「我慢?」
思い当たる節がないので、首を傾げた。
「はぁ、お前はさ、そうだよね。前から。X見て、ピンときたんだよ。本当はさ、あの家に好きな奴いるんじゃないの?」
「…ゴホゴホ。な、なに見てそう思ったんだ」
「…写真。家に住んでいる四人の写真、この前投稿してたでしょ。拓の顔がさ、さやかさんだっけ? さやかさんの顔の方を向いて、
笑顔だったから。あんな顔、何十年と一緒にいる俺でさえ、見たことないから。好きなんじゃないの?」
一刀は本当に正直に言う。
昔からそうだった。
誰かが人の悪口を言うと、お前、それはお前にないから嫉妬してるんだと淡々と言いのける。
その人の気持ちを考えないで、お前少しは気を遣えと思うかもしれないが、一刀はそんなことはお構いなしだ。
拓は昔、聞いたことがあった。
「正直に言うことって、怖くない?」と。
そしたら、「ただ、正直に言うのが何が悪い。そんなことを否定されたら、俺じゃなくなる」と言っていた。
まぁ、一刀らしい。
だから、拓は何年間も冗談交じりに言いながらも、きちんと言うことを言ってくれる。
それが、拓にとっては心地よかった。
「…好きじゃないよ。僕はね、人に対しては、どんな人でも優しくしたい。それがモットーなの」
拓がそう言った瞬間、女性店員が「お待たせしました。こちらになります。ご注文は以上でよろしいでしょうか?」と僕たちに尋ねた。
「あ、はい。ありがとうございます。あ、ここで大丈夫です。はい」
一刀はジョッキを片手に持ち、満面の笑みで女性店員に微笑む。
「……あ、ありがとうございます。では、これで失礼します」
女性店員は少し俯いてから、その場を去った。
「一刀さ、本当男女問わず、笑顔振りまくの上手いよな。年取ったのに、なんでそんな好かれるんだ?」
拓は注文したビールと枝豆を指でつまみ、口にした。
「…それはお前に言われたくない。俺のこの笑顔は俺だけのものなの。俺が笑顔するのは俺自身。俺が笑いたいときに笑う。それだけ」
「……ふーん」
拓は疑いの目を向けながら、返事をした。
「お前は人に優しすぎ。お前にとってさ、人ってなんだよ。誰にでも優しくしてさ」
一刀はたこわさを箸で強引に口に入れて、拓に言う。
「……僕はね、分かんないんだよ、恋愛自体。さやかちゃんのことはね、そういう感情はないよ。本当に」
拓は少し目を伏せてから、ゆったりとした口調で伝えた。
「……そう。他の二人とはうまくやってんの?」
一刀はそれ以上、拓のことは聞かなかった。
あえて、一刀は他の話題に変えた。
「…うまくやってるよ。潤子も暖も。なんだかんだ仲良くしてるし」
拓は思い出したかのように口元を緩めた。
「……拓さ、なんだかんだ、今いい顔してるよね」
「え?」
拓は自分の顔を触って、一刀に反応する。
「今の家に四人で生活する前は、拓はさ、少し変だったよね。今みたく笑っているようで笑っていなかったから」
一刀は頬杖をついて、ニヤリと口角を上げていた。
「……まぁね、あの時はいろいろあったからね。僕もさ、結局、あの三人には助けられたんだよ」
拓は頬杖をついたまま、下に俯いて考えていた。
「……そうだな。よし、よし。飲もうぜ」
ジョッキを上げてから、大きい声を出して、ごくごくと喉を鳴らした。
「いつもでしょ。少しは自分で制御してよね」
「……ウィー、ほら、拓ちゃん。飲むよ」
拓に乾杯を促されて、ジョッキを重ねる。
「はいはい。飲みます。飲みます」
拓も飲み始めながら、四人と会う前のことを考えていた。



