四人法

「あ、はい。大丈夫です。ありがとうございます。えーと、お名前は……何かお礼をしたいのですが…」

 さやかは後ろを振り返り、助けてくれた男性に声をかけた。

「いえ、名前を名乗る義理もありません。無事で何よりです。お礼も必要ありませんよ。じゃあ、僕はここで」

 その男性はにこりともせず、お礼を言って名前を告げずに背を向けた。

「…いや……ちょっと…待ってください」

 さやかが慌てて呼びかけたが、男性は振り返ることなく人ごみに紛れていってしまった。

 結局、彼が誰なのかもわからないまま――

 時間だけが過ぎていった。

 助けてくれたことも心の片隅で薄れかけていた、そんなある春の日。

 花粉症がひどくて、鼻がムズムズしっぱなし。くしゃみも止まらなかった。

「はぁっくしょん」

「風邪?」

 女友達とカフェでお茶をして帰る途中だった。

「ああ……花粉症。この時期、ひどくなるんだよ。あああ」

 鼻がむずがゆくて、喉の粘膜もイガイガしてつらい。

「花粉症かぁ。この時期はつらいよね。あ、私こっちに用事あるから」

 友達は軽く手を挙げると、さやかとは反対方向に歩いて行った。

 六月になると、疲れや免疫力が弱くなってきて、何もかも嫌になる時期だ。

 新体制の職場でようやく慣れてきて、人間関係も嫌にはもうウンザリしていた。

 ガタガターー

 ドタドタドターー

 ガシャン、ドタッ。

 なにか物音がした。