航たちが仮入部してから数日。
そろそろ正式に入部の書類を出してもらおうと、俺は昼休みに一年の教室に来ていた。

(……そういえば、航たちって何組?)

あの金髪だから、誰かに聞けばわかるかと思って何も考えずに来てしまったけど、一年生たちは三年の俺がいることにビビって皆目を逸らしていく。
聞かなくても金髪見つけるのは簡単かもしれないと安心していたけど。

(全部の教室覗いたのにいねぇ)

たまたま席を外してるのか?トイレとか?
困ったなーと思っていたらちょうどトイレから出てきた悠人と鉢合わせた。

「お、悠人発見」
「あれ、皐月先輩。どうしたんすか?」
「いや、まだ仮入部のままだし、正式入部考えてるなら入部届渡しとこうと思って」
「紙は先生からもらってるから大丈夫っすよ。近々書いて提出します」
「あそっか。わざわざ俺が来なくてもいいのか」

顧問の先生に渡しとけって言われたけど、入部届くらい担任にくださいって言ったらもらえるか。
ただ一年生ビビらせに来ただけみたいで申し訳ないや。

「あれ、そういえば航は?」
「……教室にいなかったっすか?」
「何組かわかんなくて、全部の教室まわったんだけど見当たらなくて」
「……」

俺がそう言ったら、悠人は何か考える素振りをして。

「…もしかしたら、どこかで先輩に絡まれてるかも。
今までも何度かありましたから」
「あー…なるほど。
……だから気を付けろって言ったのになぁ」

ガシガシと頭を掻いて、一応入部届を悠人に渡して駆け出す。
絡まれてるって、たぶん絡んでる奴は三年のヤンキーたちだろう。
アイツらの溜まり場はわかってる。
ヤンキーの溜まり場だとわかってるからか、昼休みは誰も寄り付かない裏庭に向かった。


「一年のくせになんだよその髪。生意気なんだよ」

裏庭に近付いたら、やっぱり予想通り、三年のヤンキーの声が聞こえた。
その声の先にいるのは、金色の髪が輝いている航だ。

「…生意気って言われても。生まれつきこの色ですし」
「はぁ?染めてんだろ?」
「……はぁ…説明めんどくさ…」
「なんだテメェその口のきき方はぁ!」

「ストーーップ!!」

間に割り込んでヤンキーと目を合わせると、ヤンキーは目を丸くした。

「皐月、なんで止めんだよ?
後輩にナメられんぞ!?」
「コイツはうちの部の後輩だ。先輩に対しての敬意もある。悪い奴じゃねーから」
「……まぁ、皐月が言うなら」

『行こうぜ』とヤンキーたちは大人しく去っていく。
話がわかるやつで助かったわ。とホッとしていたら、後ろから『皐月先輩』と俺を呼ぶ声がした。

「航、大丈夫だった?」
「……はい」
「アイツら悪い奴じゃないから、たぶんもう絡まれないと思うから安心しろ」
「ありがとうございます。
……また助けられちゃいました」

……『また』?
前に航のこと助けたことあったっけ?空気読んで話題終わらせたりしたこととか?あれは航を助けたわけじゃないけどな。

「だから気を付けろって言ったんだよ」
「はい…すみません」
「まぁいいけど。
さっき『説明めんどくさい』って聞こえたけど、事情あんの?」

地毛と同じ色とは言ってたけど、染めてはいるみたいだし、信用できないのも仕方ないと思う。
だから聞いたら、航は頭を掻いて答えた。

「元々は金髪なんです。小学生までは地毛で過ごしてて、ずっとそのまま過ごす気ではいたんですけど、
中学の時の生活指導の先生がクソうざくて」

本当にその先生が嫌いだったんだろう。航から汚い言葉が出てきてちょっと面白い。

「中学の時は三年間ずっと黒に染めてました。
ちょっと伸びたらすぐ染めるって繰り返してて、うざったくて。
やっとそんなうざい先生から離れて高校生になったから、いちいち染めなくていいんだーと思って。
でも全部地毛の色になるの待って逆プリンになるのが嫌でとりあえず色抜いたんです。おかげで髪はめちゃくちゃ傷んで、染めたって言われるんですよね。染めたのは事実ですけど、色のことでケチつけられるのは嫌いっていうか…」
「そっか。じゃあ中学でそんなめんどくさい先生がいなかったらずっと地毛で生活できてたんだ?」
「そうですよ…こんなガサガサの髪になって、最悪です」
「完全に元に戻ったらサラサラになんのかな?ちょっと楽しみだわ」

ハハッと笑ったら、航は照れてるのか視線を逸らして『はい』と小さく答えた。

「……そういえば皐月先輩、さっきの先輩たちとも仲いいんですか?」
「仲いいっつか、適度に近い距離保ってるだけ。
すげぇ仲いいわけでもないけど、すげぇ嫌われてるわけでもないと思う」
「先輩って誰にでもそうなんですね」
「まぁ、平和主義だからなー」
「……誰にでもそうだと、勘違いする人もいたりして…」
「勘違い?」
「女の人とか…」
「あー……」

ちょっと航と話そうと思って、その場に腰を下ろして、トントンと隣を叩いて航に座るように促した。
俺の隣に座った航は、可愛らしく三角座りをしていた。

「彼女、いたことあるんだ。もう別れたけど。
たぶん航の言う、〝勘違い〟させた結果だと思う」
「……あ…そう、なんですか。
皐月先輩、誰にでも優しいですもんね…」
「それ。言われた。
〝誰にでも〟優しいのが許せないんだと。
そんな事言われてもって感じよなぁ」

向こうから告白されて付き合ったけど、別れた原因は〝自分だけじゃない感〟が嫌、だそう。
いきなり他の人には優しくすんなって言われても、そんな感じ悪いこと出来る性格じゃねーし。
付き合ってる間は俺なりにトキメキもあったし、幸せだったのにな。

「なんか付き合うって面倒ってなって、そっからは女子と話すの控えてる」
「そうなんですか」
「ていうか、元カノがかなり俺の悪口言ってて、女子が寄り付かなくなってるっていうのが本当のところなんだけど…」

別れた後、友達に『皐月はタラシだから付き合うと疲れる』とか『皐月を好きにならない方がいい』とか散々言ってたのを男友達伝に聞いた。
そんなこと聞いたら俺だって付き合うの疲れるっつーの。だから恋愛とはしばらく縁遠いんだけど。

「てか、なんすかその人?
皐月先輩がみんなに優しいから絡んでくれたのに他にするのは許せないってなんすか?
それで皐月先輩困らせるとか許せないんですけど」
「……航、そんな怒ってくんなくてもいいんだけど」
「怒りますよ。
僕は皐月先輩の誰にでも優しいとこに惚れてるんですからね」

ずい、と顔を近付けられて、思わず仰け反った。

……びっ、くりした。
航って、髪色に目が行くせいであんまりまじまじと顔を見たことなかったけど
近くで見たら外人っぽくて、鼻とか高くて整ってて、すごいイケメンだ。

「惚、れてるって、それ、
おまえもそういう言動、勘違いさせる原因になるから気を付けろよな!」

絵力強めの顔面にそんな事言われたら、深い意味はなくとも多少はときめいてしまうもので。
後輩に照れさせられたのが悔しくて、隠すように『教室戻る!』と立ち上がってそそくさと裏庭を後にした。



「……そういえば先輩、なんでわざわざ裏庭来たんだ…?」