四人法

「砂沙美。ねぇ、聞いてる? 僕もさ、楽しみにしてたんだよ。ねぇ、砂沙美。うぅうぅうぅぅ」

 拓は涙を流したまま、砂沙美を抱きしめた。

 医者に拓は剥がされても、涙は止まらなかった。

 そのあと、拓はこの時だけ悲しみの涙を流した。

 それ以降、一度も涙を流さなかった。


                     *

「やっぱり、酔ったか。そうなると思ったよ」

 一刀はテーブルに酔いつぶれている拓を目を細めて、言った。

「なんだよ。呼び出して」

「あ、来た。ヤッホー。やっぱり来てくれた。仁(じん)兄さん~」

 一刀は手を上にあげて、振っていた。

「仁(じん)兄さんじゃないよ。どうしたんだよ」

 仁は、拓の兄さんだ。

「今日、あの日だから。拓が忘れているわけないよね。強がってさ」

 一刀は頬杖をついて、酔いつぶれている拓を見て口にする。

「…そうだな。俺も忘れてないよ。あの日のこと。拓が手術室でずっと泣いているのを見たら、胸が裂けそうになったよ。あの拓は、もう見たくないからね」

 胡坐をかいて、仁は一刀の目の前に座る。

「そうだね。もう、俺も見たくないんだよ。あの、拓はね……」

 一刀は目を伏せてから、仁を見る。

 仁はスマホを弄り始めた。

「また、嫁さんから?」

 一刀はジョッキを片手に持ち、仁に言う。

「ああ、遅くなるなよって」

「ふーん、愛されているのか、尻に敷かれているのか」

 一刀は興味なさそうにまた酒を飲む。

「尻に敷かれてんだよ。まぁ、でも、それも悪くない。拓は…起きないか。あの事故からよく立ち直ったよな。
 これも、あの三人のおかげなのかな」
 
 仁はメニュー表を片手に持ち、スマホを操作する。

「まぁ、そうだね。あの三人に会ってからは拓が拓らしくなったからな。よし、これでいい」

 注文を終えてから、仁はタバコを出した。

「ここ。禁煙だから」

 一刀は指を差して、バツを作った。

「まぁ、いいだろ」

 適当に仁は返事をした。

「それでも、公務員かよ」

一刀と仁の面白みのない会話が聞こえてくる。

夢かな。

あ、彼氏と言い争っているさやかだ。

あの時、さやかを助けたのはさやかの為でもない。

拓自身が拓を助けたかったんだ。

拓はさやか・暖・潤子は僕の気持ちをすくいあげてくれた。

それだけで、僕は僕で生きてこれたんだ。