伯爵令嬢になった世界では大切な人に囲まれ毎日が輝く1

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 帰りの民用馬車の車内は今朝と違って荷物で溢れていた。なんとかアンリの邪魔にならない場所に荷物を並べて御者にお屋敷までの道を伝える。

 馬車は心なしか、今朝に比べてゆっくりと走っている気がする。

「そっち、座っても良い?」

 そんな言葉に静かに頷くと、向き合って座っていたアンリが隣に腰掛けた。何も考えずに返事をしたが、まさか荷物が邪魔だったのだろうか。

「これ、あげる」

 フレッドのそんな心配を余所にアンリは膝の上に大切そうに置いていた小さな紙袋を探り、可愛らしいリボンの付いた水色の包みを差し出す。

「フレッドにプレゼント」
「そんな…、よろしいのですか?」
「うん!開けてみて?」

 綺麗に包みを解き、小さな箱を開けるとピカピカと輝く懐中時計が顔を出す。彫刻が細かくオシャレな見た目でありながらコンパクトで使いやすそうだ。

「フレッドはいつも私を助けてくれたり、側で支えてくれるでしょう?だからそのお礼。…気に入らなかったかな?」
「気に入らないなんて、そんな。とても嬉しいです」
「ほんと?良かった!」
「でも一体いつの間に?」
「私がブレスレットを買ったお店、覚えてる?実はお会計してもらってる時にレジ横のショーケースに並んでるのを見つけて、デザインが素敵でフレッドに似合いそうだなって思って即決で買っちゃったんだ。はぁー、バレてなくて良かった」

 そう言うとアンリは嬉しそうに目尻を下げて笑う。

 本当は今日、フレッドからアンリに何か贈り物をしようと決めていた。なのに結局、良いものを見つけることが出来なかった。
 それなのにまさかアンリから贈り物をもらうことになるなんて思いもしなかった。なにより自分のモノを買う時はあんなにも迷っていたのに、人の為を想ってプレゼントを買う時は即決だなんて、アンリの優しい人柄が出ている。

「大切にします」

 懐中時計を見つめたまま、そう告げるが返事は何も帰ってこない。不思議に思って横を見ると、それまで笑っていたアンリの目はウトウトとしていて瞼は重たそうだ。そんなアンリは眠気に逆らい、ゆっくりと口を開いて声を出そうとするが、急激な眠気には逆らえないのか、何を言ってるのか聞き取れない。

「今はゆっくりと休んでください」

 そう声を掛けると頑張って持ち上げようとしていた瞼を閉じて、アンリはすぐ気持ち良さそうな寝息を立て始めた。

 きっと昨夜の舞踏会だけでなく、約一ヶ月前、いきなり知らない地で目を覚まし、分からないなりに順応しようとする生活は想像以上に気を張っていたことだろう。おまけに今日の外出もはしゃいでいた様子だったから疲れが限界まで溜まってしまったのだろう。

 馬車が揺れるたびにカクカクと揺れる白い首が危なっかしい。こんなこと、執事としておこがましいと分かっていながらもフレッドはアンリの頭をゆっくりフレッドの肩へと置いた。

 アンリは周りの方と違う。普通以上に他人に気を遣われているように見えるし、これまで色々な貴族の方を見て来たが、こんなにも分け隔てなく人と接する方は見たことがない。

 この世界で目覚める前にいらっしゃった世界に階級制度は無かったと仰っていたが、それでも上の立場になり敬われる存在になれば掌を返して権利を振りかざしてもおかしくない。使い方によっては、自分の思うままに人を動かすことだって出来るのだから。

 それでもアンリはそのような素振りを絶対に見せない。むしろフレッドを始め、お屋敷で働いている人達に助言を求めながら仕事を手伝おうと動いてくれたりもする。

 そんなアンリのおかげなのか、最近は前よりもお屋敷の雰囲気が良くなった。もちろん前々から旦那様や奥様が優しい方だから雇用体系は良いものだった。
 それでも使用人達の間に仕事以外の会話や笑顔が生まれることは滅多に無かったし、最近雇用されたばかりのルエは人見知りや人間不信があったらしく、シーズ以外の人間と会話することはほぼ無かった。それなのにアンリはこの一ヶ月の間で知らず知らずの間に使用人達との関係を築き、ルエの心まで開いて見せた。

 誰もそれが全てアンリのおかげだとは気がついていない。おそらくご本人でさえ、気がついていないだろう。

 でもだからこそ、思ってしまう。
 そんなアンリを支え、アンリがこれからどのような人生を歩んでいくのか、見ていたいと。