだろ」
「寝相が悪いとか?あ、もしかして鼾掻くタイプだった?」

 アンリが純粋な疑問を投げかけると、その場が一瞬静かになる。

「なに言ってるんだ、俺が言いたいのは…」
「あー!ストップストップ。クイニー、それ以上は、ね?」
「まぁアンリ様はその純粋さが良いところでもあるからな」

 クイニーが口を開こうとすると、ミンスは大袈裟なまでの声を出しクイニーの口を押さえる。そしてそれ以上喋らせないようにすると勝手に話を終わらせようとする。

「クイニーは何を言おうとしたの?」
「アンリちゃん、アンリちゃんはまだ知らなくて良いんだよ。ね?」
 
 ミンスは意地でも続きを聞かせたがらない。ザックに視線を向けても同じく頷くだけで、聞かせるつもりはないらしい。
 まぁでも知らなくて良いことだと言うのなら、これ以上聞く必要はないか。

「ねぇやっぱりお泊り会しても特に問題は何もないよね」
「あぁもう好きにしろ」

 アンリが首を傾げるとようやくミンスに口を解放されたクイニーは諦めたように溜息交じりの声を出す。
 だがそんな無愛想な返答にも、今は急遽お泊り会ができるかもしれないという希望が生まれる。

「じゃあいつ頃にする?」
「善は急げだよアンリちゃん。ってことで、今度のお休みは?」
「多分予定は無かったんじゃないかな」
「じゃあ決定!ちゃんとオーリン伯爵にも許可、もらってきてね」
「うん、わかった」
「ザックとクイニーは強制ね」

 初めてのお泊り会。今までいつかやってみたいという願望を密かに持ち続けていた。それでもお泊り会をするような親しい友人すら居なかったため、叶うことはなかった。それなのに、次の休日にみんなでお泊り会ができるなんて。
 この世界に来てからというもの、これまで憧れを抱きつつも諦めていたことを、たくさん経験させてもらっている。

「嬉しそうだね、アンリちゃん」
「うん!お泊り会ってずっと憧れてたんだ」
「そっか、それじゃあ余計に楽しみだね!」
「うん!」
「ほらクイニー、こんな笑顔のアンリちゃんを見たら今さらイヤだなんて言えないでしょ」
「はぁ…、分かった。俺も参加する、それでいいんだろ?」
「それならその為にも、このプリントは早めに提出すべきでしょうね」

 ザックは預かっていたプリントをローテーブルの上に出すと、プリントの置かれたローテーブルを囲むようにそれぞれ腰掛ける。クイニーが肘掛け椅子、ザックがカウチ、アンリとミンスが二人でソファーに並ぶ。プリントの記入はザックがしてくれるようで、サッチェルバッグからペンを取り出すとスラスラとペンを滑らせて達筆な字を書いていく。

「所属メンバーはこの四人。後は一から考えないとだが、あくまで提出書類。どんな不純な動機だとしても、まともなことを書かないとだな」
「活動はどうするの?迫ってくる学生達から避難する活動?」
「…。いくら本当のことでも、そんなの絶対にダメに決まってるだろう。もういい、活動内容は後回しだ」
「じゃあ次は…所属条件?」
「これはクイニーが決めた方が良いだろうな」
「それなら所属条件は無しだ」
「無し?全員受け入れるの?」
「違う、その逆だ。誰一人、所属を許可しない。例外はなく」
「あはは、クイニーらしい」
「まぁ確かに一人でも受け入れてしまえば他の学生も殺到するだろうな。それこそ本末転倒だ。だったら条件無しに受け入れない方がいい」

 その後、他の記入箇所も埋めていく。最後まで空欄だった活動内容についても、主にミンスのおかげで埋められたのだが、アンリは内心、本当にこれでいいのかと思ってしまう。

「よし、とりあえずこれでいいな」
「じゃあその書類、私からお父様に渡しておくよ」
「ありがとうございます、アンリ様。ではお願いします」
「それじゃあ理事長室に行く手間も省けたし、そろそろ移動するか」
「次って必修授業だっけ」
「あぁ、大講堂だな」