──ダンッダンッ

部活の時間、体育館では今日もボールが床を叩く音が響いている。
バスケ部だけじゃないからいたる所から叩きつける音が響いて迫力が増す。
だから、大したプレーじゃなくても。

「カッコいい〜!」
「頑張って〜!」

部員じゃない、ファンみたいな女子が毎日何人か現れる。バスケ部目当てではないみたいだけど。

「あそこの女子ってなんなの?邪魔じゃねフツーに」
「他の部活の応援だからって嫉妬すんなよ」
「オレも頑張ってんのによ〜!
バスケ部モテるって聞いてたのにな〜!」
「顔のせいじゃね。だってほら」

ボヤくバスケ部二年の視線の先には、一年生っぽい女子。
そしてその子たちの視線の先は。

───パシュッ

「皐月先輩、今の良くなかったですか!?」
「おう」

華麗にシュートを決めた、航の姿。
最初はその金髪から怖い印象があった航も、日を追うごとに、悠人のように航の魅力に気付く人も多いみたいで。
あの顔面の良さも相まって、バスケ部の中では今、航人気が高いようだ。
バスケ部が注目されるのは嬉しいけど……少し複雑な気持ちではある。
あの、今まで俺たちにファンの子なんていませんでしたけど?

「一年の教室ではどんな姿なんだよ…人気じゃん…」
「航っすか?別にモテてるわけじゃないっすよ」

俺の小さい呟きに、悠人が答えてくれた。

「いや、モテてるじゃん」
「航って女子にはめちゃくちゃ冷たいですよ。
けど、それが良い女子がいるんでしょうね。クールでカッコいい〜って」
「冷たくしててもモテてはいるじゃん」
「皐月先輩、ヤキモチっすか?」

何が面白いのか、悠人がニヤリと笑った。

「俺がモテないからヤキモチやいてるってか?
俺はそこまで航と張り合う気はないぞ?」
「いや、違うんですけど」
「じゃあどういう意味?」
「それは…」

悠人が何か言いかけたところで、体育館の入口にいた女子たちの中に見覚えのある顔があって『あ』と声を出してしまった。

「……皐月先輩?」
「あー…いや。なんでもない」

……三年になって、クラスが変わって、顔見ることなんてほとんどなかったのに。
航に話したからか、久しぶりにその姿を見ることになってしまった。

「………悪い、ちょっとトイレ行ってくるわ」
「わかりました」

悠人に一言伝えて、女子たちがいるところとは違うドアから体育館を出る。
トイレには行かず、体育館裏にある水道に移動した。
……アイツ、部活入ってないくせに、なんで体育館に来るんだ?
コソコソ覗くように中を伺っていた元カノの紗栄(さえ)の姿を思い出すと、ため息が出た。

(正直、顔も見たくないんだけどな…)

散々俺の悪口を言った女だ。いくら平和主義の俺でももう二度と関わりたくないと思っている。
そんなふうに気にしてしまうのは、やっぱり付き合っていた頃、紗栄といたことを幸せだと思ってた瞬間があるからだ。
それすらも彼女にとっては嫌悪の思い出だったのかと思うと……

(あぁ、想像したら吐き気が、)

やっぱり関わらないのが一番なんだ。
水道の冷たい水を飲み、顔を洗えば吐き気も引いた。
もういなくなってることを期待して早く体育館に戻ろうとしたんだけど。

「あのさ、皐月くんと仲直りしたら?」
「喧嘩とかじゃないし。無理だもん。仲直りとかしてもまたあたしが怒って平行線じゃん」

紗栄と紗栄の友達らしき女の声がして、慌てて物陰に隠れた。
……つーか何。また俺の悪口?

「未練あるんでしょ?だから毎日コソコソ体育館覗いてんだよね?」

……え、毎日!?毎日来てたのかよ…気付かなかった。
そのまま今日も気付かないでいたかったな。

「でもさ、やっぱ皐月が悪いじゃん!
強くもないのに部活優先だし、初対面でも女子との距離近いし」

そんな近くねーだろ。男子とも同じくらいな気がするが?

「でもそれは皐月くんが誰とでも仲良くなれる人で長所なんだから、許してあげれば?」
「無理だもん!あたしはやっぱり皐月に変わってほしいって思っちゃうもん」

紗栄のイラつきを含んだような声に、耳を塞いだ。
そんなことでイライラしてるその声も、俺、本当はめちゃくちゃ嫌いだった。
だからいつだって機嫌を伺ってた。平和主義なりに、頑張ったつもりだ。
それでも俺はダメなの?俺が悪いの?
俺が変わらなきゃいけなかった?なんで?

もう、俺のこと否定しないで───



「あの、すいません」

ぎゅっと目を瞑った俺に、今までと違う声色の航の声が響いた。
びっくりするくらい声が、低いんだけど…
航が話しかけた先は俺じゃなくて、紗栄たちみたいだ。

「うわっ…!この子ヤンキーって噂の一年生だ…!」
「えっ、な、何か用…?」
「そっちの、皐月先輩の元カノさん? ちょっと」
「えっ、あ、あたし…っ!?」

俺にはあんな声出さないのに、凍りつくような、航の〝怒り〟を含んだ声。
只事じゃない。それだけはわかった。

「皐月先輩の、どこを好きになったんですか?」
「えっ…や、優しいところ…」
「そうですよね。優しいですよね皐月先輩って。
初対面の人でも、僕みたいな金髪のヤツにも、助けてくれたり話しやすい空気を作ってくれたり、本当に、誰にでも優しい人です」
「でもその、誰にでも優しいのが嫌なの!
自分だけじゃないと、愛されてないみたいじゃない…」
「───バカなんですか?」
「………は?」

航が、明らかに先輩に向けてはいけない言葉を言い放つ。
敵を作らないように生きてきた俺とは反対で、航は波風立てそうなことをすぐ言う。
そういうとこは危なっかしくて放っておけないけど、今は黙って聞いていた。

「皐月先輩が誰にでも優しい人じゃなければ、あなたに優しくなんてしてないですよ」
「なっ…!!」
「皐月先輩が誰にでも優しいから好きになったのに、他には優しくしないでなんて傲慢にも程がある」

なんでだろう。
航の声、すごく怒ってるのがわかって怖いのに
俺のためにそんなに怒ってくれてるんだと思うと、嬉しいって思っちゃう。

「勝手に好きになったくせに、皐月先輩に変わってほしいなんて言わないでください。
あの人言わないけど……
自分を否定されてるみたいで、相当傷付いてると思います」

「……」

この間裏庭で話した時、航にそんなふうに思われてたのか。
自分では大した事ないって思ってたけど、今の今まで顔を見ないようにまでして紗栄を気にしてたのも、
俺本当は……すごく傷ついてたんだな。
腑に落ちた。それがわかったら突然心がスッキリした気がする。

「だいたい、自分にだけ向けてほしいなんて皐月先輩に見返り求めてる時点であなたは皐月先輩のこと大して好きじゃないんですよ。自分が可愛いだけです」
「はぁ!?なんでそんなこと言われなきゃなんないの!?あたしは本当に皐月のこと…!」
「だって、本当に好きなら皐月先輩のタラシなとこも愛せますもん。
そう思いませんか?」

最後の言葉には、まるで『諦めろ』と言っているようなドスがきいていて。

「……もういいわよ!皐月なんて知らない!」

紗栄は言い返すことなく、友達と一緒に走り去った。


「──皐月先輩、もう出てきていいですよ」